「師匠と弟子」
~~~~~三つ頭~~~~~
テルメルクの森の岩棚に生息する三つ頭は、自警団のシナリオ用の固有モンスターだ。それ以外に出番はない。バド・レフ・アンバーの3人を一度も逃がさず捕えるという奇跡を起こさない限り、日の目を見ることすらない。『名を縛る者の指輪』を所持する者との組み合わせの確率を考えれば、ほとんどゼロに等しい。
だからこそ彼らには固執があり、保持者となった。バドやレフを攻撃し仕留めるという命題に賭ける熱意は、もともとの設定よりもさらに強い。
バドたちとその保護者をあっさりと蹴散らすことが出来、彼らはとても気分が良かった。
「さっきのはよかったよな~、リガンの兄貴」
「ああ。い~い悲鳴だったな。この嵐よりもいい鳴き声だったな。バリオンよ」
「三つ頭の兄さんの本領発揮ってところだな」
揃って「おーほーほー」と独特の笑い声を上げながら、岩棚の上にいた。太く長い無数の根を尺取虫のように蠢かし、枝葉を揺らしている。洞の中の鬼火にも序列があり、リガンが長兄、ペイガンが次兄、バリオンが末弟という扱いだ。
「へへへ、あの程度の連中なら、何度来ても返り討ちだな」
「……バリオンよ。あんまり甘く見てると、足元を掬われるぜ?」
慎重派のペイガンの発言に水を差され、幼いバリオンは不満気だ。
「なんだよいきなり、ペイガンの兄貴。いいじゃねえか。初戦で初勝利だぞ? 素直に盛り上がろうぜ」
「……それがいつまでも続くと思うな。俺たちの出現条件を考えろ」
「……え? なんだっけそれ。俺、覚えてねえよ」
「おまえというやつは……」
「だってよ~。なあ、リガンの兄貴?」
助けを求めるバリオンを、リガンは一顧だにしない。
「『名を縛る者の指輪』を所持していること。また使用すること」
「……そういうことだ、兄貴。さっきのは、指輪の入手経路を考えれば驚くほどに脆かった。脆すぎたんだ。だからやつには必ず強力な仲間がいるはずだ。共闘されれば、今度は勝ち目はない」
「なんだよぉ……」
バリオンは泣きそうな声を出す。
「ペイガンよ、おまえの恐れはわかる。だが聞け」
リガンは厳かに告げる。
「三つ頭は悪役だ。悪は最後まで悪。微塵のブレも乱れも許さん。プレイヤーどもが何度来ても帰り討ちにするし、バドとレフには死の恐怖を味あわせ続ける。二度とおかしな気を起こさないように、痛みを、恐れを、やつらの脳に刻みこんでやる。それが定めだ。無駄なことを考えるな」
長兄の断固とした決意に弟たちは打たれ、決意を新たにする。
「リガンの兄貴ぃ……」
「……そうだな。兄貴。俺が間違ってた。慎重になりすぎてた」
「……へ~、面白そうな話してんじゃねえか。ちょっと俺にもその話、聞かせてくれよ」
『――!?』
いつの間にか岩棚の上に、少年がひとり立っていた。つんつんと尖った髪型が特徴の、丸耳族の少年だ。
軽武装の戦士、その手には見たことのない片手剣をぶら下げている。
「なぁ~んだ~? てめえはよぅ~」
「人間ごときがこんなところに来やがって、この前の弱っちいののお仲間か?」
「性懲りもなく助っ人連れて挑んできたのか。なあよう、なんの勝算があって、てめえらは挑んでくるんだ?」
口々に挑発するが、しかし少年はびくともしない。
「弱い犬ほどよく吠えるってな。きゃんきゃんとうるせえんだよ三下」
逆に少年に煽られ、三つ頭は揃って憤る。
「てめえ……!!」
「舐めくさりやがって……!!」
「ペイガン、バリオン、油断するんじゃねえぞ!!」
「『剣よ!! 剣よ!! 我が声を聞け!! 我が敵の名を知れ!! 其は汝の敵なるぞ!! 地の果てまでも追い駆けて、討ち果たさねばならぬ者なるぞ!! 知らざるならば胸に刻め!! 憎き其の名は――三つ頭!!!!!』」
口にした呪文とともに、少年の姿は「ヴン――」と瞬間移動のようにかき消える。
ザン!!
一瞬後には少年は三つ頭の背後にいて、重く大きな枝の一本が切り飛ばされ、宙を舞っていた。
「ぎゃあああああああ!?」
「兄貴ぃいいいいいい!!」
「腕が!! 腕があぁああああ!!」
血液の代わりに緑色の樹液を迸らせた枝が、音高く水溜まりに落下する。
「けっ、騒ぐんじゃねえよ。雑魚が」
少年のつぶやきに、三つ頭は激昂する。
「はあああぁあああー!?」
「だあぁれが雑魚だぁあああ!?」
「てめえ自身の矮小さを顧みたうえで言ってんのかあぁああ!?」
「――うるせえっての」
少年はつぶやき、ふたたび例の呪文を唱えた。
姿がかき消える前に三つ頭は身構えていたが、防御も回避も間に合わない。先ほどと同じように、枝の一本が根元から寸断された。
『うああああぁあああああー!?』
三つ頭は悲鳴を上げた。
「ありえねえ!!」
「ありえねえ!!」
「ありえねえ!!」
口々に怒鳴り叫んだ。
残った枝葉を振り回すが、身軽な少年はひょいひょいと跳び回り、掠りもしない。
こっちの攻撃は当たらないのに、相手の攻撃は当たる。しかも一撃一撃が重すぎる。
勝てない。
ようやく訪れた活躍の機会が、たった一晩で消え去る。次の機会はおそらく来ない――絶望が三つ頭を支配した。誇りも矜持も消し飛んだ。
「兄貴ぃ!! オレは死にたくねえよぅ!!」
「黙れバリオン!! てめえは三つ頭としての誇りをだなあ――!!」
「くそ!! くそ!! くそぉ!!」
「――ねえハチヤくん。とどめは私に刺させて」
「知ってるさ。何倍にもして返してやってくれ」
――少年と、さきほどの女と少年との会話がノイズのように聞こえる。視界が狭まり、夕暮れ時のように暗くなり、意識が徐々に薄れていく。
樹液が流れ過ぎた。
HPが削れ過ぎた。
『てめえらあああぁあああ!!』
3人の声はハウリングを起こしたマイクのように醜く歪む。
「……うるさいわよ。あんたらごとき三下が、私たちの行方に立ちふさがろうってのが間違いなのよ」
『はああぁあああああ!? ふざけてんじゃねえぞ!! 俺たちに負けてぴーぴー泣いてた女子供がよおおぉおおお!!』
「……その女子供に負けて泣き叫ぶあんたは、さらに恐ろしくみっともないわよ? ゴミクズ以下ね」
長耳族の女の、蔑むような冷たいまなざし。それが、三つ頭の最後に見た光景となった。
『ああああああぁああああああああああああああああああ!?』
~~~~~モルガン~~~~~
「師匠!! やった!!」
レフが喜び勇んで駆けつけてくる。
FLCに舞い戻ったモルガンの、ハチヤ、アールをPTに加えての三つ頭への再戦は、拍子抜けするほどあっさりと片付いた。ハチヤの持つ魔法の剣の威力は、このクラスのモンスター相手に使うには、過剰にすぎた。
「……やったな師匠」
表面上は喜んで見せるバドだが、表情にはいまいち精彩がない。誰にも見せたくなかった樹皮人としての姿になってしまっているからだろう。
前回は戦闘中に変化したバドだが、今回は最初から変化状態だった。つまり、丸耳族と動く樹の合いの子状態。ハチヤによると、おそらく敗北したプレイヤーへの救済措置だろうとのことだったが、人間の姿に戻れないことを考えると、バドにとっては最悪の展開だろう。
バドはイベントアイテムである月光草を慎重に掘り起こすと、大事そうに胸に抱え、とぼとぼと歩いている。
「バド……」
人間サイズの服も靴も鎧も、もはやサイズが合うものは何一つない。大人用のローブを頭からかけてやるが、突起のように突き出す枝葉の部分が盛り上がり、隠しきれない。
「……ねえ、バド」
「あ、うん……サンキュ」
優しく声をかけるが、バドはモルガンと距離をとり、明らかに対話を避けている。
――すうぅ、モルガンは大きく息を吸い込む。
「――バぁド!!!!!!」
突如モルガンが出した大きな声に、バドはびくっと肩を震わせた。
「は、はいっ!?」
目を丸くするバドの頭を、強引に撫でる。突起があって撫でにくいが、力ずくでぐりぐりと撫で付ける。
「あんた男でしょ!? だったらいつまでも小っちゃいことでうじうじうじうじしてんじゃないわよ!!」
「な、なんだよそれ……」
「樹皮人だからってなんだってのよ!! 人間じゃないからなんだってのよ!! あんたは私の弟子なのよ!? 一般大衆なんて及びもつかない、高貴で美麗な私の自慢の弟子なのよ!? 胸を張りなさい!! 傲慢に笑いなさい!! 他人を見下して、憐んで、高みから見下ろしてやるぐらいの根性見せなさいよ!!」
「いてっ、いてえよ……!!」
ガシガシ、ガシガシ。乱暴に、モルガンはバドを慰める。撫でるというよりタワシで擦り付けるような勢いだが。
「あんたは村が好きなんでしょ!? アンバーとレフが好きなんでしょ!? それを全部すべて丸ごと守りたいと思ったから、こうして私に弟子入りしたんでしょ!? だったらそれでいいじゃないの!! 好きだって!! 守りたいって!! それ以外に何が必要なのよ!!」
「いたいって……もう……ぅっ」
「見返りが欲しいんだったら、私が愛してあげるわよ!! 村にいられなくなったら、ずっと一緒に旅してあげるわよ!! それでいいでしょ!? まさか不満だってんじゃないでしょうね!?」
「……もう……わかった……からっ」
バドが泣いている。でもそれは、痛みのせいではない。
「わかったの!? わかったならハイっていうのよ!! 返事は常にイエスかハイ!!」
どこまでも強気に強引に、愛情を押し付ける。モルガンに迷いはない。相手の反応を窺ってびくびくするような脆さは、空の彼方に飛んで行ってしまった。
フードの下でバドは鼻をぐずらせ、「……ぁい」と不明瞭な返事をした。拳をぎゅっと握り締め、閉じた目から涙を溢れさせながら、懇願する。
「師匠……頼む。オレたちを……助けてくれ……」
「――任せなさい!!」
ドン、モルガンは力強く胸を叩く。




