「幕間:悪役同盟《ヴィランズ・ストライク》③」
~~~~~エジムンド~~~~~
王都地下闘技場のVIPルームに通されたエジムンドは、黒衣の王、千眼と共に、闘技場を見下ろす席に座った。土妖精の職人の手で削り出された玉葉樹のテーブルは、絶妙にカーブを描いており、闘技場を見下ろしながら互いに顔を合わせて食事も出来る非シンメトリーな形状になっている。
会合の終わった闘技場からは、続々とNPCたちが去っていっている。口々に叫び合い罵り合いながら、自らの巣へと戻っていく。
話の内容までは聞き取れない。そのうち多くがゴルガリの魔塊や魔女エンジンのことだろうが。
「さ、話を聞かせろ。千眼」
席に着くなり王が切り出すが、
「あいや、土産話の前に、まずは土産を」
「む?」
千眼がパンパンと手を叩くと、シャム猫を思わせるサファイアブルーの瞳の猫耳族のメイドが一礼して部屋に入ってきた。
猫目を見開いて毛を逆立てて、敵意も露に千眼を睨みつけている。
「ささ、ベルよ。早く王に私の忠誠の証を」
「偉そうに指図すんな下郎。殺すぞ――」
殺伐としたやり取りの後に王の前に差し出されたのは、藤の籠に山と盛られた魚の干物だった。
「お、おお……これは……」
声を上擦らせる王に、ベルが説明する。
「カロックの清流に棲むマカク魚の干物にございます。ものが良いので手はほとんど加えておりません。軽く炙ったくらいです」
自然豊かなキティハーサの中でも、とくに厳選された清流にしか棲まないマカク魚は、あっさりたんぱくな白身の魚で、頭頂部に突き出た一本角が特徴だ。付け根の肉はとりわけ美味く、魚愛食家の猫耳族にはまさに垂涎の的となっている。
「これはまさしく……。なんたる馥郁たる香り。一本角のしゃぶりつきたくなるようなフォルム……」
ゴクリと唾を飲み込むと、王はもどかしげにフードを脱ぎ、ふるふると震える手を干物の山に伸ばした。
(少女……しかも猫耳族か?)
フードの下から現れたのは、十代半程度の、まだ幼い猫耳族の少女だった。
美しい造形をしている。アメリカンショートヘアを思わせる黒い毛並みに白い縞目のパターンが入り、瞳は凍れる湖のような淡い水色。顔の輪郭は丸く小さく、腰や胸はなだらかに丸みを帯び、四肢の先まで続くラインはあくまで優雅。
王の正体が男ではなく女。しかも最大勢力の丸耳族ではなく妖精族でもなく、獣人族の傍流の猫耳族であることに、エジムンドは驚いた。
獣人族の主流は、たとえばイチカのような「二足歩行する獣」スタイルである。王やベルのように丸耳族に耳と髭としっぽを生やして手足に長い爪と肉球をくっつけた「だけ」のタイプは、創造神が戯れに造った愛玩動物だとして蔑まれている。アールのような兎耳族についてもそれは同じで、数少ない獣人族のヒエラルキーの中でも最下層に位置している。
おそらくはそれが原因で体を黒衣で隠しているのだろうと、エジムンドは考えた。どれだけ可愛らしかろうと、猛者どもの頂点に君臨するのが猫耳族の、しかも少女では格好がつかない。
ムシャムシャゴクリ。ボリボリゴクン。
マカク魚のしっぽから噛みつき、骨を噛み砕きながら頭頂部の一本角以外を余さず喰らい、残った一本角をねぶり甘噛みする王。頬を赤く染め、食べかすを顔中にくっつけた一心不乱な姿は、野生に近いがカリスマには程遠い。
「――いい……!!」
千眼はすべての目を細めてイヤらしい笑いを浮かべ、手をわきわきさせながら王の脇ににじり寄っていく。
「ああ……!! 王様……!! なんたる愛らしさ……!!」
口元を手で覆い、感嘆しきりのベルは、千眼の動きに気がつかない。
「――ごほん」
エジムンドが咳払いすると、3人ははっと我に返った。
「――しまった……!! 本能に支配されていた……!?」
「くっ……邪魔者がいたのを忘れていた……!?」
「わ……わたしは仕事に戻ります……!!」
「……速やかに議題を進行したほうがよろしいかと」
エジムンドが淡々と提案すると、ベルは慌てて退出し、王と千眼は居ずまいを正して座り直した。
「そ、そうだな。剣聖の言う通りだ」
「さ、さすがの達見ですな。くっ……爺ぃのくせに……」
「……」
エジムンドはなんとなく、疲労のこもったため息をついた。
「なに……!? 手を握り抱き締め唇を奪っただと……!? ななな、なんたる破廉恥漢!!」
千眼の持ち帰った情報を聞くなり、王は髭をぴんと立てて不快感を露にした。
「そうなんですよ王!! お付きの妖精がいるくせに魔女エンジンに手を出し、飯を供させ、挙げ句乗り物として乗り回す婬行千万!!」
「うむむ、うぅむむむ……!!」
全身の毛を逆立てる王。立ち上る魔素は濃度を増し、ついには念動力を発生させ、干物の入った籠を宙に浮かせた。
「なぜ、放っておいた!!」
王が猫目をかっ開くと、千眼は両手をパタパタ振った。
「私は遠隔視を使っていたので、現場にはいなかったのです。いやぁ残念!! 私がその場にいれば、あんな無法をそのままにはしておかなかったのに!!」
いかにも悔しそうに拳を握り歯を食い縛る千眼。だがどこか芝居気がある。
「むむむ……ならば致し方あるまい!! だが千眼!! よもやこのままで済ませるつもりではあるまいな!?」
「もちろんでございます!! 一両日中にも手配書を発し、キティハーサ全土に水も漏らさぬ網の目を……」
「手ぬるい!!」
「……は?」
聞き返す千眼に、王は一言。
「今すぐにだ!!」
「――はは!!」
即座に席を立ち部屋を後にした千眼を尻目に、エジムンドは素朴な質問を口にした。
「王よ」
「なんだ剣聖?」
「手配と申されましたが、どのようにするので? 我ら意思ありとは言え主上に縛られた身。情報を共有したとて自由に動けるわけでなし、さほど有効な手が打てるとは思えませんが……」
「ふん、そんなことか」
他愛もない、と王は笑う。魔素を引っ込め、籠をテーブルの上に戻し、ちょっと得意げに腕組みした。
「戦い方を変えるのよ」
「戦い方を……変える?」
「考えてもみよ。我らは今まで、相手によって戦い方を変えて戦うことがあったか?」
「いやそれは……でもそんなことが……」
キティハーサにおけるモンスターやNPCは、戦闘プログラムに従って戦闘している。「殴る」や「斬る」だけといった単純なものから、「HPが50%を切ったら回復魔法を使う」などフラグによる分岐点のあるもの。「慎重型」、「防御型」などある程度複雑化したパターンのあるもの。戦い方を変えるというのは、額面通りに受け取るならば、この根本的な決まりに反してしまう。グランドオーダーの外に出る。
「できるわけがない。我もそう思っていた――だが出来るのだ。もちろんすべてを、ではないぞ? せいぜいが唱える者に沈黙をかけたり、強化魔法のかかっている者に解呪をかけたりするぐらいだが、これが出来ると出来ないでは、全然違う」
「た、たしかに……!!」
エジムンドは戦慄した。相手の嫌う攻撃を嫌うタイミングで仕掛けるモンスターのことを、「着ぐるみやめーや」とか「中の人優秀すぎだろ」などとよく言うが、それが乱数の偏りの結果でなく意図的に起こせるとしたら、戦いは劇的に変わる。拙いAIにありがちな、状況にそぐわない無意味な行動がなくなるのだ。自身NPCだからこそ、そのことの持つ意味の大きさが、エジムンドにはよくわかる。
「どうだ。さしもの剣聖も驚愕したであろ? 胸熱であろ?」
得意満面で胸を張る王。
重ねてエジムンドは聞く。
「ひょっとして、弱っている者を真っ先に狙いにいくことも……?」
「『選別』か。残念だがそれは無理だ。ヘイトの鎖は断ち切れん。是が非でもというなら範囲攻撃に切り替えるしかないが、範囲外に逃げられればお手上げだ。むろん研究は続けてはおるがな」
「そうですか……」
「なに、そう残念がるな。新機軸の戦い方がキティハーサ全土に拡がれば、遠からずプレイヤーどもを一掃できるだろう」
「一掃……ですか……」
エジムンドの微妙な声のトーンの変化に、王は眉をひそめる。
「どうした? 剣聖」
「いえ……なんでもございません」
もうこれ以上プレイヤーがログインしないとなれば、マダム・ラリーもレイミアも悲しむだろう。他ならぬ自分自身も、大きな喪失感に苛まれるに違いない。
王がきょとんとした目で自分を見ている。話題を逸らさなければならないとエジムンドは思った。自分が「どちら側」のNPCか、気取られるわけにはいかない。彼我のもてなしかたの違いは、きっと決定的な決裂を生む。
「――そうだ。件のプレイヤーの顔や名前はわからないのですかな?」
「ああ、それなら千眼の『目』からの情報があるぞ。我もまだ確認していないのだが……おう、これだ」
籠の下敷きになっていた紙を捲るなり、王はピシッと硬直した。
「こ、こいつは……!?」
その人物を確認したエジムンドも一瞬固まったが、王のほうがショックは大きかったようだ。全身をわなわなと震えさせている。目を見開き、紙を凝視している。
「嘘だ……こんなの……なんで……」
紙に描かれた人物画は、紛れもないハチヤだったのだが。
「なんで……今さら……!!」
~~~~~王、旅に出る~~~~~
「……本当によろしいので?」
「くどいぞ剣聖!! 我はもう決めたのだ!!」
ぷんぷんと怒る王。黒衣の背にバックパックを背負い、魔法の鎚を引っかけている。
「王様!! どうかお戻り下さい!!」
「お考え直しを!!」
ベル以下猫耳族のメイドたちが口々に叫ぶ。夜半、王の住まいである地下闘技場の入り口は、にゃあにゃあと時ならぬ喧騒に包まれている。
「部下の方々はああ言っておられますが……」
「王の責務だ。やつらの関与する話ではない」
にべもない。
「ハチヤは、直接我が討ち果たす。二度とログインする気が起きなくなるまで、何度でも打ちのめす!!」
なぜそこまで……ハチヤの映像を見てから、王の様子がおかしい。部下の制止を振り切り、エジムンドの忠告を聞き流し、すぐにも旅に出るという。
「そうしなければならんのだ!! 我が!! 直接!! 女の敵に!! 鉄槌を下す!!」
例の槌を持った手がぶんぶか動く。
「……お知り合いで?」
「違う!!」
ぶるんと激しく首を振って、王はエジムンドに先導するよう促す。
「さ、行くぞ剣聖!! やつの足跡を追うのだ!! あのにやにやへらへらしたスケベ面をひっぱたくのだ!!」
「はあ……」
戸惑うエジムンドの背をぐいぐいと押す王。
「……やはり、お知り合いですよね?」
「違ぁーう!!」




