「ストライキ断行中」
~~~~~ルル~~~~~
プレイヤーがログインしていない間、妖精たちは何をしているかというと、実は最後にプレイヤーがログオフしたエリアにいる。フィールドであればフィールドで、街であれば街の中で思い思いに過ごしている。その姿はプレイヤーには見えず、声も聞こえない。NPCや他の妖精と触れ合うことが出来るので完全に孤独というわけではないが、フィールドと街ではキャラ密度が異なるため、場合によっては物凄く暇になる。
電脳機器を通してとはいえ現実世界との行き来が出来るルルは、他の妖精に比べると随分状況がマシだ。いつ行っても現実世界は新鮮で、控えめに言っても驚きの連続で、異なる世界観や歴史や出来事のことごとくがルルを飽きさせない。学校と家の行き来といった無味乾燥な日々の繰り返しさえも、蜂屋のポッケの中でバイブを振動して脅かしたり、イヤホンから漏れるほどに大声で話かけて迷惑がらせたりと、暇潰しの種はいくらでもあって楽しかった。
楽しかった。
いまはケンカ中であり、籠城中であり、国交断絶状態である。しばらくふたりは話もしていなかった。
蜂屋の部屋の机の上で充電器に接続されながら、憎いほどに晴れ渡る空を眺めながら、網戸越しに近所迷惑になるくらいの大きな声で、不平不満を述べていた。
「まったくあるじ様は~!! あぁんな魔法生物にうつつを抜かして~!! ふたりして家の片付けして手なんか握りあっちゃって肩寄せあって雨宿りなんかしちゃったりして~!! どこの新婚夫婦ですか!! 幽霊犬に名前つける!? 飼うんですか!! 『あなた、ふたりで丘の上の小さな家にふたりで住んで、一緒に大きな犬を飼いましょうね』ってやかましいわ!! 廃村の廃屋で幽霊犬とかホラーすぎるでしょうが!? それ絶対ゾンビ症に感染するやつじゃないですか!!」
ばれないように覗き見していた光景が脳裏に浮かぶ。手を取り合って肩寄せあってあははうふふと笑い合う(ように見えた)ふたりが妬ましい。
「そんなのないですよ!! あんなぽっと出の女に!! ルルなんて4年ですよ4年!? あるじ様の好きなものも嫌いなものも、携帯の中もパソコンの中の秘密領域に至るまで、何もかも知り尽くしてんですよ!! あんな女に何がわかるんですか!! あんな女のどこがいいんですか!! あんな女を……どうして選ぶのかわかんない!! ああもう訳がわかんないですよ!!!!!!」
「――ちょっとうるさいんだけど!!!!」
「――うえぇぇぇえー!!!?」
カラリと網戸が開き、女が顔を出した。ここは2階で、つまり女は屋根の上にいることになる。
「泥棒泥棒!! 泥棒ですよー!! 空き巣こそ泥、強盗ですよー!? 助けてあるじ様ー!! かわいいルルは盗まれちゃう!! 闇のオークションで高値で売られて、マッドな金持ちの愛玩妖精にされちゃいますよー!?」
「――だからぁ、うるさいっての!!」
「ふごもご!?」
スピーカーの受話口をぎゅっと握られ塞がれて、ルルは強制的に黙らされる。
(あ、小巻さん)
突然の闖入者は小巻だった。ショートパンツにTシャツというラフな格好で、足にはサンダルを履いている。屋根がほとんど隣接した隣の家という立地を生かして、屋根の上を渡ってきたようだ。
「やっとわかった? 離すからね、騒ぐんじゃないわよ?」
(コクコク)
「――ぷはあっ。しかしなんだってまた、小巻さんがここに?」
小巻は屋根の上にサンダルを脱いで、ひらりと身軽く部屋の中に入ってくる。
「あんたがぎゃあぎゃあうるさいからよ!!」
「えぇぇぇ~!? ルルがですか~!? こんなの騒いでるうちにも入りませんよ!! あるじ様が一緒にいたら、この3倍はうるさいですよ!?」
「知ってるわよ!! 毎晩毎晩うるさいったらないんだから!! あんたらご近所になんて言われてるか知ってんの!?」
「賑やかなお子様で羨ましいわね~。ウチなんか上も下も引きこもりで、挨拶もろくに出来なくて~とか?」
「いい風に解釈すんな!! あと生々しい!!」
「夜も遅くまで仲睦まじくていいわね~。ウチなんかここ10年もご無沙汰なのよ~とか?」
「いい風に解釈すんな!! あと生々しさのレベルを上げるな!! うるさがられてんのよ!! 気味悪がられてんのよ!! ――ああもう!! あたしはなんでアプリなんかと大真面目に話してんのよ!!」
「――ふ、小巻さん」
ルルは沈痛な面持ちで首を横に振る。
「……あなた、本気でアプリが話なんかできると思ってるんですか?」
「なんでちょっと哀れむような感じなのよ!! その『ふーやれやれどう説明したらいいものかな』ってリアクションを今すぐやめなさい!! だいたいアプリじゃなきゃなんなのよ!!」
「妖精です。どどーん」
渾身のどや顔そしてサムズアップ。
「こいつ……!!」
「ああっ、やめて下さい!! 力いっぱい握りしめないで下さい!! 壊れる壊れる!! ほら、ミシミシ言ってますよ!! ミシミシって!! ミシミシって!!」
「ふう……死ぬかと思いましたよ……!!」
ルルが額に浮いた嫌な汗を拭っていると、小巻は「ふん!!」と鼻息も荒く蜂屋のベッドに座りこんだ。ギシギシとスプリングが軋む。
「……呼吸するようにナチュラルに他人の部屋に居座るあたり、大物ぶりを感じますねえ……」
「べっつに。幸助の部屋なんて慣れたもんだし」
「……そういえば、あるじ様と小巻さんが昔仲良しだったという都市伝説を聞いたことが……」
「……黒歴史よね」
心底嫌そうに、小巻は自身を抱きしめる。
「しかしなんだって小巻さんは、わざわざその黒歴史さんの家に来たんですか?」
「……うるさいからよ。うるさいのは元から断たなきゃダメじゃない。ほうっておいたらまたうるさくなるじゃない」
「――まさか今日がルルの命日になろうとは……」
慄くルルを、小巻は慌てて制止する。
「違うっての!! 元を断つってそこまでするわけないでしょ!! あんたの中であたしはどんだけ暴力女な設定なのよ!! ――はいはい、力いっぱい握りしめて悪かったわよ!! もう!! ……なんつーか昔から、他人の問題とか悩み事を解決するために協力するのが習い性になっているというか気になってほっておけないというか……それで感謝されたり、うざいと思われてたりすることもあるんだけど――ともかく」
びしり、小巻はルルを指さした。
「あんたの悩みを言いなさい。あたしがさっくり解決してあげるから。そして、二度と騒がないでくれる? あたしは静かに暮らしたいの」
ルルは腕組みして眉をひそめた。
「小巻さんって……実はルルたちの仲間になりたかったりします?」
「はぁあああぁあっ!?」
「いやだって、考えてみれば学校でもいつもルルたちの傍にいますし、部室付近をうろついてたりするし……」
「それはあんたたちが変なことをしてないか見張って……!!」
「このまえあるじ様の悩みを聞いて慰めてくれたのは?」
「――――――!!!!」
耳まで真っ赤になる小巻。
「……あ(察し」
「何を察してんのよ!! 意味がわかんないんだけど!!」
「痛い痛い痛い!! 暴力反対!! ノーモアバイオレンス!!」
「ちょっと、幸助帰ってるの? いつにも増してうるさいんだけど」
ガチャリ。
ノックもなしに部屋に入ってきたのは幸助の母・朱里であった。面長の顔にリムレスの眼鏡がきらりと光る知的美人で、泣きぼくろが色っぽい。ふたりの子持ちだが節制のきくタイプで、身体はしゅっと引き締まっている。
小巻は慌てることなくベッドの上で姿勢を正した。
「お邪魔してます。おば様」
「――普通に挨拶するんですか!? 何気なく振る舞っても不法侵入をなかったことには出来ませんからね!?」
「あら小巻ちゃん。ここで会うのは久しぶりね」
「――こっちはこっちで普通に受け入れるんですか!!!? この人不法侵入ですよ不法侵入!? 国によっては威嚇もなしで銃殺ですよ!?」
「ふふ、そうですね。お宅の前ではしょっちゅうお会いしてますけどね」
「そうね。でも嬉しいわ。ようやくウチのバカ息子と身を固める決心をしてくれたのね。成績優秀運動神経抜群。気立てもいいし、あなたみたいなコは大歓迎よ。今日からでもウチのコになっちゃいなさいよ」
「お断りします」
「あなたの遺伝子が必要なの」
「斬新なお願いの仕方ですが、斬新ならいいって問題じゃないんですよねー」
「そこをなんとか」
「なんともならないですねー」
「意外と満更でもなさそうに見えるんだけどな~?」
「お疲れなんじゃないですかね~? お体は大事にして下さいね~?」
『うふふふふふふふふ』
貼り付けたような笑顔で向かい合うふたり。その背後に竜と虎のオーラを感じとり、ルルは背筋を震わせた。
「なにこの人たち怖い……」
「うっさいわねきもアプリ」
「親権限で携帯とめるわよ小虫?」
「ちょっとひどすぎやしませんかねえ!?」
「命を助られたというと……」
「やっぱりあれですかねえ、おば様」
顔を見合わせるふたり。
『チコ』
ハモる。
「それ!! それですよ!! 犬の名前までぴったり同じ!!」
「チコはむか~しウチで買ってた堕犬でね。大天使摩耶の情操教育にと思って飼ったんだけど、バカ息子のほうに懐いちゃって。まあそんなでも結果的にバカ息子の命を助ける程度の役には……」
「おば様っ。オブラートオブラートっ。言葉のナイフがむき出しすぎですっ」
朱里の容赦のない説明に、さすがに引く小巻。
「よかった……小巻さんのフォローがなかったら胸が潰れるところでした……」
ルルはほっと息を吐き出す。
「ま、まあともかくね、幸助はチコに助けられたことがあるの。自分の代わりに死んじゃったチコのことを幸助はすごく気にしてて。一時は本当に見てられなかったなあ……おば様。そのニヤニヤ顔やめて下さい」
「あらごめんあそばせ~」
「ぐ……」
ほほほと笑う朱里。拳を握って言いたいことを飲み込む小巻。
「と・も・か・くっ。そのシチュエーションで、犬にチコってんなら、それは代償行為だと思う」
「代償行為……」
「そう。ラクシルと犬に、自分の後悔を重ねてんのよ」
朱里が思い出したように人差し指を立てる。
「そうそう。そういえば小巻ちゃんとこの犬もチコっていうのよね。あれは偶然なのかな~?」
「なっ……おば様!!」
「あははは、小巻ちゃん、そんなに顔を赤くしてどうしたのかな~?」
「こ……怒りますよ!? 本当にもう!! 本当にもう!!」
枕をどかどか殴る小巻。楽しげに煽る朱里。
ふたりの熾烈な攻防はしばらくの間続き、もうすぐ日直プラス掃除当番から帰ってくるだろう蜂屋を待つ待たないでさらに押し問答を繰り返し、気が付いた時には夕暮れ時になっていた。
「――ねえあんたさ」
去り際に、窓枠に腰かけてサンダルを履きながら、小巻は口を開いた。
「え、あ、はい。なんでしょう小巻さん」
朱里との舌戦に疲れたのか、小巻の声には力がない。
「あんたってなんなの?」
「……? ルルはルルですよ。妖精で、キティハーサの危機を救うべくあるじ様を召喚して――」
「基本設定の話じゃなくよ。あんたはどうしたくてそうしているの? そんなに最終クエストをクリアしたかったの?」
「……」
「あたしにはわかんない。あんたにとってそれがどれほどの意味を持つことなのか。それこそ幸助のトラウマを理解してやれないほどに大事なことなのか」
「……」
「しょせんゲームでしょ。なんてあたしは言わない。おば様ならそう言うだろうけど、簡単に取捨選択出来るほどにあたしは大人じゃないもん。だけどね――」
髪のほつれが夕暮れ時の風に揺らぐ。健康的に日に焼けた顔に、夕日が濃い陰影を作る。
「もっと考えたほうがいいんじゃない? 一方的に押し付け合うだけじゃなくて、お互いのことを分かり合うべきなんじゃない? ――まあ、あたしが言えた筋合いじゃないんだけど」
なぜか頬を染め、小巻は髪をかきむしった。
「……ちぇ、なんかいろいろ思い出しちゃった。じゃ、帰るわ、あたし」
「……」
挨拶を返すことも出来なかった。小巻の言葉のひとつひとつが頭の中でぐわんぐわんと唸りを上げて拡散してぶつかり合っていた。
「ルルは――」
気が付くと、小巻は自分の部屋の窓から中に入っていくところだった。サンダルをしまい込み、窓を閉じカーテンを閉めてもしばらく、彼女の声がその場に残っているような気がした。




