「頑張る妹と頑張らない妹」
~~~~~武田藍~~~~~
部活の練習から帰ると、涙がいきなり泣きついてきた。聞けば、涙が思いを寄せる蜂屋幸助が、見知らぬ女の子と歩いていたのだとか。私立の有名な女子校の制服を着たその女の子は、なにやら親しげに蜂屋幸助と話ながら、駅前の高層マンションに消えたのだとか。
もともと疑惑はあったのだ。親に叱られログイン時間が激減するはずだと言っていたのに、夏休み前とそれほど変わっているようには見えないこと。PTに加わらずソロプレイする機会が増えたこと。ルルの声にかぶって、誰か別の人間の声がすること。
ネカフェを使うには金がかかるし、部室を使っているとしたら夜にログインできるわけがない。あのマンションからだとしたらすべての説明はつくが、今度は別の疑問が持ち上がる。
――いったい、誰の家?
「……んで、気になって張り込んでたら、けっきょく5時間出て来なかったと」
こくこくこく、涙目になりながら涙はうなずく。
「……その間、お姉ぇはなにやってたの?」
「外で待ってた」
「外って……この炎天下?」
35度超えの猛暑日だ。
「うん。暑かったようー。もう汗だくになっちゃったぁ」
ぱたぱたと顔を扇ぐジェスチャーをする涙。あどけない表情にはなんの邪気も感じられないが……。
「……ちょ、ちょうどいい日陰とか木陰とかの下で?」
「ううん。道路。日陰も何もなくて困ったよー」
「それは大変だったね……」
「うん。でも大事なことだからね」
自分の行動に絶対の確信を持って、涙はうなずく。
(いけない……このストーカー予備軍をなんとかしないと……)
その執念深さに戦慄しながら、藍は危なっかしい姉のために一肌脱ぐことを心に決めた。
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武田藍は、自他共に認める優秀な人間だ。学業運動の成績は抜群。美男美女の遺伝子を継いでいるため眉目秀麗でもある。人の心を読む能力に長け、対人関係も完璧。あらゆる方面に隙がなく、クラスでは女王として君臨している。
――女王が動いた。
瞬間、クラスがざわついた。夏休みど真ん中の登校日の存在に呪いの言葉を投げていたクラスメイトたちが、一斉に凍りついた。
藍が立ち止まったのは、クラス一の問題児の席の前だった。
問題児は寝ていた。休み時間だからではなく、登校してからずっと寝ていた。
蜂屋摩耶、体調不良を理由に長期間休校していた過去があり、今も時折登校してこないことがある。授業中に寝ることも前述の理由から黙認されており、それが公平さを欠くとして、クラスでは煙たがられる存在だ。
勉強も運動も出来ない。身体は細く小さく、言動も幼く、少なくとも同い年には見えない。
ただし、見た目は物凄く可愛い。陶磁器のように白い肌。夜闇を櫛梳ったように黒々と長い髪。視線がぼうとして定まらぬところが繊細な造形と相まって、人を酔わせるような妖しい美しさを醸し出している。
子役専門のスカウトに声をかけられたが、会話が成立しなかったためにお流れになったという話は、いまや伝説となっている。
自分の容姿に自信を持っていた藍としては、甚だ面白くない。その気配を察してか、クラスの誰も、摩耶の容姿を褒めない。相手せずに無視を決め込んでいる。
言わばクラスの対極に位置する者同士の邂逅――。
「未知との遭遇だ……!!」
「何かが起こるわ……!!」
「ああ!! 神様!!」
好き勝手に騒ぐクラスメイトは無視して、藍は摩耶の頭をコツコツ叩いた。
「もしも~し、入ってますかー?」
摩耶はふるふると頭を振りながら体を起こした。寝乱れた髪の毛が頬に張りつき、涎が唇の端に煌めいている。
「……うあう~?」
身も世もないようなうめき声を上げる。そんな状態でもまったく美しさが損なわれないというのが逆に凄い。
「……お兄ぃ~? 呼んだ~?」
目をグーで擦りながら、わけのわからぬことを口にする摩耶の頭を、藍はもう一度コツコツ叩く。
「何言ってんだかわかんないっての。いいから早く起きな。あんたに話があるんだから」
ため息まじりに告げると、クラスメイトたちがざわめく。
「……おい、いま話をつけるって言ったぞ!!」
「ダメよ!! 藍ちゃん!! 暴力は何も生まないわ!!」
「ああ!! 神様!!」
ビキビキ。藍のこめかみに青筋が立つ。
「いちいちうるさい!! あと、ちょいちょい神様に祈ってるやつ!! あんたの家はお寺でしょうが!!」
一声でクラスメイトたちを黙らせると、改めて藍は摩耶に向き直る。
「蜂屋摩耶。あんた、このあとあたしにつき合いなさい」
「つき……合う……?」
摩耶は言葉の意味を計りかねたように首をかしげた。
「どうせあんた暇なんでしょ? 行くとこがあるからついて来なさいって言ってるのよ!!」
あれだけべったりしているのだから、兄の交遊関係には詳しいはず。蜂屋幸助の相手の女の人定確認をさせるのだ。
摩耶はテコテコとカラクリ仕掛けの人形のように小忙しく頭を動かして考えこむ。
「ついて行く……一緒に下校……?」
「そうそう」
「仲良し……友達……?」
「いやそれは違……」
おかしな雲行きになってきたので摩耶を止めようとした藍だったが、摩耶の勘違い回路が完成するほうが早かった。
バチッ。死んでいた回線に電流が流れたように、摩耶の顔に生気が宿る。
「――藍ちゃん!! 友達になってくれるの!? わかった!! 行く行く!!」
「誰も友達だなんて言ってないでしょ!! ただ一緒に帰るだけで……!!」
「一緒に帰る!? 一緒に遊ぶ!? ふぉおおおー!!」
勢いを増す摩耶は、ジャックナイフのように立ち上がる。
「うるさい!! 黙れ!! いきなりテンション上げんな!! ――く、くっつくのやめなさい!!」
大きな目をキラキラさせた摩耶が、藍の手を握ってぶんぶか振り回す。力だけなら藍のほうが強いはずなのだが、摩耶の勢いと予測のつかない動きに戸惑い、されるがままになってしまう。
「……おい、聞いたか?」
まさかの事態に、クラスメイトたちが顔を見合わせる。
「友達だって……」
「友達……」
「でも否定してるけど……」
「一緒に帰るって、一緒に遊ぶってことでしょ?」
「それもう友達じゃん」
「友達……」
「友達……」
ひそひそと囁く声。
「――女王がデレたぞ!!」
誰かが叫んだ。
「南小最強カップルの誕生だ!!」
誰かがぶち上げた。
「藍×摩耶最高!!」
やんややんやの大喝采。
藍は顔を真っ赤にして否定する。
「うるさい!! わけわからんこと言うな!! 誰がこんなやつと!!」
「おおお!! ツンデレだ!!」
「さすが女王!! 最強のデレ属性!!」
「藍×摩耶!!」
「藍×摩耶!!」
「うるさーい!!」
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「くっそ……なんだってこんなやつと……!!」
「藍ちゃんと摩耶!! 仲良し!! ね!? 友達!! ね!?」
「違う!! 黙れ!! 離れろ!!」
空いた手でバシバシ叩くが、摩耶はぎゅっと藍の腕を抱え込むようにして離さない。
「ひとりぼっちの時に優しく声をかけてくれる人がいたら、思わずぐらっときちゃうよね……」
摩耶に完全になつかれてしまった藍を見て、涙はしみじみとつぶやく。
「ぼっち勢の習性なんて知らないっての!!」
藍は悲鳴を上げた。
学校から帰る間中、摩耶に腕をとられていた。ふたりが共に歩く姿はさながら映画のワンシーンのように美しく、クラスメイトだけでなくほぼ全校の生徒から囃し立てられた。
摩耶とセット扱いにされ、藍のプライドはズタズタである。
「もう……!! お姉ぇのために体張ってるんだから、頑張ってよね!?」
3人の目の前には、例の高層マンションのエントランスが口を開けていた。




