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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
河野時子は友達が少ない

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「幕間:悪役同盟《ヴィランズ・ストライク》篇④」

 ~~~~~エジムンド~~~~~


 北のかたヴィンチの街。大断崖への参道を、エジムンドは歩いていた。道の両脇には参拝客目当ての土産物屋や飲食店が軒を連ね、呼び込みの声がかしましい。エジムンドにとってはもちろん慣れ親しんだ光景なので珍しくもなんともないのだが、同行者にとっては違ったらしい。おのぼりさん全開で走り回り、手当たり次第に買い食いを繰り返している。

「王、そのように走り回られては人にぶつかりますぞ」

「んがーごご!!」

「猫耳族だから大丈夫と申されましても、そのようにもこもこ厚着をされて、現に動きに支障が出ていますでしょう」

「でむがんぐっぐ!!」

「出るわけがないと。猫耳族の運動能力を舐めるでないと。ははあ。私は舐めはいたしませんが、王におかれましてはご自分の口の周りを舐めたほうがよろしいかと。食べかす食べこぼしが物凄いことになっていて、威厳もなにも……」

「ごわどにゃどぐもぐもが!!」

「ははあ、食べこぼしとは失礼な。足下の同胞と分かち合っていただけだと……それは失礼致しました。……たしかに群がってらっしゃるようで」

 上着に上着を重ね、外套に外套を重ね、手に何重にも手袋をはめた黒衣の王(ソブリン)の足下には、近所の猫がにゃあにゃあ集まって、けっこうな騒ぎになっている。

 カリスマの成せるわざか、大量の食べこぼしに引き寄せられたのか、寒さが苦手なはずの猫たちが、降り積もった雪の上をついてくる。


 ボリボリゴクン。


 露店で大量に買った川魚や茸類の串焼きを食べきり呑み込んだ王は、「にっ」と少年のように口元を綻ばせた。

「うむ、美味であった。褒めてつかわすぞ。剣聖」

「別に私が作ったわけではないので……」

「ははは、そなたがこうして我を連れ出してくれたからこそ味わえるのだ。そういう意味での感謝よ。王都にいては、部下の手前、自由に歩き回るどころか買い食いすら出来んのだ」

「ははあ……」

 からからと笑う王は、なんとも機嫌がよさそうだ。

 自分で勝手にエスコートさせたのではないかという野暮なつっこみは止めておく。

 

「しかし王よ」

 街外れの館の前まで来て、エジムンドは足を止めた。

「なんだ剣聖?」

 王がエジムンドを見上げる。

「何度も伺いますが、本当に、我が屋敷にお寄りになるので?」

「くどいぞ剣聖。現場百遍というだろうが。ハチヤ某の辿った道筋を辿るに、始まりの地を巡らぬわけにはいくまいよ」

「ああ、例のお知り合いの……」

「――違う!!」

 もはや食い気味に否定してくる。

 猫耳族の王にしてFLCの暗部の代表が、たかだかいちプレイヤーの動向を探るためにわざわざこんなところまで出向く理由が、エジムンドにはわからない。


「しかし王よ」

「なんだ剣聖?」

「はたして我が屋敷に入ることができますかな?」 

「……ほう」

 王はそっと目を細めた。

「――入るには資格がいると?」

 スチャッ、外套の袖から小型のハンマーを取り出す王。

 途端に、王の体から発せられた魔素マナが風を起こし、エジムンドの髪をなぶった。 

(な……なんというプレッシャーか……!!)

「そ、そうではございません。『この先に進みたいなら俺を倒してからにしな』的なノリではありません。その……当家は少々特殊な屋敷ですので、冒険者はもちろん、NPCたちでも、限られた者しか入れないようになっているのです」

 なにせアカウント停止者に対する恩赦クエストのためだけの屋敷だ。入館資格も極めてニッチなものになっている。

「……なんだ。そういうことか」

 魔素を収めハンマーを肩に担ぐと、王はつまらなそうに息を吐いた。

「なら大丈夫だ。我は強キャラだからな」

 こともなげに言う。

「ほれ剣聖。さっさと案内せい」

「はあ……。強キャラ……」

 とことこ歩き出す王の脇を抜け先導につきながら、エジムンドは首をひねった。

(このお方はいったい……)

 圧倒的な力、カリスマ、あまねくエリア境界を超える権限――。

 疑問は尽きないが、探るすべはない。ハチヤ少年の運命と、これから屋敷で起こるかもしれない騒動を思い、エジムンドは胃を痛めた。


 ~~マダム・ラリーの館~~


 突然の珍客を、マダム・ラリーはもろ手を上げて歓迎した。なにせ普段から暇を持て余し、話し相手と見れば近所の野良犬でも野鳩でもかまわぬという人だ。この前は邸内を徘徊する幽霊ゴーストに話しかけ(しかも自分で殺した人間が幽霊になったものだ)、あえなく戦闘になっていた。それほど手段も相手も選ばぬ人だから、こんな辺鄙な地で、なおかつ新規の客となれば、大喜びでもてなすのが当然だろう。


 1階の食堂には、賓客用の料理が所狭しと並んでいる。かつてハチヤ少年たちを饗したときのような山海の珍味美味の数々が、長テーブルの端から端までを埋め尽くしている。

「おうほうおう!! なかなかに気の利いた応対よの!! まずは褒めてつかわす!!」

 王はご機嫌でツインヘッドロブスターの丸揚げにかぶりついている。

「さきほどもずいぶんと買い食いをされていたようですが……よく入りますな……」

「おう!! ここの料理は美味いぞ!! 剣聖!!」

 口周りをソースでベタベタに汚しながら王。

「はあ……」

 主のほうを見やると、マダム・ラリーはにこにこと相好を崩して王の食べっぷりを見ていた。

「まあまあまあ、元気な客人ですこと。食欲も旺盛だし、見ていて胸がすくようだわ。愛玩用に一家に一匹置いておきたいくらいね。ねえエジムンド?」

「それは飼い猫の扱いですが……」

「鼠もとってくれそうじゃない。ねえエジムンド?」

「そこで同意を求められると返答に困りますな……」

 マイペースな館の主は、このめんどくさい客人を可愛らしい客猫としてしか見ていないようだ。


「それで? ハチヤ某とかいう不埒者はどこへ消えたのかの?」

 宴会用の料理をひとりであらかた食べきって、食後のキノコのスープをズズ……と飲み干しながら王は聞く。

「あらあら、ハチヤ様にご用でしたの。残念ですわね~。ハチヤ様は屋敷を出たきり行方が知れませんの」

「……ほう?」

「娘も行方を知りたがっているんですけれどもねえ。あの方もなかなか罪作りなお人で……」

「……ほほう?」

 ギラリ、と目を光らせる王。

「行方が知れぬと? 言っておくが、隠すとためにならんぞ?」

 肉球からにょきっと爪を出すが、マダム・ラリーはぴくりとも表情を動かさない。朗らかな笑顔のまま、王の脅しを受け流す。

「隠すもなにもございませんわ。私自身、娘のためにも是非とも行方を知りたいと思っていて、そのためにエジムンドを王都に使いに出したくらいですのよ?」

「ふむ……さっきから娘娘と言っておるが、娘のためにハチヤ某を探すとは、いったいどういうことだ?」

「……? それはまあ……将来の婿殿ですから。当然でございましょう?」

「……む、むこだと!?」

 王が驚き声を荒げたところへ、当の娘――レイミアが姿を現した。


「お母さま!! これはいったいどういうこと!?」

 両開きの扉をバァンと突き飛ばすように開けたレイミアは、すでに戦闘スタイルを整えていた。長い金髪を後ろで結い、開襟シャツと乗馬用のパンツという動きやすい格好をしている。ブーツは雪用の丈の長いのではなく、爪先に鉄板の仕込まれた荒事用のを履いている。

 レイミアはずかずか食堂の中央まで入り込むなり、迷うことなく王にレイピアの切っ先を突きつけた。

「わざわざハチヤ様の敵を招き入れるなんて!!」

「あらあら、でもお客様だからねえ……」

 マダム・ラリーは困ったように頬に手を当てた。

『客人をもてなさなければならない』縛りのあるマダム・ラリーには無理な相談だ。

「知ってるわよそんなこと!! ……でも、納得はいかないわ!!」

 王の胸元にレイピアの切っ先を擬したまま、わめきたてるレイミア。


「……ほう、我に剣を向けたまま親子喧嘩とは、よくよく舐められたものよの……」

 ゆらぁりと立ち上がった王の漂わせている殺気に驚き、跳びすさるレイミア。

 純正剣士ではなく、あくまで唱える者(スペルキャスター)であるレイミアの動きなど容易く捉えられるだろう王は、しかし後を追わない。

(猫が鼠をいたぶるように……。いつでも殺れるという自信の現れですか……)

 エジムンドは片刃の剣の柄に手をかけ、鞘ごと後ろに引き、膝をたわめた。移動技と出の速い居合い抜きを組み合わせた『疾走斬』の構え。何かあればいつでも止めに入ろうとの備えだ。

 エジムンドの気を読んだ王は、一瞬ピクリと髭を動かしたが、あくまで殺気は引っ込めない。

「娘。そなたに聞きたいことがある」

「な、なによ……」

 エジムンドと王、高まるふたりの気の臨界点に脅え後退り、壁を背にするレイミア。

「……ハチヤ某という男、貴様に何をした……?」

「……は?」

「……返答如何では殺さずにおいてやる。気にせず言え」

「それ、返答次第では殺すってことじゃありませんの!! 誰が気にしないでいられるもんですか!!」

「……言わねば今すぐ死ぬぞ?」

「――王よ。わかっておられるでしょうが、それ以上の狼藉は許しませんぞ?」

 エジムンドの双眸がどす黒く染まる。


 ――はっ。


 王は鼻で笑った。

「……剣聖。どうやらこの邸内では貴様の力、制限されるようだな」

「……なぜそれを……!!」

 設定だ。マダム・ラリーとレイミア、ふたりの殺人鬼を止められぬ自分に忸怩じくじたる思いを抱いているエジムンドは、ホームグラウンドである邸内では逆に、力を発揮出来ない仕様になっている。 

(……知られていた!? 無害なふりをして邸内に入りこむのが目的だったか……!?)

 全身が粟立つ。魔女ウィッチ35レベルのふたりと、剣匠ソードマスター40レベルに減衰しているエジムンド。並みのNPCなら押さえられようが、王相手では分が悪い。

 顎をしゃくるようにして小馬鹿にしてくる王と、歯がみしつつ王の挙動を見守るしかないエジムンド。

 パワーバランスが傾き雰囲気の変わる中、レイミアはそっと胸元で手を組んだ。


「――ハチヤ様は……私に夢をくださいました」


 夢? 王が胡乱な目で問いかける。

「……最果ての地で、この閉ざされた雪の中で、一歩外へ出ることすらかなわない私に、万里の地を駆ける夢をくださいました」

 レイミアの目が、ぼうとした光を放っている。微かで淡い光。それは「縁」のもたらしたものだ。PCとNPCの関わりの中で生まれた絆の輝きが、目に見える印として現れている。

「ふん、意味がわからんな」

「……わからないでしょうね。あなたには」

 信仰を知らぬ者を憐れむ宣教師のようにレイミア。

「あの方は暖かいお方です。4年間閉じこめられ、ひねくれぶすくれていた私の一番欲しかった言葉をくださいました。私の名を呼び、抱きしめてくださいました。……こんなにも醜い私を、愛してくださいました――」

「――名を呼び、抱きしめ、愛した……?」

「ええ、あの方は――」

「――名を呼び、抱きしめ、愛した……? しかも婿……!?」

「え、ええ……。ですから……」

 レイミアの話を聞いていた王の様子がおかしい。うつむき、拳を握りしめ、ぶるぶると肩を震わせ始めた。

(なんだこれは……怒りか……?)

 潮目が変わったのを察したエジムンドはレイミアを促し、そっと王から遠ざけた。

 剣の柄に手を当てながら、慎重に王の様子を窺う。

「こんな……こんな屈辱は初めてだ……!!」

 やはりおかしい。もともとハチヤへの執着ぶりは異常だと思っていたが、ここへ来てさらにおかしくなった。レイミアの話を聞いて、共に成した行為を頭の中で想像して、結果として怒り出した――それではまるで、嫉妬ではないか。

「我という者がありながら……!! 我という者がありながら……!! 他にいったい何人の女を……!!」

 顔を上げた王の目には、隠しきれない怒りと、うっすら涙が浮かんでいた。

「王……?」

「……殺してやる……」

 低くつぶやく。

「地の果てまでも追いかけ、殺してやる……!! 言い訳は許さぬ、謝罪も許さぬ、肉塊と成り果てるまで、突き刺し切り刻んでくれる……!!」

 呪いの言葉を吐くと、王は突如、身を翻した。


「……王よ。いずこへ?」

 早足で歩く王の隣に並ぶ。声をかけるが、聞いていない。

「殺す……殺す……殺す……!! 女の敵め……!!」

 据わった王の目の先には、きっとハチヤがいるのだろう。探し出して殺すつもりだ。かつて言っていたように、ログインする気力が萎えるまで殺し続けるつもりだ。

「――エジムンド!! 追って!!」

 レイミアが叫ぶ。

「ハチヤ様を守って!! 私の愛しい方を!!」

「……お嬢様」

 マダム・ラリーに目をやる。永きを生きる館の女主人は、すべてを察したように鷹揚とうなずきを返してきた。 

「――は。命に代えましても」

 

 館の外に出ると、王はすでに雪の中を進んでいた。雪を蹴立て巻き上げながら、脇目も振らない。

 浮気を許さぬ貞淑な妻のような背中を追いながら、エジムンドは成り行きの不思議さを思った。

 猫耳族の王と、いちプレイヤーとの因縁。ただならぬ固執。それはまだ、全貌を見せない。

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