「完全に悪役」
~~~~~マダム・ラリー~~~~~
晩餐の後、気分が優れないので自室へ戻ったことになっている私ですが、実際にはすこぶる快調でした。むしろ普段よりも元気で、大きな声で歌を歌い雪原を走り出してしまいそうなほどに、心身が充溢しておりました。もちろんそんなことはいたしませんけれども。
私の部屋は2階にございます。お客様用の部屋を4個合わせたほどの広さですが、夫を亡くして以来、その広さは心を蝕む毒になっておりました。
でも今宵は勝手が違います。部屋の奥行きの広さ、天井の高さ、椅子に机に暖炉などといったなんの変哲もない面白みのない家具の一つ一つに至るまでが、それぞれに赴き深い輝きを放っているように見えます。
入口の扉をちょっとだけ開けておきます。少しだけ、ほんの少しだけ。人がひとり、ぎりぎり通れないくらいの幅で。
何度か幅を調整し、実際に自分で通ろうとしても無理だということを確認すると、私は暖炉の側の揺り椅子に腰かけました。
膝掛けを掛け、傍らの小卓にエジムンドの淹れてくれた紅茶を置き、その訪れを待ちます。
吹雪が音をたて、窓を叩きます。暖炉の火の爆ぜる音が、時折ぱちんと響きます。
待つ、というのがこんなにも嬉しいものだとは知りませんでした。この世界の終わる時までずっとずっと。それはこの上もなく辛いものだとばかり思っていたのに……。
思えば、エジムンドにも苦労をかけました。設定とはいえレイミアにも、そして他の皆様にも……。
――キィ。
微かな音を立て、扉が開きました。
きた。
跳ね上がりそうな心臓の音を意識しながら、できるだけゆっくりと、時間をかけてそちらを見ます。
扉は依然、開いたまま。ですが、人がひとり通れるくらいにすき間が拡がっています。
「――誰? エジムンド?」
しっとりと、落ち着きを持った声音で。でも微かに不安を滲ませて。
答えの無いのを確認すると、私は椅子から立って扉の側に歩み寄ります。小走りでなく、当然スキップでもなく、焦らず静々と、淑女の歩みで。
「……誰もいないわね。風かしら?」
廊下の外には誰もいませんでした。微かな気配すらありません。
――とても優秀な冒険者の方のようです。
弾む気持ちを押さえつけ、揺り椅子に戻ります。ひざ掛けを掛け直し、紅茶をひと口啜り、小卓に置いておいた本を手に取ります。
茶褐色の布を縫い合わせて作ったような不恰好な本。タイトルはありません。
1枚1枚、丁寧にページを捲ります。幼い子供と共に見るように。
後ろの誰かを意識しながら。
~~~~~コルム~~~~~
実は怖がりなほうだ。怪談、暗い場所、グロテスクな虫や爬虫類。全部全部、大嫌いだ。
でも、そういうのが好きな人がいるのは知ってる。合わせようと思うなら同じ土俵に立つしかないことも。
長い間合わせてきた。ずっとずっと合わせてきた。あいつはそういうのが好きだったから。
でも、生理的な嫌悪感だけはいかんともし難い。画面に描かれたものだと理解はしていても、体が言うことを聞かない。
(うわあうわあ……なんだこれ……)
声をあげないだけでも頑張った。本当なら悲鳴をあげて逃げ出したいくらいだった。
マダム・ラリーの部屋にいた。姿を消したまま揺り椅子に座るマダム・ラリーの背後に回り込み、本を読んでいる手元を覗きこんでいた。
日記、のように見えた。夏休みの絵日記のような罫線が引かれ、上部分には絵が、下部分には文章が描かれている。
子どもの描いたような絵だった。四角い体に同じ長さ太さのずどんとした手足。頭部には青い大きな目がふたつと真っ赤な逆三角の口。そこに金色のうどんみたいな長髪が乗っている。
問題は、その女の子――だろうか? が常に何かしらの武器を持っているということだった。包丁だったり、剣だったり、鎚だったりした。例外なく、先端から赤い液体のようなものが滴っていた。
空いた部分に描かれている他の人物は、手足がバラバラになっていたり、胴に赤い染みがあったり、足がおかしな方向に曲がっていたりした。
文面には日付と、被害者と思われる人物の名前が書かれていた。2階の浴室で正面からとか、寝ている時に枕元に忍び寄ってとか、場所や方法が書かれていた。克明ではなく大雑把なのが余計にリアルで、不気味さを醸し出していた。
(うわあ……)
心臓が激しく跳ね始めた。目眩がした。一歩下がり、本から目を離し、深呼吸を繰り返す。
(落ち着け……落ち着け……)
斥候は隠密の達人だ。姿を隠し、音を消し、臭いを消すことができる(臭い感知のモンスターもいる)。ナチュラルに足が速く、モンスターに気付かれにくいという特性もある。こういったことにはもってこいの人選だ。
エジムンドさん、もしくはマダム・ラリーの動きを追うのにオレを使うのは、理に適った選択に違いない。中の人の適性は別として。
(大丈夫大丈夫。オレはやれる。やればできる。大丈夫――)
マダム・ラリーの横顔に目を走らせる。
顔が真っ赤になっていた。口元を歪ませ、息を荒げ、目を潤ませていた。興奮しているのだ。この本を……誰かの描いたおぞましい絵日記を読んで……。
(――!!)
もうダメだ。
想像が極まったオレは、素早く廊下へ出た。風圧で扉が揺れた。
「――誰?」
部屋の中から声が聞こえる。
姿隠しと忍び歩きが解けるのも構わず、オレはダッシュした。振り返らなかった。いつまでもどこまでも、あの声が追ってきそうな気がした。
必死に走っていたせいで、注意力が散漫になっていた。角から出て来た誰かを避けることが出来ず、もろにぶつかった。
「うわ!!」
「きゃあ!?」
床に倒れたのは長耳族の少女だった。芸術品のような金髪をもったいなくもポニーテールに結って、草色の外套に革のズボンとブーツを履いている。手にはミトン、首にはマフラー。こんな天気の中、どこへ行こうとしていたのか。
「――ご、ごめん。大丈夫だった?」
手を引いて助け起こす。
「大丈夫ですわ。あなたこそ……あなたも、冒険者?」
はっとしたような表情になる少女。
「ではハチヤ様の……!!」
「ハチヤ……様……?」
「違うんですの?」
「いや違わないんだけど……様をつけると果てしない違和感が……」
「お仲間なんでしょ?」
「あ、はい。その通りです。お仲間です」
「良かった……」
少女はほっと胸を撫で下ろす。
「では、案内してくださる?」
「……はい?」
さも当たり前のようにエスコートを求める少女――キャラ名はレイミア。
「……どこへ?」
「決まってるじゃありませんか。ハチヤ様のところへです」
どんくさい人ね、とでもいうかのように腰に手を当て呆れた顔をするレイミア。
「いやそれは……ちょっと今は……」
現在、ハチヤは3階にいる。アール・モルガン組が2階で、マヤ・イチカ組は1階。アール・モルガン組の戦闘面でのバックアップはオレが担当なので、勝手に行動するわけにはいかない。戦力的に劣るあのふたりを放置するのは無理だ。
だとすると、チャットでハチヤをここに呼ぶのがいいだろうか。もとよりあっちの目的はレイミアそのものだ。順番が多少狂ったところで問題はあるまい。
「オレは探索中で、ちょっと手が離せないんだ。悪いけど。ハチヤをここへ呼ぶからさ。それでなんとか……」
「――探索中?」
あ。
いわでもがなのことを言ってしまった、と気づいた時にはもう遅い。レイミアは口元を手で覆い、ショックを受けたような表情をしている。
「探索中とおっしゃったかしら……!?」
「ご、ごめん。なんでもないんだ!! とにかくいますぐハチヤを呼ぶから――」
「ダメよ!!」
「なんでぇ!?」
鬼気迫る表情でにじり寄ってくるレイミア。
「そんなことしたら、見られてしまうじゃない。私の秘密が……あんなことや……こんなことも……!! ダメよ!! それだけは!! ハチヤ様の中の私像を崩したくない!! でも……。あ……? このままじゃ遅かれ早かれ見つかってしまう……? だったら……だったらその前に……!!」
「――なんで悪い顔でこっち見たの!?」
レイミアはそっぽを向いて、吹けない口笛を吹く。
「……ナンデモアリマセンノヨ?」
「めっちゃ棒読みじゃないか!?」
「……モクゲキシャガイナケレバナカッタコトニナルナンテオモッテマセンノヨ?」
「棒読みなのに隠しきれていない!?」
「もう!! 面倒ですわね!! 四の五の言わずに口封じをさせればいいのよ!!」
「完全に悪役のセリフだー!?」
~~~~~イチカ~~~~~
遊んでていいって話だったので、オレとマヤは1階で遊んでた。ホールの中を走り回ったり、厨房でつまみ食いしたり。自由ってのはいいことだ。
「イ、イチカ!! これ見て!!」
カーテンをマントみたいにしたマヤが、食堂から手招きしてくる。
ついて行ってみると、さっきと変わらん食堂だ。もちろんいまは食器も下げられてて暖炉に火も点いてなくて、閑散としたもんだった。
「ん? なんだ? 絵?」
食堂の壁に、2枚の絵がかかってる。横向きの人物の肖像画だ。男と女。女はマダム・ラリーだ。男のほうは知らんが、歴代の当主って感じか?
マヤは椅子を動かして壁際に置くと、その上に立って横を向いて胸を張った。ちょうどマダム・ラリーの隣に並んで、3枚目の肖像画のつもりらしい。
「やな3代目だなおい」
「ひひー」
マヤは笑うと、不意に思い出したように、
「大変!! 大変!!」と騒ぎながらドタバタ駆けていく。
「……そういや時間か」
マヤの向かったのは玄関ホールだ。ハチコーに言われて、「定期的に」玄関をタッチする役目だ。
「……ん?」
ふと違和感に気が付いた。イメージなんだが、こういう肖像画ってのは何代前まで飾るもんなんだ? 2枚しかないから単純にマダム・ラリーが2代目なのかと思ったんだが、もっと前のはないのか? 描かなかっただけ、といわれりゃそれまでだが……うーん……。
「――この吹雪がやむまで外にはお出になられませんよう」
もう何度目になるのかもわからないセリフを繰り返してホールを後にするおっさんを捕まえた。
「なあおっさん」
「……なんでございましょう」
心なしかやつれたような表情で、おっさんはこっちを見てる。
「マダム・ラリーって何代目なんだ?」
「ラリー様は2代目でございます」
「旦那は入り婿で」
「はい」
「先代が丸耳族で」
「よくお気づきで」
「肖像画見たんだよ」
「そうでございましたか」
「――先代の嫁さんはどうなったんだ?」
「どうなったと申されますと……」
おっさんの声のトーンが下がる。
「長耳族ってのは長生きなんだろ? 何百年も生きるっていうじゃねえか。普通に考えて、先代よりも長い間生きてるはずだ。今も生きてたっておかしくない」
「お体が弱い方でしたので……」
「――本当か?」
「……お疑いで?」
「疑っちゃいねえさ。だが、マダム・ラリーだって体が弱いって話だったけど、晩飯の時にはめちゃめちゃ元気そうだったじゃねえか。おまえらのいうお体の具合っていうのは、信用に値するものなのか?」
「……ずいぶんと不躾な物言いをなさいますな。お客様がお見えでしたのでご機嫌だったのでございますよ。ご無理がたたって体調をお崩しになられ、今もお部屋でお休みに……」
「直接見にいってもいいか?」
「なりません」
強く断言する。
「ふうーん」
オレが食堂を出ると、おっさんもついて来た。
「……なんでついて来るんだよ」
「……たまたまでございます。イチカ様はどちらへ?」
「……言う必要はねえなあ」
『…………』
きっと同じことを考えてるオレたちは、競うような早足で階段へ向かう。
「――マヤ!!」
「な、なんだー!?」
呼ぶとすぐに、マヤがこちらにダッシュしてくる。
「――扉タッチ!! 連打しとけ!!」
「な……!!」
硬直するおっさん。
「……あばよ。ウォーキング頑張ってな。健康になれるぜ」
無念の表情を浮かべながら、おっさんは踵を返して玄関へと向かって行った。




