「伸びゆく子どもたち」
~~~~~モルガン~~~~~
ワイナールの青空酒場の主人は、土妖精の男だ。名前もずばりワイナール。
黒々とした髭。赤銅色の丸太のような腕。指先までずんぐりとした体型のくせに手先の器用な彼らは、一般的に職人向きで酒好きで、酒場を経営していることが多い。
ワイナールは若い頃に世界を旅して料理を学び、腕に磨きをかけてから風光明媚なカロックの村に落ち着いた。土地柄良い食材が採れ、清水で美味い酒を醸せるところが決め手だとか。食材集めのグルメ系クエストや、隣町までの自家製ワインの運搬クエスト、森の中の備蓄倉庫の害獣退治などのクエストを通じて、冒険者にも馴染みの深いNPCだ。
「……はあん? おまえらが自警団?」
3人がモルガンに師事して戦い方を学んでいることを聞くと、ワイナールは笑うよりもまず呆れた。
「……子供のおまえらが大人を守る? バカ言ってんじゃねえぞ」
「バカじゃねーよ!! ワイナールさん!! オレらは本気だかんな!!」
「……なるほど、本物のバカってことか」
「うがー!!」
騒ぐバドには取り合わず、ワイナールは保護者然として席に座っているモルガンに目を向けてきた。
「――姉ちゃん。ままごとの真似ならやめときな」
「別にそんなつもりじゃないんだけどね……」
真っ向から否定されたが、腹立たしい気持ちにはならなかった。大人としての当たり前の反応だ。子供たちに戦闘させて平気な顔でいる自分のほうがおかしいのだ。
FLCにおける子供のNPCというのは、当然だが弱い。HPMPSPなどの基礎体力や精神力はもちろん、筋力や体力など、ひとつひとつの能力値でも大人に大幅に劣る。レベルを上げれば成長はするが、一定ラインから上にはいけない。バドだけはマシだが、それとて大人勢とは比べるべくもない。
「師匠……わたしたち、迷惑?」
自家製蜂蜜酒の入ったマグカップをテーブルに置くと、アンバーは琥珀色の瞳を心細げに陰らせた。
「え、うぇえ~、やっぱり?」
レフはバゲットにバターを塗る手を止めた。
「当たり前でしょ。レフ。師匠は大人で、わたしたちは子供だもの。ゴブリンくらいならなんとか出来るようになったけど、これから先は危ないかもしれない」
「そ、そうかな……?」
「レフ。あんただってけっこうダメージ受けてるでしょ? わたしだって同じ。バドだって、やせ我慢して口には出さないけど、かなり疲れてるはずよ」
当のバドは、まだワイナールと口喧嘩している。全身全霊で一方的に突っかかって、一刀両断に否定される、その繰り返しをエンドレスでしているだけだが。
「疲れてるの……あれ?」
「自信なくなってきた……」
眉間を揉むアンバー。
モルガンは頬杖をつきながら2人のやり取りを眺めていたが、やがてぽつりと言った。
「迷惑よ。面倒でもあるわね」
『――!!』
モルガンの一言に、アンバーとレフは叱られたように身を竦めた。
「でもね。こういう言い方が救いになるかわからないけど……世の中には、迷惑とか面倒とかをかけられるのが好きっていう人種がいるのよね。私って、自分ではわからなかったけど、多分そういう人種なのよ。あんたたちに迷惑をかけられたいの。レベル上げに付き合って、モンスターが来ないか警戒して、時々ハラハラさせられて。でも、そんなことが楽しいの」
『……』
「それにさ。他人からしたらままごとなのかもしれないけど。あんたらにとっては大事なことなんでしょ? 痛いのはいやだろうし、怖いのもいやだろうし、でも、やんなきゃいけないんでしょ?」
アンバーが神妙な顔でうなずく。
「なら迷惑かけなさいよ。私は師匠なんだから、それぐらいの時間は作ってあげるから」
「師匠……」
レフは強く拳を握り、やがて何かを決意したかのように口を開いた。
「じ、実は師匠、ボクらにはあまり時間が……」
「――レフ!! ダメよ!!」
何かを言おうとしたレフを、アンバーが制止する。珍しい大声に、バドとワイナールが口論をやめ、揃ってこちらの様子を窺っている。
「うるさくしてごめんね?」
アンバーは綺麗な作り笑いをして誤魔化した。幼い少女が浮かべた繊細で美麗な造花のような笑いに、モルガンは思わず言葉を呑み込んだ。
「ありがとう。師匠。これからも、わたしたちを見守っていてね?」
~~~雑貨屋にて~~~
FLCにおいて、武器屋防具屋は基本的には別個に店舗を経営している。大きな都市では安物専門と高級品店などの区別もある。小さな小さなカロックの村ではすべてが一緒になっている。武器屋防具屋道具屋までが一緒くたになった雑貨屋スタイルだが、それはそれで、逆に色々物があって目移りして楽しい。
「師匠!! マジかよ!? マジでなんでも買っていいの!?」
目をキラキラさせながらバド。雑貨屋の一角にある武器防具スペースで、涎を流さんばかりにしている。
「こらバド!! そんなにもの欲しそうにしないの!! ちゃんと身の丈にあった装備を選ぶのよ!?」
「ボクのサイズ……あるかな~……?」
「レフはもうちょっと痩せなさい!! 運動して、体のほうを合わせるのよ!!」
「うえ~……」
「アンバーだってさっきからその法衣手放さないじゃねえかよ!! どんだけ欲しいんだよ!!」
バドがつっこむと、アンバーは目に見えて狼狽える。
「だ……だって、これ白地に黄水仙の刺繍が可愛いし……目離した隙になくなっちゃったらやだし……」
「なくなるかよバカ!! こんだけ閑散としてるのに!! 見ろよ!! 暇すぎて店番の婆ちゃんが寝てるぐらいだぞ!?」
「む~……」
図星をつかれて頬を膨らませるアンバー。
レベルアップのお祝いに装備を一新しましょうといったらこのはしゃぎようだ。もう微笑ましくて可愛らしくて、モルガンはにっこにっこと保護者の微笑みを浮かべながら3人を見ていた。
「いいのよ~。なんでも買いなさい? 師匠が全部出してあげるから」
「ごしゅじんさま~、ぼくもこの飴いいですか~?」
便乗して小悪魔を発動させるふくちゃん。
「いいわよふくちゃん。ひと箱でもふた箱でも持ってきなさ~い♪」
気前よく、モルガンは彼らの要求を聞き入れ続けた。
「おお~かっけえ!!」
バドは青銅の剣、黒虎革の鎧、青銅の兜、青銅の盾。
「なんか強くなったような気がするね!!」
レフは鉄斧、ラカジャ革の鎧、青銅の兜。
「うん、いいかも♪」
アンバーは銀の聖印、白絹の法衣。
5レベル帯の、この村の品ぞろえでは最高のものを装備した3人は、それぞれ楽しそうに互いの恰好を見せ合いっこしている。
「まあ今までの装備が貧弱すぎたからね……」
モルガンは傍らに置かれた旧装備に目をやった。木剣、石斧、木の聖印。布の服に鍋の蓋の盾に鍋の兜に……よくこんな牧歌的な装備で今までやってこれたものだと思う。
「さ、もう一回レベル上げにいくわよ!! 装備を一新したところで、今度は敵もグレードアップするわよ!!」
「おおー!!」
「が、がんばらなきゃ……!!」
「ふふ、がんばろうね。ふたりとも♪」
勢いよく店を出る3人……と思っていたら、突然、バドがアンバーに駆け寄って何かを手に握らせた。
「え……バド?」
アンバーは呆然としながら自分の手の中のものを見ていた。
青銅にトパーズを嵌め込み、黄水仙を象った髪飾りだ。
「おまえ……さっきこれ見てたろ。オレらがあんまりにもバカスカ買うもんだから、師匠に遠慮して買えなかったんだろ? これはモンスター倒してゲットしたオレの金で買ったもんだから。……まあその……遠慮すんな」
顔を真っ赤にしてぼりぼりと頭をかくバド。
魔法にでもかかったように呆然と、アンバーはバドを見ていた。
「ありがとう……」
口に出して初めて恥ずかしさに気づいて、一緒になって頬を染める。
「あり……がと……」
「……お、おう」
「恋愛時空発生中~と。――ん? ああ……」
なんとも言えない表情をしているレフの肩をぽんと叩く。
「……いいの?」
「――ふぇ?」
びっくりして変な声を出すレフ。
「私はどっちの味方ってわけでもないのよね。あんたもいいコだと思うし。これから先の成長も考えれば、案外どっちに転ぶかわからないんじゃない?」
「あは……」
力なく笑うレフ。
「……いいんだよ師匠。バドは正しいから。何も考えてないように見えて、あいつはいつだってアンバーのことを考えてるから」
いつもお腹を空かせていて気が弱いだけの子供だと思ってたのに、驚くほど落ち着いた、大人のような横顔をしている。
「でも……ボクは……」
口をもごもごして何かをつぶやいたが、何を言おうとしていたのかはわからなかった。
「――レフ」
「はいせんせ……むぐうっ!?」
レフの顔を胸にうずめるように抱きしめる。
「せ、師匠……?」
「うん。あんたいい男だわ。褒めてあげる」
ぎゅうぎゅうと胸を押し付けるようにして、精神的疲労を労う。
「あ、ありがとうございます……!?」
レフは顔を赤らめ戸惑いつつも、モルガンの抱擁を受け入れた。




