「幕間:悪役同盟《ヴィランズ・ストライク》②」
~~~~~エジムンド~~~~~
「ヴィンチの街の……するとマダム・ラリーの館から?」
「左様で」
男――エジムンドは片手を胸に当て、優雅に一礼した。
「なるほど。道理で見かけたことがないはずだ。あのクエストはたしか……」
「アカウント停止処分者に対する恩情措置にございます」
「そうだったな。挑戦する者とていない不遇のクエストだ。今ここにいるということは、挑戦者がいたということだな? ではまずは、そなたに祝福を――」
覚知されていないNPCは無力だ。どれだけ強力な力を持とうと、重要な鍵を持とうと、産まれ落ちる前の赤子のように、等しく意味がない。
本来ならばエジムンドは比較的自由に動き回れるNPCだ。マダム・ラリーやレイミアとは異なり、館を出て単身旅をすることが出来る。設定上、王都やこの地下闘技場など、関連する場所に立ち入ることが許される。
ハチヤに出会ったことで、エジムンドは変わった。存在としてのランクが上がった。魂持つ者として、フィールドを往来することが出来るようになった。
館を後にする時は、身動きならないふたりからさんざん妬まれ恨まれた。ハチヤ一行の足跡を追って報告を入れると説得したらひとまずは大人しくなったが、それもいつまでもつかはわからない。少しでも有益な情報が得られればと考え、この集会に参加することにしたのだが……。
「ありがとうございます。ですが私からの戦勝報告はございません」
「……初見でクリアされたと?」
黒衣の王の声のトーンが下がる。
敗北者、負け犬。心無い声が客席から上がる。
「左様で」
「状況を伺ってもいいだろうか?」
「とくに語るべきものはございませんな。我らは戦い、そして負けました」
「……ふうむ」
王は顎に手を当て考え込む。
「おっさん!! ふざけんじゃねえぞ!! いちいち勿体ぶりやがって!! 王に対して不敬だろうが!!」
横合いから弾丸のような速度でウォートが飛来する。腰のレイピアを抜き放ち、エジムンドの眼前に突き出す。
――キンッ。
目にもとまらぬ手練の技で、エジムンドはレイピアの切っ先を切り飛ばしていた。腰に佩いていた片刃の長剣を、瞬時に斜め上方に切り上げたのだ。抜く手も見せぬ恐るべき技の冴え。闘士時代より何十年経った今でも、まったく衰えることを知らない。
「ぐ……ぐぐぐっ」
自慢のレイピアを使い物にならなくされたウォートが悔しげに呻く。
「……おい爺ぃ」
今度はブラッドオウルだ。エジムンドの悠に5倍はあろうかというミミズクの化け物が、紅玉のような目玉をギョロりと動かして立ちはだかる。
ブラッドオウルは尊大に羽角を聳やかし、巨大な羽根を羽ばたかせ風を起こす。
「……ふむ」
凄まじい風圧で、エジムンドの周囲にいた者が数名吹き飛ぶ。
吹き飛べば追い打ち。そうでなくても動きを押さえこんだところに矢羽根を飛ばして串刺しにする二択だが……。
「――児戯に等しい」
エジムンドは意にも介さず風の中をまっすぐ進み、飛来する矢羽根を切り払った。
体重の無い者のように軽やかに跳躍すると、ブラッドオウルの肩にふわり下り立ち、首筋に刃を当てた。
「――動くな。1ミリでも動けば、頭と胴が泣き別れになるぞ」
「つ、強え……」
エジムンドの強さ鋭さに、追い討ちをかけようとしていた連中が踏みとどまる。
「なんだあいつ、あんなに強いくせに、冒険者どもにやられたのかよ!?」
「バカ!! クエストの内容にもよるだろうが!! 覚知されたらそれでおしまいのクエストだったら、イベントの強制力で俺らの負けだ!! 強さも糞もねえ!!」
的外れな彼らの臆測に、エジムンドは口の端を歪める。
――NPCの強さは状況に比例する。強くあるべき状況と、そうでない状況とに別れる。マダム・ラリーの館においては、彼は「仕える主人の行いを恥じ、止められない己を恥じ、負けるべくして負けた」。凡百のNPCとは異なる繊細な設定なのだ。
「……ふ」
唖然としている衆愚を見渡す。実に楽しい気分だった。長い間日の目を見れなかった鬱憤晴らしに全滅させてやろうか。幼子のような考えが頭に浮かんでくる。
「あーっ、はっはっはっ!!」
陽気な声が、緊迫した雰囲気に水を差す。
「見事!! 実に見事な太刀筋だ!!」
拍手しながら闘技場の袖から姿を現したのは、ひとりの男だった。背丈も身幅も丸耳族の青年に近い。唯一圧倒的に異なる点は、「目」の多さ。顔面のほとんど全てを、小指の先ほどの大きさの丸い目玉がびっしりと覆っている。鼻はなく、喋るたびに、赤い大きな裂け目のような口が蠢く。微少な皮膚の動きに合わせてぷるぷると揺れる目玉の群れは、醜悪の一語に尽きる。
「げえ、千眼だ……!!」
「マジかよ!! あの化け物、王都に戻ってたのか……!?」
化け物ぶりではひけをとらない造作の者達が、千眼が登場しただけで怯んでいる。
「知っているぞ!! その動き身のこなし!! 貴様、かつてこの闘技場に君臨していた剣聖エジムンドだな!?」
観客が左右に割れ、千眼とエジムンドの間に道を作る。
「剣聖だと!?」
「伝説の千人切りかよ……!!」
「昔の話だろ!? 今はただの爺ぃじゃねえか!!」
「あの動き見てまだそれが言えるのかよ!?」
エジムンドの姿がかき消えたかと思うと、次の瞬間には千眼の前にいた。
「……昔の話です。まだ覚えている方がいらっしゃったとは、お恥ずかしい」
油断なく、エジムンドは千眼の喉に向けて長剣を擬する。
「あーっ、はっはっはっ!!」
千眼は顔を手で覆って高笑いを上げる。
「そおうだよなー!? お恥ずかしいよなあー!? ロートルが背伸びしてのこのこ最前線まで来やがって!! 剣でも振るって名前出せば、皆びびって敬ってくれると思ったかー!?」
指の隙間から、無数の目玉がエジムンドを見つめる。
「――バぁカ言えぇ」
絡みつくように吐き捨てる。
「アバズレ2人を守るだけの時代遅れのポンコツ剣士ひとりに何が出来る!! ここにいるのは百戦錬磨の猛者ばかりだ!! 一斉にかかりゃあてめえなんざものの1分でネズミの餌だ!! さあ皆の衆!! いざやいざや!! この爺ぃを一寸刻み五分刻みに切り刻んじまえ!!」
「――命知らずの愚か者が……っ」
敬愛する2人を悪しざまに罵られたエジムンドの目がどす黒く染まる。
「死ぬがいい……!!」
ゴスッ。
重い音がして、千眼の頭ががくんと揺れた。と思うやいなや、すべての目が白目を剥き、千眼はパタリと地面に倒れ伏した。
千眼の後ろに立っていたのは、小型のハンマーを振り下ろした王であった。
「千眼……うるさい」
「――よっわ!! 千眼よっわ!!」
「あの人知恵働きだけは達者なんだけどな……」
「王様容赦ねえなー(感嘆」
「軽く助走つけてたしな」
「まああの煽ってくスタイルは俺でもムカツクわー。殺せるなら殺したいわー」
「ふう……」
王は腰に両手を当てると、大きなため息をついた。
「すまないな。エジムンド。私の部下が不快な思いをさせたようだ。謝る。許すがよい」
「……お気持ちだけで十分でございます」
王の足にぐりぐりと踏みしだかれている千眼を見ながら、長剣を鞘に納めるエジムンド。
「はっはっはっ。そうかそうか。さすが剣聖は懐が広いな」
愉快そうに笑う王。肩叩きに使っているハンマーの先には、千眼の血が付着している。
「……」
エジムンドの目は、そのハンマーに吸い寄せられた。なんの装飾も変哲もない、大工仕事にでも使えそうなハンマー。だが微かに魔法力が漂っている。
のびている千眼と見比べる。ハンマーで叩かれたにしては幸福そうな顔をしすぎてはいないだろうか。
あるいはこれが、王のカリスマの秘密ではないか。そんなことを考える。
「ここで会ったも何かの縁だ。さ、向こうでゆるりと話を聞かせてくれ」
「……!?」
距離をとろうとしたエジムンドの腰に自然な動作で手を当て、王は気安く誘う。
体の裏をとられたことに、エジムンドは戦慄していた。王の動きには殺気も邪気もなかった。そのせいなのか。いやしかし……。
「あいやしばらく!! しばらーく!!」
復活した千眼が、去り行く王の背に声をかける
「不肖この千眼、世界を『見て』参りました!!」
王が足を止め、面倒くさそうに振り返る。
「で?」
「世界に異変が起きているのです!!」
「ほう」
気のない返事。
千眼は「ずざざっ」と王の前に回り込み跪く。
「なんなんだいったい……」
「つい先日のことです!! ゴルガリの魔塊が倒されました!!」
ザワリ。
場内が揺れた。空気がうねった。
「……おい、千眼の奴。今なんて言った?」
「聞き間違いでないなら、ゴルガリの魔塊が殺られたってよ……」
「冗談だろ!? 世界喰らいや名無しの処刑人、渇きに並ぶ伝説級の化け物だぞ!?」
「あれを倒せるほどの集団なんて、もう数えるほどしかいねえだろうが!!」
場内の聴衆の反応を味方につけ、千眼は我が意を得たりとほくそ笑む。
「しかも、どこのクランの仕業でもありません!! 冒険者の少年がたった一人!! しかもしかもこの少年、こともあろうにあの魔女エンジンを味方に引き込みました!!」
場内から悲鳴のような声が上がる。
「おい千眼!! ふざけんな!! んなことあるわけねえだろ!!」
「法螺吹くのも大概にしろよ!?」
黙らせろ、八つ裂きにしろ、場内のボルテージはうなぎ登り。それは千眼への殺意に転じかけた。
「――静かに」
王が声を発すると、途端に場内は水を打ったように静まり返る。
「千眼。話を聞かせろ」
ぶわ、王の体から圧倒的な量の魔素が立ち上る。フードの奥で光る双眸に、冷たい殺意が宿っている。
「ははっ、そりゃあもう喜んで!!」
千眼は、揉み手しながら王とエジムンドの間に割り込んでくる。
「……」
王に追従するその口元に暗い欲望がたぎっているのを、エジムンドは見逃さない。
(しかし、少年がたったひとり、か……)
3人並んで歩きながら、一時、くだらぬ妄想に耽る。その少年とやらが、自分の知っているのと同一人物であれば痛快だろうにと。




