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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
魔女エンジン

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21/118

「ミガワリ」

 ~~~~~ラクシル~~~~~


「おいラクシル。今日のスープはなんだこりゃ、塩味しかしねえじゃねえか。野菜のひとつも肉ひとかけも入ってねえぞ。こいつはただの塩スープだ」

「おいラクシル。だからって本気で野菜ひとつと肉ひとかけってこたあねえだろうがよ。あ? 言われた通り? バカやろう。ちっとは頭使え!!」

「……わかった。アタシが悪かった。頭使えって言ったのはたしかにアタシだ。だが本気で豚の頭まるごと使うことはねえじゃねえか。誰がこれ食うんだ。……アタシか」

「お、ラクシル。今日はずいぶんとスープにコクがあるじゃねえか。あ? 野菜の残りと肉の残りと昨日のスープを全部使った? 鍋にいっぱい? ……村のやつらに配って来い」

「ラクシル。おまえも最近はずいぶんと料理の腕があがったな。……褒めてんだからちっとは嬉しそうにしやがれ。あ? わからない? ……しかたねえな。ちっと広場まで行って来い。キャラバンが来てるみたいだからな。情操教育のお時間だ。まったく、こんな田舎までご苦労なこったぜ」

「……行って来いとは言った。だが本当に行って戻ってくるだけってことはねえだろうがよ。あ? わからない? ……しかたねえな、アタシも一緒に行ってやるよ」

「はっはっは。意外に楽しかったな。大道芸なんてくだらねえと思ってたが、なかなかどうして……。どうだ? 楽しかったか? ……はっ、まだ難しいか。しかたねえな。まあいいさ。エールを持って来い。今夜はひさしぶりに気分がいいや。なあラクシル」


 ラクシル。ラクシル。ラクシル――


 蛇のようにのたうつ金髪。溶岩のように煮えたぎる瞳。溢れる魔力に反比例するように体は小さく、カイはいつまで経っても小さなままだった。凹凸の少ない体をボンテージファッションに包み、頭にどでかいとんがり帽子を被っている姿は小さな女の子が仮装しているようにしか見えず、どんなにキツい物言いをしても、村のみんなは朗らかに笑っていた。

 

 カイがどうして世界に敵対し出したのか、ラクシルは知らない。いつの間にか、彼女は変わっていた。魔法生物を次々に召喚し、使役し、急速に勢力を伸ばした。

 最後の戦い――カイは妖精王の部隊に追い詰められた。彼女は自らの愛した村ごと巨大な儀式魔法の餌食になり――そして敗れた。

 地盤の崩壊に巻き込まれた――意識のないカイ――ラクシルの手は届かない――風景が緩慢に――残酷に変転する――


 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 ――PTチャット――

 コルム:おいハチ。大丈夫か? 生きてんのか?

 ハチヤ:あ、ああ。なんとか……。

 コルム:丈夫だなー!!

 ハチヤ:いやなんつうかさ……。

 コルム:どうした? ずいぶん歯切れが悪いな。

 ハチヤ:なんつうか、一言では説明できんのだ。とにかく、あとで連絡するから。コルムは先に行っててくれ。

 コルム:え? おいハチ? 行くってったって!!


「……悪いなコルム。マジで上手く説明できる自信がない……」

 俺はつぶやきながら、上体を起こした。

 俺の下にはラクシルがいる。目を閉じたまま、気絶ノックアウト状態になっているようだ。HPバーは黄色。死んでいるわけではないようだ。

「あそこから落っこちて、生きてるだけでスゴいんだけどさ……」

 ラクシルから体を離して傍らにあぐらをかいて、俺は空を見上げる。

 雨はすでにやんでいた。

 円形に開いた大きな穴。

 何百メートルあるのかもわからない。落下ダメージに換算すればいくらになるのかもわからない。間違いなく言えるのは、どんな高レベルキャラでも生き残れないほどのダメージがあったはずだということだ。にも関わらず、俺は生きている。HPバーは黄色で、危険域にも達していない。

 ダメージを肩代わりしてくれた……んだよな。これは。

「カイ……」

 ラクシルの唇がわずかに動く。

 カイ。たしか世界に戦いを挑んだ魔女の名前だ。

 魔法生物、魔法兵器、悪意のよどみの釜をかき混ぜ悪魔を召喚したとも言われている。魔女エンジンもその中のひとつだ。カイが跨がる騎乗用の魔法生物。自ら尻に敷くわけだから、一番身近な存在だったはずだ。

 ……気絶状態の今ならとどめを刺せる。非力な軽戦士ライトファイターでも簡単にやれる。動かない目標だ。万が一にも仕留め損ないはない。

「……そこまで非情にはなれないよな……」

 なんとなくため息をついて、俺はラクシルの体を持ち上げた。ゲーム内最速の、いまや最悪のレアモンスターは、ミスリル銀で出来ているせいもあるけれど、拍子抜けするほど軽かった。軽戦士の低いSTRでも、まったく移動速度に影響が出ない。


「……」

 ラクシルがうっすらと目を開けた。 二、三度瞬きし、周囲を見渡し、そこがかろうじて原型をとどめている廃屋の一室のベッドの上であることに気がつき――俺に気がついた。

「よ、よう」

 ひらひらと手を振る。なんだか気まずい。

「ハチヤ……ブジ……?」

「……おお、おかげさまでな。――ってうおぉ!?」

 いきなり力任せに胸元を掴まれ、引きずりこまれた。

 ラクシルは10センチもない至近距離で俺の顔をまじまじと見つめた。

「ハチヤ……ブジ……」

「……おう、そうだよ」

 なぜ助けてくれたのか聞こうとしたところで、窓の外にルルの姿が見えた。


「あるじ様~。あーるじ様~」

 パタパタと羽根を動かし、心細そうな顔で辺りを見渡している。飛行タイプのあいつに落下ダメージはない。時間をかけて上から降下して来たのだろう。

「おーいルル。ここだー」

「――あるじ様!? ご無事でしたか!!」

 ルルはぱっと表情を明るくし、窓の割れたところから飛び込んできて――すぐにラクシルの存在に気がついて、びくりと羽根を震わせた。

「――なななななな!?」

「ルル。これはさ、俺にも何がなんだかわからないんだが……」

「浮気……」

「……ん?」

 口をあわあわ。膝をがくがく。ルルは青い顔で、俺とラクシルを交互に指差している。

「浮気だあー!!」

「ちょっと待ったあー!!」

 慌てて制する俺。

「待ちません!! 待ちませんよ!! ルルはやる時にはやる女です!!」

「おまえのやるは殺るにしか聞こえないんだが!?」

「そんなこと言って煙にまこうったってダメですよ!? こんな廃屋で!! ベッドの上でふたり密着して!! どこをどう言い訳するつもりですか!!」

「話を聞けっての!! 廃屋にいたのは気絶したままのラクシルを表に置いておけないからで、密着してたのはラクシルが俺の安否を確認するためだ!!」

「その言い訳は苦しすぎるでしょう!? 安否を確認する体勢には見えませんよ!! てゆーか確認する必要がないでしょうが!! 敵同士なのに!! 気絶してるならこれ幸いとさっくり殺っちゃえばいいでしょうが!!」

「そりゃそうだけど!! どう聞いても悪役のセリフなのは置いておいて!! いまは一時休戦というか!! 戦う気にならないというか!!」

「語るに落ちましたね!? なあーにが一時休戦ですか!! 情が移ったんでしょう!? あるじ様はいつだって美少女キャラに弱いですから!! 肉欲性欲に対するバイタリティが果てしないですから!!」

「おいやめろ!! 弱いのはたしかだが、変態キャラみたいに言うな!! 俺はきちんと礼節をわきまえてだなあ……!!」

「魔法生物カッコ美少女を廃屋に連れ込んで押し倒して、なんの礼節ですか!! どこの国のやんちゃな辞書に載ってる言葉ですか!!」

「押し倒してないっての!! こいつに引っ張られたんだ!! さっきから言ってるけどこいつは気絶してて……!!」

「気絶している魔法生物カッコ美少女をこれ幸いと……!? なんたる非道!! なんたる悪逆!! あるじ様!! さすがに今回ばかりは見損ないましたよ!!」

「だから話を聞けっての!!」

「聞く話なんかありませんよ!! ほら!! もうそんな関係になって!!」

「――は?」

 いつの間にか部屋の外に出ていたラクシルは、どこで用意してきたのか、湯気のたつお椀を携えている。中身は……肉と野菜のスープ……!?

「いつの間に!?」

「もうすっかりねんごろじゃないですかやだー!!」

「ラクシル……リョウリ……ウマイ……ハチヤ……ゲンキ……」

 無表情のままガッツポーズをするラクシル。

「いやいやいや、なんでなんでなんで!?」

「なにを元気にするつもりなんですかやだー!!」

「だから待てっての!! 俺にも意味がわかんないんだよ!!」

「ハチヤ……マンプク……?」

 首をかしげるラクシル。

「いや満腹じゃないけどさあ!! このままじゃ俺の世間体がマッハでヤバいというか!!」

「あるじ様も世間体を気にする嫌な大人になりましたね!! 大人の階段上っちゃいましたね!!」

「悪意のある言い換えをやめろ!!」

 首をかしげすぎてぐるんぐるんと360度回転させるラクシル。ちょっと怖い。

「ハチヤ……エール……ノム……?」

「もはや酌までさせる仲ですって……!?」

「あらゆる意味で未成年だよ俺は!!」

「――じゃあ、すぐその女にとどめを刺してください」

「――え?」

「情が移ってないなら出来るでしょう!? ちょっと前まで敵同士だったんですから!! サクッと刺せるでしょう!? ほら、幸いにもHPはほぼゼロですよ!! ほらほら!! サクッと!! サクッと!!」

「や、それは……人として……」

「あるじ様はもうとっくに人でなしですよ!!」

「おまえにだけは言われたくねえよ!!」

「ルルは妖精だからいいんですぅー!!」

「その理論ずるくねえ!?」


 一時休戦。


「……ああー。旨いですねこれは」

 ずずぅ……っ、一口啜ったルルが、感動のあまりに顔を手で覆っている。

「そ、そうなのか? 俺にはわからんけど」

「キティハーサの名店珍店をすべて制覇して、いまや黄金の舌を持つと呼ばれるルルに言わせれば、こいつは至高のスープです」

 覆った指の隙間から、光るものが流れ落ちる。

「――泣くほどに!? いやそんなことより、おまえのグルメ行脚に俺のゴルが使われてたのがショックなんだが!!」

「……弁護士を呼んでください」

「法廷まで持ち込む気かよ!? 大人しく縛につけよ!!」

「……死んでも謝りたくありません」

「頑なだなおい!?」 

 客が増えたことで、今度は寸胴鍋いっぱいにスープを作ってきたラクシルは、かいがいしくお椀にお代わりを注いでいる。豚のガラで出汁をとった肉と野菜のスープというすさまじくシンプルな代物だが、自称グルメのルルも満足な一品らしい。

 というか俺らは客というくくりでいいんだろうか。さっきまでは親の仇でもそこまではって勢いで狙われてたんだけど……。


「しかしなんというか……」

 俺はひとりごちる。

 傍らでは、ルルが満足の吐息とともにスープを飲み下している。テーブルの上には他にも無数の料理の皿が上がっている。テリカッド魚の煮たのや、ムリア鳥の腿を焼いたのや、ココリーの実のパイなど、地味豊かな森の味がところ狭しと並べられている。ラクシルは厨房とこの部屋の間を足しげく往復し、かいがいしくも俺たちをもてなし続けている。

「ここまでされると、人間ダメになりそうだな。おおーっと、『いつからダメじゃないと錯覚していた……!?』みたいな顔を今すぐやめようか」


「それはさておきですねあるじ様」

 ナプキンで口元を拭い、居ずまいを正すルル。

「さておいていい問題じゃねえけど何かねルルくん」

「フォアグラの作り方ってこんなじゃなかったでしたっけ」

「……食うために食わせると?」

「それ以外の理由が思い当たりませんが。それともあるじ様には心当たりでも?」

「……ないな」

「でしょう。だったらあとは……」

 ルルの言動に不穏な匂いを嗅ぎ取る俺。

「なんだよ?」

「――闘争あるのみ、ですよ」

 ルルは雄々しく席を立ち、腰から妖精サイズのワンドを取り出した。まだ回復し切っていないラクシルに向ける。

「素晴らしいおもてなしをしつついつの間にか自身の体力回復を謀るその深慮遠謀には敬服します。あるじ様を籠絡する手際も見事の一言。ですが相手が悪かったですね。ルルとあるじ様のごぉるでんこんびには通用しませんよ」

 げっぷが混じってカタカナ発音があやしくなるルル。

 ラクシルは杖の先端を見つめ、「……?」と首をかしげる。

「……なあルル」

 ルルの肩にそっと手を置く。

「なんですあるじ様」

「今日のところはやめにしないか」

「今日のところはって、今以外にこの化け物を倒せる機会はないじゃないですか。こいつが回復したらおしまいなんですよ?」

「わかってる。わかってるけどさ……」

「いやいやいや、わかってないですよねえ? ここでやらなきゃやられるわけで、またコルムさんバクさん頼みに逆戻りですよ? 分の悪い賭けを延々やり続けるわけですよ? そんなの正気の沙汰じゃないですよねえ?」

 理屈としてはわかってる。でもさあ……。

「ハチヤ……クウフク……?」

「ああ、大丈夫。ありがとうラクシル。旨かったよ」

「……ン」

 コクリとうなずくラクシル。食事をしたことで、俺のHPバーはMAXになっている。対してラクシルは調理と配膳をし続けたことで自動回復が進んでおらず、真っ赤なままだ。

 本当にラクシルが体力回復を狙ってたんなら、部屋を出たまま行方をくらませばよかったんだ。俺たちの相手などせずに。

「ちょっと、なに和んでるんですか!!」

「しょうがないじゃん。和んじゃったんだし」

「な……」

 絶句するルル。眉間に皺が寄る。

「なに本気で堕とされてんですか!! この……!! ――ええい、こうなったら!!」

 構わず攻撃呪文の詠唱に入るルルの手元を押さえこむ。

「――!?」

「……だからさ、ルル。いまは本当、勘弁してくれないか?」

「勘弁ならんですよ!! あるじ様!! こいつは敵ですよ!?」

「敵じゃなくなるかもしれないじゃんか。もう少し様子を見てさ」

「それでやっぱり敵だったらどうすんですか!!」

「ルル。落ち着けよ」

「落ち着け!? ルルは落ち着いてますよ!! あるじ様こそ落ち着いて、自分の立ち位置見直したらどうですか!! こんなの……こんなのおかしいじゃないですか!! なんでルルが悪者みたいに……悪者みたいに……!!」

 ぐずっ、ルルが鼻をすすった。目の端に涙が浮かんでいる。それはすぐに表面張力を超えて溢れ出す。

「あるじ様のバカー!!!!!!」

 廃墟を揺るがすほどの大声で、俺はバカ呼ばわりされたのだった。 


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