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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
カロックの自警団

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45/118

「先生の先生」

 ~~~~~蜂屋幸助はちやこうすけ~~~~~


 ボーン、ボーン、ボーン……。古めかしい時計の振り子が、応接間に午後4時を告げる。

 まんじりともしない気持ちで、俺はソファに身をうずめていた。

「……はあー、すっごいお屋敷だね。先生の家って、ほんとにお金持ちなんだ」

 隣に座るるいが、感心したような声を出す。


 精神的ショックで学校を欠席した先生を心配して、涙とふたり、学校帰りに見舞いに来ていた。

「ね、幸助くん」

 沈黙は罪、みたいに涙が盛んに話を振ってくるが、俺は陰気に「ああ……」としか答えられない。

「見た目もすごいけど、中身もすごいね。家具がいちいち豪華だし。ね、さっき見かけた女中さん。かっこよかったね。すごいね。お話の中以外でああいう人を初めて見た。なんか色々事件とか目撃してたりして――」

 あはは、涙は場を盛り上げようとことさら陽気に振る舞うが、その作り笑いはあんまり上手くない。

 もともと無口なやつなのだ。騒ぐクラスメイトたちの陰でひっそりと佇んでいて、自己主張は皆無。どもりがちで、一言話すたびに相手の顔色を窺うようなタイプ。

「……ごめんね」

 懸命に俺のテンションを上げようと努めて頑張ったけど、俺は上がって来なかった。

 それを自分のせいのように感じてしまったのだろう。涙はしょぼんと肩を落とした。

「涙が悪いわけじゃない」

 純粋に、俺が悪い。

「……想像出来たはずなんだ。あの一瞬で判断出来たことは、決して少なくなかった。HPが危険水域に達したのがふたりいて、ヘイトは明白に片方に向けられてた。あの場で優先されるべきは、ヘイトのターゲットになっている者を、どうでも救うことだった。回復をルルとアールのふたりに打ってもらうべきだった」

「……でも、あんなの予想出来ないじゃない?」

「いや出来た。他ならぬ俺だからこそ。だってあれは、FLCだったんだから――」 

 各自の妖精あいかたの迷惑スキルまで考慮に入れて、安全マージンをとるのがFLCだ。歩いている時は常に転ぶことを、休んでいる時は常に襲われることを想定しなければならない。トレインに強制転移に魔法や特技の暴発、罠の発動エトセトラ。脅威はいくらでも身近にあって、それらすべてに対処しなければならなかった。


 ――真剣味が足りなかったってことだ。


 自分は死なないけど、NPCは死ぬのだ。自我のある仲間たちが、目の前で死んでいくのだ。プレイヤーが無能なら、それこそ何度でも。

 もはや、たかがゲームなんて言える状況ではなくなってしまっている。そのことに、今さらながらに気がついた。


 ぎりっ。

 歯を食い縛る。

 俺はなんて――

「幸助くん……こっち見て……!!」

 切羽詰まった声に驚く。

 涙の顔が、吐息のかかるほど近くにあった。長い前髪が斜めに流れて、綺麗な顔がよく見えた。睫毛まつげを震わせ、目を潤ませ、唇をきゅっと噛みしめている。

 こんなにも美しい生き物がこの世にいるのだという事実に感動する。

「大丈夫……だから……!!」

 俺の手が、涙の手の中にあった。胸元にかき抱かれるようにしていた。柔らかく温かい何かが、ぎゅっと俺の心を掴んだ。トクンと、一際強く心臓が鳴った。

「……!!」

 危ねえ。涙の善意を好意と勘違いしてしまいそうになった。

 世の中には、生来善良な人間がいる。なんの狙いもあざとさもない、良い気質の塊のような人間がいる。例えば涙もそのひとりだ。こいつは心から先生や俺の立ち直りを願ってくれている。この行為にも、決して特別な意味はない。

 

「――甘えてんじゃねえですよ」

 つっけんどんな口調で、ルルが口を挟む。

 涙は慌てて俺の手を離した。自分がしていたこと今さら思い出して、顔から湯気を上げている。

 たぶん俺も、似たような顔をしていることだろう。至近距離で見つめ合って、手を握り合って。それじゃあまるで――いや、なんでもねえ。中坊の妄想乙だ。

「今辛いのは誰ですか? あるじ様でも泥棒猫さんでもないでしょうよ」

 むむ……そう言われるとグウの音も出ない。あと、涙のことを泥棒猫と呼ぶのはやめなさい。学校の夏服に猫耳尻尾のコスプレした涙を想像しちゃって色々ヤバイから。はかどっちゃうから。

「辛いのは先生でしょうし、ふくちゃんでしょうよ。間違っちゃいけません」

 

 コホン、咳払いの音がした。振り向くと、戸口に70がらみの白髪の女性が立っていた。

 濃紺色のワンピースに白い袖飾りは、他にも何人か見た女中さんたちの制服だろう。この人は、貫録からすると女中頭というところだろうか。その年代の女性にしては背が高く背筋がビシッと伸び、とくに立ち姿がかっこいい。しわだらけの顔の中で、ナイフの切り傷のような細い目が、油断なく俺たちを見据えている。

「ど、どうも。えっと――」

「おたかとお呼びください」

「あ、はい。お鷹さん。あの、先生は――」

「加奈子お嬢様は、どなたともお会いになりません」

 有無を言わさぬ口調で切り捨てる。

「や、でもその……」

「申し訳ございません。何分本人が具合が悪いと申しておりますので、今日のところはどうぞお引き取り下さい。学校のほうにも1か月の休暇申請を出しましたので、ご心配いただく必要はございません」

「1か月――!?」

 ながっ!! それで社会人として大丈夫なの!? 理事長の娘補正でなんとかなるもんなの!?

「あ、あの……」

 涙が恐る恐る手を上げる。

「わたしたち、先生のことが心配なんです。どうか一言だけでも……」

「心配していただく必要はございません」

 切り込むような口調に、涙が「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げる。

「――わたくしが手塩にかけて育てたお嬢様を、必要以上に傷つけたいとおっしゃるならば、相応の対処を致しますが?」

 腕組みし、傲然ごうぜんと俺たちを見下ろす姿は、もはや完全に一般人のものじゃない。女傑とか女侠客とか、そういった言葉を想起させるものがある。

「そそそそそそ、そんなことないですっ」

 涙は完全にびびってしまっている。

 俺も正直、このまま帰ってしまいたい気分なんだけど――だけど、やっぱり退けないよな。涙にあそこまでさせておいて、俺が逃げるわけにはいかない。

「あ、あの。俺……」

「――何か?」

 ギン、と凄え視線。視殺ってのはこういうことを言うんじゃないだろうか。

「俺たち、先生の教え子なんです」

「知ってます。それが何か……」

「お鷹さんが、俺たちの尊敬する先生の先生なら、俺たちは孫生徒になるわけです」

「孫……生徒……」

 お鷹さんの鉄面皮に、ぴしりと亀裂が入ったような気がした。

 俺は両手を膝につき、誠意をこめて頭を下げる。

「大先生。先生に会わせてください。お願いします。あの人は、色々問題もあるけど、俺たちの大事な先生なんです。一生徒の分際で生意気かもしれないけど、力になってあげたいんです。傍にいてあげたいんです。苦しみを分かち合ってあげたいんです」

「大……先生……」

 なぜだろうか。お鷹さんは自分の服の手首を力強く握り、何かに耐えるような表情を浮かべている。

「お願いします!! 大先生!!」

 俺の服の袖を掴んでいた涙が、勇をして同調する。

 お鷹さんはふらついて壁に寄りかかって、観念したように顔を手で覆った。

「わ……わかりました……。しょうがないですね……他ならぬ孫生徒の頼みとあらば……」

『――!!』

 俺は涙と目を合わせ、アイコンタクトで喝采かっさいを上げた。


「ここが……先生の部屋か……」

 お鷹さんに案内された先生の部屋は、分厚いオーク材の扉で閉ざされていた。内鍵がかけられ、お鷹さんが声をかけても出てきてくれないとか。

「というか、こんなに分厚い扉で、外の音とか聞こえるんすか?」

 お鷹さんが「下、下」とでもいうように扉の下部を指さす。

 オーク材に、そこだけ四角い切れ込みが入っていた。蝶番ちょうつがいがあり、外側に開くようになっていた。

「なにこれ猫ドアみたいな……」

「配膳用の戸口でございます」

「引き籠もり用のドアなのこれ!? なんなのあの人!? プロの引き籠もりかなんかなの!? この道で食ってるの!?」

「ある意味食っていけてはいますけどねえ……」

 さすがに引き気味のルル。

「以前にお籠りになられた時は、3か月ほど出てこられませんでした」

 大先生もっと頑張れよ!! あの人、超メンタル弱者に育っちゃってるじゃないですか―!!

「ち、ちなみに以前お籠りになられた時は何が原因だったんですか……?」

 恐る恐る、涙が質問する。お籠りって単語を常用化するのはどうかと思うが。

「……」

 お鷹さんはしばらく押し黙ったあと、ゆっくりとゆっくりと言葉を紡いだ。


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