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「意外な顔ぶれ」

 ~~~~~蜂屋幸助はちやこうすけ~~~~~


 悲しいお知らせがある。

 クラスでの俺のあだ名が「あるじ様」になっていた。

 いやたしかになんかあるだろうなとは思ってたけどさ。それが「いじめ」ではなく「いじり」の範疇はんちゅうなのは救いだけどさ。体育の時間に「あるじ様頑張れ~」はマジきついのでやめてください。ホント、頑張っていいのか悪いのかわかんなくなったわ。


「――蜂屋くん聞いてます?」

「あ、はい」

 俺を先導して廊下を行く当麻とうま先生が振り返る。

「これから顔合わせなので、ぼーっとしないように」

「知ってる顔なんすよね?」

 並ぶようにしながら、俺は聞く。

 先生はふんと鼻で笑った。

「そうね。クラスの生徒がふたりほど釣れたわ。甘言に踊らされて、バカじゃないのかしら」

「教師にあるまじき台詞じゃないすかね……」

「教師である前に人間だもの」

「名言が1フレーズで台無しだよ!?」

 けっこう腹黒だったんだなこの人。


「では御開帳~」

 先生が手をかけたのは、校舎の2階の片隅の空き教室だった。たしか以前はパソコンルームだったはず。どういう裏技を使ったのか、今は表札に「突撃!! 電脳妖精部」と書かれている。 

 ……うん、これはあとで適切なものに変えておこう。 


 ガラリ。

「――お、あるじ様じゃん」

 ピシャリ。

「おいちょっと待てよ!!」

 凄い勢いでイッチーが顔を出した。

 柿崎市子かきざきいちこ。通称イッチー。

 茶色く染めた長髪の先っぽが外側に跳ねている。胸を中心に発育が良い。短いスカートから肉感的な脚を惜しげもなく晒していて、目のやり場に困る。顔立ちも派手。性格が明るい、というか野蛮。男勝りで運動神経抜群で、いろんなクラブの助っ人に呼ばれたりして交友関係も広い。女子とはあまり話さない(せないわけではないと強調)俺とも話す、気さくな女子。


「なんで締めるんだよ。こっちは散々待ったんだぞ。とっとと入れ!!」

「いやいやいやおかしいだろ!! お前絶対ゲームとかやるタイプじゃねえだろ!! 絶対録画機器とか扱えないキャラだろ!!」

「勝手にキャラ付けすんな!! オレがゲームやったら悪いってのかよ!!」

 ほら奥さん一人称がオレですわよ。やあねえ。


「だからなんでやる必要があるんだよ!! 俺をからかいに来たのか!?」

「……はあ? お前なんか関係ねえよ。この件は小巻こまきが断ったんだろ? なあセンセ」

「ええその通り」

 先生は不満げに舌打ちしている。あの、一応生徒の目の前なんですけどね。

「……見込み違いだったわ。あのなら聞いてくれると思ったんだけど……」


 ほら見ろ。と破顔するイッチー。

「だからだよ。あいつが出来なかったことをさらっとやってのけるのがこのオレだ!! 任せろ。オレが一番だ!!」

「ああ……なるほど……」


 そういやこいつ、勉強以外は基本的にハイスペックなんだけど、自分の得意分野でことごとく小巻に負けてるのを気にしてるんだった。

 体育の体力測定、スポーツ大会女子個人、全部2位。委員長選にも負けた。クラス内の男子人気も不動の2位。いっそ潔いほどのシルバーコレクターで、だから小巻をライバル視していて、ことあるごとに勝負を挑んでいる(そして負けている)。FLCの参加が勝負になるのかどうかはわからんけど、小巻にできないことができるのが嬉しいんだろうなあ(慈愛の眼差し)。


「小巻さんでも出来なかった難しい頼みごとを聞いてくれる柿崎さん最高だわぁ(棒)」

「はっはっはっ!! そうだろそうだろ!! あーっはっはっはっ!!」

 腰に手を当て仁王立ちで高笑いするイッチーと、そんなイッチーをどや顔で見やる先生。

 まあたしかにイッチーさんチョロいですけどね。どうなんすかねその顔は。ほら、傍らにいる女子が引いてるじゃんか、やめなさいよ。


 ……ん? 女子?

 気がつけば、部屋にはもうひとり女子がいた。いや、ふたりいるって話だから当たり前なんだけど、イッチーがうるさいのとその女子の影が薄いのとで、まったく気がつかなかった。


「――ああ、おまえがもうひとりの?」

「……っ」

 歩み寄ると、女子がびくりと肩を震わせる。そして俺はちょっと傷つく。や、たぶん俺がキモいからびくったとかじゃないよね? ……よね?

「ああゴメン。えっと……武田たけだ? よろしく……ね?」

 武田(るい)。同じクラスの女子だ。

 小巻やイッチーが太陽だとすれば、武田は月……が照らす浜辺の貝みたいな存在。つまり地味だ。

 凹凸の少ない身体に規定通りの制服とソックス丈。髪型はロングボブ。目元まで覆い隠す長い前髪のせいで、目が見えない。偶然見えないというよりは、顔を見られたくない、という内向的な意図を感じる。

 実際、人と話してるの聞いたことないし、いつもびくびくしてる。実は前髪の奥の目が可愛い(妄想)とかで、男子間では密かに人気がある。


「あ……あのっ。よ、よろしくお願いしましゅっ」

 顔を真っ赤にしている。すでにいっぱいいっぱいのようで、噛みまくりの上擦りまくりだ。

「……ひゃ、はち、蜂屋くんっ」

「ああ、蜂屋でいいよ。もしくは幸助で。みんなそうだし。俺もおまえのこと涙って呼ぶし。あと……あるじ様は勘弁な」

「は、はいっ」

 自虐ネタにウケてくれたのか、涙の表情がほんのり和らぐ。うん、俺頑張った。


「しかし先生。イッチーはともかくとして、涙はどうなんですか? マジで無理矢理とかじゃないでしょうね? やめてくださいよそういうの」

「興味ありそうにしてたから誘ったんですー。無理矢理じゃありませんー」

 口をとがらせる。子供か。

「興味ぃ? 涙がゲームにぃ?」

 図書委員をしている涙は、まんま読書女子だ。休み時間はもとより、移動中や放課後も、常に何かしらの本を開いている。ハードカバーの時もあれば文庫の時もあるが、実に幸せそうに活字に取り組んでいる。イッチーとは違う意味で、とてもゲームなんかやりそうには見えない。


「あ、あの……っ」

 涙が拳を握り、ぐっと身を乗り出してくる。

「わ、わたし……いつも本ばっかり読んでて……。世間が狭くて……友達も出来なくて……。自分の引っ込み思案を治したくて……前々から違う世界に飛び込んでみたいなと思ってて……。そしたら先生が、新しい世界を教えてあげるって、みんなで仲良く遊びましょって誘ってくれたんです!!」

 そして先生のどや顔再び。この人って……。


 まあ基本的にはいいことだし、イッチーよりは恐ろしく前向きな動機なんだけど。

「……こ、幸助くん……っ」

 よろしくお願いします。そう言って涙は深々と頭を下げた。

「おう、よろしくな。涙」

 呼び捨ては無理か。だがまあ下の名前ってだけでも一歩前進だ。


「偉いやつだな。イッチーも見習えよ。この動機」

「あぁ?」

 不愉快げに片眉を跳ねさせるイッチー。

 おお怖い怖い。


「さ、顔合わせは済んだわね。それじゃさっそく説明に移るわ」

 てきぱきと先生が進行する。

 机に残されたままになっていたPCの画面に、FLCのインストールからプレイ開始、キャラメイクまでの手順が表示されている。ルルの1件から1週間も経ってないのにメンバー集めを始めこれだけの作業を終わらせたのか。何気に優秀だなこの人。人間性はクズだけど。


「しかし先生さ。説明はいいんだけど、このふたりってプレイ環境家にあるの?」

「それは大丈夫。柿崎さんのところはお兄さんのPCが、武田さんは自前のPCがあるから」

「ゲームパッドとかHMDとかソフト自体とかもさ。少なくともこみこみ2万はするっしょ」

 中学生がぽんと出すにはハードルが高い。俺だって親戚の姉ちゃんから貰ったPC1式があって、お年玉つぎ込んで、それで初めて揃えられたものなのだ。


「それも大丈夫。私が用意するわ。私、お金持ちだから」

「なんという直裁的表現……」

 こんな身も蓋もない人初めて見た。

「しかし教師ってそんなに稼ぎいいの? 家がお金持ちとか?」

 イッチーのストレートな質問。

 しかし先生は事もなげに答えた。

「私、理事長の娘だから」

『――!?』

「なん……だと……っ」

 みんなびっくり。俺もびっくり。

 そして俺の中の「理事長の娘」像が音を立てて崩壊していく。だってさ、理事長の娘だぜ? もっとこう、おしとやかだったり華やかだったり美しかったりさ。高嶺の花だったりしてさ。背景にバラが散ってシャララ~ンみたいな感じでさぁ。何が悲しくて、地味で根暗で腹黒なのか。キャラ設定間違ってないか?


「なんだろう。勝負もしてないのに負けた気分だぜ……」

 肩を落としていると、先生が眉をひそめた。

「なぜかしら。失礼なニュアンスを感じる……」

 

 ともあれ、環境は整ったようだった。

 各自の家と、プラス部室に同じ数のFLCセット。それらがすべて理事長のむす……もとい、先生の金の力で用意された。これで、家に帰ってからはもとより、学校の休み時間や放課後にもプレイできるわけだ。すげえ。なんかラノベみたい。


「ジュブナイル小説みたいですね」と涙。

 さすが読書家。ラノベじゃないんだ。ジュブナイルなんだ。

「武田ぁ。なんだよジュブなんとかって」

 さすがノット読書家のイッチー。

「え、えーっと……トム・ソーヤの冒険や十五少年漂流記みたいな少年少女向けの小説のジャンルで……。冒険や青春や、れ、恋愛なんかを扱ったお話の……」

「ああ? オッケーわかった」

 ばっさりと打ち切るイッチー。おいおまえもっと聞いてやれよ。

「涙はさ、こう言いたいんだろ? これから始まるのはジュブナイル小説みたいな冒険や青春や恋愛の日々なんですねって」

『…………!?』

 ……ん? あれ?

 涙をフォローしようと思った俺の発言が、なんか恥ずかしいこと言ったみたいになってるぞ?

 イッチーは露骨に目を逸らしてて背中を掻いたりしていて、涙は頬を染めて俯いている。誰もこっちを見ていない。見てくれない。

 せ、先生は!? 先生なら!!

 最後の頼みの綱の先生を見て見ると、口元に手を当て、にやにやしていた。

「ぷ……っ。冒険と青春と恋愛って……!! 恥ずっ!!」

「おおーい!!」

 先生!! 生徒のフォロー!! フォローミー!!

 俺の心の悲鳴が、教室内に響き渡ったのだった。

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