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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
カロックの自警団

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40/118

「幸せになれない」

 ~~~~~モルガン~~~~~


 レベル7を超えたあたりから、次々と依頼が舞い込み始めた。迷子犬探しとか空き家の片付けとか、自警団としてのというよりは便利屋に近いものがほとんどだったが、3人の存在を村人が認め始めたことには違いなかった。

 レベル10に到達した頃には、もうはっきりと周囲の目が違っていた。餅丸の大掃除を依頼されたりゴブリンの一団を追い払ったり、幽霊退治に奔走したり。ひとつひとつは大したことないが、将来の戦力として嘱望されるようになってきているのがはっきりとわかった。

 個人個人の力も、目に見えてついてきた。といっても子供なので、レフとアンバーはレベルに対して実測7割ぐらいの実力だが、レフの筋力やアンバーの精神力など、ひとつひとつの能力値では大人にも比肩ひけんしうる部分が出て来た。主人公格補正のせいか、バドはとりわけ優秀で、肉弾戦闘系の能力値が同レベル帯の大人キャラを凌駕りょうがしている。


「やー、今日もよく働いたぜ!!」

 エールを片手に、バドが誇らしげに気勢を上げる。

「働いたらお腹空いたねー。早くご飯食べよう!!」

 レフの目は早くもメニューに釘づけになっている。

「こらバド!! お行儀悪いわよ!!」

「うおー!! 俺が、俺たちが自警団だー!!」

「テーブルに立たないの!!」

 盛り上がるバドを引きずり下ろそうとするアンバー。

 3人の相変わらずのやり取りを、目を細めて眺めているモルガンのところへ、店主のワイナールがやって来た。

「ふん……ままごとにしてはよくやってるみたいじゃねえか……」

「……あら?」

 無言で差し出されたワイン。それはモルガンが頼んだものではない。

「……バカにして悪かったな。こいつらなりに頑張ってるみてえだから、こいつはまあ……お詫びみてえなもんだ」

「……っ」

 太陽の光と清らかな水で育まれた葡萄の酒。渋みも旨味も、現実には伝わってこないけれど、モルガンはそっとぎゅっと、こみ上げる嬉しさを噛みしめた。

「ごしゅじんさま~、うれしそうです~」

 ふくちゃんも喜んでくれている。ふわふわと風に揺れるように漂いながら、モルガンの腕を撫でる。


「おー!? やっとわかったかよワイナールのおっさん!! そうだろ!? オレたち頑張ってるだろ!?」

「……け、うるせえぞ。バド。調子に乗りやがって……」

「おーおーおー!? なんだよおっさん!! 悔しいのかー!? ガキ扱いしてたオレたちが大活躍して悔しいのかー!?」

「こらバド!! 失礼でしょ!! ワイナールさんに謝りなさい!!」


 全力で煽るバドをアンバーは叱り続けていたが、やがて疲れて、ため息をつきながら椅子に座りこんだ。

「……つくづくあんたは苦労人よね」

「あはは……手のかかるのが多くて疲れます……」

「え~? ボクも~?」

 口の周りをグレイビーソースでぐちゃぐちゃに汚しながらレフ。

「……あんたもよ。ほら、口の周り。そのまま帰るんじゃないわよ?」

 ハンカチでレフの口元を拭ってやりながら、ついでにこつんと頭を叩くアンバー。

「女の子のほうが精神的に成熟するのが早いとはいうけど、なんだかあんたはお母さんみたいね……」

「ちょっと師匠せんせい。それけっこうショックなんでやめてください……」

「あらごめんなさい」

 ふう~……と大きく息を吐くアンバー。その髪には、バドの贈った黄水仙の髪飾りが、可憐な花を咲かせていた。


 ――ふと、その目線に気づいた。レフのアンバーを見る目が、以前と違う。いつもの眠たげなのんびりしたものではない。暗く仄かな熱を帯びている。

「レフ……?」

 声をかけると、レフははっとしたような表情になり、慌てて串焼きを取り落した。大皿の上には、まだまだ大量の串焼きが残されている。盛んに上がっていた湯気が収まっている。一番の食い時を逃している。

 ……我を忘れるほどの考え事なのか。

「どうしたの?」

「いや、その……ボクは……」

 きょろきょろと目を泳がせて言葉を探して――けっきょく上手い言い訳が見つからなかったレフは、

「な、なんでもない……です。ほんとに……」

 どもりながら精いっぱいに体を縮こめる。

「あんたね……」 

 どうしたものか悩んでいると、ローブの裾をくいくいと引かれた。 

 今のやり取りに気づいていたのか。そう思いながらアンバーに目をやると、アンバーはにこにこと作り笑いを浮かべていた。出来過ぎた子役のような微笑みだ。

「師匠。しかたないんですよ。『そういうもの』ですから――」

 そういうもの? しかたない?

「ちょっと何を言ってるのかわからないんだけど……」

「そのうちわかります。だから今はそっとしておいてください。今はまだ……」 

 アンバーは、今なおワイナールと騒いでいるバドのほうを見た。

「難しいことは考えないで。みんなで楽しみましょ……ね?」

 その小さなガッツポーズがこの上なく儚いもののように見えたのは、やはり錯覚でなかったのだと、モルガンは後に悟ることになる――。


 ~~~当麻とうま家。自室にて~~~


 雨が降っている。糸のように細くシルクのように柔らかい雨が、屋根を打つ。


 閑静な住宅街の、富裕層の住まう地域に加奈子の自宅はあった。広大な敷地と屋敷の中で召使いにかしづかれながら暮らす生活は、優雅ではあったが、どこか空々しく虚しいものであった。

 自分の得たものではない。

 それが空虚さの原因だった。自分が生まれた瞬間から、加奈子には多くのものが与えられたが、なにひとつ、自分で苦労して得たものはない。金も愛情も、おそらくは友達すらも。


 子供は自由だ。肩書きにも地縁にも縛られない。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いという。歳をとるにつれて徐々に人間関係に縛られて、やがて自由にならなくなるのだけれど、それまではどこまでも純粋で、美しい生き物だと思う。

 だから加奈子は、教職を目指したのだ。純粋なものを愛し育むために。


 雨が降っている。糸のように細くシルクのように柔らかい雨が、屋根を打つ。


 いつの間にか眠っていた。HMDを被りながらキーボードとコントローラーを操っていたのだが、途中から気絶するように寝落ちしていた。

 ワインを呑んだせいかもしれない。弟子たちがワイナールに認められたことが嬉しすぎて、ひとり祝杯をあげたのだが、もともと酒に強くないモルガンは、ハーフボトルの半分を空けたところで眠ってしまった。

「……」

 リアルでは雨が降っているようだった。屋根を叩く雨の音が、HMD越しに聞こえてくる。


 ゲーム内でも雨が降り出した。ぽつりぽつりと地面を濡らし、やがてそれは大粒の雨へと変わる。

「何時かしら……?」

 目の端にリアル時間が発光している。AM01:30。

 もうこんな時間か。

 3人におやすみを言って落ちようか。

 そう思って周囲を見渡すが、誰もいない。どこか森の中のようだが、夜の闇と豪雨のせいで、判然としない。

 こんな悪天候で、3人はどこへ行ったのか?

 それが不思議だ。ここ最近はログイン直後から落ちるまでずっと一緒で、カルガモの親子のように、片時も離れようとしなかったのに。

「――い」

 どこからか声が聞こえる。豪雨の音にかき消されて、ちゃんとは聞こえない。

「――せい!!」

 師匠と呼んでいるのだろう。3人のうち誰かが、自分のことを呼んでいる。

 声の行方を探って歩いていると、バドがアンバーを抱えていた。様子がおかしい。

「師匠!! アンバーが!!」

 アンバーはぐったりと力なく、バドの体にもたれかかっている。目は閉じられている。血色が悪い。唇は紫色に染まっている。

「………………アンバー?」

 ぽつりとつぶやく。血の気が引いていく。まるで自分のものではないような弱々しい声が、口から漏れる。


 ~~~ロックグラス邸前にて~~~


 年の頃なら50か60。総白髪の丸耳族。背は小さいが、食材採取のための山歩きで鍛えられた無駄のない肉付きが、コックコートの上からでも伺える。

「――かろうじてお嬢様は一命をとりとめたみてえだな。だが、油断は出来ねえ。しばらくは絶対安静だ。……おまえらのままごとも今日で終わりだ。バド」

 冷静に告げるロッカに、バドは必死に食い下がる。

「親父!! オレはいいんだ!! だけどアンバーは!! アンバーは悪くねえんだよ!! だからなんとかしてやってくれよ!!」

「……それこそ俺の知ったことじゃねえ。一介の料理人がどうこうできる問題じゃねえ」

 ロッカに振り払われると、バドは「ちくしょう!!」とやり場のない憤りを地面にぶつけた。アンバー・ロックグラスの屋敷の門は、訪問者を拒むように重い音をたてて閉じられた。


「バドぉ……アンバー、大丈夫かな……?」

「オレだって知りてえよ!!」

「――!!」

 レフは身を竦める。

「……ごめん」

 謝るが、バドは聞いていない。爪を噛んで、ぶつぶつとなにごとかをつぶやいている。

 アンバーは、もともと病弱な少女だった。転地療養で風光明媚なカロックの田舎に越してきた。空気があったのか水が良かったのかわからないが、最近は元気になっていたのに……。


「バド。ごめん……」

「うるせえよ!! レフ!! そもそもてめえがなあ!!」

 イラついたバドが、陰々と繰り返すレフの胸倉を掴み上げる。

「ちょっと……!! ちょっとやめなさいバド!!」

 慌ててモルガンが仲裁に入るが、

「止めるな師匠!! こいつが悪いんだ!!」

「そんなことないわ!! 体の具合ばっかりは誰にどうこうできるもんじゃ……」

「師匠!! ホントなんだ!! ホントにボクが悪いんだよ!! ボクがアンバーに言っちゃったから、アンバーはショックで発作を起こしたんだ!! バドが……バドが樹皮人ドライアドだって言ったから……!!」

 ぎり、とバドが奥歯を噛みしめる。

「樹皮人……?」

 聞いたことのない単語だ。

「樹皮人ってのは、動く樹(アニメイトツリー)っていう種族の一種で、魔力を帯びた若木が人間の姿をとっているもののことなんだ。100年200年って時間をかけて樹齢を重ねて成長して、やがては人型じゃなく、意思のある大木になるんだけど……」

 レフはバドのほうをちろりと窺う。

 バドはもう自棄やけになっていて、水溜りもいとわずあぐらをかいている。

 若草色の髪の毛。普通の人間の子供よりも高い能力値。並外れた体力――バドと他のキャラの違いは、つまり種族的な差異だったわけだ。

「……ちっ」

 バドは舌打ちした。

「あーそうだよ!! 樹皮人だよ!! だからなんだってんだよ!! オレが樹皮人で、誰かに迷惑かけたかよ!! 人間じゃなくちゃダメなのかよ!!」

「――っ」

 レフは見えない拳でぶたれたように体を強張らせた。強張らせたが、口を閉ざしはしなかった。震えながらも挑むように、精一杯バドに立ち向かう。

「――わ、悪くなんかないよ。でも、アンバーは人間だ。丸耳族だ。体の作りが違う。歳の取り方が違う。樹皮人とでは、幸せになれない。このままじゃアンバーは……幸せになれない……」

「てめえなら幸せにできるってのかよ!!」

「――もうやめなさい!!」

 レフに殴りかかろうとしたバドを羽交い締めにして引きずるようにして、無理矢理引き離す。

 バドは血の出るほど強く、拳を握りしめている。

「んなこたぁ知ってるよ!! 知らねえわきゃねえだろうが!! オレとアンバーの道は、決して交わることはねえ!! ――でも、あいつが年老いて死ぬまで、見届けることぐらいは出来るんだよ……!! あいつの家の庭にでも根を下ろして……。あいつの孫の代、そのまた孫の代まで見守って……いつか朽ち果てる……。オレはそれでいいって……!!」

 思ってたのに……。

 バドは顔を手で覆った。

「……なんでこうなっちまうんだよ!!」

 血を吐くような絶叫が、豪雨の音に呑み込まれる。


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