「枝分かれする世界の中のたった3人」
~~~~~ハチヤ~~~~~
カロックの村を後にする俺たちを、バド、レフ、アンバーの3人が手を振りながら見送ってくれる。焦げそうなほどの夕陽を背に受けたそれぞれの顔は、泣いているような、笑っているような、複雑な色合いに染まっている。
悪ガキ3人は冒険者の薫陶を受け、盗賊団から陰謀団へと宗旨替えした。娯楽の少ない田舎の村に潤いをもたらすために、 日夜いたずらを繰り返しサプライズをもたらすトリックスターとして活躍していく予定だ。
簡単なシナリオだった。3人との追いかけっこに勝利して、わがままを聞いてやり、選択肢を間違えないように指導していく。正答さえ知っていれば時間にして2時間もかからないような、お手軽なシナリオだ。
にも関わらず、FLCプレイヤーの誰に聞いてもこの3人の存在が強く印象に残っているのは、皆、彼らの行く末が気になっているからだと思う。子供の少ないカロックの村で、周囲の大人たちの温かい目に見守られながら、すくすくと育っていく3人。その行く末が楽しみで、だけど同時に不安でもあって――そういった複雑な思いで胸がもやもやするからだ。
もしかしたら教師ってのは、こういう気持ちがより強い人がなるもんなんじゃなかろうか。中学生がこんなことを思うのは、生意気かもしれないけれど。
~~カロックの村周辺にて~~
「……ハチヤ、ハチヤ」
誰かが耳元で囁く声で目が覚めた。
目を開けると、そこにいたのはアールだった。兎耳族の黒髪ショートの美少女が俺の顔を覗きこんでいる。耳隠しの背高帽やふわふわの毛皮のコートが水に濡れている。
「やあ、ふふ。やっぱり君はあのまま寝ていたんだな」
アールは楽しげに肩を揺すっている。
背後でママさんがおどろおどろしく揺れているが、これはひょっとしたらアールを真似して笑っているんだろうか。
「もしかしたらと思って来てみたんだが、まったくしょうがないな君は」
腰に手を当てこれ見よがしにため息をつく。
「ダメだろ。夏とはいえ、ちゃんとベッドで寝直さないと。睡眠不足や体調不良は脳の敵だよ?」
……あ、そっか。
摩耶が寝落ちしてお袋にベッドまで運ばれて、ついでイチカが喋らなくなって、あれもたぶん寝てて――最終的には俺も意識を失ったんだった。
寝落ちすると親もうるさいから、気を付けるようにはしてるんだけど、ひさしぶりにやっちまったのか。
見渡せば、そこはカロックの村の周辺の草原フィールドだった。空はどんよりと曇り、雨が降っている。餅丸がウロチョロしてるけど、レベル差があるので俺には戦いを仕掛けてこなかったのだろう。他のフィールドだったら、けっこうあっさり死んでたかもしれない。
ん? てことは、わざわざ俺のためにこんな時間に――AM02:00!? マジか――ログインしてくれたってことか? 明日学校だぞ? なにこのコ優しい。優しさで泣いちゃう。
「……おっまえは本当にいいやつだよなぁ~」
思い切り感心していると、アールは腕組みしてあらぬほうに目線を向けた。
「ふ、ふん。勘違いしてもらっては困るな。知識の探求者たるこのボクが、わざわざそれしきのことのために来たと思ってるのかい? 相変わらずおめでたいな。君、脳は生きているうちに使うべきものだよ」
そちらは相変わらずいけ好かない感じのキャラ作りだけど、中の人が涙なので、イヤな奴に成りきれずにツンデレっぽくなっている。
「……へえ~、じゃあなんのために来てくれたんだ?」
笑いを噛み殺して聞くと、「どやあ」って感じの得意気マックスな口調でアールはこう聞き返してきた。
「陰謀団と自警団の違いについて聞かせてもらいたい。いや、言葉そのものの意味は理解しているんだ。でも、同じゲームの中に違う3人がいて、違う存在になっていくっていうのが感覚的に理解出来ない」
「ああ、そのことか……」
……ふむ、用意してきただけに、まともな疑問だった。
たしかに皆には説明不足だったかもしれない。困惑するよな。モルガンと一緒にいる3人と見た目まったく同じ3人がいて、しかも異なる別シナリオに派生するっていうんだから。
「アールは、『並行世界』って知ってるよな?」
「………………ああ、なるほど。そういうことか」
さすが本の虫。一発で理解してくれた。
並行世界っていうのは、自分がいる世界線Aがあったとして、それによく似たBやらCやらという世界線が同時並行して存在しているという観念のことだ。例えばあの時あの道を右に曲がっていたらとか、左に曲がっていたらとか、あるいは引き返していたらなんていう細かな可能性の数だけ分岐して、どこまでも無限に枝分かれしていった世界達の積み重ねのことだ。
SF用語というだけでなく、量子力学やら宇宙論などのようなガチな学問の分野でも研究されているので、正直、突き詰めれば突き詰めるほどわけわかんなくなる。
小説やマンガなんかでよくあるのは、違う世界の自分が助けに来たり、あるいはその逆に助けに行ったりって展開だな。俺は青いタヌキのマンガで並行世界を知った口だけど、涙ならもっと難解な海外SFとかで知ってそう。
「簡単にいうならそれだ。あの日、3人をモルガンが捕まえた時点で、陰謀団のいる世界Aと、自警団のいる世界Bで分岐した。といっても、完全に枝別れしたわけじゃない。モルガンと俺たちは相変わらず同じ世界線にいて、BとAは互いに干渉出来ない。モルガンはBに干渉出来て、俺たちはAに干渉出来る。PTを組めば、互いにABどちらにも干渉出来るようになる。要はあの3人が関係するとこだけが、小っちゃな並行世界になってるんだ」
「同じ世界でありながら、一部だけが異なり、特定条件下では観測が可能になる……ということか。ほうほう……」
腕組みをしてぶつぶつとつぶやくアール。好奇心を刺激されたのか、声がちょっと弾んでる。
「他のゲームではあまりない要素だよな。『縁』って呼ばれるシステムでさ、ひとつのシナリオが分岐することがある。分岐させた本人とそのシナリオには『縁』があって、『縁』を持つ者と繋がれば、他人もそのシナリオを体験することが出来る。派生シナリオも存在するから、ますます『縁』の存在は重要になる。たとえばこいつは――」
言いながら、俺は『カイのメダリオン』を使った。バビュッと神速で、ラクシルが駆け付ける。水面を「――ズシャアッ」とかっこよく滑り、ぴたりと俺の前で制止する。
「……ヘイ、オマチ」
「おもいきし泥を撥ねといてお待ちも何もあるか」
コツンと頭を叩くと、ラクシルは小首を傾げた。
全身に浴びた泥水をぶるぶると振り払って綺麗にする。ゲームだからこれで済むけど、リアルだったらクリーニングでもどうなるかってとこだな。
「こいつとの間柄は、俺の『縁』だ。あのシナリオをクリアしたことで生まれたもんだ」
「……ン」
ラクシルは深々とうなすく。
「……マスター、ト……スレイブ」
「だからそういう言い方をすんなっ。家族だよ。ファミリー。ドゥーユーアンダスタン?」
「……スタン?」
小首を傾げるラクシルを見て、ふふ、とアールは笑った。
「相変わらず、キミたちは仲がいいな」
「まあな。家族だもの」
「……ン」
「そしてルルは正妻ですが何か」
いきなり現れたルルが、ラクシルの頭の上に座り、機嫌悪そうにアールのことを見ている。
「やあ、ルルくん」
「……パタパタ」
「こいつとのは腐れ縁だな。なんだよルル。どこに行ってたんだ?」
「ひどい差別を見た!? ……ふん、寝てたんですよ。なんせこんな時間ですから」
「おまえらって寝るんだ?」
「給料なしで不眠不休で働けってのはあれですか、どこのブラック企業の社長のセリフですか」
「横領してるやつがよく言うぜ……」
「必要経費でーす」
悪びれもしない。
埒もないやりとりを交わしながら、しかし俺は一抹の不安を抱いて、雷鳴轟く空を仰ぐ。
「だからさ、モルガンと自警団も『縁』で結ばれてんだ。ネットに情報もないし、下手すると誰も見たことのないシナリオなのかもしれん。そういう意味ではけっこううらやましいよな。ただ……成長型のシナリオの怖いところはさ、いつ終わりが来るかわからないってことだ」




