「乙女アラーム発動」
ハチヤ 軽戦士35LV 丸耳族
ルル 司祭25LV
迷惑スキル:諸人こぞりて。近くに一定数、もしくはレベル以上のモンスターがいて、プレイヤーが戦闘状態になければ、強制的にトレインを誘発させる。
コルム 斥候35LV 丸耳族
バクさん 聖騎士25LV
迷惑スキル:極限状況強制転移。プレイヤーのHP(生命力)が一定値を下回ると、半径6キャラ分の範囲内にいるPTメンバーごと強制転移させる。
マヤ 女騎士20LV 小人族
バランタイン 騎士 14LV
迷惑スキル:ライオン騎士。プレイヤーが戦闘状態になく、かつプレイヤーより強いモンスターがいれば、強制的に戦闘状態に入る。
イチカ 闘女 5→10LV 獣人族
シショー 鉄鍛冶4→7LV
迷惑スキル:一意戦心。プレイヤーのHPが半分以下になった時にしか動かず、ひとたび動き出したらMPを消費し尽くすまで止まらない。
アール・オブリス 僧侶5→10LV 兎耳族
ママ 歌姫4→7LV
モルガン 魔女4→10LV 長耳族
ふくちゃん 吟遊詩人2→7LV
~~~~~蜂屋~~~~~
……子供の頃、といったって俺はまだ子供だけど、もっとずっと昔に、犬を飼っていたことがある。チコという名の犬だ。血統書のけの字もない雑種で、言うことを聞かずに吠えてばかりいるバカ犬だった。
その頃は摩耶の具合もそこまで悪くなかった。俺はまだ小巻と仲が良くて、いつも一緒に遊んでた。チコを連れてふたりと一匹、生まれた街の周辺を走り回っていた。街を見下ろす小高い丘、廃工場、スイカ畑の中、時に人の家の庭。子供だから俺も小巻も自由で、なんの恐れもなく自由気ままに遊んでいた。
ある雨の夕方だった。俺たちは信号待ちをしていた。近づく台風の影響で強く降るその雨風を、しかしカッパと長靴で完全武装した俺たちは、平気へいちゃらで笑い飛ばしていた。
信号が青になったところで左右も見ずに飛び出した俺を、チコが噛んで引っ張った。そこへ居眠り運転のトラックが突っ込んできて、俺とチコはもろともにぶっ飛ばされた。
目が醒めると、そこは病院のベッドの上だった。両親がいて、小巻がいた。小巻は事故に巻き込まれなかったが、実際に事故にあった俺よりも深刻な顔をしていた。
怪我は擦り傷と打ち身程度で、たいしたことなかった。頭を打ったのが心配されていたけど、検査の結果問題はなく、すぐに退院できた。
あの一歩を踏み出していれば、もっと重大な事故になっていただろう、ひっかけられた程度で済んでよかった。感心したように医者の先生は言った。
俺をこの世に引きとめてくれたチコは、即死ではなかったけれど、俺が退院するよりも先に息を引き取った。
~~~~~~
――雨が降っている。ぱちぱちと拍手するように、家の屋根が鳴っている。
カーテンをかけていて、部屋の明かりは点けていなかった。
ベッドの上に横なっていた俺は、ドアが開く音で目を覚ました。
暗い部屋に、廊下の明かりが入り込んできた。光を背負っているのは摩耶だ。ベッドの上の俺を見とめると、抜き足差し足で忍び込んでくる。両手で掬うようにして、何かを運んでいた。
摩耶は俺のタヌキ寝入りに気付かないまま、ベッドの上に乗ってきた。俺の足を跨ぐようにしたところで、俺は動いた。
「せいっ」
「――!!!?」
身を横にずらしながら、カニ挟みの要領で摩耶の足を刈った。突如バランスを崩された摩耶は、さっき俺が寝ていたところに顔から突っ込んだ。
「のぉっ!?」
摩耶の足を俺の足で挟むように極めて自由を奪い、持っていた氷の塊を取り上げ、うつぶせになっている背中から入れてやった。
「☆&▽●Д$≠!!!!!!!????????」
摩耶は声にならない悲鳴を上げた。
「ふん、意趣返しといったところか、だが甘いな摩耶。兄ちゃんに勝つには功夫が足りん」
「んむおおおおぅ!?」
背中から氷を掻き出そうと暴れる摩耶の動きを押さえこみ、より一層の氷地獄を味わわせる。
「むぃぃぃいいいいっ!?」
わけのわからない悲鳴をあげる摩耶。勝者の愉悦に浸る俺。
「……なにやってんの。あんたら」
気がつけば廊下からお袋が顔を覗かせていて、その後俺は、もう何度目になるかもわからない家族会議の場で糾弾されることとなった。
~~~~~ハチヤ~~~~~
「本当に懲りない人ですよねえ……」
遅れてログインした俺を、ルルが呆れたように出迎える。
「まったくだな。この俺に隙などないというのに。身の程知らずな」
「そっちじゃないんですがねえ……」
どっちだ。
なぜかため息をつくルルはさておき、今日はメンツが全員揃っていた。いつもより雰囲気が明るく、わくわくうきうきとした空気が漂っていた。
もちろん理由がある。
レベル上げが順調に進み、イチカ、アール、モルガンともにレベル10になった。
それにより、ひとつの移動手段が解放された。
FLCの移動手段は徒歩・毛長牛・飛空挺・転移の魔法の4つだ。徒歩以外の3つはレベル制限があり、毛長牛は10、飛空艇は25、転移の魔法は40以上の唱える者に解放される。
毛長牛。牛目牛科牛属。簡単に言うと、引きずるほどに毛が長い牛。リアルではヤクなんかがメジャーだろうか。FLCにおいては尖った角が武器になるので、職業によっては戦闘用にも使われる。体長は2mから3m(プレイヤーの種族によって異なる。たとえば小人族なら最低の2メートル)。体重は300kgから800㎏。見た目が優しそうで穏やかなので、俺も大好きな乗り物だ。
「おおー。これが毛長牛ってやつか」
「う、うん。上手いぞ、イチカ」
感心するイチカに乗り方を教えているマヤ。乗り方といっても乗降の仕方と緩急の付け方、スタミナと呼び出しのシステムぐらいだが。
「いい子だ。メリオラ」
さっそく名前をつけて愛牛の背を叩いているのは設定大好きなアール。すでに血統まで考えているらしいのはさすがというか。メリオラってことは雌なのかな。
「これでダッシュの2倍? こんなもん? ……うーん、かなり移動システムがトロいわね。もっとちゃっちゃと移動できないものかしら」
ぶつくさ文句をいっているのはモルガン。移動の面倒くささはこの手のゲームにはお約束で、そのためにみんな血眼になって移動速度アップのクエストに挑むのが風習なんだけど、まあ初心者にはわからないだろうな。
移動手段を確保した俺たちは、ヴィンチの街周辺でのレベル上げを終え、一路王都イリヤーズを目指すことにした。なんといっても王都だし、クエストの数もレベル上げのし安さも一番なので、もともと拠点にしようと思っていた場所なのだ。
ただ、低レベルのPTでは道中が不安なので、移動手段を手に入れるまでヴィンチの街周辺で頑張っていたというわけ。
「さ、行くぞ。毛長牛に乗ってるとはいってもモンスターに攻撃されなくなるわけじゃないからな。周囲には気を付けろよ」
プレイヤーの走行状態の2倍。という毛長牛の移動速度は、はっきり言ってそんなに速くない。高速タイプのモンスターの中には同じ速度で移動できるのもいるし、モンスターの攻撃で毛長牛自体がやられることもある。とくに、移動中に毛長牛を失ったプレイヤーの末路は悲惨だ。拠点から遠く離れた場所に取り残され、毛長牛なしの鈍足状態で旅を続けるのは、かなり精神をすり減らす行為だ。
「おおー、速いな。あっははは」
「い、イチカ!! 待ってー!!」
「メリオラ。ありがとう。……キミは美しい」
「ふくちゃんを前に乗せて抱きしめるべきか、後ろに乗せて抱きつかせるべきか……それが問題だわ……」
イチカとマヤが適当に先陣を切って、アールとモルガンが思い思いに続く。俺とコルムは最後尾だ。
「――けっこうみんな喜んでるみたいだな」
コルムが轡を並べ、話しかけて来る。ぽっかぽっかぱっかぱっか、呑気な蹄の音が響く。
「考えてみれば、オレたちも毛長牛ゲットの時は一晩中騒いでたもんな」
「そういやそんなことあったな。うん」
「それまで牛騎兵を見送るしかできなかったのが、乗れる側になったのが嬉しかったんだよなあ」
「……うん」
「ん? どうしたハチ。考え事か?」
「あ、いや……なんか。なんだろうな……この感覚。デジャヴュというか……」
マップはレヴンドール大森林に差し掛かっていた。イリヤーズまではあと3マップというところか。各マップの移動に20分くらいはかかるから、あと1時間もすればイリヤーズに着く計算だ。
レヴンドール大森林は、樹齢千年クラスの巨木が無数に聳える巨大な森林で、マップの凹凸も激しく小高い丘や切り立った崖でルートが制限され、非常に移動の困難な場所だ。ヴィンチの街からはほど近いのでモンスターのレベル帯はさほど高くないが、10レベルPTには荷が重い。
「みんな、モンスターにはなるべく近寄らないように、毛長牛なら大抵のモンスターは振り切れるけど、ごく稀に毛長牛より速いやつもいるんだ」
「そ、そんなのいたっけな~?」
マヤが首を傾げる。
「ハチ。それってまさか……。レアモンスターの……」
「うん。『魔女エンジン』だ」
魔女エンジン。珍奇な名前のそのモンスターは、かつてレヴンドール大森林よりキティハーサ全土の征服を計り軍を起こした魔女カイの騎馬のことだ。騎馬、といっても馬じゃない。箒でも豚でもフォークでもない、機械めいたフォルムの魔法の工芸品だ。魔素を内燃機関で燃やして活動することからついた名前が魔女エンジン。
妖精王アードバトンの編成した特殊部隊の活躍でカイが没した後も魔女エンジンは活動を続け、今もこの森を駆け回っている。その移動速度は毛長牛の実に10倍。プレイヤーキャラの20倍に及ぶ。
「でもあれってさ。レアで動きが速くて倒せないってだけで、黙ってれば一撃当て逃げしていくだけだし、それほど厄介でもないような。まあ10レベルキャラだと怪しいけど、よっぽど運が悪くなければ……」
「――コルム」
「な、なに?」
肩を叩いた俺を見て、なぜだか動揺するコルム。俺は構わず続けた。
「もしそいつがさ。魔女エンジンが保持者だったらどうする? これまでは法則性もクソもなく走り回っていただけだったのが、もし仮に、俺たちを狙い撃ちにして来たとしたら……」
「ふ、不吉なこと言うなよハチ……」
引きつったコルムの顔に陰が差した。物理的な意味で。
『ぁ……』
俺とコルムの声がハモる。
振り返ったところにそいつはいた。
ミスリル銀を溶かした鍋に十代半ばの丸耳族の薄着の少女を入れてフォンデュして、髪の毛の代わりによくしなる金属筒を生やしたようなデザインは、紛うことなき魔女エンジンだ。ネットにアップされた動画はどれもぶれぶれで、各部位の詳細がいまいちはっきりしなかったのだが、こうして立ち止まっているのを見るとよくわかる。
かなりかわいい。
いやそうじゃなくて、目がパッチリしてて、顔立ちが整っていて、身体のフォルムがはっきりしてて、メリハリのきいたボディの手触りを想像すると思わず息を飲んでしまうとかそうじゃなくて。
「……なにエッチなこと考えてんですかねえあるじ様は」
「エスパーかおまえは!?」
「ア……アア……。ボ……ケンシャ……。ハ……ッケン」
アクセントの置き場やボリュームコントロールをことごとく間違ったような、聞く者を不安にさせる抑揚の声。
魔女エンジンは胸の前で手を握りしめ、俺たちを見つめている。
「や、やあどうも」
毛長牛から降り、両手を開いて敵意のないことをアピールする俺。ここはなんとか誤魔化して逃げるしかない。
「ア……ア……?」
魔女エンジンが首を傾げる。眉が無く、金属ゆえに皺も寄らないので表情がわからない。
一歩近づくと、金属筒の一本がピーと蒸気のようなものを吐き出す。
「俺はハチヤ。けして怪しい者じゃない。き、きみの名前を教えてくれるかい?」
「ハチヤ……ハチ……ヤ?」
魔女エンジンは何度か俺の名前を復唱した後、「ラクシル」とだけつぶやいた。
「ラクシル? それが君の名前か。ありがとう、よろしくラクシル。俺たちはただ森を――」
手の届く距離まで近づいて握手しようと手を伸ばす。決してスケベ心ではなく、純粋な友愛の感情から手を伸ばす。
魔女エンジンは――ラクシルは、順番に俺の手を見つめ、顔を見つめた。握手がわかってない?
教育とかは受けてないのかな。まあ人型だけどあくまで騎馬だしな。しかたない。
「握手だよ。友好の証だ。シェイクハンド、オーケー?」
俺はラクシルの手を取ると、上下にぶんぶか振った。
ラクシルは呆然とそれを受け入れ――突如、すべての金属筒から蒸気を吐き出した。
「――うおわあああぁ!?」
驚き飛び退く俺。皆が『なんだなんだ!?』と駆け寄ってくる。
ピー、ポー、ピー。蒸気の噴出は止まらない。暴走した機械のようにラクシルはぐわんぐわんと頭を揺らし、棒立ちになっている。
「ハチ……ヤ。セッキン……セッショク……シケイ……」
「いや極端すぎるだろ!!」
「100%純然たる事案じゃないですかーやだー!!」
「待てルル!! それは違うぞ!! 俺はあくまで平和的な外交を試みてだな……!!」
「オヨメ……イケナイ……コロス……」
「もともといけない身体だろうが!!」
「――き、鬼畜すぎる……!! さすがのルルでもフォロー出来ませんよそれは……!!」
「いやだって事実だろ!?」
「ハチ……さすがにそれはないよ……」
「ハチヤ……キミにはがっかりだ。無神経すぎるよ。見損なった」
皆が口々に俺を責め立てる。なんでだ!?
「お兄ぃは……鬼畜……?」
「おまえはわかってねえだろ!! 乗っかってるだけだろ!!」
「マヤに八つ当たりすんなこらぁ!!」
「えええー!?」
「……ハチヤくんもようやくこっち側の人間になったわけね」
「それだけはイヤだー!!」
「ハチ……ヤ……ニガサ……ナイ」
「――しまった!? 気をとられてた!?」
糾弾に耐えかねて逃げる隙を無くした!?
慌てて毛長牛に向かって走り出すが、時すでに遅し。ラクシルの手はすぐ真後ろに迫っていたのだった。




