「殺人日記」
~~~~~コルム~~~~~
「見ろ見ろ!! 重要アイテムをゲットして来たぞ!!」
イチカが得意満面で取り出したのは、茶褐色の皮を寄せ集めて作ったような(アールは「人の皮だったりしてね……」とほの暗い顔で評していた)本だった。
これを受けて、オレたちはハチヤ以外のメンバーを招集した。集合場所はオレの部屋。難しい話に興味の薄いマヤちゃんには、入り口で見張りを頼んだ。
なぜわざわざそんなことをするかといえば、最大の当事者であるところのレイミアが、オレたちに協力を要請してきたからだ。
「明らかにできないことが多くて恐縮ですが……」
前置きしつつ、
「……そこを曲げて、お願いします」
ぺこりと頭を下げたレイミアのひたむきな表情に打たれて、誰も文句は言えなかった。
――それは、端的に言うなら殺人日記だった。連続殺人鬼が綴るような、ああいった感じの狂的なものだ。
館を訪れた者をありとあらゆる方法で追い詰め、殺害する女の子の成長記録にもなっている。最初は撲殺や刺殺といったオーソドックスな手法だったのが、長じるにつれ、毒殺、櫟殺といったマニアックな手法を駆使するようになる。さらにテクニカルが一周し、原点回帰で撲殺に戻っていくあたりがなんだか人間臭くて気持ち悪い。最後のページで同じ長耳族の女性を殴り殺すところなんて、怖気が走る。
「うおー、こりゃすげえな」
イチカはホラー耐性があるのかグロ耐性があるのか、まったくビビる様子を見せない。
「えー、まずは非常に有意義な情報を提供してくれたイチカに感謝を」
「はっはっは!! そうだろうそうだろう!!」
アール探偵が場を仕切ると、みんなはベッドの上に座ったり椅子に腰かけたりして話を聞き始めた。脳筋のイチカも自分の手柄が解決に結びつくとなると違うようで、小難しい話に食いつくように、前に身を乗り出している。
ぶっちゃけレイミア本人がいるんだから聞けばいいだろという説はあるのだが、行動規則によて規制されているらしく、彼女自身は答られないそうだ。まあNPCがなんでもかんでもペラペラしゃべったら興ざめと言えば興ざめだし。
「複雑な話になる。ひとつには、この絵日記の日付だ。水晶暦755年から795年に渡って行われた残酷な殺人行為について描かれている。道に迷った旅人や、大断崖へ向かう巡礼の一行など、その被害者の数は実に300人以上」
レイミアは「設定ですから……」と申し訳なさそうにしている。
「この絵日記の一番の特徴は、記述内容はともかくとしても、独特の絵のタッチにある。子どもが描いたバランスの悪い落書きのようなタッチで延々40年分」
アールがもって回った言い方をする。なんかあるのか?
……ん? 登場する女の子は成長しているのに絵の『技術』が向上していない?
「第三者が描いたってことか……?」
「その通りだ。言い方はあれだが壊滅的に絵の下手な人間が描いた。もしくは『そのように意識して描いた』。本人が成長してから描いたという見方もできなくはないが、日記を改めて書く必要はないだろうと思う」
「40年分の絵日記描くとかけっこう拷問だしな。夏休みのやつだけでもだるいのに。しかしそうすると、犯人はレイミアなのかそうでないのか?」
さりげなく視線を送ると、レイミアはこの上なく複雑そうな顔をしていた。
~~~~~
「なんだよ。みんなこっちにいたのか、探しちまったぜ」
ハチヤとルルが部屋に入ってきた。
「やー、けっきょくレイミアには会えなかったよ。思い切り空振った。残念」
『……』
「しかしどこ行っちまったんだろうな? 上手いこと逃げきれていればいいんだけど……」
『……』
「心配だな。どこかに隠れて震えてるかもしれないと思うと……」
『……』
「ん? どうしたみんな?」
きょとんした表情のハチヤを、全員が複雑な気持ちで見やる。一番複雑であろうレイミアは、備え付けのベッドの下に潜り込みながら、じっと強い目でハチヤを見ている。
仕切り直すようにこほんと咳払いするアール。オレは耳打ちで、これまでの流れをハチヤに説明した。
「……あー、レイミアが……もし、もしだぞ? 快楽殺人鬼だったとしたら、監禁する理由としては申し分ない。間違っても野放しには出来ない。だが彼女には例の仕切り直しのアピールもあるし、いまいち釈然としなかった。さらにこの日記だ。今は水晶暦799年。ゲーム開始から4年で、絵日記の始まりからは44年になる。絵日記の更新は795年が最後なのだから、この4年間、というかゲーム開始時から殺人は行われていない。もっと言うと、『レイミアが閉じ込められている状態では殺人は起きない』」
ちなみにFLCにおける年月は、1年はリアルと同じく365日だが、1日は12に分かれている(単位は刻)。
刻は一般的なイメージでいう朝から夜で、つまり1日の間に12刻の短い1日を繰り返している。時や分はなく、例えば4月20日19時を表すなら、水晶暦799年110日9刻の昼とか、そんな感じで表す。
これは現実世界との年月のズレのイメージを無くすための配慮らしい。じゃないと、朝にしか起きないイベントとか夜にしか起きないイベントとかが、プレイヤーの生活環境によってはプレイしづらくなっちゃうから。
「閉じ込められたから行えなくなったのか、その状態で殺人が行われるとレイミアから容疑が外れてしまうから行えなくなったのか、はたまたそれ以外に何らかの要因があって、別件で閉じ込められたのか、ここが一番の焦点になる。ボクたちは、エジムンドとマダム・ラリー――いや、偽ラリーのことを知っている。彼女らはいつかはわからないがこの館にやって来た。本物のマダム・ラリーを殺し、成り代わった。レイミアは閉じこめられた。殺人は起きなくなった。だが、閉じ込められたのはいつだ? 『長生種の彼女はいつから閉じ込められていた?』」
「なるほど。44年よりも以前ならレイミアの無実は証明される……」
ハチヤは真面目な表情でアールを見ている。
ベッドの下でうずくまっているレイミアの目の前に、そんなハチヤの足がある。
「マダム・ラリーとレイミアと偽ラリーは長耳族。エジムンド、先代、マダム・ラリーの夫は丸耳族。長命種の3人に対して、この3人は普通の人間と同じくらい。エジムンドは60歳か70歳くらいか? 20歳の時に来館したとしても、まあ計算的にはおかしくない」
「ちょっと待った。そもそもなんで殺す必要があった?」
ハチヤがもっともな疑問を呈する。
「理由はいくつか思いつくが、ひとつには『金』だと思われる。ここは大断崖の足元だ。巡礼の一行が間違って訪れることは大いにありうる。実際、日記にもそのような記述はあった。日本では『六部殺し』なんていうんだけどね。各地の霊場を巡る巡礼僧を殺して金品を奪う民話は世界中のどこにでもある。着物に路銀に貴重品にと、巡礼僧は金目の物を持ってるからね」
「だからお金持ちか聞かれたときに答えを渋ったのね」とモルガン。
「それはどうかだけど、まあ色んな意味で答えづらい質問ではあるな」
アールは苦笑い。そんなの後ろ暗くなくても渋るよな。
「でもじゃあ、なんでふたりはここを乗っ取ろうと思ったんだ? 資産があるから狙ったんだろ?」
「あると思ったんだ。こんなところに拠を構えて、田畑があるわけでなし、家畜がいるわけじゃなし、そんな暮らしを何年も続けてる。あるはずだとふたりは思った。でもなかった。長年の、それこそ丸耳族には想像も及ばない何百年にも及ぶ生活で、もとはあったであろう資産は失われていた。あるいはなにかしら働き口があったのかもしれないが、働き手であろう夫はすでにいない」
何度か――レイミアがハチヤに声をかけようとしていた。自分のほうを見てほしそうにしていた。けっきょく実行には移さなかったけど。
「かてて加えてだ」
アールが続ける。
「イチカが偽ラリーが病弱なのかどうか確かめに行こうとした時に、エジムンドはかなり本気で止めにいってた。これはなぜだ? 確かめられたら困るということは、病弱じゃないってことだろう。なんでそんなウソをついた?」
「なんで、か……」
「病弱だということの利点は、『外に出なくても怪しまれない』ってことだ。だって、外に出れば偽者だってバレるだろ? それに誰か知り合いが訪ねて来ても、病弱を理由に断れる。おそらくは先代が亡くなり、マダム・ラリーの夫が亡くなった時にふたりは入り込んできたんだろう。旅先で客死した夫の友人だと偽るとか、いくらでも誤魔化しは効く。気を落としてるマダム・ラリーもレイミアも、嘘だとは見抜けなかった。あるいは夫の死すらもふたりの仕業なのかもしれないが、これはまあただの憶測だが」
「ともあれふたりは女主人とその執事に成り代わった。それで閉じ込めてる理由は説明がつくだろう。隠し財産の有りかを聞き出すためと、罪が明らかになった時のなすり付け先」
「なすりつける? どうやって」
「そのための絵日記さ。死体の数と殺害方法の一致。年代の一致。レイミアを事故に見せかけて始末すれば、死人に口なしでダブルでお得。絵日記が重要な参考になるかどうかはこの世界の捜査レベル次第だけど、手法としてはありかなと思う」
「じゃあエジムンドさんの言ってた『矛を収め』ってのは? 致命的な対立関係にあるのに、収める矛なんてないだろう」
「難しいんだけどね。……正直レイミアの人となりがわからないから。でも、彼女はその後に言ってたんだろう? 『ロリコン!! ペド野郎!!』って。つまりエジムンドはある層の女性に対して倒錯的願望のある人間だと考えられる。エジムンドはレイミアを自分のものにしたかった。命と貞操の危機に瀕して、レイミアはエジムンドに反抗的になっていた」
「ああ……」
「そして鍵だ。コルムの手に入れた鍵。ふたつあって、ひとつはレイミアの牢の鍵だった。もうひとつは客室のとある部屋の鍵だった。そして、それに付随したと思われる最新の殺人が起きた。40年の沈黙は破られた――」




