「王都突入!!」
~~~ハチヤ~~~
王都への突入は滞りなく進んだ。
ヒーローズユニオンはもともと精鋭揃いだし、コデット率いる魔法少女隊はそもそも枠外に強いし。
アンバー、バド、ブロミーらの個別ユニットもそれぞれにレベルが上がっていて、戦力としては十分。
帝国兵の哨戒なんて、遭遇した瞬間ぶっ潰せるだけの大戦力がある。
その先頭に立っている。
あまつさえリーダーを担っている。
それは、一プレイヤーとしてスタート地点の周辺フィールドをくすぶっていた頃には味わえない感覚だった。
俺もルルも、他のみんなも、あの時とは比較にならないほどに成長している。
「やー! 気持ちいい! 最っ高だなルル!」
「そうですねー! あるじ様! 気分はヒャッハーですね!」
「うおお、敵がゴミのようだー!」
「汚物は消毒だー、ですねー!」
なんの憂いもないと思ってた。
俺たちの行く先に、敵はないって。
「……ね、ねえちょっとハチヤ。水差すようで悪いんだけどさ……」
最高潮に盛り上がってる俺の肩を、アールが叩いた。
「ちょっとスムーズにいきすぎてる気がするんだ。警戒を強めたほうがいいのかも……」
不安がって盛んに周囲を見回すアール。
つられてママさんもキョロキョロしてる。幽体の体が、キョロキョロするたびに空気中に霧散しそうになっている。
「みんな熱気に浮かされすぎてる、これはちょっと……」
アールの深刻な表情に、俺も思わず足を止めた。
「ちょ……なんですかあるじ様ー!」
俺の背中にぶつかったルルが、鼻をおさえて非難の声を上げた。
「そんな肉食系女子の言うことをいちいち真に受けちゃってー! あのですね、はっきり言っときますけど、これから先どんな罠が待ち受けてようと、この数と勢いなら一気に踏みつぶせちゃいますから! ナナリーの広場はもう目前だし、全然気にする必要なんてないんですよ!」
「ああ……うん……」
ルルにうなずきを返しながらも、俺は立ち止まったままでいた。
「だけどそれってなんか、フラグっちゅーか……」
「……」
ふと──目の前に透明な壁があるように感じた。
その壁は、俺にこう告げていた。
この先には行くなって。
行けば破滅が待っているって。
第六感的な、言い知れぬ違和感があった。
「なあみんな、ちょっと待ってくれないか?」
呼びかけた時には、すでに周りにはほとんど人がいなくなっていた。
俺とルル、アールとママさん。
たったそれだけ。
「……ハチヤさん?」
「どうした兄ちゃん、臆病風に吹かれたか?」
先頭からアンバーとバドが戻ってきた。
「や……なんとも説明できないんだけど……」
俺がまごついてる間にも、一行の進軍は止まらない。
やがてひと塊になって、ナナリーの広場に入った。
瞬間──
ドン、と。
何か炸裂するような音が響いた。
音のほうに目を向けると、ひとりのプレイヤーが地面に落下したところだった。
軽装備の戦士だった。
先行して門にとりつき、内側から閂を外そうとしていたのだ。
この戦の一番手柄を狙っていた。
だけど死んだ。
一撃でHPを0にされた。
「ふぉっふぉっふぉっ……」
黒衣の老人が、閂に腰掛けて笑っていた。
老人は、白木の杖に模した仕込み剣を携えていた。
刃が血で濡れている。
笑みの形に開かれた口腔が、血のような液体で真っ赤に濡れている。
「……トン」
誰かが言った。
「……アード……バトン」
白木の杖に黒衣。
まん丸い顔のお爺ちゃん妖精。
常にニコニコ笑みを絶やさないFLCの公式マスコットキャラが、真っ黒な、地獄の深淵のような目を俺たちに向けていた。
「ひっ……」
誰かが悲鳴を上げた。
「気持ち悪っ……」
誰かが一歩、後退った。
ドドドンッ。
一度に3つの音が鳴った。
家の上、壁の上、尖塔の上、高いところに登って斥候役を務めていたプレイヤーたちが、音と同じ数だけ落ちてきた。
犯人はやはり小柄な老人。
一撃必殺の剣技を誇るアードバトン……。
「──モドキでござる!」
思い切り、ジェイク卿が叫んだ。
「本人ではござらん! モドキでござる!」
絶対の防壁にして無敵の聖騎士が、衆を鼓舞するように声を発した。
「本人は囚われているのでござる! きっとどこかに幽閉されているのでござる! だから皆の者! これしきで動揺してはならないでござる! 拙者らは決して……」
「……ふぅん、そうかい」
誰かが声を発した。
見上げると、中肉中背の男が空高く浮いていた。
黒いビロード地の長衣の腰を金鎖で緩く縛り、金糸の刺繍の入ったフード付きの外套を頭から被っている。
男はフードを脱ぐと、醜悪な顔を晒した。小指ほどの小さな目玉が密集している。
「千眼……!」
俺が呼びかける前に、千眼が何かを放り投げた。
小さな風呂敷包みが放物線を描き、石畳に落ちた。
ゴン、と鈍い音がした。
人間よりはずっと軽いもの。
丸い球形の何か。
そいつが跳ねて転がった。
ゴン、ゴツ、ゴ、ゴ、ゴ……。
ジェイク卿の爪先に当たって止まった。
「なんでござるか……?」
おそるおそるといった調子で、ジェイク卿はその風呂敷包みを拾って開いた。
「ひっ……!」
悲鳴を上げたのはジェイク卿ではなかった。
隣にいた女の子の僧侶だった。
「ひゃー!?」
「きゃー!?」
悲鳴は女の子僧侶の妖精に伝染した。
隣にいた全身金属鎧の妖精トトコちゃんにも移った。
ドミノ倒しのように立て続けに伝播した。
「アードバトンだ……!」
「本物……!?」
「マジで死んでたのかよ!?」
「ちょ……ま……っ!?」
それはたしかに、アードバトンの首だった。
いつ斬られたのかもわからないような、塩漬けされガチガチになった首。
「ちっ……だけどこれがなんだっていうんだ……!」
「そうだよ! 今さらじゃない!」
「あいつを倒すって結果が変わるわけじゃないんだ!」
「びびるな! 行くぞみんな!」
みんなが勇を鼓し、千眼に立ち向かおうとする。
といっても千眼は上空高くにいて、近接攻撃は届かない。
弓矢や魔法などの遠距離攻撃部隊が、一斉に攻撃準備に入った。
「……あれ?」
俺はおかしなことに気が付いた。
みんなが一様に上空を見ている。
憎き敵、千眼をにらみつけている。
──遠距離攻撃部隊を守るべき、盾役たちすらも。
盾も構えず、周囲を警戒もせず、誰も彼もが上を見ている。
「みんな……!」
アールが悲鳴のような声を上げた。
同時に複数の音がした。
矢をつがえる音。
呪文をつぶやく音。
誰かが走り寄る音。
剣が鞘走る音。
切り裂く音。
鎧が擦れる音。
血の迸る音。
悲鳴。
「地上だ! 来るぞ!」
警戒を促すアールの声は、あまりに遅すぎた。
建物の陰から、窓から、植え込みの中から──様々なところに潜んでいたモドキたちが、駆け寄りざまに抜き打ちで斬り捨てた。
狙いは盾役。
無防備なところを、一刀のもとに斬り殺した。
「前衛が……崩れた……っ」
誰かのつぶやきに重ねるように、モドキたちが声を発した。
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
100人近いモドキたちが、呪文でも詠唱するかのように台詞をつぶやいた。
かてて加えて──
「おいおい、マジかよ……」
俺は思わず目を剥いた。
声が擦れた。
……ポウ。
東門の少し手前の石畳の上に、蛍光紫の六芒星が出現した。
モンスターがポップするゲートだ。
その大きさは、出現するモンスターの強度によって変わる。
今回のは超特大だ。
ちょうどあの時と同じくらい。
ローラナ山中で行われた結婚イベントの時と同程度の大きさがある。
……つまり……たぶん……出てくるのはあいつだ。
この世の生まれた時から存在し、一切の感覚器官を持たず、飢えのみにて喰らい進む化け物。
村をひと呑みにし、街を喰らい、国すらも齧りとるとされる化け物。
巨体に似合わないスピードと圧倒的な攻撃力で、数多のプレイヤーを葬り去ってきた化け物。
FLC最強にして最恐の化け物。
その名は──
「世界喰らい……」
誰かの絶望が、ナナリーの広場に響き渡った。




