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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
魔女エンジン

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28/118

「きっと雨は上がる」

ハチヤ 軽戦士ライトファイター35→36LV 丸耳族

 ルル 司祭ビショップ25LV

 迷惑スキル:諸人もろびとこぞりて。近くに一定数、もしくはレベル以上のモンスターがいて、プレイヤーが戦闘状態になければ、強制的にトレインを誘発させる。


 コルム 斥候スカウト35→37LV 丸耳族 

 バクさん 聖騎士パラディン25→26LV

 迷惑スキル:極限状況強制転移エクストリーム・ジョウンター。プレイヤーのHP(生命力)が一定値を下回ると、半径6キャラ分の範囲内にいるPTメンバーごと強制転移させる。


 マヤ  女騎士レディナイト20→24LV 小人族 

 バランタイン 騎士ナイト 14→17LV

 迷惑スキル:ライオン騎士ナイト。プレイヤーが戦闘状態になく、かつプレイヤーより強いモンスターがいれば、強制的に戦闘状態に入る。


 イチカ 闘女バトルレディ 10→16LV  獣人族 

 シショー 鉄鍛冶アイアンスミス7→11LV

 迷惑スキル:一意戦心。プレイヤーのHPが半分以下になった時にしか動かず、ひとたび動き出したらMPを消費し尽くすまで止まらない。


 アール・オブリス 尼僧ナン10→16LV  兎耳族 

 ママ 歌姫ディーバ7→11LV


 モルガン 魔女ウィッチ10→17LV 長耳族 

 ふくちゃん 吟遊詩人バード7→12LV

 ~~~~~ラクシル~~~~~


 雨が降っている。レヴンドール大森林に雨が降る。

 バチッ、バツバツッ。

 強い雨が屋根を打つ音で、ラクシルは目を覚ます。


「……」

 屋根といっても、屋根の形を成していない。かつて壁だったものとかつて屋根だったものが、結果的に雨滴を防いでいる。ラクシル自身には、雨を避けるつもりはなかった。言いつけられた通り、自分の部屋だったところにいるだけだ。


「……アメ」

 上を見上げれば、遥かな高みに地上の縁が見える。

 見渡せば、辺り一帯に村だったものの残骸が広がっている。水車の名残り。牛舎の名残り。村人の息吹。彼女の足跡――。


 昔、そこには村があった。魔女カイの治める村があった。いまはもうない。

 妖精王アードバトンによって結成された討伐隊とカイとの争いは、この地をいびつに歪め崩壊させた。戦いの最中、直径300メートルもの大穴が開き、ラクシルは村ごと穴の底に落ちた。

「――ル」

 以来、迎えも追手も来ない。忘れられた穴の底の廃村で、長い時を過ごした。

「――シル」

 そもそも感情の薄いラクシルは、そのことを気にしたことはない。カイの残した命令通りに大森林を巡回し、怪しい者がいれば一撃を加え速やかに離脱し、情報を収集するだけの変わらない日常を送っていた。


「――おい、ラクシル!!」

 声に反応して顔を上げると、ハチヤがいた。雨に打たれ全身びしょ濡れの格好で、呆れたように腰に手を当てている。

「……マスター……」

「なにやってんだよ。急にいなくなりやがって。心配していろいろ探し回っちまったぜ?」

「……シン……パイ?」 

「あったりまえだろ!? せっかく宿敵を倒したと思ったのに、喜ぶより先にいなくなっちまってさ!! ……なんだよここは。おまえのポップ地点か?」

「……シュク……テキ?」

「あれか? とどめささせられなかったから怒ったのか? 悪かったよ。まさかモルガンが横取り仕掛けてくるとは思わなかったんだ。本当はおまえに刺させたかったんだけど、さすがにそこまで気が回らなかった」

「……?」

「……ま、そんなこと気にするおまえじゃねえか。どっちかっつうと、こいつは俺の願望かな。……なんか、そっちのほうが綺麗な気がしたんだよ。美しいっつうか……」

 ハチヤはバリバリと頭をかいて照れた。


「……ウツク……シイ……?」

 ラクシルはその言葉を繰り返した。

 最後の瞬間。物理ダメージが限界に達したゴルガリの魔塊まかいは、岩と土塊つちくれと泥水に分離して崩壊した。その他の生き物たちは、骨だけになって流れ落ちた。衣服の切れ端や、潰れた靴、人形、宝石、取り込まれていた村人たちの残滓ざんしも、もろともに溢れた。すべてを押し流して消えた。

 モルガンの放った火柱フレイムピラーの魔法の赤、たて続けに起こったレベルアップの黄金色。それらが水蒸気の白いスクリーンに乱反射し、あたりは輝きに彩られた――。

 美しいという感覚は、ラクシルにはわからない。胸を締め付けるようなこの感情が、もしかしたらそれにあたるのだろうか。


「……ラクシル」

 大きく深呼吸してから、ハチヤが口を開いた。これから大切なことを告げようとでもしているかのように、真剣な表情で。

「なあラクシル。戦いは終わったんだよ。だからもう、こんなとこにいなくてもいいんだ」

「……」

「一緒に行こうぜ。俺たちは家族だ」

「……」

「さっきのうるさい連中なら気にするな。あいつらは俺の旅の仲間。一部を除いて気のいい連中でさ。きっとおまえのこともすぐに受け入れてくれる」

「……」

「もちろんチコも一緒だ。あっちには生身だけどバクさんて犬もいる。きっと仲良くなれる」

「……」

「……なあラクシル」

 腕を掴んで揺り動かそうとしてくるが、ラクシルは微動だにしない。大地に根づいたように、強く深く腰を下ろしたまま。


「……ラクシル」

 初めて出会った時のように、ハチヤが手を伸ばしてくる。握手だよ。友好の証だ。シェイクハンド、オーケー?


 魔女エンジンは――ラクシルは、順にハチヤの手を見つめ、顔を見つめ――そして首を振った。

「……ラクシル……ムラ……マモル」

 さっと、ハチヤの表情が陰る。


「チコ……マモル……」

 チコはいつの間にか、ラクシルの足元にぺたりと寝そべっている。

 とっくの昔に滅んだ村の、永遠に働く墓守。その身分を悲しいと思ったことはない。どこにも行けなくても、誰も来なくても、寂しいと思ったことはない。

 いかに主従になろうとも、魔塊を討伐して重荷をほどいたとしても、ラクシルが墓守だという事実は変わらない。それはゲームだからこそ。他に変わりのいないラクシルが、勝手に持ち場を離れるわけにはいかない。ハチヤが去れば、ラクシルはまた、次のプレイヤーを待ち続ける運命にある。


 ――ぽつり。


 水滴が、永遠が、ラクシルの肩に落ちる。

 それはハチヤの顔から落ちてきた。ラクシルの肩を抱くハチヤの顔から落ちてきた。

 汗なのか雨なのか、ラクシルにはわからない。不思議と温かい水だった。永遠に浸かっていたいようなぬるま湯だった。


「……マスター……」

 ラクシルが、ハチヤの首にかかったカイのメダリオンに触れると、それは一瞬だけ光った。仄かな蛍火のようだった。

「……ラクシル?」

 不思議そうにハチヤは眉を開き、効果の変わったカイのメダリオンの説明文を見てしばし硬直し、やがて、魂の抜けるような息を吐いた。


 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 伝説のモンスターを倒した。誰にも手に入れられないアイテムをゲットした。誰も話したことのないNPCと話し、別れを惜しんだ。

 美しく胸に迫る光景だったが、長続きはしなかった。

 ラクシルらと別れ合流した時には、すでにPT内に俺の立場はなかった。水たまりに正座させられ、説教された。

「なんの説明もなく、自分勝手に行動して!!」

 とコルム。

「奴隷なんて、人権蹂躙じゃないか!!」

 とアール。

 どちらに関しても、俺にとってはやむにやまれぬ選択だったのだが、ふたりはどうにも納得がいかないらしく、腕組みした指の先でとんとんと二の腕を叩き、俺をにらみつけている。

 すべてを知っているはずのルルからはなんのフォローもなく、むしろ話を盛られ、獣欲のままに女性に乱暴する大罪人呼ばわりされた。あやうくGMコールされるところだった。

 一方、モルガンはご機嫌だった。魔塊のノックアウトボーナスを得て急速にレベルアップし、あげくに褒賞品を独り占めにしたのだから無理もない。

 ドロップ品はPT単位でプールし、分配するのが基本だが、ノックアウトボーナス獲得者に与えられる特殊な褒賞品は、入手した本人にしかわからない。伝説の武器とか防具とか、合成用のレア素材とか。なんせあれだけのモンスターのドロップだ。半端なものではないはずだ。


 でも俺は、他のどんなものよりもかけがえのないものを手に入れた。それだけは確信できる。

 それはサーバーに一人しか権利を持てないものだ。すべてのサーバーが統合された今となっては、おそらく唯一の存在だ。

『カイのメダリオン。使用すると、ラクシルを呼び出すことができる。24h/1/1/30min』

 効果説明のあとの数字は、リキャスト時間/使用回数/最大回数/使用時間をそれぞれ示している。つまり俺は、1日に1回30分間、ラクシルを呼び出す権利を手に入れたわけだ。

 最速の移動手段。最強の攻撃手段。最愛のNPC。

「……」

 首にかかる重みを量って、俺はときどきにんまりとする。

 深い深い森の中の、忘れられた村の一角の、今にも崩れそうな屋根の下で、あいつは俺のことを待っている。

 幽霊犬ゴーストドッグを相棒にして、幾千の夜を超えて、俺のことを待っている。

 チコが遠吠えをあげる。レヴンドール大森林に長く降り続いた雨が上がる。雲の切れ間から差し込んだ光があたりをまばゆく照らし出し、穴の底にまで差しこむ。屋根の下から出たラクシルは瞬間目を細め――高く高く、天を見上げる。

 そんな想像の出来ることが、他のどんな褒賞よりも晴れがましいことのように、俺には思えるのだ。

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