「きっと雨は上がる」
ハチヤ 軽戦士35→36LV 丸耳族
ルル 司祭25LV
迷惑スキル:諸人こぞりて。近くに一定数、もしくはレベル以上のモンスターがいて、プレイヤーが戦闘状態になければ、強制的にトレインを誘発させる。
コルム 斥候35→37LV 丸耳族
バクさん 聖騎士25→26LV
迷惑スキル:極限状況強制転移。プレイヤーのHP(生命力)が一定値を下回ると、半径6キャラ分の範囲内にいるPTメンバーごと強制転移させる。
マヤ 女騎士20→24LV 小人族
バランタイン 騎士 14→17LV
迷惑スキル:ライオン騎士。プレイヤーが戦闘状態になく、かつプレイヤーより強いモンスターがいれば、強制的に戦闘状態に入る。
イチカ 闘女 10→16LV 獣人族
シショー 鉄鍛冶7→11LV
迷惑スキル:一意戦心。プレイヤーのHPが半分以下になった時にしか動かず、ひとたび動き出したらMPを消費し尽くすまで止まらない。
アール・オブリス 尼僧10→16LV 兎耳族
ママ 歌姫7→11LV
モルガン 魔女10→17LV 長耳族
ふくちゃん 吟遊詩人7→12LV
~~~~~ラクシル~~~~~
雨が降っている。レヴンドール大森林に雨が降る。
バチッ、バツバツッ。
強い雨が屋根を打つ音で、ラクシルは目を覚ます。
「……」
屋根といっても、屋根の形を成していない。かつて壁だったものとかつて屋根だったものが、結果的に雨滴を防いでいる。ラクシル自身には、雨を避けるつもりはなかった。言いつけられた通り、自分の部屋だったところにいるだけだ。
「……アメ」
上を見上げれば、遥かな高みに地上の縁が見える。
見渡せば、辺り一帯に村だったものの残骸が広がっている。水車の名残り。牛舎の名残り。村人の息吹。彼女の足跡――。
昔、そこには村があった。魔女カイの治める村があった。いまはもうない。
妖精王アードバトンによって結成された討伐隊とカイとの争いは、この地を歪に歪め崩壊させた。戦いの最中、直径300メートルもの大穴が開き、ラクシルは村ごと穴の底に落ちた。
「――ル」
以来、迎えも追手も来ない。忘れられた穴の底の廃村で、長い時を過ごした。
「――シル」
そもそも感情の薄いラクシルは、そのことを気にしたことはない。カイの残した命令通りに大森林を巡回し、怪しい者がいれば一撃を加え速やかに離脱し、情報を収集するだけの変わらない日常を送っていた。
「――おい、ラクシル!!」
声に反応して顔を上げると、ハチヤがいた。雨に打たれ全身びしょ濡れの格好で、呆れたように腰に手を当てている。
「……マスター……」
「なにやってんだよ。急にいなくなりやがって。心配していろいろ探し回っちまったぜ?」
「……シン……パイ?」
「あったりまえだろ!? せっかく宿敵を倒したと思ったのに、喜ぶより先にいなくなっちまってさ!! ……なんだよここは。おまえのポップ地点か?」
「……シュク……テキ?」
「あれか? とどめささせられなかったから怒ったのか? 悪かったよ。まさかモルガンが横取り仕掛けてくるとは思わなかったんだ。本当はおまえに刺させたかったんだけど、さすがにそこまで気が回らなかった」
「……?」
「……ま、そんなこと気にするおまえじゃねえか。どっちかっつうと、こいつは俺の願望かな。……なんか、そっちのほうが綺麗な気がしたんだよ。美しいっつうか……」
ハチヤはバリバリと頭をかいて照れた。
「……ウツク……シイ……?」
ラクシルはその言葉を繰り返した。
最後の瞬間。物理ダメージが限界に達したゴルガリの魔塊は、岩と土塊と泥水に分離して崩壊した。その他の生き物たちは、骨だけになって流れ落ちた。衣服の切れ端や、潰れた靴、人形、宝石、取り込まれていた村人たちの残滓も、もろともに溢れた。すべてを押し流して消えた。
モルガンの放った火柱の魔法の赤、たて続けに起こったレベルアップの黄金色。それらが水蒸気の白いスクリーンに乱反射し、あたりは輝きに彩られた――。
美しいという感覚は、ラクシルにはわからない。胸を締め付けるようなこの感情が、もしかしたらそれにあたるのだろうか。
「……ラクシル」
大きく深呼吸してから、ハチヤが口を開いた。これから大切なことを告げようとでもしているかのように、真剣な表情で。
「なあラクシル。戦いは終わったんだよ。だからもう、こんなとこにいなくてもいいんだ」
「……」
「一緒に行こうぜ。俺たちは家族だ」
「……」
「さっきのうるさい連中なら気にするな。あいつらは俺の旅の仲間。一部を除いて気のいい連中でさ。きっとおまえのこともすぐに受け入れてくれる」
「……」
「もちろんチコも一緒だ。あっちには生身だけどバクさんて犬もいる。きっと仲良くなれる」
「……」
「……なあラクシル」
腕を掴んで揺り動かそうとしてくるが、ラクシルは微動だにしない。大地に根づいたように、強く深く腰を下ろしたまま。
「……ラクシル」
初めて出会った時のように、ハチヤが手を伸ばしてくる。握手だよ。友好の証だ。シェイクハンド、オーケー?
魔女エンジンは――ラクシルは、順にハチヤの手を見つめ、顔を見つめ――そして首を振った。
「……ラクシル……ムラ……マモル」
さっと、ハチヤの表情が陰る。
「チコ……マモル……」
チコはいつの間にか、ラクシルの足元にぺたりと寝そべっている。
とっくの昔に滅んだ村の、永遠に働く墓守。その身分を悲しいと思ったことはない。どこにも行けなくても、誰も来なくても、寂しいと思ったことはない。
いかに主従になろうとも、魔塊を討伐して重荷をほどいたとしても、ラクシルが墓守だという事実は変わらない。それはゲームだからこそ。他に変わりのいないラクシルが、勝手に持ち場を離れるわけにはいかない。ハチヤが去れば、ラクシルはまた、次のプレイヤーを待ち続ける運命にある。
――ぽつり。
水滴が、永遠が、ラクシルの肩に落ちる。
それはハチヤの顔から落ちてきた。ラクシルの肩を抱くハチヤの顔から落ちてきた。
汗なのか雨なのか、ラクシルにはわからない。不思議と温かい水だった。永遠に浸かっていたいようなぬるま湯だった。
「……マスター……」
ラクシルが、ハチヤの首にかかったカイのメダリオンに触れると、それは一瞬だけ光った。仄かな蛍火のようだった。
「……ラクシル?」
不思議そうにハチヤは眉を開き、効果の変わったカイのメダリオンの説明文を見てしばし硬直し、やがて、魂の抜けるような息を吐いた。
~~~~~ハチヤ~~~~~
伝説のモンスターを倒した。誰にも手に入れられないアイテムをゲットした。誰も話したことのないNPCと話し、別れを惜しんだ。
美しく胸に迫る光景だったが、長続きはしなかった。
ラクシルらと別れ合流した時には、すでにPT内に俺の立場はなかった。水たまりに正座させられ、説教された。
「なんの説明もなく、自分勝手に行動して!!」
とコルム。
「奴隷なんて、人権蹂躙じゃないか!!」
とアール。
どちらに関しても、俺にとってはやむにやまれぬ選択だったのだが、ふたりはどうにも納得がいかないらしく、腕組みした指の先でとんとんと二の腕を叩き、俺をにらみつけている。
すべてを知っているはずのルルからはなんのフォローもなく、むしろ話を盛られ、獣欲のままに女性に乱暴する大罪人呼ばわりされた。あやうくGMコールされるところだった。
一方、モルガンはご機嫌だった。魔塊のノックアウトボーナスを得て急速にレベルアップし、あげくに褒賞品を独り占めにしたのだから無理もない。
ドロップ品はPT単位でプールし、分配するのが基本だが、ノックアウトボーナス獲得者に与えられる特殊な褒賞品は、入手した本人にしかわからない。伝説の武器とか防具とか、合成用のレア素材とか。なんせあれだけのモンスターのドロップだ。半端なものではないはずだ。
でも俺は、他のどんなものよりもかけがえのないものを手に入れた。それだけは確信できる。
それはサーバーに一人しか権利を持てないものだ。すべてのサーバーが統合された今となっては、おそらく唯一の存在だ。
『カイのメダリオン。使用すると、ラクシルを呼び出すことができる。24h/1/1/30min』
効果説明のあとの数字は、リキャスト時間/使用回数/最大回数/使用時間をそれぞれ示している。つまり俺は、1日に1回30分間、ラクシルを呼び出す権利を手に入れたわけだ。
最速の移動手段。最強の攻撃手段。最愛のNPC。
「……」
首にかかる重みを量って、俺はときどきにんまりとする。
深い深い森の中の、忘れられた村の一角の、今にも崩れそうな屋根の下で、あいつは俺のことを待っている。
幽霊犬を相棒にして、幾千の夜を超えて、俺のことを待っている。
チコが遠吠えをあげる。レヴンドール大森林に長く降り続いた雨が上がる。雲の切れ間から差し込んだ光があたりをまばゆく照らし出し、穴の底にまで差しこむ。屋根の下から出たラクシルは瞬間目を細め――高く高く、天を見上げる。
そんな想像の出来ることが、他のどんな褒賞よりも晴れがましいことのように、俺には思えるのだ。




