表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/118

「アールが仲間になった!!」

 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 FLCの移動は徒歩・毛長牛ボンゴ・飛空挺・転移の魔法の4種類だ。徒歩以外の3種はすべてレベル制限があり、初心者には扱うことが出来ない。転移の魔法はPTメンバーが覚えていれば便乗出来るが、高レベルの唱える者(スペルキャスター)でなければならない上に、俺もコルムも魔法系統はさっぱりだ。前にもいったように、FLCは前衛職がベースなのだ。

 るいや先生と合流するためには徒歩移動しなければならない。

 徒歩の旅にはモンスターとのエンカウントが付き物である。低レベルキャラの護衛をしながら旅をするのは困難だ。なので姿を隠す隠密系魔法やアイテムを駆使しながらのかくれんぼのような行程になるのだが、そうなるとルルの迷惑スキルが俄然がぜん効いてくるわけだ。


「おいやめろよ。ホントにホントに振りとかじゃないからな」

「んー。頭ではわかってるんですがねー。体がいうことを聞かないというか。ほら、ルルは思考より直感。会議室より現場派なので」

「そのカッコよく言ったった。みたいな顔やめろ。ただ本能に忠実なだけだろ」

「誰がルルをこんな女にしたんですかねえ……」

「100%ゲームの製作者だな」

「おおぃ……ハチコー……まだつかねえのか……ぐう……」

「おいやめろ。寝たら死ぬぞイチカ。冗談とかじゃなくマジで死ぬぞ。街までもう少しだから頑張れ」

 ヴィンチはキティハーサ北端の大断崖の真下に位置する。高地であり豪雪地帯である。もちろんプレイヤーもキャラも寒さなど感じないので死因はモンスターの攻撃によるものだが、視覚効果も相まって、まるで寒さで死ぬかのような台詞になってしまった。


「オレはいつも10時には寝てるんだよう……ぐう……」

「意外といい子だなおい!! ……ああもう!! いい子だからもう少し頑張れ!!」


「――お困りのようだね少年」

 突如かけられた声。

「だ、誰だ!?」

 振り返った先にいたのは、年の頃なら14、5の女の子だった。真っ黒な髪と対称的な白い肌は兎耳族の証だ。毛足の長い真っ白なコート上下に、耳隠しの背高帽を被っている。キャラ名はアール。


「意識のない婦女子を抱えていては、さぞや道行きも難儀なことだろう。このボクが手伝ってあげようじゃないか。感謝したまえ」

「て、手伝ってくれるのか!?」

 アールは爽やかな笑顔を浮かべて歩み寄り、イチカの体を俺と逆側から支えてくれる。


「あ、ありが――」

「感謝したまえ。ははははは。このボクが頭脳労働以外に手を貸すことなんてまれなのだからな。ははははは」

「――なんか微妙に恩着せがましい!?」

「……なぁんかいけ好かない感じですねえ……」

 ふたりして微妙な感想を抱いていると、アールはからからと笑い出した。

「ははははは、まだ気づかないのかいふたりとも? ボクだよ。るいだ」


「涙だと……!?」

 そこまで言われてようやく気がついた。こいつは涙だ。ボクっ娘だったから気がつかなかった。

「なんか……随分とイメージ違うな……」

「そうかい? 良い意味で裏切ってるのだと良いんだけれど」

 雪面に跳ね返る太陽の陽射しを浴びながら、アールは爽やかに笑う。

 休み時間の賑わいの中、ひとりひっそりと本を読んでいる涙の姿しか知らないからか、すごく違和感がある。知識を鼻にかける探偵……的なキャラ造りをしているし。

 役割演技ロールプレイから入ってくるあたりは読書家の涙らしいけど、いきなり全開で来られるとなんというか、背中がむずむずするような感覚がある。

 あ、イチカさんは違和感ゼロですはい。あの人は中身も外見も獣です。


「ハチヤとイチカか。あとはマヤとコルムがいると聞いていたが……」

 おお……あの涙が、人のことを呼び捨てにした……!! 入ってるなあー!!

「……あ、ああ。マヤは寝た。コルムはなんでかログインしてくれねえんだ。あいつにしては珍しいことに、機嫌が悪いんだよな」

「ふ~ん?」

 アールは首をかしげた。

「機嫌が悪い、か。初めての人間に接触したことで、ナーバスになっているのかな」 

「そんなもんかぁ?」

「ハチヤにはわからない感情かもな」

 くすりと微笑むアール。

「は? なんだそりゃ」

「はは、これは失敬。気を悪くしたのなら謝るよ」


「そうだ。アールの妖精あいかたはどこだ?」

「ああボクのは――ママ。ハチヤだよ、ほら挨拶して」

「ママ……?」

 妖精の名前……? 眉をひそめた俺の目の前に、そいつはいきなり現れた。


 水銀を凝縮して空中に描かれた亡霊、といったらわかりやすいだろうか。髪が長く服を着ていて、目と口がある……ぐらいしかパーツとしてははっきりしていない女性。その大雑把な造りがかえって禍々(まがまが)しさを際立たせている。


 ――ウォボオオオオォー!!


「げげ!? 泣き女(バンシー)かよ!!」

 叫び声に引きながら俺。

 バンシー。一応妖精だ。死を告げる存在だが、死神とは違う。その家に死者が出ることを教え泣き叫ぶという不気味な習性のせいで怖いイメージがあるけど、特段悪さをするわけじゃない。

 FLCにおけるバンシーは、もちろんダントツのネタキャラだ。使っている人自体ほとんど見たことがない。まあ可愛くないしな……。バンシーをデザインした人には、FLCの売りを1000回ほど復唱してもらいたい。


「ダメですよあるじ様。そんな『うわ~この人絡みづらいわ~』みたいなリアクションしちゃ」

「お前もけっこう及び腰じゃねえか!!」

「いや~、口ではなんだかんだ言っても体は正直というか……」

「ははは、ふたりとも、そんなに固くならなくていいよ。ママは仲間を攻撃したりしないから」

「仲間でなかったらどうなるんですかねえ……」

「ナチュラルにママとか言ってるけど、家庭環境に問題ありすぎるだろ」


 いきなりアールは目を伏せた。

「……ママを土に返してあげるのがボクの夢なんだ」

「ああ……そういえば尼僧ナンなんですね……」

悪魔祓い(エクソシスト)への転職クラスチェンジ不可避だな」

「バンシーさんは妖精であって死者じゃないんですけどねえ……」

「思い起こせば7歳の夜だった。あの夜すべてが始まったんだ……」

「おいなんか滔々(とうとう)と語り出したぞ」

「設定厨だったんですねえ……」

「夕食の席で、豚の肉じゃなくパパの腕にフォークを突き刺して食べ出したママを、ボクは止めることができなかった……」

「しかもけっこうヘビーだ!?」

「パパさんは太ってらっしゃったんですかねえ……」

「比喩表現じゃないと思うぞ!?」

「もともとボクの家はオブリス家の本家筋で、13代目にあたるパパが呪われし家系の娘として忌まれる存在だったママをお嫁にしたことでお家騒動が起こって……」

「けっこう長いな!!」

「誰も頼んでないのに細部まで考えてるあたりが若いですねえ……」

 なぜかしみじみとうなずくルル。


 ――ウォボオオオオォー!!


「おまえはそれしか言えねえのかよ!!」

「あるじ様。死者に鞭打つような真似はちょっと……」

「おまえさっき死者じゃないって言ったばかりじゃねえかよ!!」

「慣用表現ですよ慣用表現。それにルルは人様の設定を踏みにじるような真似をしたくないので……」

「え!? なにそれ俺が悪い流れ!?」

「ハチヤ。バンシーは祖霊がなるものという説があるんだ」

「さすが詳しいっすね!!」

「何気に話は聞いてるんですねえ……」

「アール……カワイイムスメ……」

「喋れるんだ!?」

「可愛い妖精と語り合えるのがFLCの売りですよ、あるじ様。はあと」

「うっわ、殴りてえ!!」

「ママ。ありがとう。どうだい? 不自由ないかい?」

「ムスメ……クウフクダワ……」

「意外と食いしん坊キャラ!?」


「…………」


「なんで一瞬俺を見たの!?」

「……意外と悪食あくじきなんですねえ」

「それはそれでどういう意味なんだおまえは!!」

「だめだよママ。あれは食べちゃだめ」

「もっとちゃんと言い聞かせておいて!?」

「むにゃむにゃ……もう食べれないぜ……」

 地面に倒れるように寝ているイチカがうめく。

「食べるネタに反応した!?」

「けっこうベタな人ですねえ」

「いい加減起きろよ!! シショーすることなくて暇してんぞ!!」

「…………………………ぐう」

「こっちも寝てたー!?」

「相性ばっちりですねえ。あ、もちろんルルたちにはかないませんけど」

「申し訳程度のフォローはいらん!!」


「というかおまえら勝手すぎだ!! 団体行動!!」 

 バンバンバン、手を叩いて注目を集める。

 アールとママは大人しく従い、イチカとシショーは半覚醒状態ながらもなんとかこちらを見ている……たぶん。


「アール。俺はさっきからすごく疑問に思ってることがあるんだ」

「うん? なんだいハチヤ」

「先生は? たしかアールと出発地点同じだろ。どこにいるんだ?」

「ああ……あの人が一番面倒そうですもんねえ……」

 しみじみとルル。おおい先生。ゲームキャラにまで見抜かれてるぞ?


「先生は……」

 アールが悲しげに目を伏せ首を横に振る。

「えっ。なにその惜しい人を亡くした、みたいなリアクション」

「――捕まったんだ」

「は?」

 どういうこと?

「NPCや自分の妖精やボクに卑猥な言動を繰り返しすぎて、セキュリティに逮捕された。1ヶ月はプレイできないって」


「――はああぁあああああぁああああー!?」


 垢バン!? 垢バン食らったの!?

「まじで!? 俺、初めて見るんだけど垢バンくらった人!! しかも初日で!!」

 ネットスラングで垢バンというが、要は管理会社によってアカウントを停止されることだ。不正行為や公序良俗に反する行為を行った場合、管理会社はアカウントの永久停止や一定期間の停止をすることが出来る。先生の場合は不適切な言動をとがめられたわけだ。

「わかる気もしますねえ……」

 ルルが自分自身を抱きしめて怖気おぞけを震う。

「うん、想像は容易たやすいけどな。いやしかし、まずいなそれは……」

 1ヶ月もプレイできないのは痛すぎる。他のキャラとのレベル差も広がるし、クエストも進められない。


 ~~ヴィンチの街~~


「なんとかなりませんでしょうか~」

 先生の妖精あいかたのふくちゃんは、とんがり帽子にふかふかのコート(すべてピンク)をまとったふくふくした妖精だった。

 目が小っちゃくて手足が短くて体は全体的に丸っこくて、肌がマシュマロみたいにもちもちしてて、声もあどけなくて舌足らずな感じ(声優は河野時子トキリンだった。ルルとは似ても似つかない。プロすげえ)。いかにもあの先生が好みそうな(頬ずりとかしてそうな)妖精だ。

 今度の事は完全に先生の自業自得だし、ふくちゃん自身も犠牲者なのに、心配そうにしている。

「あんなところにとじこめられて~、ごしゅじんさまかわいそうです~」

「健気ですねえ……うるうる」

「なんとかしたいのはやまやまなんだがなあ……。さすがにこればっかりは……」

 頭をかく俺。


「閉じ込められてるってことは助け出せばいいんだろ?」

「あ、お目覚めになられたんですねお姫様」

 いきなり会話に参加してきたイチカに嫌味っぽくいってやると、「ああ!? ずっと起きてるっての!!」と怒りだした。

「いやずっとは嘘だろ」

 面の毛皮が厚すぎる。


「管理会社の取り決めならどうしようもないとは思うけど、どうなのかな。減刑とかできないんだろうか。嘆願の署名を集めるとか」

「カシコイムスメ……」

 冷静なアールと、娘しか見ていないママ。

「減刑ね……いやできなくはないんだけどさ……」

「なんだできんのかよ」

「できるんですか~?」

 皆の視線が集まる。ふくちゃんの瞳に希望の光が灯る。

「できるんだけどさ……。このクエスト……。やる人がそもそもいないんで情報がなくて……」

 垢バンの減刑には、嘆願の署名……ではなく、代わりに他のプレイヤーの協力がいる。多くないリアル時間を削ってひとりの為に皆が体を張ることが誠意の表れ、というわけ。

 実に感動的なシステムだ。だが――


「ごしゅじんさま……かわいそう……」

 ふくちゃんの瞳が潤み出した。

 あ、これあれだな。赤ん坊の泣き声が大人の本能に訴えかけるとかそういうあれだな。うん、これはきつい。

「……あるじ様ぁ」

「あーもう、わかったよ!! やるよ!! やればいいんだろ!!」

「おうっ、やろうぜ!!」

「ハチヤ。ボクも頑張るよ!!」

「はちやさんみなさんありがとーございますー」

 皆が盛り上がり、ふくちゃんがぺこりと頭を下げた。


 ……というわけで、俺たちの最初の冒険は始まった。

 ノリのいい仲間たちと、わいわい賑やかに。

 ……問題行動を起こした先生の減刑のため、という理由でなければ最高だったんだがな……。はあ……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ