「カロックの自警団」
~~~~~モルガン~~~~~
村のメインストリートを歩いている時に、後ろから声をかけられた。
振り返ると、例の3人が並んで立っていた。しかし、この前と様子が違う。敵対するでも怯えるでもない、きらきらと輝く瞳を向けてくる。まるで、プロ野球選手に野球少年が向けるような、純粋な憧れの色がある。
「……な、なによ、あんたら」
妙な居心地の悪さを感じて後ずさるが、下がった分以上に「ずざざっ」と詰め寄られた。
『――師匠!!』
「…………へ?」
モルガンの目が点になる。
「いま……なんて……?」
声が掠れる。
アンバーが「あ」と口元を押さえる。
「ダメよバド。そういえばわたしたち、まだ正式にお願いしてないじゃない?」
アンバーに肘でつつかれ、「いっけね」と頭をかくバド。
「ま、つられたわたしたちもいけないんだけどね」
笑い合う3人。
「お……ね……がい……?」
手が震える。動悸が速い。3人の言葉の先を想像して、勝手に青くなる。
このコたちは何を言おうとしているんだろうか。これではまるで……。
『モルガンさん!! オレたちの師匠になって下さい!!』
~~~生徒指導室にて~~~
「……で、それになんの問題があるんですかねえ? 3人が奉仕活動を通して愛村精神に目覚めて自警団を志して、自分たちを捕まえたモルガンに弟子入りする。そりゃたしかにシナリオが変わったのは意外だけど、難しくもなさそうだし筋は通ってるし、問題ないじゃないですか?」
トントンと、苛立ちも露に指先で机を叩く蜂屋。
先生なのに指導される側に(入り口側に)座っていた加奈子は、うつむいて自分の膝頭を見つめている。
「可愛いモノ好きなあんたにしてみりゃあ天国じゃないですか。自分で流した鼻血の海に沈もうってぐらいじゃないですか。それともあれですか? キャラ造形が気に食わないとか? はたまた声優の人選?」
加奈子はばっと顔を上げ、全力で訴える。
「そんなわけないじゃない!! 大好きよ!? バドのやんちゃな目付きとか口元から覗く犬歯とか、レフの太鼓腹とかお腹が減った時の切なげなため息とか、アンバーの金髪の毛先の絶妙な内カールとかぷっくり桜色の唇とか!! いちいち可愛くて大好きよ!? 声優さんも地味だけど声質合ってるし、録音して繰り返し再生したいくらいに好きよ!? 鼻血と涎の混合液でセルフに溺死しそうなくらいよ!!」
「……じゃあいいじゃないですか。細部まで見てる感じも何気にうざいし……」
拳を握り力説する加奈子を心底めんどくさそうに見る蜂屋。
「ダメよ!! 私、攻めるのは得意でも、攻められるのは苦手なの!! 嫌がる顔は好きでも、受け入れられると冷めちゃうの!!」
「ほんとにめんどくさい人だなあんたはー!?」
蜂屋は頭を抱え絶叫する。
「つか、そんなことを相談するために、みんなの前で『蜂屋くん、あとで生徒指導室まで来なさい』とかマジ顔で言ってくれたわけ!? こんな頻繁に呼び出されて、俺、すっかり問題児扱いじゃないですか!! あんた、俺のクラス内ヒエラルキーをこれ以上下げるのやめてくれませんかね!?」
「もうそれ以下はないからいいじゃない。あとは上がるだけよ?」
「沈んだ頭を踏みにじりながら言うんじゃねえよ!! 出がけに心ないクラスメイトから『あるじ様がんばれー\(^o^)/』とか言われてみろよ!? ちょっと涙が出たわ!!」
「あるじ様がんばれー\(^o^)/」
「あるじ様がんばれー\(^o^)/」
「言えって言ってんじゃねえんだよ!! ルル!! てめえは便乗してんじゃねえよ!! 言・わ・れ・て・み・ろって言ってんの!!」
バンバンバン。蜂屋は机を叩いて荒れ狂う。
「でも私、妖精に自分のことをそんな風に呼ばせるニッチな性癖ないし……」
「別に性癖とかじゃねえよ!! わざと悪い風に言うのやめろよ!!」
「あるじ様にそんな特殊性癖があったなんて……!?」
わなわなと震えるルル。
「おまえも真に受けてんじゃねえよ!! ――いや、その顔は確信犯だな!?」
バンバンバン。バンバンバン。
「男のヒステリーっていやねえルルちゃん」
「そうですねえ先生。あ、それ以上1ミリたりともこちらに近寄らないでください」
液晶の中で両掌を見せてくるルル。
「あら、セキュリティ意識のしっかりした携帯だこと」
つまんないの、と加奈子。
「あるじ様の立場なんていう一ヶ月前の天気よりどうでもいいものは置いといてですね、本題はなんなんですか?」
「簡単に言うなら今後の育成方針について、かしらね」
目をぐるぐるにして「夏休みの絵日記のまとめ書きで苦労しろこのやろう!!」と騒ぐ蜂屋は放っておいて、加奈子とルルは建設的な話を始めた。
「育成方針……ですか」
ふうむ、と腕組みするルル。
「たしかに3人は妖精とは違うんですよね。妖精は主人が強くなれば比例して強くなるんですけど、3人はNPCのまま勝手に戦闘を行って、勝手に強くなっていく。戦闘方針ぐらいは決められるけど、正直かなり雑」
「そうなのよ。どんどん行くぞ!! とか、身体を大事に!! とか、PT全体のざっくりしたのしか出せなくて……」
加奈子はぐしぐしと顔をこすり、ため息をつく。
「そんなんでいいのかな、と思うのよね。今はレベルも低いし、私の目が行き届くからいいとして、これが成長して、私の力の及ばないモンスターを相手にしだしたらと思うと……」
「……なんだか先生みたいですねえ」
「これでも現役なんだけどね……」
一瞬の間。
「……………………あれ? そうでしたっけ」
「……ちょっと、本気で忘れてたみたいなリアクションとるのやめなさいよ」
「正直、学校によく来る暇な人なのかと思ってました。教壇でてきとーなこと喋り倒してご飯食べて帰るだけとか、お家の人も大変だなーと」
「今日日の学校セキュリティで、そんな自由人が入って来れるわけないでしょ……」
なんとなく疲れて頭の後ろで手を組む加奈子。ギシッ、とパイプ椅子の背が音を立てる。
「ちなみに、先生の心配事なら杞憂ですよ?」
「――へ?」
あっさりと言われ過ぎて、一瞬なんのことだかわからなくなった加奈子。
「プレイヤーの行動は、流動的なもんです。愛の濃淡に差はあるでしょうが、いつまでもあの村にい続けるわけにいかないのが普通です。3人がある程度のレベルに達したらイベントがあって、それをクリアしたら弟子卒業ですよ。ルルが言うのもなんですが、ゲーム的に」
ひひ、と笑うルル。
加奈子は呆然とつぶやいた。
「卒業……か。そういうこともあるのよね……」
~~~カロックの草原~~~
カロックの村には戦える大人が少ない。妖精たちも戦闘とは縁遠いのんびりしたのばかりで、たびたびモンスターに襲撃されては、少なからぬ損害を出してきた。家畜や作物、時には住民そのものが危機にさらされることもあった。
それを自分たちがなんとかしようというのはごく自然的な愛村精神の発露で、まったく不自然ではない。褒められることはあっても、貶されるべきではない。
問題なのは、自分にその資格がないとうことだ。3人が憧れたモルガンの力は、モルガンそのものの力ではない。指輪の力だ。本来なら捕まえることの出来ない場面でなお、バドたちを捕らえた強制力だ。
それは現実世界の彼女が疎ましく思っている、当麻の家柄の力と似ている。身を取り巻く敬愛も憧憬も、なにひとつ誰ひとり、彼女を向いていない。皆、幻影と踊っている――。
「でも、やるしかないのよね……」
ひとりごちると、モルガンは改めて3人を見た。
モルガンと自警団の一行は、カロックの村の周辺フィールドでレベル上げを開始していた。自警団だけで餅丸やゴブリンなどの低級モンスターを狩り、時折モルガンが援護するという形で、けっこうスムーズにやれていた。
「おらおら、行くぞー!!」
全開で突っ込んでいくバドは軽戦士。
「ま、待ってよバドー!!」
どたどたと思い身体を引きずって後を追うレフは重戦士。
「こらー!! あんたたち、呪文の範囲内にいなさい!! 回復できないでしょ!?」
聖印をかざしながら怒っているアンバーは尼僧。
職業のバランスがいいので、かなり戦いやすい。魔法攻撃の要素は皆無だが、そういう相手にはモルガンが出張ればいいし、それでも敵わないようなら指輪の力で逃げればいい。射程範囲である「声の届く距離」に自警団がいる限りは、どんな危機が訪れても大丈夫なはずだ。
餅丸を倒した自警団は、絡んで来たゴブリン2匹を相手に戦っている。1匹1匹は適正レベルの相手だが、2匹同時だと苦戦を免れない。
「バラバラに攻撃しない!! ふたりで同じ敵を攻撃して!! レフがもう片方のヘイトを引き付けるのよ!! 咆哮を有効に使うの!!」
『はい!! 師匠!!』
「アンバーは回復を連発しないで!! それだと自分が狙われちゃうでしょ!? 抑えて打つの!! ダメージを受けるのは男どもだけでいいのよ!!」
「はい!! 師匠!!」
『うえ~?』
モルガンの的確な指示を受け、あっさりとゴブリン2匹を倒した自警団を、レベルアップの黄金色が包みこむ。
「おっしゃー!! レベルアップ!!」
「も、もう3になったよ!! やったねバド!!」
「こらバド!! 喜んでる暇があったら突っ込み癖直しなさいよ!! レフがいっつも傷だらけになるじゃない!!」
「んなこと言いながら笑ってるじゃねえか!! おまえも嬉しいんだろ!? アンバー!!」
「は、はあ!? 知らないってば!! …っは、あはははは……!!」
無邪気に手を叩き喜び合う3人。
「ほらほら、集合ー」
『はい!! 師匠!!』
手を打ち鳴らすモルガンの前に、新兵のように背筋を伸ばして整列する3人。
尊敬のまなざしを一身に浴びたモルガンは、一瞬立ち眩みを覚えた。
『――師匠!! 大丈夫!?』
3人が心配してそれぞれにモルガンの体を支えるが、ふくちゃんは慣れた感じでふわふわと漂い微笑む。
「……ごしゅじんさま~、楽しそうです~」
「楽しい? あーそうね……」
見渡す限りの草原と、ぽつぽつと立つ広葉樹。遠くに見えるレヴンドール大森林。そのさらに奥に大断崖。空にあるのは赤と白の二連星。
愛しい教え子たちと、大切な妖精が傍にいる仮想の日常――。
「そうね……悔しいけれど……」
現実には決して得られないものだから、とは言わないが。




