「わたしを、あなたの彼女にして下さい」
~~~~~蜂屋幸助~~~~~
あっれ~……おっかしいな~……?
俺はキッチンでひとり首を傾げた。
対面式のカウンターキッチンから見渡せるリビングの状況は、お世辞にも良好とは言いがたい。
長テーブルを挟んで時子と涙が対面している。しかし何をしゃべるでもない。涙はもじもじしながら時子よりもむしろ俺の様子を窺い、時子はただ状況に戸惑い、やはり俺に救いを求めるような視線をよこす。
摩耶は時子が気になるのか、腕にひっつくようにして下から顔を覗き込んでいる。藍ちゃんはただ無言で、部屋の中を見渡したり、面白そうに涙をつついたりしている。
ここまで俺がやったことと言えば、自己紹介させ、簡単に互いの来歴を紹介し、カレーが出来上がるまで寛ぐように言っただけだ。お見合いの進行役みたいな感じだ。
お話を創る側の時子とお話を読む側の涙。それだけでいくらでも接点はあるように思えたのだがしかし、ふたりを引き合わせ友達になってもらおうという俺の作戦は、いきなり暗礁に乗り上げている。
「ぼっちとぼっちを掛け合わせても、ぼっちにしかならないんですよねえ……。とどのつまりはきっかけを作れない者同士なわけですから」
そんなこともわからないんですか? ルルは呆れたように俺を責める。
「互いのステータスを知ったところで、そこからさらに一歩踏み出す勇気と意欲がなければ、友達になんてなれないんです」
「くっ……バカ。諦めんな。かくなる上は、俺が軽妙洒脱なトークで場を盛り上げてだな……」
「……それはたぶん修羅場にしかならないからやめたほうが……」
「……はあ? なんで修羅場だよ」
「それがわかんないからあるじ様は……はあ……まあいいですけど……」
頭痛をこらえる仕草をするルルはほうっておいて、俺は出来上がったカレーライスをカレー皿によそった。
「ほいおまた~。おい摩耶。おまえの好きなお兄ぃ特製カレーだぞ~?」
しかし珍しいことに、摩耶は反応しなかった。いつもなら「おぉおおー!? やったー!! お兄ぃ特製カレーだー!!」と諸手を上げて走り回って喜ぶのだが、今日に限ってはぴくりとも動かない。大人になったなあ……? ……いや違うなこれ。時子にピタリとくっつき、じ……っとまっすぐに見上げている。カレー以上に興味のあるものを見つけただけだ。
見知らぬ幼女にべったり懐かれ、さすがに居心地悪くなったのか、時子が身じろぎする。
「……ねえ、なにこれ?」
「……いや、俺にもわからん。摩耶がお兄ぃ特製カレーを無視するほどに他人にくっつくことなんて初めてだ」
ふう……ん。時子は戸惑いながらスプーンを口元に運ぶ。
「……あ、美味しい」
口にした瞬間、表情がぱっと明るくなった。
「へへー。だろ?」
「……ほんとだ。美味しいね。幸助くん」
涙も口元をおさえて驚いている。
そうだろう。そうだろうさ。カレーには、みんなの心を明るくする魔法のスパイスが入ってるんだからな。
「おうおう!! もっと誉めろ!! 崇め敬え!!」
カレー効果のおかげで、その後は和やかに談笑出来た。涙たちとプレイしているFLCの現況のこと。藍ちゃんと摩耶がクラスメイトなこと。涙の好きな本。藍ちゃんの万能小学生ぶり。摩耶のダメ子ちゃんぶり。時子はぎこちなく、しかしたしかに笑いながら、控えめに話に混じってきた。
時子の仕事やルルと同じ声の話になると、俄然場は盛り上がった。トークの外縁部にいた時子を中心に据え、涙と時子はさらに互いにわかり合った。
――ああ、これでふたりは友達になれる。ぼっちが身を寄せあって、暖め合うことが出来るんだ。
親のような気持ちで2匹の雛の旅立ちを見守っている時に、それは起こった。
なかなかカレーを食べ終わらないのを藍ちゃんにバカにされていた摩耶が、相変わらず時子をガン見しながら、こう叫んだのだ。
「――あああああああぁー!! とーこだあああぁ!!」
~~~~~武田涙~~~~~
カラン。
スプーンを取り落とした時子さんの顔が、瞬時に点火するように真っ赤になった。口を開き目を見開いた。
停止状態から、さながらドラッグレースのスタートのように、いきなり最高速度に達したのがわかった。スピードメーターの名はラブ。わたしは、人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。
「こーくん……こーくんなの……!?」
「え……おまえ……。とーこ……なのか……? ……あの病院の?」
ぶんっぶんっ。
時子さんは強くうなずいた。目の端に涙が浮かんでいた。
「やっと会えた……ほんとに来てくれた……!!」
時子さんは両手で顔を覆い、感動に胸を打たれて、その場で崩れ落ちそうにしている。
「おい、とーこ!?」
幸助くんが心配して歩み寄る。
「大丈夫か?」
「ああ……っ!!」
幸助くんの優しい表情に気づいた時子さんが、感極まったように叫んだ。
――女のわたしから見ても美しい人だった。声をかけられただけで、世の男性のほとんどが舞い上がってしまうような人だった。しかもその人はどうやら幸助くんの昔馴染で、ずっと会いたがっていたのに、今まで離れ離れになっていたらしい。
それ以上のことは察するしかない。想像するしかない。部外者のわたしにはわからない。
でも、ひとつだけわかっていることがある。
このままふたりをくっつけてはいけない。
それだけは……ダメ――!!
「涙……?」
「え、なに……?」
「お姉ぇ!?」
幸助くんと時子さんの間に手を拡げて割り込んだ。突然のことに、誰もが驚きの声を上げた。
「ダメ!! それだけはダメ!!」
ノープランで飛び出した。理屈も理論もなにもない。ただ言葉をぶつけるしかない。
「……なんなの、あなた?」
久しぶりの再会を邪魔されてムカついたのか、時子さんの目が攻撃的な光を宿す。
「……わけがわからないんだけど。そこをどいてくれないかしら」
「ちょっととーこ。そんな言い方はないだろ」
「だってこーくん……」
「――こーくんじゃ、ない!!」
何かに突き動かされるように、声を張り上げた。自分の中にこんな音があったのかと思うような、大きな音だった。理性じゃない。100%感情だけ。100%のわたしの想い。それは高く響いて、部屋を揺らした。
「幸助くんよ!! 幸助くんだもん!! こーくんじゃない!! こ・う・す・け・く・ん!!」
「ちょっとあなた、なに言って……」
「――幸助くんは……わたしのものだもん!!」
『――!?』
「ずっと好きだったんだもん!! ずっと言おうと思ってたんだもん!! あなたのことが好きですって!! 優しいところが好きですって!! 元気なところが好きですって!! ちょっとエッチなところも、時々泣き虫なところも、朝に弱いところも、涙目であくびしてるところも、みんなに振り回されて困り顔なところも、わたしに向けてくれる暖かい目も!! ぜんぶぜんぶ、大好きですって!! ――幸助くん!!」
「は、はいっ!?」
拳を握った。目を見つめた。大きく息を吸い込んだ。
わたしはもう――逃げない。
「――わたしを、あなたの彼女にして下さい!!」
涙のターン。




