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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
カロックの自警団

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42/118

「手を伸ばしても届かない」

 ~~~~~モルガン~~~~~


 軽戦士ライトファイターのバドが突っかけ、重戦士へヴィファイターのレフが敵のターゲットを引き受ける。それが普段のやり方だが、今回はモルガンが直接参戦するので、いささか条件が違う。

「『とこしえくびきの指輪よ。我は呼ぶ。の名を呼ぶ。其は真名まなであり忌名いみなである。三つ頭!!』」

 名を縛る者の指輪の力によって三つ頭の動きを封じている間は、ふたりは防御のことを考えず攻撃に専念できる。

「『鬼突き!!』」

「『鬼斬り!!』」

 とはいえさすがにレベル差があるので、バドの突き技もレフの斬撃技も、さほどのダメージにはならない。

 自然、

「『毒蛇の一噛み(ヴェノム・ストライク)!!』」

 魔女ウィッチのモルガンの毒状態付与や、

「『火柱フレイム・ピラー!!』」

 などの三つ頭の弱点属性をついた攻撃魔法が主なダメージソースとなるのだが、MPには限りがあるし、常に指輪の効果の終わりを計っていなければならないので、詠唱の長い魔法は使えない。軽く弱い魔法を連発するしかない。

 指輪の効果はフルに通って2分。半抵抗ハーフレジストが半分の1分。リキャストタイムは1分。なので、最初のうちは効果が切れても即座にかけ直すことが出来るのだが、徐々に三つ頭にも耐性がついてくる。そうなると、自然、3人とも無傷ではいられない。

 

「おーほーほー」

「指輪の効果が切れてるよーう」

「さてもさても忌々しい。使い手の女から殺してくれようか」

 度重なる指輪の使用でヘイトの上がったモルガンを狙う三つ頭だが、

「――させない!!」

 割り込んだのはレフだ。モルガンに向いたターゲットを、咆哮ウォークライで即座に取り返す。 

「ダメよ!! 私のほうがレベルは上なんだから……!!」

「でも防御力はボクのほうが上だよ!!」

 レベル25のモルガンとレベル10のレフのどちらが頑健か、証明するのは簡単なことではない。HP量やレベル差補整、職業クラスごとの物理耐性の有無まで含めた複雑な計算が必要になる。

 でもたぶん、レフはそんな計算なんてしていないのだとモルガンは思った。

 男の子としての強がり。矜持。そんなものが、レフを敵前に駆り立てている。


「おーほーほー?」

「生意気な小豚ちゃん、どうしたい?」

「油をかぶって火に飛び込んで、手ずから三つ頭の兄さんをもてなしてくれるのかな?」

 盾を構え防御を固めるレフに向けて、3本の枝が伸びる。

「さても旨そうなあんよだこと」

「目玉を耳たぶをはらわたを噛み砕き飲み下し」

「軟骨をあめ玉みたいにねぶりしゃぶってくれようか」

「『螺旋枝スクリュー・ブランチ!!』」

 収束し絡み合った3本の枝の強烈な一撃がレフを襲う。

「ぐ……!!」

 盾ごと全身を砕きそうな衝撃に、レフのHPがガクンと減る。

「てめえ!!」

 背後をとったバドが全力で剣を叩きつけるが、三つ頭は見向きもしない。


 このPT構成の一番の欠点は、言うまでもなく回復魔法の使い手の不在だ。ふくちゃんがどれだけ頑張って囀り雲雀(ヒーリングバード)を歌い上げても、瞬間的な披ダメージ量に追い付かない。本来囀り雲雀は長期戦を想定した呪歌じゅかなのだ。

 となれば、回復アイテム頼みとなるしかないのだが、ここまでの事態を想定していないモルガンの手持ちは、回復薬瓶ヒールポーションがわずかに数本。


「『三つ頭』!!」

 遅れて発動した指輪の力が、三つ頭の動きを縫い付ける。縫い付けている間に回復薬瓶をレフに使う。

「大丈夫!? レフ!?」

「う、うん……」

 降り下ろされる直前で止まった三つ頭の一撃を、レフは呆けたように見上げいる。

 弟子のそんな表情を見て、モルガンの胸にちくりと痛みがさす。

「くっ……バド!! レフ!! 逃げるわよ!!」

「え、師匠せんせい……」

 まだぼうっとしているレフの手を引き、バドを促して走り出すモルガン――しかし崖の縁から身を乗り出そうとしたところ、見えない強大な力で「引き寄せ」られる。

『いらっしゃ~い』

「――!?」

 気がつけば、すぐ背後に呪縛の解けた三つ頭が待ち構えていた。三つ頭自体は動けなかったはずだから、システムに瞬間移動させられのだ。


 三つ頭のHPゲージはまだまだ健在で、揺るぎなく見える。

(――勝てない……!!)

 正面から戦えば力負けし、指輪の力を絡めてのらりくらりと持久戦に持ち込んでも、いずれ消耗してり潰される。

 さらに逃げることすら出来ないとくれば……。

(一度全滅するのもしょうがない、か――)

 脳裏を過ぎった弱気に、自分自身で慄然りつぜんとする。

(――冗談でしょ。たとえゲームでも、この子たちを死なせることなんてできない――)

 突如、底冷えするような恐怖が足元から這い上がって来た。自分の置かれている状況の危うさが認識できた。

 そうだ、自分は弱い。指輪の力におんぶに抱っこしているだけで、レベル的にはたかだか25だ。勝手に強い気になって、のこのことここまで来てしまった。

 頭のどこかに、これはゲームだという甘えがあった。死んだら死亡時帰還点に戻るだけで、勝てない敵がいるなら勝てるようにレベルを上げて再挑戦すればいい。

 ――ゲーム的には正しいのだ。ひとつひとつの死を省みる必要などない。セーブされたところまで戻って、やり直すだけ。

 だが、それが保持者ホルダーならば話は違う。彼らは意思を持っている。記憶を有する。楽しかった思い出も。傷のうずきも。死の恐怖までも。

 先ほどレフの浮かべたあの表情。あれが絶望に変わる瞬間。果たして自分は目を開けていられるだろうか。自分の身に危険は及ばないからと、のほほんとしていられるだろうか。


 いつだったか、自分たちには時間がないとレフが言いかけていたことを思い出した。アンバーが止めたことも。あれはこのことではなかったか。彼らにはわかっていたのではないか。自分たちが仲間割れすることも、その上でこんな強敵に遭遇することも。アンバーの不審な言動にも、それなら説明がつく。


(どうして気づいてあげられなかったの……!? この子たちはあんなに明白なサインを出していたのに……!! もっと迅速にレベルを上げて、回復アイテムや補助アイテムを蓄えていれば全然違ったのに……!!)

 指輪のリキャストまであと20秒。永遠にも等しい20秒。

 三つ頭が枝葉を揺らす。モルガンはレフの頭を抱え込みながら目を閉じた。

 

 ――ガギィッ。


 ダメージが、いつまでたってもやって来ない。

 恐る恐る目を開けると、そこにバドがいた。三つ頭の攻撃を、盾ではなく「右腕」で受け止めている。

「バド……あんた……」

「……師匠。アンバーのためにも、今、月光草を採り逃すわけにはいかねえんだ。手段だって選んでられねえ」

 後ろ向きなので、バドの表情はよくわからない。

「……だから師匠。頼むからさ。軽蔑しないでくれよな」

 微かに声が震えている。

 ――いまやバドの肉体は、驚異的な変貌を遂げていた。

 体中の筋肉が太くふくれ上がりサイズオーバーし、鎧の留め具が外れて半分ずり落ちている。枝先のように鋭く尖った足の末端が、靴先を突き破り飛び出している。細胞壁が分厚くなって肌が硬くなり、表面に木目様の紋様が浮かび上がっている。

 モルガンに貰った剣も盾も、もう持てない。枝になった手や、根になった足で戦うスタイルは、もはや動く樹(アニメイトツリー)そのものだ。


 邪魔になった鎧を振り捨てると、バドは駆け出す。「ザン!! ザン!! ザン!!」グリップ力の増した足が、地面を深く掴んで力強く体を前へ送り出す。

「『三連枝トリプル・ブランチ!!』」

 掛け声とともに、バドの手足が触手のように伸びた。3連撃が、三つ頭の表皮をえぐる。

「『鋭葉旋風リーフ・ストーム!!』」

 硬質化した髪の毛が、葉のカッターとなって三つ頭の洞に飛び込む。

「――くらえ!!」

 高くジャンプすると、バドは両手両足を折り畳み、両肘両膝を叩きつけるように高速落下した。

「『四突錘状突破フォース・ニードル!!』」

 四つの槍の穂先を叩きつけるような、強烈な一撃。


 とんぼを切ったバドが、軽やかに地面に着地する。

 人間形態から変化したバドのレベルは、25にまで上がっている。

 だが、それでも三つ頭には及ばない。ダメージの量は変わったが、余裕を崩すほどの威力はない。

「………………バド?」

 モルガンの声に、バドは一瞬だけ振り返った。顔全体に葉脈のようなものが浮いている。左の眼窩がんかが落ち窪み、目玉の代わりに鬼火のようなものがちらついている。

 ……鬼火?

 ちろちろと弱い火の揺らめきは、普通の動く樹にはないものだ。むしろ鬼樹のそれを思わせる特徴だ。


「おーほーほー」

「い~い顔になったじゃねえか。バぁド」

「そうこなくっちゃなあ。それこそが、『俺たち』の真の姿だ」

「うるせえ!! 誰が好き好んでこんな姿に……!!」

 反駁はんばくするバドを、三つ頭は一斉に嘲笑する。

「もう遅えっての」

「みぃんな、おまえの真の姿を知っちまった」

「もう誰も、おまえを人間としちゃ見てくれねえよ」

「もう悪堕ちしかかってんじゃねえか」

「腹ペコ狼と同衾どうきんするようなもんだ」

「そいつらの顔を見ろよ。気味のわりぃもの見る目ぇしてっからよぅ」


 動く樹は、真っ直ぐ健やかに成長すれば、やがて古老の大樹(エルダー・ツリー)と呼ばれる魔力を帯びた大木になる。ストレスを溜め、悪意を吸い込んで成長すれば、闇堕ちして鬼樹になる。人の子よりもよっぽどデリケートで危険性が高くて、だからこそ、樹皮人は忌避きひされるのだが……。


「……!!」

 一瞬だけ、モルガンはひるんだ。バドの変貌が怖かったからではない。失われゆくものが怖かったのだ。幼くて純粋で、美しいものが損なわれるのを恐れた――1年前のあの時みたいに。今もなお病室に囚われているあの子のように――それが口から出た。掠れるような吐息となって漏れた。


 まるで、モルガンがバドにおびえているように見えた。


「……師匠?」

 はっと、バドの表情が強張る。

「――違うの!! バド!!」

 勘違いされたことに気がついたモルガンは慌てて否定するが、

「……いいんだって。気にすんなよ、師匠。……ははっ。そうだよな。オレ、気持ちわりぃもんな……」

「違うのよ!!」

 落ち込み、ひねてしまったバドに、その言葉は届かない。乾いた笑いしか返ってこない。


 ~~~~~当麻加奈子とうまかなこ~~~~~


「違うの!! 違うんだってば!! なんでわかんないの!!」

 HMDを被ったまま立ち上がった。コントローラーを痛いほど握りしめていた。

 発信側の音量はマックスで、受信側もマックスで。

 でも伝わらない。届かない。加奈子は生身だ。液晶の中には入れない。「向こう側」でバドたちが陥っている危難を、ただ指をくわえて見ていることしかできない。


 自棄やけになったバドが、捨て身で三つ頭に向かって突撃していく。

「やめなさい!! 行くんじゃないの!! ……お願いだから!! 行かないで!!」

 力の限りに声を振り絞る。喉が裂けようが血が出ようが構わない。ただこの一瞬――彼らを救えればそれでいい。

「バド!! バド!! バド!! 止まりなさい!! 師匠の言うことを聞きなさい!! ダメよ!! それ以上行かないで!! お願いだから――もう行かないで!!」

 いっそ指輪で……愚かな発想が脳裏をよぎる。意味がない。止めたところで未来がない。だけど加奈子には思いつかなかった。自由意志を持った、自分とは違う別個の人間を、力ずくで止める以外の手段が思いつかない。

 そもそも、止めてもどうにかなるわけではない。多少バドの能力が上がったところで三つ頭のほうがまだ強い。指輪の効果時間も、フルで通っても1分もたない。3人を待つのは結局のところ、緩慢な死あるのみだ。


 ――同じ死ぬならどんな死に方をしても同じか?

 ――違う。

 加奈子は即座に否定する。

 心重ねたまま惜しみ合いつつ別れるのと、傷つけ合いながら誤解したまま別れるのが違うように。


「どうすればよかったってのよ!! どうすればいいってのよ!! わかんないんだってば!! 教えてよ!!」

 誰か――

 HPをどんどんと削られていくバドを、もう見ていられない。辛くなって、苦しくなって、HMDをかなぐり捨てて目を覆った。

「もう……やだよぉ……!!」

 誰か――助けてよ――


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