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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
「サイゴノ戦イ」

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111/118

「宣戦布告!!」

 ~~~烏塚恭二からすづかきょうじ~~~




 昔から、問題のある子だと言われていた。

 空気が読めない。

 人の心がわからない。

 相手の気持ちを理解するように努めなさいと言われ続けた。


 だけどどんなに一生懸命考えてみても、「人の心」や「気持ち」の正体はわからなかった。

 小説を読んでも。

 漫画を読んでも。

 映画を観ても。

 アニメを観ても。

 そこには彼に伝わる「感情」は描かれていなかった。


 だから別の手段を考えた。

 他人ではなく、自分でもなく、人工知能に理解させる。

 その過程を辿ることで、同じものが自分の中にも育まれるのではないかと考えた。


 だけどどんなに研究しても、人工知能はバカなままだった。


 人間の神経回路を真似ているだけではなダメなのだ。

 脳しかない人間は、賢くなりえない。 

 肉体がなければ「経験」がフィードバック出来ない。


 たとえば子供が包丁で手を切ったとしする。

 子供は血を流し、痛みに苦しみ泣きながら、刃物は痛い、今度からは気をつけようと思うだろう。

 たったひとつの行動で、失敗で、幾通りもの理解を生む。

 それはさらなる成長へと繋がる。


 だけど実機のアンドロイドを作るには手間がかかる。

 天文学的な費用がかかることからも、およそ現実的とは言い難い。


 結果としてして産まれたのが、ルルを始めとするFLCの人工インターフェースだ。

 量子コンピュータを核とした圧倒的な計算能力。自律式推論エンジン。

 自力での研究と他のゲームでの実験が、FLCでの4年間を経て開花した。

 



 ノックに対する返事も待たず、手島一平てしまいっぺいが部屋に入ってきた。


「おやおや、今日はまたずいぶんと急だね」

 烏塚は回転式のソファをくるりと回し、一平のほうに振り返った。

 ぐるぐる天パのメガネ男子が、わずかに息を切らしていた。

「なんだい。わが社の作品に致命的なバグでも見つかったかい?」


「キョウさん……」

 一平は胸に手を当てた。

 鼓動がおさまるのを待ってから切り出した。

「トライアルに勤めてる友人に聞きました。わが社はトライアルに買収されるそうですね」


「おいおい、大丈夫かい? その友人は。オフレコにしても、ちょっと口、軽すぎないかなあ?」

 烏塚は口を歪めて笑った。

「……んーで、どこまで聞いた?」


「技術、人員丸ごとの買収……」

「そうそう、いやーよかったよねー。トライアルといえば泣く子も黙る、業界最大手だ。これもみんなの日々の努力の賜だねー。もしかしたら給料、上がるかもよ? いやーよかったよか──」

「ネットワーク系ゲームサービスの完全停止……」


 一平の頬がぴくぴくと震えている。

 紛れもない怒りのためだ。


「わかってますよ。社会人ですし。僕らは結果を出せなかった。売れるものを創れなかった。買収や吸収合併はしかたのない話だ。だけど、ネット系のゲームサービスの完全停止ってのはなんですか。どうあれユーザーだけは見捨てないって結論に達してたはずじゃないですか。仮に移籍するにしてもサービスだけは続ける方向でいこうって。なんならFLC2を創ろうじゃないかって」

「それがなにか?」

「それがなにか、じゃないでしょう! どういうことですか! みんなになんの断りもなく! どうして簡単に折れちゃったんですか!」


 ひとしきり叫んだあと、一平は気持ちを落ち着かせるためか、ゆっくりと部屋を見渡した。


「もう……電源切ってるんですね。愛玩ロボットたちの。あれほど可愛がってたのに……」


 犬に猫に鶏。

 烏塚の飼っていた機械製のペットたちの電源は、すでに落とされている。

 彼らはもう鳴くこともなく、動き回ることもない。 

 ただの置物として、そこここに屍を晒している。


 烏塚は、足もとにいた猫を蹴り飛ばした。


「こんなのしょせん偽物さ。本物にはかなわない。背伸びするだけむなしくなる」

「だけど昔は……!」


 烏塚はへらへらと笑った。


「……きみ、人工知能は常に論理立った行動をすると思ってないか?」

「思ってないですよ。バカにしないでください」


 一平はいらだたしげに吐き捨てた。


「論理立った行動ってのがそもそも、人間の考えた価値基準です。しょせん一方的な、主観的なものの見方でしかない。人工知能はあくまで人間の与えた論理エンジンの枠組みの中でのみものを考えているのにすぎない。つまり『人工知能は常に論理立った行動をする』は偽であり、『人工知能は常に、人間が与えた論理に従って行動する』が真だ」

「正解正解。ごめーとー」


 ぱちぱちと、烏塚は大げさに手を叩いた。 


「さっすがオレの愛弟子だ。じゃあこれはわかるかな? 『愛玩ロボットに感情は宿る』。真か偽か?」

「それは……」

「おーやおや、どうしたい? 答えられないか? それとも答えたくないか? まあーどっちでもいいや」


 烏塚は床から、一体の犬型ロボットを取り上げた。


「こいつは一昔前に流行ったモデルだ。犬そっくりの動きをするってんで、当時最大級の人気を誇った。サービスが終了してからもメンテナンスを継続して欲しいって人が続出した。それすらも終了して本当にどうにもならなくなった時は、きちんとペット葬までしてみたいだよ。バカだねえ。可愛い人たちだ」

 烏塚は犬型ロボットを宙高く放り上げてはキャッチするという遊びを始めた。

「犬そっくりの動きってのはなんだったと思う? 簡単さ。『人間の言うことを聞かない』ことなんだ。呼んでも振り向かない。わけのわからない方角を見る。やるなということをやる。みんな、従順で媚びを売るロボットに慣れていたから、そういうの(・ ・ ・ ・ ・)がことさら効いた。ダメ押しはメーカーの人間のこのコメントさ。『我々はこんなプログラムをしていない』。これがさらに『感情の存在』に信ぴょう性を与えた」

「キョウさん……」

「ここまで言えばわかるよねえ? 『愛玩ロボットに感情は宿る』は偽だ。真は『愛玩ロボットに感情が宿ったように見える』だ」

「キョウさん……」

「FLCだって同じだよ。一平くん。みんな、妖精あいかたに感情が宿っていると信じたいだけだ。本当はないものを、あると思いたいだけなんだ。だからきみも早く頭を冷やしてさ。次の作品のことを考えようよ。なあ、次は何がいい? ソシャゲがいいか? もうコンシューマの時代じゃないもんな? そうだ、ネトゲなんてコスパの悪いゲームからは完全撤退だ」

「キョウさん……」

「なーにを悲しい顔をしてんのさ。愛玩ロボットと同じだよ。終わらないサービスはない。メンテナンスには限界がある。きみもいいかげん、妖精たちにバイバイしようぜ?」

「キョウさん!」


 ドン、と一平はデスクを叩いた。

 びっくりした烏塚は、犬型ロボットを取り落した。


「誤魔化さないでくださいよ。僕は知ってるんです。あなたが一部の好事家向けに、妖精たちの中に入っていた人工知能の販売をしようと画策しているのを。みんなが育てあげたものを勝手にパッケージングして、高額で他人に売り捌こうって」

「………………へえ」


 烏塚の顔から、表情が消えた。

 にやついた笑顔のようなものがごっそり抜け落ち、機械みたいな真顔になった。


「それを知って、きみはどうする? オレを警察にでも突き出すかい? 業務上横領だって。倫理規定違反だって。個人情報保護法違反だって。それで満足かい? 最悪のニュースになるぞ? そうしたら今度こそ、FLCはおしまいだ。きみや他の社員たちの移籍話もすべておじゃん。なあ、わかるだろ? 綺麗に終わるか汚く終わるか。これはふたつにひとつの……」

「偽だ」

「は?」

「答えはふたつじゃない。あなたは僕に、不自由な二択を迫ろうとしてる」

「ふうん……なんだかもっともらしいことを言うね? いったい何が望みだい?」

 

 まばたきもせず首を傾げる烏塚に対し、一平は指を突きつけた。 


「変わり果てたとはいえ、あなたもゲーマーの端くれだ。だったらこの挑戦、受けて立たざるを得ないでしょう。つまり……」


 ──ゲームで勝負だ。


 一平は高々と宣戦布告した。


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