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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
魔女エンジン

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31/118

「幕間:悪役同盟《ヴィランズ・ストライク》」

 ~~~~~いつかの誰か~~~~~


 暗く湿気た通路を、肥え太ったネズミが行く。水溜りの中に浮いた腐肉を拾い齧り――何者かの気配に気づくと一声鳴いて、排水路へと身を潜める。


 男だった。年の頃なら60か70か。丸耳族の男性としては高齢の部類だ。総白髪や、皺を多く刻んだ頬にこそ老いの気配があるが、身のこなしや肉付きには一切の衰えがない。不断の努力と経験が、寄る年波をも超越している。

「……」

 男は石造りの通路の天井を振り仰ぎ、小さくため息をつく。

 王都の地下に闘技場があることは、一般には知られていない。知恵持つ怪物ども。人倫を外れた人間族。黒妖精と呼ばれる堕ちた妖精達。彼らにとっての至高の娯楽である血で血を洗う死闘を提供する、王都の暗部である。

 男が闘技場の勝利者であったのは、もう随分と昔の話になる。若く血気盛んだった頃だ。あの頃彼はここで多くの物を得、また同じぐらいのものを失った。

 時を超えて舞い戻ることになった奇縁に感じ入りながら、男は闘技場へと足を踏み入れた。


 闘技場を見下ろす観客席には、無数の獣脂蝋燭の火が瞬いていた。規則により魔法の使用は禁止されているので、すべて実際の火によるものだ。

 男は入口に立つ門番代わりの骸骨兵スケルトンウォリアより火のついた獣脂蝋燭を受け取ると、袖から観客席へと上がっていった。人間族、妖精族に怪物と、種族もサイズもてんでバラバラな者達がひしめき合っている。おかげで通路は混み合いへし合い、ただ進むだけなのに跳んだり跨いだりしなければならなかった。

 ようやく空いている席を見つけ、尻を捩じ込む。

 満員御礼大喝采。観客はそれぞれに騒ぎ、口汚く泡を飛ばして罵り合っているが、話の内容は戦いに関するものではない。今日これより行われるのは、とある集まりの定期会合だからだ。


「ウォート!! てめえのところじゃ今月何人殺ったんだよ!!」

「……10人だ」

「はあー!? てめえこの間は随分と偉そうな口を叩いておいてその程度かよ!! そんなもん俺ならひと呑みにできる量だぞ!!」

「仕方ねえだろうがブラッドオウル!! 最近じゃ冒険者の数も減っちまって、狩りたくても狩りようがねえんだよ!!」

「かっかっか!! 辺境に住む不運を呪いな!!」

 冒険者を何人殺したか、妖精を何人なぶり殺したか、彼らが話すのは己の悪行の自慢である。ウォートと名乗るのは黒妖精で、最果ての荒野の殺人農園で、農園主に成りすまして旅人に毒持つ野菜を提供している。ブラッドオウルは巨大なミミズクの化け物で、王都近縁の森を通りがかる旅人を襲うことを生業としている。

 ――場内にいるのはすべてNPCだ。キティハーサの暗部を司る者の中で、オーダーブックに反しない範囲でこうして王都に来ることのできる者のみが集い、定期的に会合を開いている。

 名を、悪役同盟ヴィランズ・ストライクといった。光り輝く主役である冒険者の引き立て役に甘んじてきた者達が、魂持つをきっかけに、これに反旗を翻した姿である。

 

 ――カンカンカンカンカンカン!!

 バカ騒ぎを静めるための鐘を、犀頭の獣人族が乱打する。

 出席者のざわめきが収まると、闘技場の中央に黒衣の者が立っていた。サイズで言えば、丸耳族の子供に近い。耳付きのフードの奥に隠れて、顔立ちはよくわからない。

「諸君――」

 万年雪を融かしたような、凛として涼やかな声だった。少年のようにも、少女のようにも聞こえた。年若い者の持つ未熟な声帯の発する音だった。だが、観客の誰一人として侮る者はなかった。世界の各地で悪事に手を染める百戦錬磨の猛者どもが、教師に従う従順な子供のように純粋な瞳で、黒衣の者を見つめている。  

「水晶暦799年160日となった。我らは今日も誓おう。冒険者に血を。夢見る者に悪夢を。定命じょうみょうの世界をこれ以上奴らの好きにさせはしない。世界は我らのものだ」


 ――オォオオオオオオオオー!!


 闘技場全体が震えるような大歓声が上がった。

 拳を突き上げ、唾を飛ばし、観客たちが口々に喝采を叫ぶ。

「そうだ!! 奴らを追い出せ!!」

「キティハーサから追い払え!!」

「すべて俺たちのものだ!! 何も渡すな!! 持っているなら奪い取れ!!」


 ――黒衣の王!! 黒衣の王!!

 ――ソブリン!! ソブリン!! 


(……やれやれ、噂通り、大したカリスマですね……)

 男は周囲の盛り上がりに舌を巻きながら、黒衣の王ソブリンと呼ばれた者の動きを観察していた。 

 王がキティハーサに現れた時期は定かではない。いつの間にか支配していた。冒険者に暗い感情を抱く者を吸い寄せかき集め、その上に君臨していた。人間族なのか妖精族なのか古来人なのか。男なのか女なのか子供なのか大人なのか。すべて不明だ。だが誰も疑問を差し挟む者はいない。闘技場にいる全員が、王がその身にまとう圧倒的なカリスマに屈服している。

「ゴルダードの森のブラッドオウル!! 成果を報告する!! 人間族120人!! 妖精族150人だ!!」

「悪意の砂漠のデススコルピオ!! ひっくるめ47人!!」

「最果ての荒野の殺人農園のウォート……10人だ……」

 次々と景気の良い戦勝報告が上がる中、先ほどブラッドオウルと罵り合っていたウォートと名乗る黒妖精が、悔しげに口にする。

 周囲から上がるのは嘲笑の声だ。

「ウォートよう!! なんだぁ、お坊っちゃんは殺しが苦手かー!?」

「ぶるっちまって手が出せなかったんじゃねえのかよ!?」

「もともと冒険者あっち側の妖精だったわけだしなあ!! 里心がついちまったんじゃねえのか!?」

 人の頭ほどのサイズのウォートは、肌の色も髪の毛も、翅の先に至るまで、コールタールを塗りたくったように真っ黒だ。種族的特徴として、激怒しても赤くはならない。牙を剥き出し、ギャアギャアと騒いで周囲を威嚇する。

「くっ……!! うるさいうるさい!! 仕方ないだろ!! うちは人がそもそも来ねえんだよ!! 最果ての荒野は土地が荒すぎるんだ!! 得られるものも少ねえし、あんなとこ旅するもの好きなんか、よっぽどじゃなきゃいやしねえんだ!!」


「――諸君」

 王の一言で、ウォートに対する嘲りや罵倒の声はぴたりとやんだ。

「大事なのはこころざしだ。何人殺したかではない。何を思い成したのかだ。――ウォート」

「――は!!」

 胸に両手を当て、黒妖精の最敬礼をするウォート。

「私は君の志を嬉しく思う。過酷な環境に身を置きながらも腐らぬ姿勢を尊く思う。友よ。これからも共に戦ってくれるだろうか?」

 ぶるり、ウォートは小さな体を感激で震わせた。

「……あ、ありがたき幸せにございます!! このウォート、王のためにすべてを捧げます!!」

 自然に湧き起こる拍手と喝采。

「ウォート。そうじゃない。我らが属するのは悪役同盟だ。忠誠も信念も、すべて同盟に捧げよう」


 ――黒衣の王!! 黒衣の王!!

 ――ソブリン!! ソブリン!!


 王の清廉な態度に、場内のテンションはさらに跳ね上がる。

「――さて次は……おや、君は?」

 王の視線が男に止まる。

「お初にお目にかかる。形ばかりだが、悪役同盟の盟主をしている者だ。皆からはソブリンと呼ばれている。君は?」

 男の周囲から、新人に対する容赦のない視線が浴びせられる。

「おらおっさん!! とっとと立てよ!!」

「王がお呼びなんだよ!! 耳が聞こえねえってわけじゃねえんだろうが!!」

 急き立てられながらも慌てることなく、男は悠々と立ち上がった。

「私の名はエジムンド。偉大なる大断崖の身元。ヴィンチの街よりまかり越しました――」


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