「少女協定、締結」
~~~~~蜂屋幸助~~~~~
――ズガピシャーン!!
その時の俺の気持ちを音にするならこうだ。落雷の効果音。天地を揺るがす稲妻の炸裂。
衝撃だった。思ってもみなかった。涙みたいないいやつが、掛け値なしの美少女が俺を好いてくれていた。てっきり他に好きな人がいて、この間のそれは、そいつのことを言ってるんだとばかり思っていたのに……。
だってしょうがないだろ? 俺にはこんな経験いままでに一度もなかったんだよ。女子にラブレターもらったり、バレンタインのチョコをもらったりなんて嬉し恥ずかしの思い出はなかった。クラスの男子が誇らしげに話してるのを黙って聞いてるだけだった。机に突っ伏して、爆発しろと願ってるだけだった。
それが……それが……。
涙は震えていた。胸元で拳を握り、まっすぐに俺を見つめていた。顔を赤く染め、恥ずかしさに耐えながら、失敗を恐れながら、じっと俺の答えを待っていた。
……すげえよおまえは。素直に感心する。
たとえば俺に好きなコがいたところで、俺には告白する勇気なんてないだろう。静かに想いを寄せながら、葛藤を続けるのが関の山だ。そのコの卒業式の日に去り際の後ろ姿を見つめて、ちくりとした胸の痛みに耐えるだけだ。
まだ本当の恋をしたことがない俺には、決戦に打って出た涙の勇気に、ただ敬服するしかない。
「涙……俺……」
何をどうするとかこうするとか、具体的なプランなんてまったくないままにふらりと前に出た。とにかく涙の気持ちに答えなければならない。感情だけが前に出た。
「――ダメよ!!」
突然、とーこが割り込んできた。涙を押しやるようにして、俺の腕を抱え込んだ。肘がむぎゅっと、柔らかいものに包まれた。
「こーくんは私のよ!! 私が先に見つけたの!! あなたのじゃない!!」
「な――」
なん……だと……!?
「私も、こーくんが好き!! いや――私のほうがもっと好き!! ずっとずっと探してて、ようやく向こうから見つけてくれた!! こんな奇跡を起こして、私のもとに戻ってきてくれた!! もう離さない!! もう逃がさない!! ――誰にも、渡すもんですか!!」
むにゅ。
突然、柔らかいものが頬に触れた。それはちょっと濡れていた。水分の中に電極でも含まれていたかのように、肌を貫いて体の内側で弾けた。弾けたものの正体が快感というものだということに気が付いたのは、ずっと後になってからだ。
――ズガピシャーン!!
本日2度目の落雷。
なんだこれは……どうなってるんだ……。いったい俺の目の前で何が起こっているんだ……。
涙ととーこ。ふたりの美少女がいて、同時に俺に告白している。俺をとり合っている……?
なんだこれは……夢か妄想か。ありえない……ありえないだろ……。
つーか今のすげえのはなんだ? キスか? キスしたのか? とーこと俺が……?
電流が流れたぞ? キスって雷属性の攻撃だったのか?
「――ちょ、ちょっと、何してるの!? そんな急に……き、キスなんて……!! 幸助くんだって迷惑してるじゃ……!!」
「うるさい!! 恋敵の言うことなんて聞かない!!」
「こいが……!?」
「今さら違うなんて言わないでよ!? あなたは宣戦布告したんだから!! 絶対こーくんは渡さないんだから!!」
「――わ……わたしだって……!!」
涙ととーこが対峙する脇で、ぺたんと尻もちをついた。情けねえ話だけど、腰が抜けちまった。
だ、だってしょうがねえだろうよ!! 経験ゼロのまっさら系男子だぞ俺は!! こんなレベルの高え展開についていけるほど、心も体も発達してねえんだよ!!
「はは……なあ、ルル。俺、夢を見てるみたいだ。なあ、俺の頬をつねってくれよ。……つっても無理か。はは……」
ゲシュタルト崩壊を起こしかけ、思わず戯言をつぶやく俺。その脇を、音速で何かが通り過ぎた。
「――ダメー!!」
声だった。とーこの声じゃない。ルルの声だった。携帯の中から響いてた。
「やっぱりダメ!! ダメダメダメ!! 涙さんもダメ!! ママでもダメ!! あるじ様はルルのです!! 絶対渡さないんです!! ルルがいるかぎり、あるじ様の隣はルルのです!! ルルがいなくなる時には魂ごと持って行きます!! ……そうですよ!! デスゲームもののラノベみたいに、現実には戻れないやつです!! 向こうの世界で一緒に暮らすんです!! 嫌だって言ってもダメです!! 絶対ぜーーーったい!! 誰にも渡さないんです!!」
「ルルちゃん……!?」
「ルル……」
ルルの剣幕に、涙ととーこが戸惑う。
「いーーーーじゃないですか!! あなたたちには肉体があるんですから!! このあとの人生があるんですから!! いろんな人と出会って!! いろんな人とつき合って!! 好き合って!! 幸せな一生を送ればいいじゃないですか!! 歳とってよぼよぼになって!! 子供たちに囲まれた自分の人生を振り返ればいいじゃないですか!! みんなでゲームやってたね、なんて過去を懐かしめばいいじゃないですか!! ――なんであるじ様なんですか!! ルルには他になにもないんですよ!! あるじ様しかいないんですよ!! これ以上なにも奪わないでくださいよ!! ルルをひとりぼっちにしないでくださいよ!! あんたたちにはぜんぶ……ぜんぶあるくせに……!!」
「おいルル……」
声をかけると、ルルは涙のいっぱい溜まった顔で俺を見た。藍色の髪の毛先が、飛び散った涙で額に張り付いていた。
「えぐっ……うぐっ……」
堪え切れず、ルルは嗚咽を漏らした。
「――ごめんなさいあるじ様ぁ……!! ……最初はママに全部あげようと思ったの!! あるじ様の今後を考えて……!! ……ほんとだよ!? でもやだよぉ……!! やっぱり……やなんだよぉ……!!」
「ルル……!!」
「ルルはやっぱり!! あるじ様のことが好きなんだもん!! 誰にもとられたくないんだもん!! 物わかりのいいふりなんてできないんだもん!!」
「……!!」
――いままで黙ってたことだった。踏み込めば傷つけ合うしかないから、互いに言わないできた。
俺がルルのことを好きなのと同じように、あるいはそれ以上にルルも俺のことを好きだった。ラブなのかライクなのか、家族への好きなのか異性としての好きなのかはわからない。ただただ大事だと想い合っていた。
好きの意味を知らないまま、最後まで行くのだと思ってた。気持ちに蓋をすることに慣れていたから、このまま続くんだと思ってた。
限界が先に来たのがルルだったわけだ。
……そりゃそうだろうさ。いみじくもルル自身が言ったように、デスゲームみたいなものだった。ルルだけが死ぬやつだ。俺たちとは……平和にのほほんと暮らしてるだけの俺とは、切迫感がまるで違う。
――うわああああああああぁん。
泣き声はやまない。ルルは携帯の中で泣き崩れている。身も世もなく悲しんでいる。
……やっぱりこいつの泣き声は苦手だ。胸がざわつく。かきむしられる。他の何をおいても駆けつけて、慰めてやらなきゃと思う。
思うんだけど俺は……俺には他にどうしようもなく、ただ携帯を頬に当てていた。液晶保護カバー越しに、機械の発する熱だけを感じていた。そこに鼓動はない。血液の流れる気配はない。
ああ……。
ため息が出た。
――届かない。
ルルに生身の体がないことを、これほど悔やんだことはないかもしれない。頭を撫でることも、小さな体を抱きしめることも、それこそキスすることだってできやしない。どれだけ想っていても、それを伝えるすべがない。気持ちを証明することができない。
呪うしかなかった。具体的に誰を、とかじゃない。神とか世界とか運命とか、そういったあやふやで漠然としたものをだ。なんで俺たちを、別々の世界に産み落としたんだよ、ってさ……。
~~~~~
ルルの爆発にたじろいで気おされて、けっきょくその晩は、それでお開きとなった。とても続けられる状況じゃなかった。
だけどもちろん、あの全力の告白たちをなかったことには出来ない。彼女らに対して、俺はなんらかの形で答えを出さなければならない。
「――少女協定?」
涙の提案に、一同は素っ頓狂な声を上げた。
翌日、再びとーこの家に集まった俺たちは、涙の提示した条件に耳を傾けた。
「つまり、ね。もっと時間をかけようと思うの。このまま幸助くんにすぐ答えを出してっていうのは無理だろうし」
ちら……、と俺を見る涙。
「……悪い!!」
情けなくも、俺は手を合わせて詫びた。ヘタレだと言うなら言え。みんなを大事に思うからこそだ。簡単には答えられない。
「こほん。――そこで、ね。FLCが終わるまでは、答えを求めないことにしようと思うの。抜け駆けも禁止。あと239日。その間はみんなそれぞれ力いっぱい遊んで、楽しんで――」
「……全力でアピールする?」
とーこのつっこみ。
「抜け駆けは禁止でも、アピールは禁止じゃないのよね? 逆にいま出遅れている人にとっては、いいチャンスでもある」
「あぴ……ま、まあ、それもあるかな……」
とーこの貫くような視線に曝されて、涙は赤くなった。以前の涙なら、そこで蚊の鳴くような声を出してフェードアウトしていたかもしれない。でもすっかりたくましさを増したこいつは、決して退こうとしなかった。ぐい、と俺のほうに膝を寄せて顔を覗き込んできた。
ひたむきでまっすぐな瞳だった。涙でつるるんと潤んでて、保護欲をかきたてられるような瞳だった。
く……いかん。可愛すぎる。顔が近くて、首もとからいい香りが漂ってきてくらくらする。
「ね、幸助くん……。それでいいかな……?」
「……お、おう」
「はいすとーっぷ!!」
ルルが大声で待ったをかける。
「その協定にはもちろんルルも含まれてるんですよね? それで最後の答えがルルだったらどうなるんですか? あるじ様を向こうの世界に連れていってもいいんですか?」
「そ、それはダメだけど……」
「ただの脅しにしても怖いからやめて!? ――マジでそういう能力とかないよね!?」
「……さぁてどうでしょうねえ……」
にや、と不敵に微笑むルル。
「おいやめろよ怖えよ!!」
「ひひひひひー」
一夜明け、ルルはすっかりいつものテンションを取り戻していた。昨夜は寝るまでずっと泣き通しで、俺から離れようとしなかったくらいなのに。1ミリたりとも引きずっているようには見えなかった。
無理をしているはずだ。気持ちを洗いざらいぶちまけた自分を恥じているはずだ。なのにこいつは照れ笑いひとつすることなく、いつもの元気なルルのままで、再び周りとの関係構築を考えているようだった。人と人との関係の中で、自分を固めていくつもりなのだ。
……こんな男前な妖精を置いて、ひとりだけ幸せにはなれない。協定が終わるまで、俺が誰かを選ぶことはないだろう。
ふと考える。
今日出来たのが少女協定なら、俺とルルが培ってきたのはなんて言うんだろう。紳士……じゃねえし、主従ってのもあれだな。恋人、友達、親子、相方、妖精……どれもこれもぴんとこない。
どうでもいいことで悩んでいると、藍ちゃんが涙の背中を俺のほうに向かってぐいぐい押していた。あ、これ知ってる。小学校の時、クラスで流行ってたやつだ。仲良しの男女をひやかすやつだ。
「ほらお姉ぇ!! お姉ぇもいかないと!!」
「……え? え? や、藍ちゃん。そんな押さないで……そんなに急に……!!」
「おおおおぉー!? お兄ぃがモテ期だー!! すっげえぇー!!」
ぎゃあぎゃあわーわー。とーこの部屋は今日もうるさい。
「……まあ、あれね」
いつの間にか隣にいたとーこに、腕の肉を摘ままれた。耳元に口を寄せながら、ぼそりと囁いてきた。
「……しばらくは、この賑やかな日々が続くってことなのかしらね」
どきりとしてそちらを向くと、とーこはすべてを察したような顔で微笑んでいた。
「ちょっと意外な成り行きになったけれど、よかったじゃない。……これがあなたの望んでいたことなんでしょ? 私に友達ができて、ルルにリアルとの繋がりができて、やかましくて平和な毎日がこれからもずっとずっと続いて……」
――でも残念ね。
ぐさりと突き込むように、とーこは続ける。
「世の中、なんでも計算通りにはいかないの。思惑通りにはいかないの。だってあなたの筋書きには――私たちが女の子だってことが書かれていないんだもの」
「ぐうう……!?」
見透かされていた。
ああそうさ、大上段から見下ろしてるつもりでいろんな計画を立てて――カレーを食ったりお喋りしたりゲームをしたり――結果がこのカオスだ。
俺の狼狽える様を見て、とーこは楽しげに目を細めた。
「ざまあ見なさいこーくん。私たちは誰ひとり、あなたの望んだようには動いてあげないわ。これはゲームじゃないし、私は私なんだもの」
俺が答えられずにいると、みんなが俺ととーこの様子に気づいた。腕を掴んで、耳元に口を寄せて――それはまるで、キスしているかのように見える。
「ああー!! ちょ、ちょっと時子さん!? 抜け駆け禁止だよ!?」
「こらママ!! メッですよメッ!!」
「おおー、だいたーん!!」
「ふぉおおぉー!? お兄ぃがチューされてるー!?」
「あー、うっさいうっさい!! されてない!! されてないから!!」
な? してないよな? とーこのほうに振り向く俺。
その眼前に――なぜかとーこがアップで迫っていて、それは急速に近づいて――三度、俺の体を電流が走り抜けた。




