「エンドレス・ワルツ」
~~~~~ルル~~~~~
豪雨の中、ハチヤは膝をついていた。HPは半分、MPは真っ赤。身動き一つとれない中、眼前の戦闘は激しさを増していく。一に対して百を返すような、ラクシルとゴルガリの魔塊の無謀な殴り合いは続く。
「ちくしょう……!!」
拳を握り、歯を噛みしめ、血の滲むような表情でハチヤは佇んでいる。その姿にルルは、かつての蜂屋少年の姿を想像してダブらせた。病院のベッドの上でチコの死を知った時の姿。それはおそらく、こういったものではなかったか。
「おーおーおー。そこにおわすはあるじ様じゃございませんかー? ルルから魔法生物カッコ美少女に乗り換えてきゃっきゃうふふしてるはずのお方がこんなとこでうずくまってー。ねえ、いまどんな気持ちですか? ねえねえ?」
「……ルル」
ハチヤは横目でルルを見る。煽りに反応するどころか顔を上げることにも難儀するほどに、MPダメージが蓄積している。
「だぁから言ったんですよー。あの女を倒してすぐにもここを出ていればこんな目には遭わなかったのにー。今頃街でみんなと楽しくやれてたのにー」
「……ルル」
「さ、あんな女は放っておいて、ルルと一緒に行く気になりました? こんな鬱陶しい森を抜けて、明るく開けたフィールドに出る気になりました?」
「――ルル。頼む。霊魂再来を」
MPを分けてくれ。ただただ真っ直ぐなハチヤの瞳が、ルルの胸を正面から射抜いた。唇は震え、頬はげっそりと痩けていている。目だけに強い力がある。それが自分を見つめている。
……ああ。
ルルは顔を手で覆った。心中でため息をつく。
強がるくせに大して強くはなくて、理屈をこねるくせに頭が良くはなくて、魔剣を使いすぎてMP切れでダウンするような詰めの甘いこの男は、たぶん自分がついていてあげないといつまでもダメなままだろう。レベルもまともに上がらず、その辺のちょっとした中ボスにも勝てず、それを悔しいと思うこともなく、のんべんだらりと過ごすだけ。ゲームが終わるその日まで。
――終わり。それは必ず訪れるのだ。永遠にふたりは切り離され、決して元には戻らないのだ。日付も時間も定められていて、逃れることは出来ないのだ。
でも決して、自分たちは無力ではない。最後の瞬間までの過ごし方は、自分たちが決めることだから。
いつもと変わらぬ平凡な日常? 笑いの絶えぬ賑やかな日々? 悪くない。どちらも素敵な、美しい思い出となるだろう。
――でも嘘だ。そんなの。
ルルは手を後ろに組んで、ハチヤの目の前でホバリングした。真面目な顔で問いかける。
「ねえあるじ様――悔しいですか?」
「……ああ?」
「無力な自分が惨めですか? たかが数列の集まりに過ぎないモンスターに勝てず、地べたを這いずるだけの自分を変えたいと思いますか?」
「……当たり前だろ」
ハチヤはギリと奥歯を噛み締め応えた。
「悔しくなかったことなんかねえよ!! 惨めじゃなかったことなんかねえよ!! 忘れたふりをしてただけだ!! あの日からずっと思ってた!! 自分の大切なものを守れる人間になりたかった!! それはどこだって同じだ!! ゲームだってリアルだって関係あるもんか!! もう……俺のバカのせいで大事なものを失うのはごめんだ!! ――だからルル!! 頼む!! 俺に力を貸してくれ!!」
……ああ。
ルルは顔を手で覆った。心中でため息をつく。
かっこ悪くて泥臭くて……でもなんて――なんて可愛い人だろう。なんて愛おしい人だろう。
「……いいでしょう。でもひとつだけ条件があります」
「なんでも聞いてやる」
「……なんでも?」
「なんでもだ!!」
食い気味に叫ぶハチヤの顔には、微塵の迷いも感じられない。
「ひひひ、後悔するかもしれませんよ」
「後悔なら、初めておまえに会った時にとっくにしてるさ」
自嘲気味に、ハチヤは笑う。
「……ほうー?」
「――ドキドキした。ワクワクした。この先どんな冒険が待ってるんだろうって胸が高鳴った。そしてなにより――もう逃げられないくらい大事な世界が出来ちまった。そう思ったんだぜ?」
「――!!」
「なんだよ? 真っ赤な顔して」
「は……っ」
あはははは、ルルは顔を覆い、全身を震わせて笑った。震えはとめどなかった。指の間からぬるい水が流れて落ちた。
嬉しくて哀しくて、いてもたってもいられない。でも、泣き止むのを待つには時間が足りない。だからルルは、ハチヤの側頭部にキスするように、ぴたりとくっついた。
「『霊魂再来』」
震える声でマジックワードを口ずさむ。ルルの体を魔素の若草色の光が包み、ハチヤの体に伝播していく。MPの融通が、ハチヤの体に再び立ち上がる力を与える。
「知ってますよ。そんなの――」
聞こえないような声でつぶやく。聞こえてくれればいいのにと願いながら。
「……だって、ルルも同じですもん」
~~~~~ハチヤ~~~~~
「やー、壮観ですねえ」
「へっ、こうでなくっちゃ落ち着かねえよな」
俺の傍らでホバリングするルルが、手で庇を作りながら空模様でも見るかのように崖の上を見上げている。
「あら、もう中毒になっちゃいました?」
「ばっか。でも今日ばかりは、こいつが天使の福音に聞こえるぜ」
「その場合、ルルが天使ってことですよねえ」
「言ってろ」
まるで組になってストレッチでもしているような、軽妙で気持ちのいいやり取り。羽音の聞こえる距離感に、この上ない安堵を感じる。そうだな。俺たちはこうでなくっちゃ。
俺たちの視線の先にあるのは、崖上から崖下まで続く登攀ルートを駆け下りてくるモンスターの群れだ。森ゴブリンや川トロールなどの一般的なモンスターから、百眼トカゲや樹の上位精霊みたいな強力なのまでいやがる。何百って数の暴力の塊が、俺たちを指さして噛み砕け踏み潰せと雄たけびを上げている。
「……しかしいつの間にこんなの仕込んでやがったんだ? おまえは」
「へへー」
ルルは悪びれもしない。
「あるじ様がログインした瞬間からですよー。この森、地形が複雑なんで、あちこちで引っかかって膨れ上がって、こんなに遅くなってしまったみたいですねえ」
「ログインしたらまずトレインを発生させるとか、どんな鬼畜なルーチンワークだよ」
コツンと叩くと、ルルは「えへへ」と嬉しげに舌を出した。
「――いいか。確認するぞ」
「はい!! あるじ様!!」
しゅたっ、ルルは敬礼動作をして元気よく返事する。
「簡単だ。この群れを魔塊にぶつける」
「ほうほう!! んで!?」
「以上だ」
「ええー!? 作戦とかないんですかー!?」
「え……ガンガン行こうぜ?」
「命を大事に、じゃないんですかー!?」
「大事に出来るようなシチュエーションじゃねえだろうよ……」
「ああまあ……」
「まあいつもと違って今回は強固な擦り付け先があるからな、逆にやり易いかもしれんぞ?」
「魔塊さんはカタそうだから安心ですねえ。擦り付け先があるじ様ぐらい脆いとすぐターゲットが戻って来ちゃって元の木阿弥ですし」
「さりげなく俺をディスるのやめようか。じゃあ行くぞっ!!」
「あいあーい!!」
通常、トレインっていうのは先頭となるモンスターが何匹かいる。ルルが攻撃するか、もしくはアクティブなモンスターの眼前を通り過ぎたことにより釣られたそいつらは、同じ種族のモンスターを引っ張って引きずって、結果的に大行進を形作るわけだ。んで、誘発させたプレイヤーが死ぬかログオフするか逃げ切って勢力範囲外へ出るまでは、このトレインは解体されない。終了時点で範囲内に他のプレイヤーや特定のNPC(レイミアたちみたいな、モンスターと因果関係のある)がいた場合、トレインの目標地点はそいつになる。
だから俺たちの行動指針は単純だ。自分たちがやられることなくトレインのヘイトを魔塊に擦り付ける。ただのフィールドモンスターに魔塊と因果関係があるわけないから、なんらかの理由で互いにダメージを発生させ、敵対関係を生み出す。両勢力がやり合ってる間にラクシルを引っ張って逃げ切って、生き残ったほうにとどめを刺す。一挙両得。
言うだけなら簡単だな。うん。
ドドドド……!!
様々な種類のモンスターの様々な足音が、地震のように大地を揺らす。
真っ先にヘイトを引き受けているルルが、俺と分かれて横に飛ぶ。トレインはルルの羽根を追ってぐぐっと大きくカーブを描く。
円弧の頂点に向かって俺は構えた。
「回転剣旋!!」
剣の衝撃波による範囲遠距離技が命中すると、集団は列を乱して散らかり、四割ほどがこちらに向かってきた。
列の後方にいた樹の精霊や大陸亀などの鈍足勢を引きずって(意外なことに、百眼トカゲや樹の上位精霊は足が速い)、俺はルルと逆方向に走る。魔塊と戦うラクシルを、遠間からトレインの網で囲むイメージだ。
「第一段階成功だー!!」
「いえーい!! あっるじっ様ー!!」
遠くでルルがテンション高くガッツポーズをしている。
「……パタパタ?」
ルルの存在に気が付いたラクシルが、首をかしげながら手斧を振るっている。
ぐるり廃村を一周した俺たちは、お互いのトレインをぶつけ合う角度で交錯した。軽重入り交じったモンスターたちが、正面からぶつかり合う。処理的にはキャラが重なっただけなのでダメージこそ発生しないが、狭いエリアにキャラが密集したことにより、すし詰めイモ洗い状態を生み出す。当然集団は混乱し動きが鈍り、トレインとしての脅威は激減する。
「――おおおおおおおー!!」
俺は思いきりトレインの中で暴れ回った。剣を滅茶苦茶に振るい、手当たり次第にモンスターに攻撃を加えていく。倒すつもりはない。怒らせるだけの攻撃だ。
当然、反撃も受ける。剣や鉤爪や棍棒や牙に蹴りに触手に枝葉にと、ありとあらゆる方向から攻撃が飛んでくる。すべてを躱しきることは出来ないので、ダメージは少しずつ蓄積していく。ルルにHPを全快まで回復してもらい、強化呪文をかけてもらってはいるが、それほど長くはもたないだろう。命を大事に? うん無理無理。
「突撃!!」
「天空飛翔!!」
「影分身!!」
突撃型の特技で真っ直ぐに敵の中に分け入る。一斉攻撃を大ジャンプで躱す。分身を囮にして横へスライドするように回避して軸をずらす――持てる限りの回避技を駆使して、俺はするりするりと大集団の矛先を躱し、受け流し続ける。もちろんSPは無尽蔵じゃない。HPもがんがん減少していく。このまま行けば、いつか動けなくなる時が来る。でもその時までは、俺は動くことをやめない。
――チッ。
樹の上位精霊の枝が俺の頬を掠って骸骨兵を木っ端微塵に打ち砕く。百眼トカゲの無数の目から放たれた石化光線が森ゴブリンを石にする。ものすごい大混戦だ。「同士討ちが起きるから止めよう」なんて発想がないから、どいつもこいつも容赦ない。
――ブオオオオオー!!
業を煮やした川トロールが、手にした棍棒を大きく振り上げた。
大強振。川トロールの「範囲攻撃」。
――今だ!!
「突撃!!」
俺はトレインを強引に抜け、川トロールの攻撃を躱した。その場に残された集団は、逆に範囲攻撃をもろに受け、一気に川トロールへの憎悪を募らせる。トロール含めた巨人族は、仲間の危機に一致団結する。さらに巨人族と相克関係にある集団の思惑が複雑に絡み合い、事態は混迷の一途を辿る。
「あるじ様!!」
上空へ逃げてトレインに巻き込まれるのを避けていたルルが、トレイン内の力関係が変わったのを見計らって、待機していた回復呪文を飛ばしてくれる。俺のHPバーは真っ赤から黄色まで回復する。
「サンキュールル!! 愛してるぜ!!」
「ルルもですよ!! 大好き!! あるじ様!!」
満面の笑顔で送り出してくれるルルに背を向け、俺は魔塊へと一歩を踏み出す。
ラクシルと魔塊の戦いは佳境を迎えていた。当然、ラクシルの敗色濃厚だ。HPも攻撃力も防御力も、とにかくモンスターとしての格が違う。魔塊のHPバーがどれも7割以上残っているのに対して、ラクシルのそれは2割も残っていない。
「ラクシル!!」
「ハチヤ……!!」
駆け寄る俺に、ラクシルは悲鳴のような声を上げた。
「ダメ……!!」
嫌がるラクシルを無理やり抱え上げ……ようとするが、ラクシルのSTRは当然俺のそれより大きく、拒否されると動かすことは出来ない。
「そりゃそうだよな!!」
そんなことは知ってた。そして問題ない。だったら楽だよな、って話だっただけだ。確かめただけだ。問題は、ここまで延々と戦い続けてきた魔塊とラクシルのヘイトがどの程度のものかだ。
ザン!!
俺はラクシルと魔塊の間に横入り、魔剣を振るって魔塊の脚を攻撃した。ラクシルも負けじと手斧を振り上げるが、振り下ろせば俺に当たるので振り下ろせない。そんなかみ合わないやり取りが数回続いた。
「……ダメ……ハチヤ」
「ああ!? 聞こえねえよ!!」
「……ダメ……ハチヤ」
「だから聞こえねえっつってんだろ!! 俺を止めたいなら力ずくじゃなきゃだめだぜ!?」
「ア……?」
「そうだろうさ!! ロボット三原則じゃねえけど、おまえにそんなことが出来るわけがねえわな!! 俺を殴ることも傷つけることも出来ねえんだろう!? こうして俺が魔塊とおまえの直線上にいれば、追加の攻撃すら出来ねえよな!? 俺に当たるもんな!!」
「ア……ウ……?」
「当然あの大技も使えねえなあ!? 魔塊とおまえのヘイトは下がり続け、反比例して俺のヘイトは上がり続ける。そいつが理屈だ!!」
魔塊がラクシルに攻撃する――直線上にいる俺がかわす――ラクシルに当たってヘイトが減る――再び直線上に俺立ちはだかり、攻撃を開始する――ラクシルは俺に当たるので攻撃出来ない。以降繰り返し。
かてて加えて、秘蔵の回復薬瓶の大盤振る舞いでラクシルのHPを回復しまくることで、魔塊の俺へのヘイト暴騰はとどまるところを知らないってわけだ。
名付けて回避回復地獄円舞!!
渾身のどや顔をする俺。固まるラクシル。 魔塊のヘイトは徐々に塗り替えられ、そしてターゲットは変わる――。




