「子供たちはどこへ行った」
~~~~~モルガン~~~~~
生まれついて体が弱く、村へは転地療養に来ていたアンバー。両親は王都在のまま幼子だけひとり、こんな田舎に取り残された。
ひとつの愛情の形ではあったのだろう。貧しい家の者なら、不安定なまま成長し、体を病んで死に至っただろうから。
だけどしょせんは金で買える愛情で――その虚しさは、加奈子にはよくわかる。
アンバーにとっての本当は、バドとレフだけだった。その彼らが勇気を振り絞り、モンスターの巣食うテルメルクの森へ向かっている間、彼女はどんな気持ちでいたのだろうか。窓の外へどんな想いを馳せていたのだろうか。
今となっては知る術もない。聞きたくても、彼女はもういないのだから。
といって、病気をこじらせて命を落としたわけではない。モルガンらが駆けつけた時には、彼女はすでにいなかった。ロックグラス邸の自室から、アンバーは忽然と姿を消した。
女の子らしい可愛い内装の部屋の中は、窓から吹き込む暴風雨のせいで、びしょびしょに濡れていた。
見ると、枠ごと窓ガラスが割れている。たなびくカーテンの向こうに、庭木の葉がざわめく姿がよく見えた。
近寄って目を凝らす。ガラス片や木片を取り上げ、仔細に調べてみる。
(外側から、強い力を加えられている……。誰かがアンバーを連れ去った……?)
アンバーの部屋は2階だった。窓際から下を見下ろすが、激しい雨風のせいで、また夜中ということもあり、痕跡は覗えない。窓のすぐ側にはナダの樹が太い枝を伸ばしており、侵入自体は容易かったことだろう。
誰もが寝静まった頃に、凶行は実行された。激しい物音を聞いて駆け付けたロックグラス邸の使用人たちの目の前には、もぬけの殻になった部屋があるのみだった。
(なんでこんなことに……!?)
ふらりとよろめきかけ――弟子ふたりの視線に気づく。ただただ縋るような視線。
(……ああ、そうよね。私はこいつらの師匠なんだ。こんなことでふらついていられるもんですか……!!)
ぎりり、と歯を食い縛り、克己心を奮い起こす。
「大丈夫。絶対私が助けてみせるから、安心しなさい」
「――師匠!!」
抱き付いてくるレフを受け止める。
バドはちょっと逡巡していたが、モルガンが手招きすると、じわじわと近寄って来た。レフとふたり、抱えるように抱きしめると、力をこめて抱き返してくる。
「モルガン……」
アールがすまなそうな顔で近づいてくる。
「すまない。気づくのが遅れた」
ハチヤも一緒に謝ってくる。
「悪ぃ。ラクシルは今朝方呼び出したばかりだから呼び出せなかった」
「いいのよ。――たぶんラクシルがいても間に合わなかった。そうよね? アール」
アールはうなずき、推理を披露する。
「こう言ってはなんだがね。モルガンが出発した時点で、おそらく間に合わないはずだ。犯人は、モルガンのいない隙を狙った。村の『数少ない戦力』である冒険者のいない隙をついた」
「……まんまと乗せられたってわけね」
「大胆かつ狡猾な犯人だ。この嵐で、運も味方した」
アールは忌々しげに窓の外をにらむ。
「……当たりはついてるの?」
するとアールは眉を開き、自信ありげに胸を張った。
「無論だ。犯人は幸運だが、同時に不運でもあった。なにせこのボクが居合わせたのだから――」
~~テルメルクの森にて~~
森と街道との際に、倉庫が一棟建っている。全開の扉の前に馬車を横付けにして、夜中だというのに酒場の主人であるワイナールが忙しげに出入りしている。倉庫の中から漏れる光は灯明の魔法を付与した常夜灯だ。幌のかけられた4頭立ての馬車にはワイン樽がぎっしりと詰め込まれ、そちらにも同じ魔法を付与されたランプが置かれている。
「――ワイナール」
声をかけると、ワイナールは驚き足を止めた。ランプを手に取り、こちらに向けてくる。
「……なんだ? こんな夜中にお揃いで」
不意の訪問者が意外な大人数なのを知って、訝しげに目を細める。
「それはこっちの台詞よ。あんたこそなんなの? こんな夜中にこんな天気の中、配達ってんでもないでしょうよ」
「……帰り際に降られてな。車輪が溝にはまって、抜け出すのに手間取った」
ワイナールは酒場経営の傍ら、自家製ワインの販売も行っている。口当たりのまろやかさと爽やかな甘さが富裕層のご婦人方に好評で、配達は時に王都にまで及ぶことがある。
倉庫は備蓄倉庫で、ワインの貯蔵熟成施設も兼ねている。荷馬車には、なるほどこの悪天候の中を走っただけに、大量の泥がまとわりついている。
「……用がねえなら」
作業を続けようとするワイナールを無視して荷台に登ると、モルガンはワイン樽の蓋を開けた。取引先の大樽に移し替えたのだろう、中身は空だった。バドとレフも、真似をしてどんどん蓋を開けていく。アールはすでに降ろされた分を確認しに、倉庫の中へ探しに行った。
「……てめえら、どういうことだ?」
ワイナールの動きは、ハチヤが眼前に立って阻止する。
「後ろ暗いことがないならじっとしてなよ、おっさん」
剣は抜いていない。だが、動けば斬るとでも言わんばかりの勢いだ。
「……なんだてめえ」
緊迫した雰囲気の中、探すことしばし――。
「……あった!! あったぞ師匠!!」
「ナイス!! バド!!」
荷台から飛び降りたバドの周りに、ワイナール以外の全員が集まる。
「……ちっ、なんだってんだ」
舌打ちするワイナールに、モルガンは告げる。
「減らず口もそこまでよ。あんたの悪行の証拠は掴んだわ」
「――ああ?」
ワイナールが剣呑な視線を向けてくる。土妖精らしいごつごつした腕の筋肉が盛り上がる。
そしてアールは語り出す。
「最初から違和感を感じてた。このクエストはおかしい。どこかが歪で、アンバランスで、座りが悪い。そう思ってた」
腕組みし、片方の手の人差し指だけをぴっと立てる、得意げなポーズ。
「村の戦力不足を補うために、子供たちが自警団を設立する? わかるようでわからない話だ。それなら大人たちを鍛えるほうがよっぽど早い。きちんと武装を施したり、隊伍を組むだけで全然違ってくるはずだ。子供がやるより現実的で効果的だ。村のために、という意気は買うがね」
娘の晴れの舞台を、ママさんが嬉しそうに眺めている。
「脅威を排除するのが第一義だ。排除しきれないなら排除しきれないで、継続的に脅威を撥ねのける仕組みを作るのが合理的な思考というものだ。だからこその自警団の設置。そこまではわかる。だが少年少女の自警団なんていうのは、いささかロマンティックに過ぎるだろう。細部にこそこだわるFLCにしては、ずいぶんとらしくない」
一瞬だけバドたちを見たのは、アールなりの気遣いか。
「もともと子供の少ない村だ。田舎ということもあり、富裕層の保養地という性格もある。都会への労働力の流入にも歯止めが効かない。この村では、子供は定着しない存在だ。バドたち自警団がいつまで経っても3人なのも、そのせいだ。かててくわえて、テルメルクやレヴンドールに巣食うモンスターの活動が、戦力不足のカロックの村に被害を与えているという問題もある。狙いやすいのは大人よりも子供という、これも道理だ。だが、こうも考えられないだろうか? 犯人の特定しづらい人的被害が諦観とともに許容される状況。そこには犯罪の関与する隙が生まれる。それがさらに、子供の減少に拍車をかけている、と」
「……周りくどい言い方しやがっ……」
「――犯罪の隠れ蓑になっている、と言えばわかりやすいかい?」
険悪なワイナールのつぶやきに被せるようにアール。それは紛れもない挑発だ。
「おかしかったのは、あのタイミングでバドたちに月光草の効能を教えたことだ。知っているならもっと以前から教えればよかった。酒場の常連だったんだぞ? いままでだって、いくらでもそのタイミングはあっただろう。テルメルクの森での採取が仮に不可能な難事であったとしても、金にものを言わせることはできるだろう? アンバーの両親には、それぐらいの経済的余裕はあったのだから」
こんな田舎に別宅を構え、多くの召使いと美食と財物に囲まれた、贅沢な生活をおくらせる余裕があるのだから。
「アンバーの体を慮っての行動ではない。すぐにそれはわかった。ならなんだ? なんのためにそんなことをした? 簡単だ。戦力を村の外へ追いやりたかったんだ。バドたちじゃないぞ? 『冒険者のお師匠さん』をだ」
「……くだらねえ」
ワイナールはけっと吐き捨て、作業に戻ろうとした。
ワイン樽を持ち上げ、倉庫に移そうとしている。
「バド」
アールが指示すると、バドは掌の中にあるものをワイナールに見せつけた。
「……? なんだ、それ?」
ワイナールは怪訝そうな顔をする。
――黄水仙の髪飾り。
「これは……オレがアンバーに贈ったもんだ。あいつの金髪に、よく似合ってたから……。――おっさん、アンバーをどこへやったんだよ……っ!!」
「……!!」
敵意に満ち満ちた目を向けられて、ワイナールは息を飲む。
アールがここぞと追い打ちをかける。
「この髪飾りはあなたの馬車の荷台から発見されたものだ。複数ある樽の中のひとつから、アンバーのものと思われるメッセージも見つかった」
レフがおっかなびっくりワイン樽を運んでくる。子供が入るのにちょうど良さそうな大きさの、空の樽。
「思われるというのは、メッセージがひとつじゃなかったからだ。『お母さん助けて』、『死にたくない』ナイフや爪などで刻み込まれた複数のメッセージが発見された。――ここまで言えばわかるだろう? このクエストの要点は、日常に隠されていた犯罪を暴き出すこと。……さあ、教えてもらおうか。ワイナール。『子供たち』をどこへやった?」




