「ゴルガリの魔塊」
~~~~~ハチヤ~~~~~
ゴルガリの魔塊――太古より禁忌とされてきた呪法だ。木や草花、土に水、野生動物たち。その時その場にいた生命全てを生贄として捧げ、超巨大なゴーレムを作る、と言ったらわかりやすいだろうか。辺り一帯の数えきれない生命をもろともにゴーレムにするため、サイズがデカい。敏捷性はないものの、HPや攻撃力・防御力共にレジェンドクラスのモンスターだ。当然フィールドを普通にうろついているわけはない。ということは、自分でも知らないうちにトリガーを引いていたのか? カイの地下室に入ったこと。ホログラムを見たこと。カイのメダリオンを見つけたこと――ってとこか? だがまあなんというか率直に言って……
「デカすぎるだろこれは!!」
雷光煌めく中、小山ほどもある人型の巨大なシルエットが浮かび上がる。体を構成する主な成文は泥・木・岩塊で、所々木の根が角のように突き出している。鳥や獣――伝説通りなら――村人も巻き込んでゴーレム化しているため、時折鳴き声や呻き声のような音を発しているのが不気味だ。
大きすぎるせいか造形の調整が上手くいっておらず、長さの揃っていない不格好な手足を動かして、ズシンドシンと地響きを立てながら近づいてくる。
ちなみに魔法波感知――魔素の波を発し、跳ね返りで物の位置や形を特定しているので目はなく、耳もない。当然隠密系の魔法も効かない。遮蔽物の陰に隠れるのは有効だが、すでにターゲッティングされているので意味がない。
で、そのターゲットはもちろん俺――じゃない。ラクシル!?
「――マジかよ!! じゃあ、さっきのホログラムが正解なのかよ!!」
魔塊を完成させたのはアードバトンだったのだ。でなければ、ラクシルが狙われることの説明がつかない。魔塊はカイの創造物を探し続けていて、トリガーを引いたことをきっかけに現れ、今まさにラクシルを狙っている。そういうことだろう。
「ちくしょう!! 逃げろラクシル!!」
魔塊を呆然と見上げるラクシルは、俺の声に反応しない。迫りくる脅威を前にして、完全に硬直している。恐怖しているのだろうか。自分が住んでいた村がそのまま最凶の敵になったようなものだから無理もないが。
「逃げろって!!」
俺はラクシルの手を引いて走り出した。魔塊の動きは鈍重だが、一歩一歩がデカいので地味に差は縮まっていく。ラクシルひとりであったなら簡単に逃げ切れるのだろうが、いかんせん人形のように棒立ちで、自ら動こうとしてくれない。
「ああもう!!」
しょうがない。ラクシルが正気に戻るまでは俺がなんとか舵を切るしかない。
逃げるルートはふたつだ。ひとつ目は、小回りの利かない魔塊を翻弄するように方向転換を繰り返して村中を走り回る。これは純粋な時間稼ぎ。ふたつ目は、崖にぐるりとついている登攀ルートを登りきる。魔塊が登れるような広い道ではないので、ある程度の高さまで行けば追ってこれなくなるだろうという狙い。
「くそっ、ICOの主人公じゃあるまいし、なんだって俺はひたすら女の子の手を引いて走る運命にあるんだよ!!」
そんなことを毒づいたって、誰かが何かしてくれるわけじゃない。少年漫画の主人公のように、ソロで強敵を駆逐出来る特殊な能力があるわけじゃない。そもそもレベルカンストすらしてない中級プレイヤーの俺には、必死に逃げる以外の手がない。情けないけど。
「おぉぉぉお!!」
腹をくくって走る。走る走る。目指すは断崖際の登攀ルートの登り口。
「――もうちょい!!」
間一髪、魔塊の一撃を避けて登攀ルートに入ることに成功する。心の中で歓声。リアルでガッツポーズ。
しかし敵もさるもの、魔塊は地面に手を差し入れると力のみで持ち上げ、ごと投げつけてきた。
「のおわあああああっ!?」
点ではない面での攻撃。大雑把だが即死レベルの攻撃。受けることは当然出来ないし避けるスペースもない。どうしようもないので登攀ルートを飛び下りる。ラクシルはやはりなすがままになっているので、お姫様抱っこで受け止めた。
肩先を掠めた土の塊が登攀ルートを直撃した。ゲームだから道そのものが崩れることはなかったが、リアルだったら間違いなく崖崩れが起きていたような一撃だ。
「ハチヤ……ブジ……?」
「おお!? 目が覚めたかラクシル!?」
着地の衝撃で落下ダメージを負った俺に気づいて、ラクシルの目に焦点が戻り――すかさず空中からホットチョコを召喚する。
「そんなん飲んでる暇じゃねえから!!」
「ノム……ノマナ……」
「わあかったよう!!」
三段活用される前に素直にホットチョコを飲み干すと、わずかに減っていたHPが全快する。
「そんなことよりも、おまえ自分で走れよな。いい加減大丈夫――」
「……ン」
皆まで言わせず、ラクシルは俺の腕の中から飛び出した。雄々しく地面を踏みしめ、金属筒をマントのようにたなびかせ、魔塊に正対して拳を構える。
「ラクシル……ハチヤ……マモル……」
言うが早いか、瞬間移動のような速度で魔塊に肉薄する。
まさかの肉弾戦――右のフック、左のフック。手首から先を流れるように斧へ変化させての斬撃、斬撃、斬撃。神秘の砲塔の文字を宙に浮かばせ、すべての金属筒を砲塔にして、筒先から魔素をレーザーのようにして連続発射するという大技までやってのけた。
だけど、相手が俺たちのようなパンピーならともかく、レジェンドクラスのモンスター相手では分が悪すぎる。
案の定、魔塊のHPバー(頭・胴・両手両脚に個別にある)はさしたる変化を見せない。1ミリ減ったかどうか。
「バカ!! 戦おうとすんな!! 逃げろ!!」
「……?」
「ダメだー!! 言葉が通じねえ!! わかってたけどちくしょー!!」
説得が通じるようなやつじゃない。俺は力ずくで引っ張ろうとラクシルの背後へ近寄り無理やり肘を引くが、当然のこと、力が強すぎてどうにも出来ない。
「ハチヤ……アブナイ……ヨ?」
「ヨ? とか言って首かしげてんじゃねえ!! 可愛いすぎるだろうがー!!」
騒いでる俺たちに、魔塊が拳を振り上げた。
「うおわああああー!?」
「――!?」
俺のピンチに気づいたラクシルが、飛びつくように俺ごと跳んだ。直後に今までいた空間を魔塊の拳が通過する。超重量級の拳が地表を砕き、土や石片を巻き上げる。
「ハチヤ……ブ」
「無事だっつーの!! つうか、おまえが無事じゃないと俺も無事じゃないんだよ!! とにかく逃げろ逃げさせてくださいお願いします!!」
「……?」
「首をかしげんなー!! そこまで難しいこと言ってねえだろうがー!?」
業を煮やした? のかわからないが、魔塊が低く呻き、両手を振り上げた。集中線がその拳に引かれ宿る。溜め攻撃の予兆だ。
大地鳴動の文字が魔塊の背後に現れる。
「やっべえええ!?」
今度は俺がラクシルに抱き付いての必死の横っ飛び――もむなしく、範囲攻撃から逃れることは出来なかった。同心円状に広がる力場が俺たちをとらえる。
「ぐああああ!?」
「――!?」
重攻撃に晒された俺たちは、地表をごろんごろんと吹き飛ばされ、がくんとHPを減らす。ラクシルはまだしも、俺のHPはいきなり半分が吹き飛んだ。ついでに重いのけぞり硬直も発生して、ふたりとも身動きがとれない。
「やばすぎてもうなにがなんだかー!!」
頭を抱えて叫びたいが、頭を抱えることすらできない。ラクシルも俺の窮地に気づいてなんとかしようとしているようだが、いかんせんどうにもならない。
これはふたり揃って心中か――!?
諦めかけた時だった、そいつが魔塊の前に立ちはだかったのは。
クオ……ウ!!
「チコー!!!!!?」
「チコ……!!」
無理無茶無謀。蛮勇。身の程知らず。どんな言葉を投げかけても足りないような行動だ。たかだかレベル10の幽霊犬がかたやレジェンドクラスのモンスターに対する。悪い冗談なんてレベルじゃない。ただのバカでアホで間抜けで、どこまでも無意味な行動だ。
「バカ!! 逃げろチコ!!」
「チコ……!!」
でも、チコは引かなかった。俺たちの声が聞こえていないわけではないだろうに、怖くないわけではないだろうに、一歩たりとも下がろうとはしなかった。
アオ……ウ!!
威嚇の声とは思えぬほどに弱々しい声だった。風が吹けば折れてしまうような、雨が降れば止まってしまうような、か細い声。
もちろん魔塊が下がる理由はなかった。その威嚇に意味はなかった。魔塊はただ黙って拳を振り上げ、眼下に立ちはだかる愚か者に向かって振り下ろした。
――瞬間、俺はチコのことを思い出していた。リアルで飼っていたほうだ。あいつも俺のために体を張ってくれた。大していい飼い主でもなかった俺なんかのために、トラックの大質量の前に身を投げた。
同じ名前にしたからって――まったく、そこまで似なくてもいいじゃねえかよ――俺は思い切り息を吸い込み、音声入力の呪文を叫んだ。
「『剣よ!! 剣よ!! 我が声を聞け!! 我が敵の名を知れ!! 其は汝の敵なるぞ!! 地の果てまでも追い駆けて、討ち果たさねばならぬ者なるぞ!! 知らざるならば胸に刻め!! 憎き其の名は――ゴルガリの魔塊!!!!!!』」
指一本動かせない俺に出来る、それが唯一のことだった。「名を穿つ者の剣」。さっき手に入れたばかりのレア装備。叫べば相手に突き刺さる、必中の直接攻撃。
パァアアアー。
鏡のように磨かれた魔剣の表面に、光の文字が浮かび上がる。ゴルガリの魔塊。そう読めた。俺が敵として見なした者。地の果てまでも追いかけて、刺し貫かねばならぬ者。
「行っけえええええー!!」
閃光は刀身すべてを覆い、身を焦がすような鮮烈な光になった。風が巻き起こる。重力を振り切るほどの強い風に、俺の体が浮き上がる。
「おおおおおおおー!?」
グイッ。俺の腕を魔剣が引っ張った。
「――ふあぁぁぁぁあ?」
思わず変な声が出た。すさまじい力に引っ張られ、俺は体ごと一本の剣となった。
「俺ごとかよおおおおっ!!」
自分自身を剣として、魔塊へと突っ込んだ。髪がなびく、頬が波打つ。およそいままで体験したことのない、凄まじい速さだった。ソニックウェーブとか起こるような速さだった。アイテム説明にちゃんと「使用者ごと」って書いとけよバカもう!!
「――あああああああっ!!」
こうなりゃ破れかぶれだ!! 俺は覚悟を決めて歯を食いしばった。
衝撃はさすがに大きかった。リアルだったら打ち身骨折脳震盪くらいしてたかもしれないか、衝突ダメージがない設定のゲームなのでぴんぴんしている。
魔剣の威力自体はかなりのもので、ラクシルの連撃でもほとんど傷つかなかった頑強な体に根元まで深く突き刺さっていた。
「まじか!? なんだこれなんだこれなんだこれ――って危ねえええ!!」
言葉の後半は魔塊の反撃に気づいたことによる。俺は慌てて魔剣を引き抜き、その場を離れた。魔塊は直前まで俺のいたところに拳を振り下ろし、自身の脚に当ててダメージを負っていた。さすがの攻撃力で、魔剣の一撃と合わせて脚部のHPバーががくんと減る。
「あっははは!! バーカバーカ!!」
捨て台詞を残しながら全力ダッシュ逃げる俺。余計に魔塊からのヘイトが上がったような気がするが、気分良いのでそれはそれ!!
「ハチヤ……」
ラクシルのところまで戻ると、俺は勢いよくその手を掴んだ。
「何も言うな!! 俺は無事だ!! それよりいいか!? よく聞けラクシル!! 勝てるぞこの勝負!!」
「……?」
よくわからない様子のラクシル。傍らでチコも一緒になって首をかしげている。
「俺が遠距離から魔剣の攻撃で飛び込むだろ!? んで、あいつの攻撃が着弾するぎりぎりで避けるだろ!? そうすると、あいつは自爆するんだ!! 他ならぬ自身の攻撃で自滅するんだ!! わかったか!?」
「……?」
「ええい!! 論より証拠だ!! もう一回やるぞ!!」
言うが早いか、俺は再び魔剣を掲げた。
「『ゴルガリの魔塊!!』」
魔剣は再び唸りを上げ、強引に俺を引っ張り、魔塊へと飛んだ。
ザグゥッ。
重い音と強い衝撃とともに、魔剣は魔塊へと突き刺さる。二拍ほどの間を置いて、重い拳が振り下ろされる。
「そんなトロい攻撃が当たるかよ!!」
冷や汗を流しながらも躱す俺。
またも拳は魔塊自身の脚に自爆し、無視出来ない量のダメージを刻む。
一撃でも当たれば終わりなので本当に心臓に悪いが、同じようにヒットアンドアウェイを繰り返せば、確実に魔塊の両脚を殺すことができる。身動きとれなくしてしまえば、あとはどうとでもなる。
そうだ。俺は勝てる。レジェンドクラスのモンスターに、チート級アイテムの力を使ってとはいえ勝てるのだ。
「ハチヤ……!!」
ラクシルが叫ぶところへ、手を振って余裕をアピールしながら戻る。
「な!? 大丈夫だろ!? この調子で続ければいつかは必ず……!!」
「……ダメ」
首を振るラクシル。
「――なんでだよ!? 大丈夫だって!! そりゃ少しはリスクもあるけどさ、これ以外じゃ倒せないんだよあの化け物は!! だから地下室にあったんだ!! そうだろ!? 間違ってないだろ!?」
「……ダメ」
「なんでだよ!? おまえはカイの仇を討ちたくないのかよ!?」
「…………………………ダメ」
あくまでも頑なに首を振り続けるラクシルの手を両手で包む。ラクシルははっと身を強張らせた。
「ラクシル!! 臨機応変だよ!! そりゃあカイは逃げろって言ったかもしれない!! でも人の言うこと聞いてるだけじゃダメなんだよ!! やるべき時はやらなきゃダメなんだ!! でないと後悔するんだ!! 大事なものは戻らないんだよ!! 後悔しか残らないんだよ!!」
全力で訴えかけると、ラクシルは一度だけ瞬きをした。
「カイ……イナイ……」
「あ……うん……」
「カイ……イナイ……」
特別なことを言っているのではなかった。ただの事実を述べているだけだ。カイが死んで、ラクシルは生きている。
普通のNPCならそこで終わり。でもラクシルは保持者だ。魔法の工芸品だけど感情がある。こいつにとってはただの事実なんかじゃない。感情を表現する術がないだけだ。伝えたいのに伝える手段がないだけだ。
――だから、俺には見えたんだ。金属質のラクシルの頬を、泥と雨水が混じった黒い液体が伝い落ちるのを。悲しげな雰囲気と相まって、ラクシルが泣いているかのように見えたんだ。
オォオオオオオー!!
いつの間にか接近していた魔塊のターゲットは、ヘイトが上がったためか、完全に俺に向かっている。
「ちっ、こんな時に……!!」
ラクシルから距離をとり、サイドステップを踏んで魔塊の攻撃を躱し、すかさず「『ゴルガリの魔塊!!』」と叫ぶ。魔剣は再び魔塊に突き刺さり、俺は――俺は、猛烈な疲労感で膝をついた。
「な……!?」
もちろんリアルじゃない。ゲーム内での話だ。ハチヤの動きが突如鈍り、コントロールが効かなくなる。画面全体が薄紅色に染まっている。
「MP切れ……!? なんで……魔法なんか……あ――」
まさか、この魔剣MP消費か!? SP消費じゃなく!?
――FLCのキャラには4つのゲージがある。体力を表すHP。精神力を表すMP。特技使用のためのSP。披ダメージ累積によるSSP。このうちSPは0になっても問題ない。SSPはその性格上、基本が0である。
問題はHPとMPで、HPは肉体の死。蘇生魔法か蘇生アイテムか、ホームポイントに強制送還されることで復活出来る。MPは精神の死だから気絶。肉体的に死んではいないのでMPを回復させてもらえば復活出来る。自動回復で放っておいても復活する。HP0よりはマシだが、厄介なのは、MPが0に近づくと身動きがとれなくなり、コントロールが鈍くなることだ。
一般的に戦士タイプのキャラはHPが高くMPが低く、魔法使いタイプのキャラはMPが高くHPが低い。その住み分けは互いの領分を侵さないためだ。戦士はもともと魔法を使うように設計されていない。そこへきてこんな強力な魔剣を連続使用すれば、倒れて当然。0にはなっていないので最悪な事態は避けられたが、行動に大幅な制限を受けている状態だ。
「ちくしょう……調子に乗りすぎた……!!」
アイテムボックスを開いてMP回復アイテムを使おうとするが……
「うおー!? 使いきったまま補充してなかったー!!」
ラクシルとの連戦の中でMPを減らしたルルに使いきったまま、補充するのを忘れてた。
「ラクシル……!?」
俺の窮地を見かねたラクシルが、再度魔塊の前に立ちはだかる。




