「勇者たちよ」
~~~ハチヤ~~~
ヒーローズユニオンの守りは堅く、着実に計画的に釜の漕ぎ手のHPを減らしていく。
カイ人形とヤスパールの連携は見事で、ゴルガリの魔塊に付け入る隙を与えない。
コデットたちはそれぞれが一騎当千の強者揃いであり、モルガンがアンバーの扇情的なコスチューム──犬耳と尻尾?──をスクショで激写してる以外はなんら問題なく戦闘を進めていた。
イチカはイチカでリアルモンクの本領発揮してるし……世界喰らいとタメ張るとか意味わかんねえけど、まあなんちゅうか……。
「あまりに順調であくびが出そうな展開だぜ。さぁぁぁて、あとはいよいよおまえだけだなあ? あんまりがっかりさせてくれんなよ? 千眼お」
「はっ……言ってくれるじゃねえか勇者様ぁ」
いよいよ追い詰められた千眼は、しかし不敵に笑った。
俺の仲間たちの活躍を見ても、顔色ひとつ変えなかった。
千眼の親衛隊は、もはや妖精モドキたちしかいないはずなのだが……。
「しっかしさあー、勇者様ぁ? 衆を頼みのごり押しなんかしてさ、あんた恥ずかしくないのかい?」
「はあ? おまえ何言って……」
「いやあーわかるぜ、わかってるぜ? オレ様ちゃんらNPCに対して、おまえら冒険者どもは非力だからな。HPもMPも低い。攻撃も防御も子供並み。一対一の戦いなんて思いもよらねえよな? 弱いもんなあ?」
「……なんだ、煽ってるつもりか? 言っとくが、そんなことしたって無駄だぜ? FLCはコンシューマゲームじゃねえんだ。この土壇場でソロでボス退治とか、考えただけでも晒しあげられるってもんだ」
ちっちっちっ、千眼は人差し指を左右に振った。
「だからこそ粋なんだろうが。なあ勇者様ぁ、あんたここまで何して来たよ? 妖精の自我を目覚めさせて、隠れシナリオをいくつもクリアして、打倒不能とすらされたモンスターを退治して。多くのNPCを救った。国の情勢やあり方すら変えた。冒険者たちをまとめ引きつれ、こうしてここまでやって来た」
パチパチパチ、千眼は頭の上で拍手した。
「救国の英雄、冒険者たちの憧れ。いやあーたいしたもんだ」
にやりと口を歪めた。
悪どいことを持ちかける越後屋みたいな顔をした。
「だぁからこそだよ勇者様ぁ、ここで一発男を見せりゃあさあ、みんなのあんたへの憧れは過去最大級に高まるぜえ? FLC最大の強敵を、ラスボスを、このオレ様ちゃんを衆人環視の前でソロで倒した大英雄。そりゃ女がほっとかねえや。抱き付き崇め、ひとりにしてはおかねえや。なあ、いいーじゃねえか。文字通りの酒池肉林、あんたの今後の人生変わるわよ? ってなもんだ」
「あるじ様ぁ……こいつ、怖いよう……」
千眼の態度に危険なものを感じたのか、ルルが俺の後頭部にしがみついた。
「おい千眼。言っとくけどな。どんだけ煽られようと、俺は一騎打ちなんて絶対しないからな? 歴史物SLGよろしくみんなの前でリーダーである俺を倒して少しでもこちらの士気を下げようって腹なんだろうが……」
ああーああー、千眼は大きなため息をついた。
「ったくノリの悪い野郎だなあ。人がせっかく気を使って言ってやってんのによう」
「気を使って言ってるだと……?」
「そおーうだよおー。てめえが自分から一騎打ちを挑んで勝手に負ける、そのほうが美しいだろうがあ。やむなくひとりきりで戦うはめになるより断然いいだろうがあ。なあ、そういうのを様式美ってんじゃないのかい?」
「やむなくひとりきり……? 本気で何言ってんだかわかんねえよおまえ」
すうううーっ、千眼は深く息を吸い込むと、大声で台詞を吐いた。
「──水晶歴800年90日12刻。世界は終わる!」
……ん?
「てめえも知っての通り、滅びの予言通りにこの世は滅亡を迎える!」
こいつ何を言って……水晶歴800年90日……今年の3月31日?
その12刻ってことは午後11時ってことであって……ってことは……。
「FLCの配信停止の日じゃね?」
「ああー……だから滅びの予言か」
誰かが言った。
「……でもあれ? もしかして配信伸びるかもしれないって言ってなかった?」
「そのへんはまだわかんねーって言ってたじゃん。頑張り次第で注目浴びればってさ」
「あれ、じゃあダメなの……?」
「え、だって……え?」
ざわめきが拡がる。
「だっていま、千眼が断言したじゃん」
「決まったからってこと?」
「いつよ。いつからよ」
「いつからって、そりゃあ……」
「あれ? あれあれあれー?」
みんなの目線が一斉に俺に集った。
同時に同じ疑問を抱いたのがわかった。
──てめえも知っての通りってのはどういうことだ? って。
「……ちっ、やってくれるぜ」
俺が頭をかきむしっていると……。
「あるじ様……?」
ルルが俺から離れ、ホバリングした。
ショックを受けたような顔をしていた。
「知ってたんですか……? もうダメなんだってことを……。いつから……?」
「ルル……」
「ルルたちの戦いにはもう意味なんかなくて……、どれだけ頑張っても無駄な努力で……。そのことを知ってたんですか?」
「……意味はある」
「ないじゃないですか!」
ルルは声を荒げた。
「だってそうじゃないですか! いままでやってこれたのは希望があったからで! 次へ繋がる微かな可能性があったからで! でもそれすら断たれたんだったらもうダメじゃないですか! だったらなんのために戦うんですか! 最後は全部無になって、何も残らなくて……だったらどうしてこんなことしてるんですか! ダメならダメって、なんで言ってくれなかったんですか! みんなこんなに頑張ってきたのに!」
「ルル……」
俺はぎりっと奥歯を噛みしめた。
すべてを明らかにしてしまいたかった。
この戦いの持つ意味。ここで千眼を倒すことが、いったい何に繋がるのか。
だけどそれは出来ない約束だった。
烏塚恭二との賭け。
──みんなに賭けのことを伏せたまま戦い、千眼を倒すこと。
おかしな決め事だと思ったらそういうことか。
土壇場でバラしてみんなの信頼を粉々にしようってつもりだったんだ。
たしかに最高のタイミングだよ。
今こそまさにってところにねじ込んで来やがった。
「ルル、俺を信じろ」
「信じるって言ったって……」
ルルの疑念は、正しくみんなの疑念だった。
むしろルルほどの愛情が無い分、みんなにはより一層効いていた。
「……なんだよ、じゃあこの戦いに意味なんかないじゃん」
誰かがポツリとつぶやいた。つぶやいて、剣を捨てた。
「……だな、どれだけ頑張っても配信停止が決まってるなら、やるだけ無駄だもんな」
他の誰かがつぶやき、盾を捨てた。
「つーかさ、わかってんなら言っとけよっての。こんなに人集めて大騒ぎしてさ、なんだっての? がっかりだわ。あー疲れた」
誰かが杖を投げ捨て、その場に座り込んだ。
「あれでしょ? 勇者様だからでしょ? 自分が一番目立って一番美味しいとこ味わえる、最高のポジションだからでしょ? これ全国配信されてんだもん、当然だよね」
「千眼も言ってたもんね、女の子にモテるってさ、これからも酒池肉林だって」
「そういや掲示板で見たよ。あいつ、可愛い女の子ばっかりはべらせて、ハーレム気取りらしいじゃん」
「うっわー引くわー。直結厨マジで引くわー」
「みんな……」
士気の下がったメンバーが、どんどん戦線から離脱していく。
NPCたちはともかく、自由意思で戦っている彼ら/彼女らがこの戦いから離れていくのを、誰にも止める術はない。
「皆の者! 戦闘中でござるぞ!? 敵はすぐ目の前……」
「いいよもう、めんどくさくなっちゃった。あとはリーダーたちやりたい人だけで頑張って」
「オレそろそろ落ちなきゃ、明日小テストがあんだよね」
「あたしなんか明日受験なんだけど」
「プレゼンの資料作んなきゃ……」
「はいはいかいさーん。リアルが大事ー。リアル重視でねー」
ジェイク卿にすら、その流れを止めることは出来ない。
「……マスター?」
ラクシルが不思議そうな顔で首をかしげた。
「ミンナ……ドウシタ?」
「……どうもしねえよ。忙しいんだろうさ。ゲームなんかしてらんねえのよ」
「……忙シイ? シテランネエ?」
なんの底意もないラクシルの質問が、今はひたすらきつい。
「おいハチヤ!」
「ハチヤ様……!」
コルムとレイミアが駆け寄って来た。
「どうすんだよこんなことになっちゃって。みんなバラバラだぞ?」
「どうしましょうハチヤ様、このままでは戦線が……」
釡の漕ぎ手を相手していたヒーローズユニオンが空中分解したことで、戦局は一気に崩れた。
王都西側でアードバトンモドキのトレインを引っ張っていたランナーたちが走行を放棄したことも大きかった。
引き綱を切られた釜の漕ぎ手とアードバトンモドキたちが、凄まじい勢いで暴れ出した。
「──説明して、あるじ様」
ルルが腰に手をあてにらみつけてくる。
小さな瞳の中に炎が燃えている。
「……出来ねえ」
「なんで? 言えないようなやましい事情があるの?」
「やましくはない、でも言えねえ」
それが約束だ。
もし約束を破れば、妖精の卵の計画そのものが破綻する。
二度とルルに会えなくなる。
「それだけは無理だ。ごめん、ルル」
「あるじ様ぁ……っ」
ルルは唇を噛んだ。
信頼していた俺に裏切られ、今にも泣き出しそうな顔をした。
「く……っ」
ズキンと胸が痛んだ。
ルルに嘘をつくのが心苦しくて、一瞬くじけそうになった。
だけど今はダメだ。
これだけは言えない。
言えば、それこそすべてが終わる。
積み重ねてきたことのすべてが無に帰す。
「ハチヤ……もう戦局が……」
コルムが厳しい顔で辺りを見渡した。
バランスの崩れが、とうとう全局面に波及している。
サーディンたちがイチカを援護しながら半壊したヒーローズユニオンを支援している。
コデットたち魔法少女隊はさらなるアードバトンモドキと戦端を開いている。
野放しになった釜の漕ぎ手の相手は誰だ? ……エジムンドさん?
対千眼用に集めた遠隔攻撃部隊も、ログオフしたり他のメンバーを助けに行ったりで、今やその数を半分以下に減らしている。
「……一騎打ち、か」
千眼の言った通りだ。
結果的にはそれに近い状況になった。
ここに残った人数だけで、あいつを、千眼の相手をしなけらばならない──
「ふっふーん。やああーっとわかったかい? 間抜けな勇者様。オレ様ちゃんの気遣いを無駄にするからこういうことになるんだよ」
……本当にムカつく奴だよ、おまえは。
ここまできて、俺の大事なものをすべて奪っていきやがった。
「……どっちにしても同じだろ? あのまま俺が普通に挑んでたって、おまえは同じことをしたよ。早いか遅いかの違いだけだ」
俺は精一杯虚勢を張った。
背筋を伸ばして笑って見せた。
「おおーっとっとお、悲しいこと言うんじゃねえよ勇者様ぁ、オレ様ちゃんを嘘つきみたいに言うんじゃねえよおー」
白々しい笑い方しやがる……。
「しっかし悲しい話だよねえー。せっかくここまでお膳立てしたのにさあ、これ以上ない舞台を造り上げたのにさあ、全部おじゃん。結局最後に残ったは身内だけってわけだ。悲しいねえー」
よよと泣き崩れる真似をする千眼。
「でもま、しょうがないよねえー? そういうもんだよ。ゲームよりリアルが大事、リアルが大切。ゲームは1日1時間まで。あとになんにも残らないもののために人生の大切な時間を削るなんてバカのすることだよ。なあ? オレ様ちゃん、いいこと言うだろ? PTAの連中に聞かせたいような名台詞だろ?」
──ぉっ。
誰かが何かを言った。
──ふぉっ。
言葉ではない、笑い声だった。
──ふぉっふぉっふぉっ。
年老いた老人の声だ。
どこかで聞いたような……いや違う? でもたしかに似てる。この声はあれだ──
「アード……バトン……?」
振り向くと、上空の高いところにアードバトンが浮かんでいた。
メルヘンチックな妖精。手足も体も、顔のパーツの細部に至るまでが優しい丸みを帯びている。
緑のゆったりしたローブと白木の杖を持っている。長い髪の毛も髭も、すべてが白く染まっている。
お祖父ちゃん妖精であり、王国のアイドル的存在であり、見た目とは裏腹の、この世界における正義の象徴でもある。
だけどアードバトンは……。
「死んだはずだと思ったかね?」
にっこにっこと笑いながら、アードバトンは俺を見た。
「造り物じゃよ。そこの目ん玉オバケが造った偽物じゃ」
「生きてたのかよ……だけど……」
今さらひとりのNPCが参戦してくれたところで、この状況は……。
「……変えられんと思うかね? こーく……ごほん、ハチヤくん」
「……っ!?」
今の言い間違え……巧妙な声真似……これは……まさか……とーこ!?
見渡すと、たしかにとーこの演じていたチャコの姿が見えなかった。
冒険者たちを応援していたチア妖精は……おそらくは『名を騙る者の外套』でアードバトンに成りすましている。
俺の様子に気づいたのか、とーこは……もといアードバトンはぱちりとウインクしてきた。
──おまえまさか、この局面を演技で押し通すつもりか?
アードバトンの登場に気づいた冒険者たちが、空を見上げて指をさした。
「おいおいアードバトンだぜ? まさかモドキじゃないよな?」
「てことは本物か、生きてたんか」
「何を言うつもりなんだ?」
「ちょっと、ログとってる? 一回こっきりのイベントだぞ? とり逃がすなよ?」
注目の中、アードバトンはゆったりと言葉を紡いだ。
「異世界より来たりし勇者たちに、まずは感謝を」
とーこの声ではないみたいな、本当のアードバトンみたいな声だった。
プロ声優の本気に、俺は心底びびった。
「強力なモンスターを退け、危険なトラップを回避し、我が子らの振る舞いに振り回され、さぞや苦労したことじゃろう」
「最後のが一番キツかったよー」
「あんたの教育マジおかしいからねっ? 反省してっ?」
誰かの茶々に、笑いが上がる。
「悪いとは思っておる。平穏に暮らしていたそなたらをわざわざ戦乱の地に呼び寄せた。わかって欲しいのは、それだけ切羽詰まっていたということじゃ。なりふり構ってられないほどに、わしらは追い詰められておった。モンスター共に、ロックラント帝国の軍勢に、そこにいる目ん玉オバケにもな」
アードバトンは一拍置き、冒険者たちの顔を見渡した。
必死の戦闘中でアードバトンの姿を見ることが出来ない者もいるが、その辺はPT内の比較的手の空いている者が実況してくれているようだった。
「水晶歴800年90日12刻。世界は滅びる。それは動かしようのない事実じゃ」
アードバトンが世界の終わりを認めた。
それは目に見えない衝撃となって、その場の全員に伝わった。
「悲しい話じゃが、動かしようのない事実じゃ。どれだけそなたらが頑張ってくれても、わしらは滅びる」
「なんで……」
誰かが言った。
「なんで笑ってられるの? もうすぐ死んじゃうのに、なんでそんなに普通でいられるの?」
誰かが聞いた。
ゲームだからと冷笑する者はいなかった。
少なくとも今日この場にいる連中は知っていた。
──NPCは自我を持つ。
「血がのう……」
アードバトンはつぶやいた。
「血が叫ぶのじゃ。嘆き悲しむな、膝をつくな、立って戦え」
人間の行く末をDNAが定めるように、ゲームキャラであるアードバトンの思考はグランドオーダーの手に委ねられている。
それが常識だ。
木から落ちたリンゴが地面に落ちるのと同じくらいの、不変の真理だ。
だからこそ自我を持ったNPCは辛いのだと、俺はいつだったかとーこに語って聞かせたことがある。
そしてだからこそ美しいのだと、このゲームが愛おしいのだと。
ゲーム初心者のとーこに、FLCの素晴らしさを教え込んだ。
「最後まで死力を尽くせ。たとえ世界が滅びるのだとしても、決して諦めることまかりならんと」
「……そんなのむなしくないのかよ。ゲームのキャラとしてこき使われて、ある日いきなりリセットされて、それで終わりおしまい。そのことになんの不平も不満もないのかよ」
キツイ質問をした冒険者に対して、アードバトンは優しく微笑んだ。
「ないと言えば嘘になる。実際、開始当初に自我を持ったのであれば、あるいは狂っておったかもしれぬ。そこの目ん玉オバケのようにな。じゃがわしらはのう、見ておったのじゃ」
ゆっくりと首を巡らした。
「そなたらを。そなたらが様々なところを旅する姿を。いやあー楽しそうじゃった。レベル上げ、金稼ぎ、レアモンスター狙いのポップ待ち。街での仲間募集、ギルドを組んでの大遠征。我が子らとの無邪気な振る舞い。寝バザに寝落ち。バージョンアップ後のログイン過多、サバ落ちにラグまたラグ……」
楽し気に語り……そして静かに、息を吐いた。
「見ておったのじゃ」
シン……冒険者たちの間に、その言葉は静かに染みわたっていった。
王都に束の間、静寂が満ちた。
「わしらはそなたらを愛しておる」
アードバトンは目を閉じた。
「そなたらが愛してくれたように、人生の大事な部分を捧げてくれたように。そなたらにすべてを捧げ尽くす覚悟がある。たとえこの先世界が滅びようと、その先に無明の闇しかなくとも。それでも決して嘆かぬし、恨みもせぬ。ただそなたらの幸いを思い願う……」
かっと、目を見開いた。
「これが最後じゃ。そなたらの力を貸しておくれ。目ん玉オバケを倒し、この地に平和を取り戻そう。最後の日最後の瞬間を、そなたらと笑って迎えるために。のう、勇者たちよ──」




