「サイゴノ戦イ」
~~~ハチヤ~~~
歓声が起こった。
冒険者たちの中から、一斉に鬨の声が上がった。
剣を捨てた者は剣を、盾を捨てた者は盾を拾ってPTに復帰した。
杖を捨てた者は外部から援護を加えつつ、PTに戻った。
この様子をネットで伝え聞いたのだろうログオフ組は、慌ててログインを開始した。
誰の目にも絶望や悲観はなかった。
みんな思い出したんだ。
自分たちのやってきたこと、積み重ねてきた出来事の数々。
「そうだよ、もともとお行儀のよいゲームじゃなかったじゃんか!」
「バランスは滅茶苦茶だし、妖精は輪をかけて滅茶苦茶だしなあ!」
「運営がなんだ、配信停止がなんだ! あのなあ、俺たちはその程度の無茶ぶりには慣れっこなんだ!」
「それでも楽しいからやってきたんだ! 愛しいからプレイし続けたんだよ!」
「うおおおおお、FLC愛してるぞおおおおおー!」
FLCへの愛を語り叫び、戦列に復帰していく。
崩れた戦線がそれですぐさま立て直せるわけではないが、だがしかし──
「あるじ様……」
ルルがきゅっと唇を噛んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
何度も何度も謝ってきた。
「いいよ別に、ちゃんと言わなかったのは俺のほうだし」
そもそもまだ、妖精の卵のことについては説明してないし。
だから謝られる理由なんて何もない。
「俺が悪いんだ。ルルは何も悪くない」
「……考えてたの」
ルルは小さな拳を握っていた。
肩をいからせ、震えるほど強く握っていた。
「あるじ様とのいままでのこと」
「……俺との?」
「ぶんっ(うんっ)」
すでに涙声だ。
「あるじ様が創ってくれて、名前をつけてくれて、名前を呼んでくれて、装備やアイテムを買ってくれて、わがままを言っても許してくれて……」
「……」
「楽しかったの、幸せだったの。ずっとずっとそれが続くと思ってて、だけどやっぱりダメで、でももしかしたら上手くいくかもって思って……」
「……」
「でもやっぱりダメで、しかもあるじ様はそのこと知ってて……。なんで言ってくれなかったのかって悲しくなって、心が真っ黒になって……」
耐えきれなくなったかのように、ルルは俺の胸に飛び込んで来た。
俺の鎧に額を当て──たぶん、泣き顔を見せないようにしたんだ。
「ケンカみたいになっちゃって、そしたらもう、涙が止まらなくなって……っ。もう会えなくなるのに、なんでこんなことでって……っ」
「ルル……」
「……気づいたの。ルルはね? 会えなくなるよりも、あるじ様がそんな顔をするほうが嫌だったの。あるじ様が悲しい顔をするほうが嫌だったの。会えないのは嫌だけど、ちょっと死んじゃいそうなぐらい辛いけど。でも、でもね……? ルルはさ……」
あるじ様が大好きだから、ずっとずっと笑っていてほしいの。ほしいんだよ。たとえ世界が終わっても、離れ離れになったとしても──
「うううう……うわあああああああー……っ」
それ以上は言葉にならなかった。
ルルはわめくように言葉を続け、涙を流し続けた。
ぶるぶると、小さな体を震わせていた。
「ルル」
「……うぁい?(……はい?)」
「泣くな、笑え」
「……むぃいっ(……無理ぃっ)」
涙と鼻水でぐちょぐちょのルルを掴んで肩に乗せた。
「捕まってろ。死んでも離すな」
「うぁいい……(はい……)」
「おまえのかわりに、俺があいつを泣かしてやる」
「……しゃうざぁお?(……千眼を?)」
「そうだ。俺の可愛い嫁さんを泣かしたやつを、俺は絶対に許さん」
剣を抜いた。
切っ先をまっすぐ千眼に向けた。
「おい千眼」
「なんだい勇者様?」
「よかったなあ、あんたのお望み通りの展開だ」
「へえー……。ようやっと、一騎打ちする気になったのか?」
「あ、ごめんそれはナシ」
千眼は肩をコケさせた。
「ああーっ!? 気をもたせるようなこと言いやがって! それのどこがオレ様ちゃんの望み通りだってんだ!?」
「正義と悪の最終対決」
「ああっ!? てめえ意味わかんねえこと言ってんじゃ……」
「望んでねえとは言わせねえぞ? なあおい、わかるか? 俺はあんたの血に聞いてんだ」
──千眼は悪役なんだよな。悪役だから、ヒーローたちに示さずにはいられない。自分のあとを追って来いって。悪事の限りを見せつけてやるって。誇示しないではいられない。
アールの台詞を思い出した。
そうだ、おまえは勝つ以上に望んでるんだ。
誰かに見てもらうってことを。
「はっ……わっけわかんねえ……」
千眼は俺の話には取り合わず、『愛情☆どくどくハンマー』を肩に担いだ。
「めんどくせえな勇者様は。男らしく、四の五の言わずにかかって来な」
──そして、最後の戦いは始まった。
「射撃部隊! スライド射撃だ! 千眼の眼を働かせるな!」
「魔法部隊! 魔法の矢! ハチヤ様の道を開くのよ!」
コルム、レイミア、それぞれの指示に従い、物理と魔法の矢が放たれる。
それらは千眼の周りを分厚いカーテンのように取り巻く妖精モドキに当たり、ごっそりと削っていく。
「やられっぱなしでいると思うんじゃねえぞ!?」
千眼は素早く印を切ると、広範囲殲滅魔法を唱え始めた。
「『リ・ブルム!! リ・ブルム!! 翼持つ者の王!! 偉大なる龍どもの長よ!! 我が命令を聞け!!』」
辺り一帯の空気が帯電する。大きく開いた千眼の両掌に風とともに集まり、大いなる渦を巻き起こす。
「『我が命令は絶対なり!! 汝の牙を剣に変えよ!! 汝の翼を風に変えよ!! 血も肉も皮も、持てる全てを捧げ尽くせ!! 汝は我と我が主の供物なり!!』」
千眼は両手に集まった風雷を頭上で併せ、巨大なひと塊と成した。
「ひゃーははは! 死にさらせえええええー!」
『──させん!』
俺の背後から、疾風のようにふたつの影が走り出た。
「ハチヤ殿を守る……それこそ我が主の命令!」
ひとりはエジムンドさん、片刃の長剣を引っ提げている。
釡の漕ぎ手を打倒した直後のせいか、体中傷だらけだ。HPゲージは真っ赤だ。
「ご主人様のため果てるならば……ここまで永らえた命、決して惜しくはないのだ!」
もうひとりはソブリンちゃん。自分の得物を千眼に奪われているため、武器は借り物のメイスだ。
比較的弱い帝国兵掃討に当たっていたおかげでダメージはそれほどでもないが、このコはもともと弱い。
だが速い。
ぐんぐんと飛ばし、瞬く間に千眼の足下まで駆け寄ると、遠隔攻撃部隊の開けた穴を通るように跳び上がった。
長剣とメイスが、千眼の頭上から襲いかかる──
「しゃあらくせええええええええええ!」
千眼は魔法を中断した。
片手にハンマー。
もう片手には、なんと絶命銃を出現させて迎え撃った。
「げげっ……マジかよ……!」
マドロアでの対ギーラ戦を思い出した。
生命の今わの際の負の感情そのものを収斂して撃ち出す銃。
あの勝利の影にはたくさんの犠牲があった。
「あれはやべえ! ラクシル! 騎乗形態!」
「……ン」
カキンカキンカキン。金属質の硬い音が連続して、ラクシルの頭の金属筒が連結した。平たく滑らかに延伸して、4人ぐらいは乗せられるような薄い板状に変形した。
「行くぞ! ふたりを救うんだ!」
「……ン」
跳び乗ると、ラクシルは凄まじい勢いで走り出した。
景色が後ろへ吹っ飛んでいく。
千眼との距離が瞬く間に縮まる。
ドン……ゴンッ!
銃声一発。
回避不可能のエネルギー弾が、エジムンドさんの胴の真ん中を撃ち抜いた。
遅れて飛び込んだソブリンちゃんは、千眼に届く前にハンマーで殴り倒された。
「あーっはっはっは! 勢い込んで飛び込んできた割にはたいしたことねえなあ……はあ……はあ……はあああああっ!?」
千眼の哄笑は、しかし最後まで続けられなかった。
ハンマーを持っていた右手が、肘の先から斬り飛ばされていた。
エジムンドさんが長剣を天に向けたままの格好で動かなくなっていた。
剣豪の意地だ。
死の間際、最後の力で長剣を振り抜いたのだ。
「くそがっ! くそがっ! くそがああああああああっ!」
左手一本になった千眼は、使い切りの絶命銃を投げ捨てると、懐からもう一丁を取り出した。
その引き金が引かれる一拍前──
「ラクシル! 旋回! 旋回ぃぃぃー!」
俺は全力で、ラクシルに指示を出した。
「……ンンンッ!」
さすがのラクシルも苦しそうな声を出した。
全身で突っ張るようにして方向転換をした。
直後、石畳を絶命銃の閃光がぶち抜いた。巨大なクレーターが出来た。
さすがの威力。
直撃をもらえばラクシルですら危ない。
「とにかく避けろ! 避けて撃たせろ! 射程圏ギリギリを出入りして残弾を減らせ!」
「……ンンンンンッ!」
ラクシルは俺の指示通り、無茶な軌道を描き続けた。
石畳を抉り、急発進急停止急カーブを続けた。
その都度絶命銃の残弾は減り続けたが、無茶な軌道はミスリル銀製のラクシルの体をも痛め続けた。
「……マスタッ……モウッ!」
さすがのラクシルですら悲鳴を上げる頃、ようやく絶命銃の弾丸が無くなった。
「よくやった! ラクシル!」
叫びながら、俺はラクシルの背を蹴って跳躍した。
「『突撃!』」
すかさず突進型のスキルで距離を詰める。
「ようやくここまで来やがったなああああ!?」
さも楽しそうに千眼は笑い、
「『リ・ブルム!! リ・ブルム!! 翼持つ者の王──』」
片手で印を切り、先ほど中断した魔法の準備を始めた。
長い詠唱を必要とする、広範囲殲滅魔法。
見栄っ張りの千眼らしい選択──だがお生憎だ、そいつじゃもう間に合わねえよ。
わかるか? こっちもすでに射程内なんだよ──
「『……永の軛の指輪よ』」
俺は『名を縛る者の指輪』を掲げてコマンドワードを唱えた。
「はあああああ!? てめえはまぁだそんな無意味なことを続けてやがんのかよっ!? やめろっつってんだろ!? 無駄な努力はよ! 誰にもわかるわけねえんだ! オレ様ちゃんの名前なんかよ!」
嘲笑する千眼。
だけどわずかに、その声には焦りが含まれていた。
そりゃそうだ。こんな善と悪の最終局面で、意味ない技を繰り出す奴なんかいない。
すべての行動には意味がある。
だとするなら、千眼はこう考えるはずだ。
俺が本当に、自分の名前を知ってるのではないかと恐れるはずだ──
「ったく、わっかんねえやつだなあ! 何度やったって無駄だって言って……!」
「『──我は呼ぶ。其の名を呼ぶ。其は真名であり忌名である──』」
キョウ。
と、俺は言った。
千眼は驚いた顔をして、そして束の間、本当に動きを止めた。
言うまでもなく、『名を縛る者の指輪』には1分間相手の動きを止める効果がある。
そして実際、千眼は完全に動きを止めた。
止めたのだ。
「………………おい」
きっかり1分後、千眼は擦れる声でつぶやいた。
肩を落として、呆然自失としたような雰囲気だった。
「なんでだよ……」
「なんでもなにもねえだろうよ。俺がおまえの名を当てた。それだけだ」
「そうじゃねえよ!」
千眼は声を荒げた。
地団駄を踏み、血走った目で俺を見た。
「なんでオレ様ちゃんの名前を言い当ててんだよ! つうかそうじゃねえよ! なんでオレ様ちゃんの名前はそんななんだよ! そっちの世界の人の名みたいなんだよ!」
「そりゃあ……」
「誰が創ったとかそういう問題じゃねえよ! オレ様ちゃんは、オレ様ちゃんが! 納得いかねえってんだよ! なんで……そんな……! それじゃ……まるで……」
がっくりと、千眼は膝を地面についた。
──ニンゲンみたいじゃ……ないかよ……。
「……人間じゃダメなのか?」
「ダメに決まってんだろうが! オレ様ちゃんは無敵でなけりゃならねえんだ! 龍より強く悪魔より怖え、無慈悲で残酷な、悪の帝王でなきゃならねえんだ! その名を聞くだけで女子供が震え上がるような名前でなけりゃならねえんだ! キョウってなんだよ! 誰の名前だよ!」
烏塚恭二、彼のデザインするゲームにはいくつかの特徴がある。
他の作品のキャラの再登場、自分のあだ名──キョウ──のついたキャラの登場。
いつだったか、何かの記事で読んだことがある。
どうして自分のあだ名をつけるのか。
──強いて言うなら、生きた証ってとこですかね。自分がこのゲームを創った、この世界を創造した。この世に無数にある小世界の中に、たしかに自分はいた。そのことを記録しておきたかったんです。
「なんなんだよ……オレ様ちゃんはなんなんだよ……。人じゃねえ、ゲームキャラでもねえ、じゃあいったいなんなんだよ……なあおい、答えろ勇者様ぁ!」
千眼の声は震えていた。
紛れもない怒りのためだ。
ラスボスとしての役割と電子の精霊としての矜持が共に傷つき、ひび割れを起こしている。
「なに憐れむような目ぇ向けてんだよ!」
「千眼……」
「余裕か!? 余裕ぶっこいてんのか!? もう勝ったつもりか!?」
「千眼……」
事実上、決着はついていた。
名を縛って動きを止め、名を穿ってとどめを刺す。
真名を忌名を知られた以上、もう千眼に勝ち目はない。
あとはただの作業、消化試合。
そのことを千眼は痛いほど知っていて、だから子供のように暴れている。
「……千眼、やるぞ」
「ああっ!? なにをだよ!」
「決まってんだろうが、最後の戦いだよ。善と悪の最終決戦。最後の締めの一騎討ち。見せてやれよおまえを。おまえの強さ悪辣さ。ラスボスとしてのすべてを、みんなにさ」
──見せつけてやれよ、千眼。
「ふっ……くっ……」
俺の言葉に千眼は、一瞬だけ泣きそうな顔をした。
なにを思ってそんな顔をしたのかはわからない。
悔しさ? 悲しさ? むなしさ? 嬉しさ?
その時の俺にはわからなかった。
それから何年も経った今でも、本当に理解してるとは思えない。
でもたしかに──
「アホ面してんじゃねえよ勇者様ぁ! てめえごとき人間のちっぽけな力で、オレ様ちゃんに勝てると思ってんのか!? ああっ!?」
千眼は大声を上げ、立ち上がった。
見栄を切るように片手で顔面を覆い、哄笑した。
「無理に決まってんだろうが! あああっ!? オレ様ちゃんを誰だと思ってんだ! 悪役同盟の影の王にして、太古より在りし悪の領袖にして、てめえら人間どもの最大最悪の敵だ! なあおい、勇者様よぉ! オレ様ちゃんの名を呼んでみろおおおぉー!」
その姿には、すべてが吹っ切れたようなすがすがしさがあった──




