「金属乙女と幽霊犬」
~~~~~蜂屋幸助~~~~~
「――んで? ちっこいのと喧嘩してるって?」
バッカでー。イッチーは腹を抱えて笑った。
「うるせえよ。しょうがないじゃん。なんか殺せなくなっちゃったんだから」
机に突っ伏してぶすくれる俺。
昼休みの部室には、俺とイッチーと涙がいる。先生は誠に遺憾ながらあれでも一応先生なんで、職員室でいろいろ用事があるらしい。
「それにしたってあいつ、あんなに俺のこと罵りやがって。バカだのアホだのスケベだの浮気者だの裏切者だの……ったく。言われるのはいつものことだけど、あんなに絨毯爆撃みたいにぼろくそ言われるとさすがにこたえるわ」
「そ、それで、ルルちゃんはストライキを起こしたんだ?」
俺は顔だけを涙に向けた。
「うん。おかげで携帯を占領されててな。いまも部屋に置きっぱ。悪いな涙。メールくれてたみたいだけど」
「う、ううん。いいのいいの。そういうことなら全然いいの」
ぱたぱたとせわしなく手を振る涙。
「でもよかったあ……」
胸をなでおろすようにしている。
「無視されてるかと思った……」
「俺が涙のこと無視するわけないだろ。本当に涙は心配性だなあ」
「――えっ、あっ。ああうんっ。ふふふ……ありがとう」
涙はなぜか顔をうつむけて真っ赤になってもじもじしている。
イッチーはなぜか白けたような顔をしている。
「おまえらってさ……まあいいんだけどよ。んでどうすんのよハチコー」
「どうとは?」
「このままあの森抜けないってわけにはいかないだろうが。いつまでも喧嘩してるわけにも、いつまでもヒモやってるわけにもいかねえ」
「きみきみ。ヒモという言い方をやめなさい。たしかに的確な表現だけど……もちろん抜けるさ。でも理由が知りたいんだ」
「理由ねえ……」
「どうしてラクシルが俺を助けてくれたのか。あんなに狙われてたのに、急に手のひらを返してさ」
「ふーん」
「マジどうでもいいって返事っすねイッチーさん」
「だってどうでもいいもんな」
イッチーは頭の後ろで腕を組んで、豪快に笑った。
「オレにとっちゃ戦えればそれでいいのよ。立ちはだかる者すべてが敵だ。理由もくそもねえ」
「さすが戦闘民族……」
髪の毛茶髪じゃなく金髪にして逆立てればいいと思うよこの人。
「オレたちは森の先の街でレベル上げしてるぜ。おまえがモタモタしてるうちに遥かに先に行っちまうからな。せいぜい覚悟しとくんだな。なあ涙」
「あ、うん。そ、そうだね柿崎さん」
いきなり話をフラれて動揺する涙。あせあせしながら俺とイッチーとの間で板挟みになって――散々迷った挙句、こう切り出した。
「で、でもさ……。こ、幸助くん。……理由って、そんなに大事かな?」
うん?
「い、今は……。ゲームをクリアすることが目的なわけであって……。み、みんながそれに向けて動いてるのであって……。気にしてる暇は正直……。もちろんそこが幸助くんのいいところなんだけど――はっ、わ、わたし何言ってるんだろ!?」
「……俺、勝手なことしてるかな?」
そういわれるとグウの音も出ないんだけど。涙の口から出ると罪の意識も千倍だ。
しょぼんとしちまった俺を見て、涙は慌てて目の前の何かを振り払うように手を振った。
「ち、違うの! わたしたちは別にいいのっ。だ、だけど……。ルルちゃんは違うんじゃないかな……。ルルちゃんは、こ、幸助くんといつも一緒で、ずっと冒険して来て、それで、最後に一番難しいクエストをクリアしたいと思ったから、思い出を作りたいと願ったから、目覚めたのであって……。だから、自分を一番に優先してほしいのにって気持ちが……わかるような気がするの……」
だから――と涙は続けかけてやめた。胸元を手で押さえて、
「ご、ごめんね。わかったようなこと言って……わたしなんかに……ふたりの絆の深さがわかるわけないのにね……」
「……いや。ごめんな」
精一杯言葉を選んでくれた涙の優しさが痛いぜ。
「だ、だだ、だから違うのっ。そういうのじゃなくてーっ!!」
必死に首を横に振る涙。
「……あー。めんどくさいやつら」
イッチーはどっちらけた表情で椅子をぎこぎこ漕いでいる。
「どーでもいいけどさ、もうすぐ昼休み終わるぜー?」
「お? ああ」
俺はポッケから携帯を取り出して時間を確かめようとして――それが出来ないことに気が付いて思わずため息をついた。べつに携帯依存症なわけじゃないけど、やっぱりないと不便だな。すべき時にすべきことが出来ない。必要な時に手の届くところにない。ぽっかりと、体のどこかに空白が出来たような気分になる。
~~~~~ハチヤ~~~~~
「キョウ……パタパタ……イナイ?」
いつも俺の傍らで騒いでいるルルがいないことに気が付いたラクシルが首をかしげる。
「ああ……あいつには暇を出しててな……」
「……ヒマダス?」
「気象観測所みたいに呼ぶのやめようか。ああいや、考えなくていい。こいつはただのひとりごとだ」
「……ン」
ラクシルはこくりとうなずき、魔女の家に積み重なったがれきの山を排除する作業に戻った。木片やレンガの欠けたのを、ぽいぽいぽいぽい雑に放り投げている。
レヴンドール大森林は曇っていた。といっても地球時間2時間で1日が経過する世界なので、すぐまた天候は変わるかもしれない。
ルルは……たぶんどこかにいるのだろう。妖精はプレイヤーから一定以上離れられない決まりだ。この森のどこか。木の陰とか、壁の向こうとか。いずれにしても、あいつが本気で姿を隠そうとしたなら、たぶん俺では見つけられない。
「でもさ、ラクシル」
俺はがれきを片付ける手を休めて、傍らにあったレンガ壁だったものに腰をかける。
「……ン?」
ラクシルは手早く、本当にどこから出したんだよってくらい手早くホットチョコを用意してくれた。といってももともと魔女に供する飲み物だったわけだから、カカオではなく怪しげな原料を使ってるかもしれないけど。一応アイテム名は「魔女の好きなホットチョコ」。甘いもの好きか。カイ。
「なんで俺を助けてくれたんだ?」
重い話にならないように、務めて軽い口調で。
「……ン?」
「いやさ、おまえは俺を殺そうとしてたじゃんか。森中を走り回って追って来たじゃんか。なのにどうして、崖から落ちた俺を救ってくれたのかなーと思って。や、ありがたいんだぜ? でも、出来ることなら理由を知りたいんだ。おまえはどうして……」
「……シラナイ」
それだけ答えると、ラクシルは再び作業に戻った。
「知らない……」
俺はなんとなく復唱した。知らない。わからない。
本来一撃離脱を信条とする魔女エンジンが追尾殲滅型に移行したのは、おそらくこいつが保持者だからだ。マダム・ラリーの館のレイミアがそうであったように、オーダーブックの行動規定の範囲内で、何がしかの自分勝手を働いている。そこには必ず明確な「意志」があるはずだ。
たとえば――
俺は剣を抜き、刃を手の甲に当てた。軽く引くと、血は出ないが、わずかなダメージが発生した。
「ハチヤ……!」
ラクシルの語気が気持ち強まる。俺のそばに瞬間移動のように現れて、剣をつかみ、放り投げた。すぐに厨房に行き、取って返した時にはお盆の上にちょうどHPが回復するぐらいの量の「魔女の好きなホットチョコ」が載っている。
「ハチヤ……ノム……!」
「あ、いやべつにこれぐらいはさ……」
「ノム……ノマナイ……ノマセル……?」
「なんの三段活用だよ!! ってわかった!! わかった!! 飲むよ!! だから無理やひくちふぉひらかしぇるのやめろふぉー!!」
力ずくで口からホットチョコを流し込もうとしたラクシルを慌てて止める。
口元を拭ってチョコの名残りを取り去り、ひとりごちる。
「……よっくわかった。なんのフラグが立ったかは知らねえが、こいつは俺をどうでも『生かそうとする』ってことか……」
放り投げられた剣を拾い、鞘に納める。ラクシルはその間中ずっと俺を見ていた。自傷行為したからか? 危ない人間と思われているかもしれない。
……まあたしかに、いきなり自分の手を斬るとかヤバいやつのすることだわな。
ラクシルは俺をチラ見しながら再びがれきの撤去作業に戻る。
「ラクシル。ちなみにさっきからなにしてんだ? いや俺もなんとなく手伝ってるんだけどさ。家の片付けでもしてんのか?」
「……?」
「まあそうだろうな……」
俺はため息をついた。
厨房の位置を把握していることから言っても、ここはラクシルの……そして魔女カイの家だったことで間違いないだろう。レンガの壁に木の屋根。もとはひらべったい円錐形をしていたであろう魔女の家は、今や半円錐形ぐらいに壊れていて、崩れた建材や家具類が床を埋め尽くしている。魔法生物が主人の言いつけ通り日常的な行動の一環として掃除をしていると考えれば、この状況にまったく違和感はない。
……だが、果たして本当にそうか?
魔女の箒みたいなものが存在して、家の掃除を延々とし続けるってのはわかるし想像できる。もろファンタジーで俺好みだ。だけどこいつは魔女エンジンだぞ。料理も出来、掃除も出来、戦闘も出来、騎馬にもなれる。箒なんかよりもっと身近で重要な存在だ。きっと、俺にとってのルルのような存在だ。
だったらこいつの行動にはもっと他に意味があるんじゃないのか? 掃除なんて単純なものじゃなくて、この無数のがれきの下に何かあるんじゃないのか?
――ぽつり。
雨のエフェクトが起動し始めた。ほのかに曇っていた空は今や真っ黒に染まり、遠雷の響きとともに、沛然と雨が降り出す。
「おいラクシル。中止だ。雨宿りしようぜ」
「……?」
どうやら雨宿りという概念の存在しないラクシルは、俺の言っていることの意味がわからず棒立ちになっている。まあ見た目金属だけどミスリル銀だからな、錆びたりはしないんだろうが。
「――いいから、こっちだよ」
仕方ないので無理やり手を引っ張り、屋根の下に駆け込んだ。
「……けっこう降るなあ」
「……ン」
生き残っていた魔法の常夜灯が放つ明かりの中、俺たちは身を寄せ合う。滝壺の底のような立地にあって、集まった雨はほうぼうで川を成し、ごうごうと荒れ狂う。ラクシルはさっきまで俺が掴んでいた手を見つめ、ぼーっとしている。
「べ、べつに他意はないからな!!」
一応釘をさしておく。またセクハラ扱いされたらたまらない。
「……テ……ニギル……ニンシン?」
「どんな教育受けてんだよおまえは!! おまえのご主人はどんだけ過保護だったんだよ!!」
「……」
ラクシルはじっと俺の目を見つめる。
人格の底まで見抜かれ責められてるような気がして、息苦しくなった。
「……ハチヤ……セキニン?」
「とらねえよ!! てか子供なんか出来てねえよ!! ああもう!! 一回おまえのご主人に会ってみてえよ!! 絶対文句言ってやる!!」
「カイ……イナイ……」
「ああごめん!! 悪かった!! そういう意味じゃないんだ!! 言葉の綾というか勢いというか!!」
「チッ……」
「舌打ちするほどに!?」
いや、ラクシルは俺を見ていない。暗がりの奥を見やって、「チッ……チッ……」と何かを呼んでいる。
「な、なんだ。何かいるのか……?」
思わず剣の柄に手をかけ身構える俺。ラクシルは同じ調子で声をかけ続け、やがてそいつが姿を現した。
クウ……ン。
「犬……か?」
幽霊犬。幽霊の亜種で、幽霊よりもHPや防御力は低いが、スピードがありクリティカル攻撃が出やすい。機動力重視の幽霊、といったところか。
「チッ……チッ……」
幽霊犬はラクシルの脛に体を擦り付けている。ラクシルは撫でるでもなく頬を緩めるでもなく、ひたすら呼びかけ続けている。
「なあ。飼ってんのか?」
「……?」
「だから飼って……そうじゃねえな。んーっと、名前はなんだ? 名前だよ名前」
「チッ……?」
「え、それ名前なの? そうじゃねえよ。そういう呼び声じゃなく、『ラクシル』とか『カイ』とか『ハチヤ』みたいなことだよ」
「……ナイ」
「ないんだ!?」
犬に犬と名前をつけたり、猫に猫と名前をつける人はたまにいるけど、本気で呼び声だけしかないというケースは初めて見た。
「じゃあ……つけるか」
「……?」
「いいんだ。ちょっと待ってろ……うん、チコ。チコでどうだ? こいつの名前はチコ。お前はラクシル。こいつはチコ」
「……チコ?」
チコ、チコと何度か口の中でつぶやいた後、
「……ン」
ラクシルはこくりとうなずいた。
「チコ……チコ……」
新たな名で呼びかけられたが、幽霊犬はすぐに飲み込んだようだ。
フンフン。
鼻を鳴らしてラクシルの手のひらの匂いを嗅ぐ。
「チコ……チコ……」
フンフン。
魔法生物カッコ美少女と幽霊犬。忘れられた廃村の廃墟の屋根の下の、和むような和めないような微妙な取り合わせ。どうして目を離せないのか、吸い寄せられるように傍にいたくなってしまうのはなぜなのか。俺にはわからない。




