「試し打ち」
~~~~~モルガン~~~~~
赤・白・緑・青・黒。
5色の魔素の力が世界を支配している。赤なら火、白なら聖なる光、緑なら自然、青なら水、黒は邪悪なる闇に、それぞれ対応している。
とすると、これは黒緑のアイテムになるのかなと、モルガンは思った。
エメラルドを思わせる緑色の石と、オニキスを思わせる黒色の石が埋め込まれた2本指リング。台座は白く軽く、枯れた木か、あるいは骨を削り出したかのように見える。伝説級のモンスターであるゴルガリの魔塊よりゲットした、ノックアウトボーナスの報奨品だ。出所が出所だけに、禍々《まがまが》しいオーラひとつとっても、まともな品には見えない。
「ごしゅじんさま~。やめましょ~よ~」
相変わらずの舌足らずな声。
「うふふ、心配症ねえ、ふくちゃんは」
ゲームとはいえ、可愛らしいマシュマロほっぺの妖精の気遣いに、心がほっこりする。
でも。
「案ずるより産むが易しってね」
ひょいと、指輪を嵌める。
おどろおどろしいBGMや、「あなたは呪われました」、なんていうメッセージは一切なく、付け外しもすぽすぽと余裕で出来る。
「ね、なんてことないじゃない♪」
涙目のふくちゃんに手の甲側を見せつけて、アイテム説明に目を通す。
名を縛る者の指輪:名を呼んだ対象の動きを一定時間停止させる。
「ずいぶんざっくりした説明だこと……」
やや拍子抜けしながらも、早速呪文を唱えてみることにする。
「『永の軛の指輪よ。我は呼ぶ。其の名を呼ぶ。其は真名であり忌名である。――ふくちゃん』」
「ふぁあ――!?」
ピシリ、リモコンの停止ボタンでも押したように、ふくちゃんの動きが停止する。手足の動きが止まり、羽根の羽ばたきが止まり、ぽとりと地面に落ちる。
「……ほほーう。こりゃ予想よりも止まるわね。かっちこちだ」
ふくちゃんの上にしゃがみこみ、しげしげと眺める。
顔の筋肉にも動きはない。驚愕の表情で固まったまま、苦情も言えない。窒息という概念があったら死んでるんじゃないかというレベルで止まっている。闇に冒された樹々の力で束縛する、といったイメージだろうか。
「も~お~。ひどいです~、ごしゅじんさま~」
ぴったり2分経過で動き出すふくちゃん。
「うふふ、ごめんねふくちゃん。誤爆誤爆」
てへぺろして謝るが、ふくちゃんは納得いかなそうな表情で「ううぅ~……」と恨めしげにうなった。
「ごしゅじんさま~……、きもちがこもってないです~……」
「――あらそう? おかしいわね~」
悪いなんてかけらも思ってないから仕方ない、とはさすがに言わなかったが。
収穫は大きかった。今のが半抵抗なのかフルで通ったのか定かではないが、使い方によっては、これは強力な武器になる。
「んじゃ、色々試してみないとね」
羽根をさすっているふくちゃんを抱っこしながら、モルガンはひとりごちる。
レヴンドール大森林に程近いカロックの村の周りは、FLC最弱モンスターである餅丸からレベル30の鬼樹までバランスよくモンスターが配置されていて、中間帯のレベル上げには最適な場所だ。
ハチヤ・コルムと他のメンバーとのレベル格差を解消するためカロックの村を拠点にした一行は、今はレベル上げのひと休みで、村の酒場にいる。
モルガンはひとりでフィールドに出た。指輪の試し打ちをしようとの考えだ。モルガンの勝手な行動に慣れっこになっている一行からは、もはや文句のひとつも上がってこない。
妖精にはかかる。PCにはどうかわからないが、あとでこっそりマヤにでもかけてみよう。などと考えつつ。
「とりあえずはフィールドモンスターかな」
モルガンは片手に杖をかまえながら、指輪を発動させた。
「『餅丸』」
大人の頭ほどの大きさの動くマシュマロ、といった外見のモンスターの名を呼ぶが、発動しない。距離が遠いのかと思い、手の届く距離まで近寄ってみたが、やはりダメ。餅丸はふよふよと体を揺らしながら、こちらの様子をじっと窺っている。
「個体名称じゃなきゃダメなの? でも名札とかあるわけじゃなし、こういうのにかけられなきゃダメなんだけど……」
テコテコと思考を巡らした先にたどり着いたのが、『探知』の魔法だ。初期魔法のひとつで、モンスターの名前、レベル、大まかな特徴、ドロップ品までわかる。
たとえば餅丸ならば、「モンスター名:餅丸 個体名:餅丸ふさ レベル:1 説明:FLC最多最弱のモンスター。もちもちと丸っこいので餅丸。揉まれ踏まれ、時にボールの代わりに投げられようとも負けないへこたれない。健気。 ドロップ品:謎の草種」などといった、デザイナーの主観バリバリの情報がわかる。
魔法なので当然のこと抵抗が存在するが、抵抗されても最低限モンスター名と個体名まではわかる。指輪の発動に必要なのは個体名なので、実質抵抗不可なわけだ。しかも敵対行為と見なされない魔法なので、調べてみて勝てなそうならば避けることも出来る。
餅丸ふさ。ゴブいち。ゴブに。とんぼ丸。ゴブの用心棒。鮫肌巨人。幽霊のサム。首無しベケット……。
弱いのから強いのまでまんべんなく倒してみて、 モルガンはその圧倒的な力にうち震えた。
「すばらしい……。絶妙にコンボしてるわね……」
いいところは、何より安全な狩りが出来ることである。動きを止めている間にぺちぺち魔法を打ち込んで、そのまま押しきれればよし。そうでなければ効果の切れる前に距離をとり、指輪のリキャスト時間を待てばよい。最悪、街などのセーフゾーンか他エリアに移動すればいい。
問題は、連発していると相手に耐性が出来てしまうことだ。最大効果時間も短くなるし、抵抗の確率も上がる。MP消費なので、唱える者特有のジレンマもある。
が、それを補って余りあるほどに有用だ。
「単独にして無敵!! 必勝にして不敗!! あーはっは!! ついに私の時代が来たのねー!?」
拳を高々と突き上げて快哉を叫ぶモルガン。
「あわわ~、またごしゅじんさまがわるいかおに~」
ゆっくりと危機感を抱くふくちゃん。
村に戻ったふたりの鼻先を、少年少女のグループが走り過ぎた。村の子ども達だろうか。元気な若草色の髪の毛の少年と、大柄で愚鈍そうな少年と、育ちの良さそうな少女の3人組。
『――!!』
先頭の元気な少年が、快哉を叫びながら拳を突き上げている。育ちの良さそうな少女が少し後ろから制止の声をかけ、大柄な少年がどたどたと懸命にふたりの後に続いている。
「……ふ」
何を話しているのだろうか。何を盛り上がっているのだろうか。
なんとなく懐かしくなって、モルガンは口元に笑みを浮かべた。
「『バド。レフ。アンバー』」
びたっ、びしっ、ぴしっ――。
「ぬなっ!?」
「うひゃ!?」
「きゃあぁっ!?」
次々に3人の動きが止まる。
「――ご、ごしゅじんさま~!?」
探知の魔法を連発してからのいきなりの凶行に、ふくちゃんの顔がひきつる。
「ん~? どしたのふくちゃん? 大丈夫よ。とって食うわけじゃないわ。ちょっと興味が湧いただけ」
安心させるように笑いかけると――どう見ても悪魔のそれにしか見えなかったが――モルガンは身動き取れない3人のもとに歩み寄る。
「さぁ~て、何をしてたのかじっくり聞いてみようかしら。楽しみね~」
ふふふ……、と暗く笑うモルガンの耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。
「あれ、モルガン!? そんなとこでなにをやって――あ!?」
「あらハチヤくん……と皆か。どうしたの? そんなに驚いた顔して」
「こいつら捕まえてくれたの!? マジで!? すげえな!! よくシステム補正のかかったこのタイミングで……!!」
「やったなモルガン!! こいつらオレの金を盗みやがったんだよ!!」
「マヤのも!! マヤのも!!」
拳を振り回すイチカと、ぴょんぴょこ飛び跳ねるマヤ。
「……ふうん」
結局のところ状況はよくわからなかったが、何かのシナリオフックを思いきり踏んづけたことだけは理解できた。
「ちょっとおばさん!! なんで邪魔すんだよ!!」
硬直が解けた元気な少年――バドがモルガンに抗議するが、ハチヤたちの存在に気づいて「ぬぐぐっ……」と悔しげにうめいて押し黙る。
「ば、バドォ……」
大柄な少年のレフは早くも泣きそうで、
「だぁから言ったでしょ。こんなことやめましょうって。さ、バド。早くお金返して謝りましょ」
お姉さんぶってバドを叱る少女はアンバー。
それぞれ10~12歳くらいの年若い子供たちだ。
「――んで、このコたちはなんなの?」
説明を求めてハチヤを見やると、
「この村固有のNPCです。バド、レフ、アンバーの3人で、カロックの盗賊団。見ての通りの小悪党で、プレイヤーが何度も捕まえてその都度諭して改心させる……んですが、最終的にはカロックの陰謀団になって、新しいニュースの少ない静かな村に新風を……ようはいたずらの嵐を巻き起こす存在になるという……」
「ふーん……」
「誰が小悪党だこらぁ!! そもそもそこのおばさんがいなかったらおまえらなんかになぁ!!」
ハチヤの身も蓋もない説明に全力で抗議するバド――の前に、モルガンが「ごごごごごご……!!」と効果音付きで立ちはだかる。ちなみに効果音担当はふくちゃんだ。
「さっきから何度も何度も……」
「な、なんだよおばさん!?」
「………………………………おばさん?」
腰に手を当てじろりと見下ろす。「ぎんっ」と目力をこめて。ちなみに効果音担当は……(略
「――ひっ!?」
バドは青ざめ、思わず悲鳴をあげる。
「やばいよバド!! あれはすでに何人か殺してる目だよ!!」
レフがガクガクと震えながら頭を抱え、
「ね、バド!! 謝ろ!? 今すぐ謝れば許してくれるってば!!」
アンバーが涙目でバドにすがりつく。そのままの姿勢で顔だけをモルガンに向け、
「――お、お願いします!! どうか命だけはとらないで!! たしかに悪いことしたけど、私たち、まだ子供なのよ!?」
アンバーの懇願には、押し込み強盗に命乞いするような必死さがあった。
「ああ……パパ、ママ、ヨナ!! ボクは一足先に逝きます……!! 頼りない長男でごめん、兄貴でごめん……!!」
「くっ……、殺るならオレからにしろ、この悪魔があぁあ!!」
家族の名前を連呼してすでに走馬灯に入っているレフや、仲間を第一に考えるバドの友情が、モルガンの胸に深々と突き刺さる。
「そ、そこまで怯えられると悲しいものがあるわね……。私、そんなに怖いのかしら……」
予想以上の効果に動揺するモルガンだった。




