「割り切れるほど大人じゃない」
~~~~~ハチヤ~~~~~
ラクシルの背に乗って、俺とアールは一路、テルメルクの森の岩棚を目指していた。
突如として送られてきたモルガンからのメッセージは、大いに俺たちを動揺させていた。
「悪い予感が当たっちまったか……」
「悪い予感? そう言えば、さっきも似たようなことを言ってたな。……終わりがあるとかなんとか」
岩棚へと近づくにつれ、暴風雨は激しさを増す。厳しい表情をしながら、アールが俺のほうを向く。
「――知ってたのか? ハチヤはこのことを?」
「さすがに知ってたわけじゃねえよ。でも、そういうことがあるんじゃないかって想像はしてた。村の自警団になるって目的がある以上、避けられないイベントがあるからさ」
「……どういうことだ?」
アールは訝しげに眉をひそめる。
「弟子を成長させるってことは、成長させる目的があるってことだ。自警団なら、目的は村を守ることだろう。村を守れるくらいに強くなったことを証明しなけりゃならない。そのためには当然、儀式を行わなければならない」
「儀式?」
「通過儀礼っつってもいいさ。アフリカだかどっかの部族でやってるだろ? 成人の日のバンジー。FLCみたいなRPGじゃ、アイテム集めか戦闘イベントってのがセオリーだ。何を集めるのか、何と戦うのかはわからない。この前見たら、3人はもう青銅系の装備つけてたし、けっこうな勢いで成長してるみたいだから、早晩イベントが発生するだろうと思ってた。レベルが発生条件だとしたら、下限でいきなり行うよりは、上限まで上げて行ったほうが何につけても有利だ。消費系アイテム集めなんかも同時に行っておけば万全だろう。こうして俺たちの手助けが遅れる状況まで考えて」
「ふうむ……?」
アールがちょっと戸惑ったような顔になる。まあこれはゲーム的発想だからな。
「あらかじめ受験があるのがわかってるなら計画立てて勉強しとけば有利でしょ、みたいなことだ」
「……あ、なるほど」
でっかいブーメラン? うるさいよ。
「――俺さ、前にFLCじゃない他のRPGで、本拠地にいる何人もの仲間の中から好きなキャラを選択してPTを作って旅するってのをやってたことがあるんだ。その中のとあるキャラが、俺はあまり好きじゃなかった。仲間になった時以来、PTに入れたことすらなかった。ずっと本拠地に置きっぱなしだった。そもそもが弱くてさ、鍛えるのも大変なんだ。――でも、ある時そのイベントは起きた。本拠地が敵に襲撃された。ちょうどそいつが主人公格のストーリーラインでさ、そいつ単独で、強キャラとの一騎打ちに勝たなきゃならなかった。俺はそれまでそいつのレベルをまったく上げてこなかったから、さんざんな目に遭わされた。勝てる見込みなんてなかった。……そいつは何度も死んだよ。その時、メインPTは遥か大地の涯にいて、イベントのタイミングも折り重なって、戻って鍛え直すことは不可能だった。ちょうどいいセーブデータもなかった。あらかじめ鍛えてなければクリアできないように設計された、意地悪なシナリオだったんだ。……すでに50時間ぐらいプレイしてたとこだけど、俺はゲームを一からやり直したよ。敗北してもそいつが死ぬだけで、本拠地の運営には影響ないし、クリア自体は普通に出来た。無視することだってできたんだ。でも……」
――だからって、割り切れるもんじゃないだろう?
「出来るだけレベル上げを急ぐ必要があった。用意をしておく必要があった。だけど――」
言えばよかった。アドバイスが必要だった。だけど――
一瞬、病院で出会った先生の姿が頭を過ぎった。くしゃくしゃにされた花束――あれは普通じゃなかった。
「……俺は口を挟みたくなかったんだ。先生が、あまりにも楽しそうだったから……。3人と過ごす時間を大切にしているのがわかったから、無粋な言葉で汚したくなかった」
~~~~~
「――ねえねえおふたりさん。盛り上がってるとこ悪いんですがね」
ルルが冷めた口調でつっこんできた。
「この状況、どうするんですかね……」
ルルのしらっとした目線の先には、無数の黄蚊の群れが雲霞の如く密集し、俺たちを追って来ている光景がある。
「……すまない」
沈痛な面持ちのアール。
テルメルクの森の名物、蚊トラップ。世にも美味なるルーメンの木の果実に成りすました黄蚊の巣。間違ってつつけばたちどころに現れる吸血蚊の群れに襲われ血を吸い尽くされるという、嫌いな人には鳥肌ものの罠。
見分け方は単純で、黄色い皮に赤い斑点があるかないかなんだけど、そこはそれ、罠と見ればかからずにはいられない、道化の嘲りの本領発揮。アールのためにルーメンの木の果実をもいでやろうとして、ことごとく外れを引いている。
「まああれだ、アール。あんま気にするな。ラクシルが追い付かれるようなスピードじゃねえし」
俺はアールの肩をぽんと叩く。
「ルルも同じような病気持ちだからさ、この程度じゃ気にならねえよ」
「ハチヤ……」
「ママさんだって、悪気があるわけじゃないだろうしさ」
「差別差別!! 差別ですよー!! あるじ様ー!!」
ルルが耳元で思い切り騒ぎ立てる。
「ルルの時はいつもあんなに怒るのに!!」
「おまえの芸風とはなんか違うんだよなあ……」
「何がですかー!!」
「ほらだって、ママさんあんなに申し訳なさそうじゃん」
指さした先では、アールに「ゴメンネ……カワイイムスメ……」と謝り絡みつくママさん(泣き女)がいる。ビジュアル的には呪われてるようにしか見えないけども。
「ルルだって、いっつも申し訳ない気持ちで一杯ですよー!!」
「おっまえ……!! いっつも目ぇきらきらさせてやってんじゃん!!」
「設定!! 設定なんですよ!! ルルは悪くねえです!!」
「ええー……」
「どこの誰が、好き好んで自分のご主人を戦闘不能に追い込もうなんてするもんですか!! その『おまえおまえ』って顔を今すぐやめてください!!」
もう!! ルルは全力で意義を訴える。
「……ナギハラウ?」
ラクシルが速度を緩め、頭の金属筒を蠢かせる。
「いや、いい。スピードで振り切れ。時間が惜しい」
あのモルガンが恥も外聞もなく「助けて」だなんて、よっぽどのことだ。
指示を出すと、ラクシルは「……ン」とうなずきスピードを上げ、一気に黄蚊の群れを振り切ると、崖を駆け上がった。岩棚に辿りついたところで持ち時間が過ぎ、ラクシルは虚空にふつりと消えた。
~~~~~
すでに戦闘は、最終局面に達していた。見慣れない鬼樹の上位種のような固有モンスターと戦うモルガンたちは、今まさに、成すすべなく敗れさろうとするところだった。
「モルガン!! 俺たちをPTに!!」
叫びながら駆け出すと、モルガンは九死に一生って感じの声で叫んだ。
「ハチヤくん!! お願い助けて!!」
モルガンの許可で、PTメンバーに組み込まれる。バドとレフのHPゲージが表示されるが、どっちも真っ赤だ。
「任せろ!! ルル!! バドに回復!! アールはレフに!!」
短く指示を出すと、俺は名を穿つ者の剣を抜いた。
「『突撃!!』」
モンスターの名前はわからないので、シンプルにのけぞり硬直効果を狙う。直後に咆哮を重ねれば、ヘイト的にもばっちりだろう。
――間に合った。
――これで勝てる。
――誰も死なない。
誰かがほっと息をつく。誰かがそっと胸を撫で下ろす。解決したわけではないが、弛緩した空気が流れた。緊迫した状況が解決したような錯覚にとらわれた。
その時だ。あってはならない声がした。
「ぼくも~、かいふくしてほしいです~」
舌ったらずな甘い声。ふくちゃんの迷惑スキル:小悪魔。
効果は、状況を考慮に入れないおねだり――。
「――なんですとぅ!?」
ルルの回復が、システム補正に逸らされて、バドではなくふくちゃんに飛んだ。緑入りのエフェクトが小さな体を包み、減ってもいないHPを回復させた。
変わらず、モンスターのヘイトはバドに向かっていた。ルルの回復が間に合う計算をしていたが、肝心の回復が飛ばなかった。ひと手間分たりなかった。
最後の一撃がバドに直撃するのを、誰も止められなかった。
「ひ……っ」
誰かが息を吸い込んだ。
バリンッと軽い音を響かせて、バドの命が砕けた。木と人間の間の子のような外見に変貌していたバドが、モルガンの腕の中で、粉々になって虚空に消えた。
「ちくしょう……!!」
遅れて俺の攻撃がモンスターに命中する。のけぞり硬直で吹っ飛んだモンスターは、「おーほーほー」と耳障りな笑い声を上げながら、空中に溶けるように消えていった。
倒せたような感じじゃない。
シナリオ失敗。もしくは戦闘のやり直し。
「――モルガン!!」
声をかけるが、モルガンは聞いていなかった。
「ああ……あああ……っ」
彼女の発する声は、言葉になっていなかった。さっきまでバドがいたあたりの空間を見つめ、口から不明瞭な音を漏らし続けていた。膝をついて、肩を落として打ちひしがれている。空気が漏れるように、魂が抜けるように、いつまでもいつまでも。とめどなく、やまない雨に打たれながら。




