「神速乙女」
~~~~~ハチヤ~~~~~
魔女エンジン=ラクシルの最大の特徴は、なんといってもそのスピードにある。プレイヤーの20倍。毛長牛の10倍。現状プレイヤーの最高速度と言われる韋駄天と神足通と風鳴りの旋律の合わせ技をもってしても、ラクシルとは8倍の速度差がある。
それがどれくらいの速度かというと、飛び道具や魔法を回避できるほどだ。FLCにおける飛び道具や魔法は、射程範囲内においては必中だ。まず命中し、その後に飛び道具だったらキャラクター同士の命中・回避の対抗ロールを行い、魔法だったら発動・抵抗のロールを行い、結果をダメージとして、あるいは状態異常として処理する。つまり強弱の差はあれど、ほとんどの場合は当たるものなのだ。PT戦闘において後衛があらかじめ敵から距離をとっておき、魔法や飛び道具のターゲットにされた瞬間に射程範囲外に出る、というのは常套戦術だが、それだって射程を完璧に読み切り、ぎりぎりのところに立っているからこそ出来ることであって、なんの芸もなしに零距離からいきなり範囲外に出るのは反則だ。やってられない。
おまけにHPは高く、ミスリル銀のボディのおかげで堅く、属性抵抗も高く、眠りや鈍足化などの状態異常への抵抗も備えている。かてて加えて、当て逃げ専門のはぐれスライムのような思考ルーチンをもっているので、今まで様々なプレイヤーがラクシルを倒そうと創意工夫を凝らして来たが、結局誰ひとりとして成功していない。難攻不落のレアモンスターなのだ。
「ぬおおおぉおああああー!!」
速攻で神足通を発動させた俺だが、当然光の速さで追いつかれ、背に一撃を受ける。格上の敵からののっぴきならない一撃で、一気にHPが削れる。
「くそっ、やっぱり無理かよ!!」
わかっちゃいたけど、スピードタイプの軽戦士としては悔しい!!
振り返って剣を抜く。逃げられないならやるしかない。
「コロス……コロス……!!」
「怖い怖い怖い!!」
据わった目でひたすらに攻撃を繰り出してくるラクシルの両手首から先は、両刃の斧に変形している。攻撃の速度が速く重い。
「くおっ!!」
毛先をぶつ切り、肌を掠める斧の側面が凄まじい圧力を伝えてくる。
個人的なヘイトが乗っているらしく、今回に限っては逃げようとしないラクシル。大規模PTなら狙い頃だろうが、俺たちのような弱小PTには厳しい。
「許せ!! 謝る!! この通り!!」
保持者なら、言葉が通じるなら、謝ればなんとかならないか? 示談にもっていけないか? そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。
「ハチヤ……ラクシル……ジュンケツ……ケガシタ……」
「それは絶対示談にできねえなあ!?」
かけらも認められねえ!! 俺は悪くねえ!!
「……なんと往生際の悪い人なんでしょうか。ルルは悲しいですよあるじ様。どこぞの桜の木を折った大統領を見習いましょうよ」
ルルがアメリカンなジェスチャーで大げさに肩をすくめてため息をつく。
「ワシントンほどの過失が俺のどこにあったよ!? 握手だぞ!? シェイクハンドだぞ!?」
「セクハラは被害者がそうと感じた時点でセクハラなんですよ。だいたいあるじ様なんかに触られたら、触られた方が可哀想じゃないですか」
「おまえ俺をどこまで貶めるつもりなんだよ!! そろそろ泣くぞ!?」
「あ、スキル発動みたいですよあるじ様」
「……双斧竜巻」
「ぶあぁああああっ!?」
わずかな溜めの後、ラクシルが自身を竜巻のようにした連続攻撃を繰り出してきた。かろうじて横っ飛びで回避できたが、まともにくらえばHPフルからいきなり0にまでもってかれそうな強力な連続攻撃だ。
こりゃ無理だ。
「みんな今のうちに逃げろ!!」
かっこいいことを言ってみるが、そんなに保つ自信もない。本当にわずかの間を稼ぐ程度だ。
「くらえ!!」
突撃でのけぞり硬直を狙ったがかわされた。
「こなくそ!!」
盾で盾打をしてのけぞり硬直を狙ったが当然のように当たらない。
「やっぱだめかあ!?」
逆に技発動による硬直時間をつかれてさらなるダメージを重ねる。
「諦めちゃダメですよあるじ様!! ルル以外の人にやられるなんて嫉妬ですよ!! きいい!!」
「そんなに可愛くない嫉妬は初めてだよ!?」
なんだかんだで回復魔法を飛ばして援護してくれるルル。
「お兄ぃ、危ないー!!」
「騎士に逃げろなどと世迷いごとを抜かすでない!! いざ尋常に勝負ー!!」
横合いからマヤとバランタインがダブルで騎牛突撃をかますもひらりとかわされ、援護に回ったコルムの矢も、モルガンの眠り霧の範囲睡眠も当たらない。
そうこうしてるうちにダメージは積み重なり、俺はあっさりと沈み、他のメンバーも順番にやられ、逃げても追いつかれてやられ、結局初の全滅を喫してしまったのだ。
ホームポイントまで戻った俺たちは、協議するまでもなく正攻法はダメだということになり、今度は見つからないようにと姿隠し、忍び歩き、嗅覚遮断の三種の隠密魔法をすべてかけて完全透明人間状態でこっそりエリアに突入したのだが、どうやら隠密無効のスキル持ちらしいラクシルが猛スピードで突っ込んできた。
「エリア侵入時から鬼ヘイトで猛スピードでホーミングされるとかどんな悪夢だよ!! しかも一回死んだんだからそのヘイトは消えてもいいじゃねえかよ!!」
「イッショウ……ニガサナイ……」
「他のことに青春を浪費しろよ!!」
仕方ないのでマヤ中心に防護線を張ったが、レベル差もあり、またも抵抗としてはほとんど無力だった。俺は当然真っ先に狙われてやられた。
2度目の全滅に煮詰まった俺たちは、その夜は解散し、後日改めて挑むことにした。
~~~~~蜂屋幸助~~~~~
翌日のお昼休み。部室に集まった俺たちは、昼飯をつつきながら対策を考えていた。
「根本的にレベルが足りないのよね」
豪勢なお重みたいな弁当をつつく先生。誰が作ったのだろうか。やっぱお手伝いさんとかいるのだろうか。ねえやとかばあやとかだと、個人的には捗るんだけど。何がだって? まあほれ。
「いきなりぶっちゃけましたね。まあそうなんだけど、もともとレベル上げのために移動しようとしてたわけなんすよねー」
「ヴィ、ヴィンチの街周辺でもう少し粘ってみるのはどうかな? こ、幸助くん」
キャラが抜けると弱い涙は、今日もやたらとどもり、こちらをちろちろ見ては白熱灯のように赤くなっている。
涙の弁当は彩り豊かな女性らしいものだ。ご飯がどこぞのご当地熊の顔になっていたりして、そのへんからも賑やかなご家族の姿が窺える。やっぱ今も涙の後ろにはご家族がいるんだろうか。
俺は腕組みをしてしばし考える。――うん、時間対効果が割に合わない。
「出来ないことはない。ないんだが、敵が強すぎたり弱すぎたりでレベル帯に合ってないから、やたらと時間を食うぞ?」
効率を言い出したらぶっちゃけ妖精がいないほうが迷惑スキルの影響を受けなくていいという本末転倒なシステムだが、それでも最低限のラインってのはあるんだよ。
「おまえが狙われてんだから、おまえが餌になればいいじゃん」
机の上に胡座をかいて菓子パンをパクつくイッチー。さすが、キャラを裏切らない雑な昼飯風景だ。
「な――何を言うんだイッチーくん。みんな揃ってPTだろ?」
な? ……な?
「もともとはあるじ様の蛮行が原因だったわけなんですよねえ……」
携帯の中であらぬ方向を見ているルル。
「他人事みたいに言うけど一蓮托生だろ俺たちは!?」
「有給が溜まってるから消化しろって上司がうるさいんですよねえ……」
「どこのリーマンだよ!? そもそもおまえサラリーもらってんのかよ!!」
「もらってますよー? ルルはけっこう小金持ちなんですよ?」
「まじかよ……ん? おまえ……それ俺の金じゃねえだろうな!?」
「ピュ~ピュ~♪」
「横領と給料を一緒にすんな!!」
「でも響きは似てますよね?」
「似てたからなんだ!?」
「こ、幸助くんとこって……けっこうブラック?」
「みんなそうだから!! だいたいおまえ、ゴルなんて何に使ってんだ? 買い食い……装備の購入……は!? カジノ!?」
「ちっちっ、ルルをどこぞのギャンブル狂どもと一緒にしないでください」
心外だとばかりにルル。
「ほ、そうかよかった……」
「RMTですよ。やだなあ」
「なお悪いわー!!」
携帯のモニタの中で、ルルは耳を塞いで「あーあー聞こえませーん」とやっている。
「有給余ってるなら、先生が代わりに使ってあげようか?」
「そんなシステムじゃねえから!! そもそもうちには給料も休暇もねえから!! その『うわあブラック……』みたいな顔をいますぐやめろ!!」
「こ、幸助くんの蛮行はおいといて……」
「まず蛮行ありきな会話やめようぜ!? 握手だぜ!? シェイクハンドだぜ!?」
すると涙は前髪の奥の目を潤ませて、懇願するように胸元で手を合わせた。
「セクハラは、相手がそうと感じた時点でセクハラだからね……? 幸助くん」
「諭すように言われるのが一番キツいわ!! だいたいなんでおまえらはそんなに俺に厳しいんだよ!!」
ルルは腕を組んで考え込んだあげく、
「さしあたり、優しくする理由が見つからないからですかねえ……」
ぽつりとつぶやいた。
「なくたっていいじゃねえかよ!! 普通で行こうよ!! ニュートラル万歳だよ!?」
「ハチコーってなんかMっぽいからじゃね?」
「おおーい!? イッチーさーん!?」
喜んではいない!! 繰り返す!! 喜んではいない!!
「くそ!! まったく話が進まん!!」
「――ちょっとうるさいんだけど」
がらりと扉を開けて、小巻が顔を出す。
「げげ、小巻」と俺。
「ああ? 帰れよ小巻」いうまでもなくこれはイッチー。
「……ずいぶんとご挨拶ね。……なにこの面子。仲いいの?」
部屋を見渡して訝しげな顔になる小巻。
「ま、どうでもいいけどさ。表の恥ずかしい表札剥がしたら? 『突撃!! 電脳妖精部』っていうやつ」
「剥がしとけって言っただろうがー!?」
先生に苦情を述べるが、耳をほじって聞く耳もたず。
「ふん。小巻の顔見て気分悪いし、そろそろ解散しようぜ。結論出たし」
菓子パンのビニール包装を涙に押し付けるイッチー。おいそういうのはやめなさい。あと涙もナチュラルに受け取るのやめなさい。癖になるから。
小巻を押しのけて教室を出ようとする後ろ姿に声をかける。
「待てよイッチー。結論なんて出てないだろ?」
「は? 出てるだろ」
イッチーは立ち止まり、さも意外そうに俺の顔を指差す。
「おまえが」
「俺が?」
「餌になる」
「そっちかよー!!」




