「主従の儀式」
~~~~~ラクシル~~~~~
「ア……ウ……アア……ウ……。ア、アアアアアアアアァアアァアアアアァー!?」
「――な、どうしたラクシル!?」
突如すべての金属筒から蒸気を噴き出し、目から光を放ち、口からとめどない叫び声を上げ始めたラクシル。
「だ、大丈夫かおい!?」
ラクシルの視界の片隅には、慌てるハチヤの姿が映っている。どうしていいのかわからず狼狽えて、手をわたわたと動かしている。
回復薬瓶のおかげでHPは回復しつつある。毒などの状態異常攻撃を受けたわけでもない。
ラクシルの変化は、内からくるものだった。やらなければならないこととやってはいけないことの矛盾が、体内で魔素の流れを司る内燃機関の働きを狂わせた。大量に蓄積された魔素が、不規則に無軌道に体内を駆け巡る。四肢の末端から、あるいは金属質の皮膚の隙間を縫って、体外に勝手に漏れ出て発光現象を引き起こす。
「アアァウウゥアアァー!?」
「ラクシルがバグったー!?」
「あるじ様!! 今度は何したんですかー!?」
遠くでルルが驚いている。
「いつも何かしてるみたいに言うんじゃねえよ!! 俺は常に清廉潔白だよ!!」
「自分のこと清廉潔白とか言う人って……」
「じゃあどうしろってんだよ!!」
騒ぐふたりは、しかしさすがに乱戦慣れしていて――ハチヤはラクシルの身に気を配りながらゴルガリの魔塊の攻撃をかわし続け、ルルは上空で円を描くように飛行しながら、トレイン内のバトルロワイヤルをコントロールしている。
暴走した魔素が記憶野にも影響を及ぼす。過去と現在のイメージの連鎖が、ラクシルの脳内でフラッシュバックする。
――村人の命ごと飲み込みゴーレムと化した魔塊と戦うカイ。圧倒的な質量の前に屈し、意識を失ったまま崖から落ちるカイ。もろともに崩れ落ちる岩塊の陰に隠れ、小さな体はどこかへ消えていってしまった。
――果敢に魔塊に立ち向かうハチヤ。搦め手を駆使しても及ばず、攻撃が頬を掠め、ついに範囲攻撃に巻き込まれ、動けなくなるハチヤ。ルルを連れて捲土重来し、再び魔塊の前に立ちはだかる。
歳をくった美少女と、元気と強がりだけが売りの少年。似ても似つかないふたりに共通している部分がみっつある。優しいこと。ひたむきなこと。そして――
「『アタシに』『俺に』任せろ――」
ふたりの姿がダブり、声がハモる。何気ない思い出が脳内で多重露出を繰り返す。
混乱の坩堝の中、束の間周囲の音が聞こえなくなり、一瞬、カイの声だけがクリアに聞こえた。泣きそうなほどに懐かしい記憶が甦る。
――いいかラクシル。今から儀式をとり行う。主従の儀式だ。これを最後に、おまえの自由はなくなる。死がふたりを分かつまで、おまえはアタシの奴隷だ。
――だが安心しろ。アタシは寛大で優しいご主人様だからな。おまえを悲しませたり寂しがらせたりはしねえよ。ぞんざいに扱ったりはするけどな。シシシ。
――だから安心して受け入れろ。……変に恥ずかしがるんじゃねえぞ? こっちだって恥ずかしいんだからな?
「……な、なんだラクシル?」
カイのメダリオンを首からかけてやると、ハチヤは明らかに戸惑い、リアクションに窮した。
「――イマカラギシキヲトリオコナウ。シュジュウノギシキダ」
鎖をぐいと引っ張って、ハチヤの顔に超接近する。
「ななな、なんだなんだなんだ!?」
「――ハズカシガルンジャネエゾ? コッチダッテハズカシインダカラナ?」
息のかかる距離で告げると、ハチヤは耳まで真っ赤になり動揺し、目を大きく開いた。
「だだだだだから何が……!?」
「契約……受諾……」
そのままラクシルとハチヤの顔面は接近を続け、一部軟衝突を起こした。ハチヤの顔は青くなり赤くなり、石化したようにカチコチに硬直した。
「……ン」
ちゅぽん。
ハチヤから体を離して、ラクシルはなんとなくうなずいた。今この時より、ラクシルはハチヤのものとなった。指示通りに動く奴隷となった。逃げるも戦うも、生きるも死ぬも、すべて主人の望むがまま。だからもう、迷う必要はない。途方に暮れて佇むこともない。ラクシルは主人のために駆け、主人のために跳ぶ――。
~~~~~ハチヤ~~~~~
――カキンカキンカキン。金属質の硬い音が連続して、ラクシルの頭の金属筒が連結した。平たく滑らかに延伸して、4人ぐらいは乗せられるような薄い板状に変形した。
「モード……オーバーライド……」
騎乗形態。魔女エンジンとしての本来の形態になったラクシルが、真顔のままでサムズアップしてくる。
「えー……あのその……」
突然のことに反応を返せないでいると、ラクシルは無造作に俺の首根っこを掴んで放り投げて、ついでにチコも手繰り寄せて放り投げた。俺たちは板――シートの上に揃って乗せられながら、なんとなく身を寄せ合った。
ラクシルは、さきほどの事故について触れようとしない。こいつにとってはたいしたことではないのだろうか。儀式のためのただの手順に過ぎないのだろうか。
「……」
俺は誰にも見られぬように、そっと唇に指先を触れた。なにこの気持ち、超甘酸っぱい。
ラクシルは魔塊から遠ざかるように急加速を始めた。さすがに人を乗せているので単独時の全速には遠く及ばないが、それでも毛長牛の5倍はある。魔塊の姿はみるみるうちに遠ざかっていった。
乗り心地は滑らかだった。二足走行しているのにも関わらず、まったく振動は伝わってこない。サスの良い高級車にでも乗っているような心地だ。さすがは伝説の魔女の騎馬だっただけのことはある。
画面右下の俺とルルの能力値バーの下にはなんの表示も追加されないので、仲間というのとは違うみたいだ。ということは、乗り物的な意味でラクシルゲットと考えていいのだろうか。毛長牛と同じようなカテゴリで。いやでもなあ、こいつ戦闘力もあるし、ものすごい上位互換だよなあ。
どどどど、奴隷とかも言ってたし、扱いに困るなあ。………………ホント、困るよなあ。うへへ。
「ちょちょちょちょちょちょっとちょっとちょっとー!? なにやってんですかあんたはー!?」
「……?」
遠くから高速で駆け付けたルルが、俺の首ったまにかじりついてくる。縄張りを主張する犬のように、ガウガウと吠えたてている。
「これはルルのなんですから、勝手にそんなことされたら困るんですよー!!」
「……ハチヤ……マスター……」
「あるじ様ですよあるじ様ー!! なんですかその呼び名は、ルルと張り合うつもりですかー!!」
「まあまあルルくん、ちょっと落ち着いて話し合おうじゃないか」
「なに上から紳士気取ってるてんですかー!! どうせ頭の中では『奴隷か。うへへ……』とかエッチなことばかり考えてるくせにー!!」
「――おまえ、俺の記憶を見たのか……!?」
「わかりやすすぎんですよあるじ様はー!!」
だってそりゃあさ、健全な男子中学生だもん。中坊真っ只中だもん。しょうがないじゃん。
「……ハチヤ……マスター……」
「うおぅ……マスターか。改めて聞くといいなあその響き……」
しみじみと噛み締めるようにつぶやく俺の頭に、ルルがガジガジとかぶりついてくる。
「痛ででででで!! やめろルル!!」
「うっさいですよ!! この浮気者!! エッチスケベ女の敵!! ちょっと目を離してたらキキキキキキキスなんかして!! しちゃったりして!! なんなんですかなんなんですかもう!!」
「ノム……ノマナ……」
「飲みませんし飲まさせませんよ!! 繰り返しますが、これはルルのです!! 誰にも渡しません!! ルルが正妻で、あんたはせいぜい2号さんですよ!!」
「2号さんって、背徳的な響きあるよな……」
「はいそこ!! ドキドキしない!!」
妄想に浸る俺に、ルルの目敏いツッコミ。
「まあでも、儀式の手順らしいし、そういう意味ではしょうがないんじゃないか?」
「……たなぼたラッキー以上の気持ちはないでしょうね?」
疑惑に満ち満ちたルルの目。
「ナイアルヨー」
「なんでわざとエセ中国人風に言ったんですかねえ!!」
「……マスター……ツカマッテ……」
ラクシルの声に反応した俺は、ふりほどされないようにしっかりと掴まった。ぎゃあぎゃあ騒ぐルルも、後方から飛来する巨大な岩を目にするとおとなしくなった。
ラクシルは軽やかなサイドステップで岩を避けた。一瞬前までラクシルがいたところにちょっとした小屋ほどもある岩が落下して、盛大に土砂を巻き上げた。
魔塊は執拗に追ってきているが、ラクシルとの速度差は半端ではない。こっちはもうじき登攀ルートに差し掛かろうかというところまで来ている。登ってしまえば、もう魔塊に追い付かれることはない。
……だけど、それは勝ちじゃない。
「――ラクシル!! 戻れ!!」
「……ン」
俺の指示に素直に従ったラクシルは、ぐるりと円弧を描くように首を巡らす。急制動のGに晒された俺たちは、夢中でラクシルにしがみつく。
「どうするつもりですかあるじ様ー!!」
「決まってるだろ!! 俺たちはもう逃げない!!」
「……ン」
ラクシルはひとつ大きくうなずき、魔塊へと猛スピードで突進を開始した。
「カミカゼはイヤー!!」
ルルが悲鳴を上げて抱き付いてくる。
クオ……ン。
チコが心細そうに裾にかじりついてくる。
「全速だ!! ラクシル!! 目標はゴルガリの魔塊!!」
すっ飛ぶ地面。見る間に縮まる彼我の距離。視界いっぱいに魔塊の姿が入りこんだのを見計らって、俺は叫んだ。
「ラクシル!! 止まれ!! その場に待機!! 俺が剣を掲げたら迎えに来い!!」
「……ン」
ラクシルが急ブレーキをかけ、姿勢を低くするのにタイミングを合わせて俺は首にかけていた手を離す。ついでにルルとチコを振り払い、慣性を味方にして一個の砲弾のようになって、宙へ己が身を投げる。
「『大陸亀!!』」
魔剣に叫んだのは、魔塊の名ではない。レヴンドール大森林最遅モンスターの称号をほしいままにする大陸亀。これでもかってぐらい硬いけど動きが鈍く攻撃力も低い、組し易い敵。
魔剣は閃光を発し、俺ごと地面すれすれを這うようにして飛び、魔塊の股下をくぐり抜けた。
「――ひいぃーやっはー!!!!」
一本の魔剣と化した俺は、抗争を続けるモンスター群へ分け入り強引にこじ開け、端っこに押し出されるようにしていた大陸亀に突き刺さった。魔剣の威力はさすがのもので、硬い大陸亀の甲羅を叩き割り、一撃で屠る。
一連の行動で何匹かのモンスターの矛先が俺に向くが、もう遅い。俺を追って来た魔塊が、すぐそこまで迫っている。
「あっははは!! 来いよ魔塊!! 一騎討ちだ!!」
剣を掲げて振り回して煽る俺を、素早く回り込んだラクシルが拾い上げてくれる。
魔塊は一直線に俺を追って来て見事にモンスター群に引っかかり、乱戦に巻き込まれている。
「なーんてな!! ばーかばーっか!! ざまーみそっかすー!! おまえのAI失敗作ー!!」
「……」
「……なぁんか、スケール小さい戦いですよねえ」
「おい可哀想な感じの目をやめろ!! しかたねえだろ!! こちとらパンピーなんだから!! 少年漫画なら文句なしぶっちぎりのモブキャラだぞ!? 戦い方考えなきゃマッハで殺されるっての!! だいたいこれはスケールが小さいって言うんじゃない!! 柔よく剛を制すって言うんだ!!」
「……」
「あ、はい」
ふたりから漂う冷ややかな空気。
「ちくしょーおまえらー!! こんな時だけ息合いやがってー!!」
悔しいけれど、戦い方が格下なのは事実。でもいいのだ。勝てばいいのだ。勝てばこいつの無念を晴らせる。
「なあラクシル」
俺はラクシルの肩を叩く。
「……?」
「俺はマスターとしては頼りないかもしれんけど、でも信じろ!! 絶対に、おまえの望みを叶えてやる!!」
「………………ン」
深々とうなずくラクシル。
「きー!! ルルを差し置いていかにも主従っぽいやり取りしてー!!」
目をバッテンにして怒るルル。
圧倒的な攻撃力と防御力とHPで優位に立ったのは魔塊だった。だがモンスター群もさる者。強力な範囲攻撃を食らったことで逆にヘイトがひとつにまとまり、魔塊一匹に火力を集中し出した。乱戦を生き残った巨人族・亀族・樹の精霊・上位モンスターの百眼トカゲに樹の上位精霊、空を舞う巨大なブリック鳥etc……。敵に回すと厄介この上ない連中の強力な攻撃が折り重なり、魔塊のHPを削っていく。
片腕はすでになく、両脚もボロボロ。それでもさすがに伝説のモンスターなだけある。魔塊は大地鳴動の連発で、一気に地上の敵を薙ぎ払った。ブリック鳥の首を掴んで叩き落とし、格闘戦の末にこれを踏みつけて仕留めた。
「ぎりぎりのところだな。おいラクシル――」
「……?」
「とどめはおまえだ。合図したら思いっきりぶっ放せ」
「……ン」
息を潜めるように機を窺う俺たち。
最後に生き残った樹の上位精霊の木の実の爆弾ルーレットを、両脚を失いながらも耐え凌いだ魔塊は、残った片腕一本でこれを葬り去った。胴体のHPはほとんどゼロ。
今だ――!!
「炎の嵐!!」
ルルの範囲系炎魔法で魔塊に残された腕が吹き飛ぶ。
「『ゴルガリの魔塊』!!」
俺は魔塊の胴体に魔剣を突き刺し、素早くその場を退いてラクシルにアイコンタクトを送る。
ラクシルはなめらかな動作で騎乗モードを解除し、1本1本に分離した金属筒を砲塔にして魔塊に向けた。こいつが最後の一撃だ。
「神秘の砲塔!!」
魔素のレーザービーム群が残り少ない魔塊のHPを吹き散らす。凄まじい熱量で地面に溜まった水を一気に蒸発させる。水蒸気が辺り一面に立ち込めて、一瞬誰が誰だかわからなくなり――。




