「サヨナラ協定」
~~~ハチヤ~~~
千眼を倒したことで、キティハーサには平和が戻った。
各地から集まっていたNPCたちは引力に引かれるように元の場所に戻り、荒廃した街や村の復旧作業に携わった。
帝国の侵攻は止まり、増大していたモンスターのポップも落ち着いた。
復興の槌音の響く中、俺とルルは各地を旅して回った。
南方のラゴスの村で花売りのコから花を買った。あのキャラバンが訪れることはもうなく、いつもの平和で素朴な田舎の風景が広がっていた。
ヴィンチの街でマダム・ラリーの館に逗留した。ソブリンちゃんとコルムのコンビが入り浸るようになっていたのは不思議だったが、レイミア含めて年頃の女の子3人、何か通じるところがあったらしい。
エジムンドさんが亡くなったことで広大な館の整備はどうなるのだろうと危ぶんでいたのだが、これにはなんと幽霊たちがあたってくれていた。彼らはニュートラル属性になっていて、もう冒険者に攻撃を仕掛けてくることはなかった。
レヴンドール大森林でキャンプを張った。ヤスパールの手によって組み上げられたログハウスに、カイ人形とヤスパールが住んでいた。チコには専用の犬小屋が造られ、時おりマヤとバランタインが遊びに来ては、幽霊犬ライダーとして森の中を駆けまわっている。
カロックの村には新しい酒場が造られた。店主は村人に戻ったキリエさんだった。
アンバーがウエイトレスとして時折手伝い、お小遣いを貰っているようだった。
バドとレフは冷やかし半分のお客さんで、モルガンとふくちゃんは上得意となっていた(ふくちゃんがねだるので)。
みんなでコデットの屋敷の舞踏会に参加したこともあった。
服装はドレスではなく、魔法少女の戦闘衣装だった。
なぜか男の俺まで着させられるはめになったけど、一番照れていたのはアールだった。分厚いカーテンにくるまって、なかなか姿を見せようとしなかった。
だけどその後、ちょいちょいアールが屋敷を訪れるようになったことを俺は知っている。
ハマってしまった……ということなんだろうか?
マドロアではラクシルの後任の女王の即位式を見た。
譲位する相手は女性型のミスリル機械人形。最近造られたもので、名前をメリダといった。
純白のドレスを脱いだラクシルは、ナチュラルな動作で俺の傍に寄り添った。
表情自体はいつもの無表情だが、どことなく清々したような、嬉しそうな感じに見えた。
いろんなところでいろんな人に再会した。
旧交を温め、平和を謳い、別れを惜しんだ。
王都に戻ったのは水晶歴800年90日。つまりはFLC最後の日だった。
王都では盛大なパーティが行われていた。
妖精と冒険者たち、そしてなんとモンスターたちまでもが、試合が終わればノーサイドとばかりに共に酒を酌み交わし、美食に舌鼓を打っていた。
例の一件以来アードバトンに成りすますことを決めたとーこが、酒席を回ってはみんなの歓声に応え、自分の役割を果たしていた。
ここんとこ毎晩続けて演じているとかで、「あとで褒めてね、こーくん」とメッセージを送ってきた。
酒席には心惹かれたけど、俺たちは王都を後にした。
ラクシルの背に乗ってヴィンチの街まで移動すると、いよいよ大断崖に登り始めた。
高レベルモンスターの跳梁跋扈する魔の山も、今日はあちこちにNPCが立哨して排除に当たってくれていて、安全に参詣できるようになっていた。
「おおー……」
「いやー……ちょっと拍子抜けするほどですねー」
「……ン」
時刻は12刻……つまり午後11時を回っていた。
いよいよ最後だということもあって、あたりは冒険者と妖精でごった返していた。
大断崖より先には、どこまでも果て無く雲海が広がっていた。
山も海も、何も見えなかった。
「なにこれ、どういうこと?」
「エリア未実装だからっしょ。表示できないんだよ」
「うええー?」
口々にぼやき騒ぐ冒険者たち。
圧倒的な眺めではあったが、特別な何かを期待していた者たちからすれば不満もあるのだろう。
「……あれ?」
誰かが言った。
「この道なに? こんな下り坂、前にあった?」
声の主の周りに、ざわざわと人が群がる。
「おいおいまさか……こんな最後の最後に来て……」
「え? え? どゆこと?」
「新エリア……解放……だとっ?」
『はああああああああー!?』
仰天した冒険者たちは、しかし迷うことなくその坂道を駆け下った。
大断崖の向こうを目指して。
「ええーい、毒を喰らわば皿までじゃー! こうなりゃとことん行ってやるー!」
「超超超、貴重映像だよ! みんな、絶対撮り逃さないでね! 本気で最後だからね!」
「一番乗りはオ・レ・だあああああー!」
先を争うようにしていった冒険者たち。
しかし一分もすると、悲鳴だけが返ってきた。
「はあああっ? あり得ねえだろ! 強すぎだって!」
「全種類状態異常とかどこのモルボルだよ!」
「ジェイクさん呼べジェイクさん!」
「ダメだよ、あの人王都で宴会中だから! 昔の仲間が帰って来たって言ってたもん!」
「……ひぇっ? 下のとリンクしたっ?」
「バカやめろ! こっち来んな! 死ぬならてめえひとりで死ね!」
「やべっ……あいつ、極限状況強制転移持ちだ!」
「はああああああああっ!?」
「あらら……」
「ルルたちも行ってみます? あるじ様」
「冗談。最終日にまで大絶叫オンラインなんてやってられるか」
「……ン」
深々とうなずくラクシルに、俺とルルは顔を見合わせて笑った。
そのまましばらくたたずんでいた。
後から後から人はやって来て、どんどん新エリアへと降りて行った。
即席のPT募集が行われ、掲示板上でも忙しく情報のやり取りが行われた。
あと少しでゲームは終わる。
経験値を稼ごうが金を稼ごうが、新アイテムをゲットしたとしても、何かが変わるわけじゃない。
でも決して、それは無意味なことじゃない。
積み重ねた時間や経験こそが、恐らくはゲームそのものだから。
この先何年経っても、いつかすべてが風化し、無くなってしまったとしても。
消えないものが、必ずある。
「……わからねえことがあるんだ」
俺はぽつりとつぶやいた。かねてよりの疑問を口にした。
「あの時、最後の戦い……千眼はさ、どうしてあんな顔をしたんだろう」
わずかに表情を歪め、そして──
「嬉しかったんじゃ……ないですかね」
ルルが答えた。
「嬉しかった?」
「悪役としての矜持を傷つけられて、存在としてのジレンマに苦しんでいたところに、あるじ様がああ言ってくれた。『決まってんだろうが、最後の戦いだよ。善と悪の最終決戦。最後の締めの一騎討ち。見せてやれよおまえを。おまえの強さ悪辣さ。ラスボスとしてのすべてを、みんなにさ』って」
……なんで腕組みして胸そらして満面のドヤ顔なのかは聞かないでおいてやる。
「……それがね、嬉しかったんですよ」
ルルは小さく笑った。
「最後の最後にあるじ様が示してくれた道筋。悪役道っていうとあれですけど……」
「……ラクシルハ」
ラクシルが俺の肘を掴んで引き寄せた。
「マスターノ奴隷、マスターノ嫁。マスターガラクシルヲ導イテクレタ。ソレガ嬉シイ」
女王になって以来すっかり饒舌になった彼女が、自らの想いを告げた。
「千眼モ同ジ。役割ガ欲シクテ……マスターガ与エテクレタ。ダカラ嬉シカッタ」
「……そんなもんかね」
「ソンナモン」
こくりとラクシルはうなずき、そして──
「……ア」
小さく声を漏らした。
驚いたように自分の手を見つめるラクシル。
その指先が、うっすらと透けている。
「……っ」
ルルが無言の悲鳴を上げ、
「ラクシル……!」
俺はラクシルの手を掴まえようと手を伸ばして──だけど虚しく空を切った。
──あとで知ったことだけど、同じようなことは全フィールドで起こっていた。
モンスターとNPCたちがまず先に消え、冒険者と妖精が最後に残る仕様らしかった。
「ラクシル……」
電子配列が徐々に失われていく。
存在を保てなくなりつつあるラクシルの、背景が透けて見える。
「……マスター」
声すらも、すでにか細い。
「ラクシル!」
俺の呼びかけははたして聞こえているのだろうか、ラクシルはぼうとした目で俺を見た。
「……ラクシルハ、マスターノ奴隷。……ラクシルハ、マスターノ嫁。呼ンデクレレバイツデモ行ク。スグニ駆ケテク。タトエドコデモ。マスターノ居ル所ガ、ラクシルノ王国ダカラ……」
それは別れの言葉じゃなかった。
ラクシルは俺を信じていた。
他ならぬこの俺を、まるでそれが世界の運命であるかのように。
「ラクシル! ありがとう! おまえといられてよかった!」
俺は声を大きくした。
存在の希薄になったラクシルでも聞けるように、全身全霊で叫んだ。
「おまえのおかげで楽しかった! そしてそうだよ、これで終わりじゃないんだ! 俺たちはこれからも一緒だ! だからラクシル──」
「マスター……」
「絶対、呼ぶから!」「ズット、待ッテル──」
その言葉を最後に、ラクシルは消えた。
1ドットの残滓すら無くなった。
あとにはただ、俺とルルだけが残された。
「……あるじ様」
泣きそうな声で、ルルが言った。
「ルルも……体が……」
「──!」
ラクシルと同じ現象が、ルルにも起こった。
体の色が薄まり、わずかに向こう側が透けて見える。
「……ねえ、あるじ様。もう一度聞いてもいい?」
手を伸ばしても、もう触れない。
引っ掴んで肩に乗せる、そんな当たり前のことがもう出来ない。
「あの時ルルに言えなかったこと、今も言えない?」
「それは……」
約束はまだ続いている。
烏塚恭二のかん口令は、呪いのように俺を縛り付けている。
俺が喋れずにいると、ルルは察したかのように薄く微笑んだ。
「ルルね、あのあと考えてたの。いっぱいいっぱい考えてたの。どうしてもあるじ様が言えない理由。あるじ様がこれからを信じ続けられる理由。それってさ、もしかしたら……」
──ルルたちはまた、会えるってことなのかな?
囁くように小さな声が、彼女の希望が、俺の胸を貫いた。
「……だとしたら嬉しいなあ。ね、次はどんなゲームかな? またRPG? AVG……まさかのSTG? ギャルゲーの攻略候補とかも面白いかもね。ルルが女子高生で、セーラー服を着てたりして……ね? 楽しそう。あるじ様と部活動したり、学園祭を回ったり、後夜祭で告白したり……へへへっ」
ルルは泣き笑いめいた顔になった。
「……ルル」
こみ上げるものがあった。
熱いものが内側からせり上がってきた。
「……ルルっ」
ラクシルたちミスリル機械兵の心が魂の器に納められているように、ルルたちAIの記憶記録を外部記録装置にパッケージングするのが妖精の卵計画だ。
だけど問題は、本当に記憶までもが完璧に移せるかどうかはわからないということだ。
ルルたちの自我の目覚めはあくまで奇跡的な出来事であり、FLCという世界の紐付け裏付けなくしては存在し得ないのではないか。
妖精の卵から目覚めるルルは、もしかしたらルルに似た別の何者かなのではないか。
だけど俺は──
にかっと、歯を見せて笑った。
「ルル、俺を信じろ」
あの時と同じ台詞を発した。
「おまえを絶対ひとりにしない。たとえこの世のどこに行こうと、必ず迎えに行く。残りの一生すべてをかけて、おまえを幸せにしてみせる」
「……うん……うん」
ルルは口元を緩め、目を細めた。
その目には、紛れもない俺への愛と信頼が湛えられていた。
「……うん、信じる。だからサヨナラは言わないよ?」
「そうだな、ルル。また──」
「また会おう」「またね、あるじ様」
~~~蜂屋幸助~~~
4月1日午前0時0分。
──Thank you For Playing!
──Never Say Good-bye!
FLCの配信は、定刻通り停止した。
強制的にログオフされた。
無機質な英文字だけが画面に並んだ。
「ルル……っ」
慌てて携帯に語りかけた。
妖精柄のカバーのしてある携帯は、だけどもう、なんの反応も示さなかった。
二度と喋りかけてくることはなかった。
「る……っ」
口元を抑えた。
こみ上げる嗚咽を呑み込もうとしたが出来なかった。
俺はその夜、人生で一番というくらい泣いた。
数ヶ月後、パッケージングされた妖精の卵がうちに届いた。
飛びつくようにして包装を開けた。
彼女らの言葉、行動、姿形を記録した卵。
簡易な対話機能付きで、それこそFLCにいた時のようなやり取りが行える。
また彼女らに会える。
……はずだった。
実際には、その試みは上手くいかなかった。
記録はあくまで記録であり、そこに魂は残っていなかった。
ルルやラクシルやレイミアに似た、機械的な受け答えをする誰かがいるだけだった。
卵はついに孵化することなく、俺たちは永遠に隔絶された。




