「怪しいところしかない」
~~~~~レイミア~~~~~
「お嬢様!! なぜあのようなことを!?」
「ごめんなさい……だって……!!」
控え室に入るなり詰め寄って来たエジムンドに、レイミアは潤んだ目を向けた。
「だって私……嬉しかったの……」
レイミアの涙にぎょっとして、エジムンドは動きを止めた。
「あの方は……ハチヤ様は言って下さったの……。助けに来ましたお姫様って……!! 私の一番聞きたかった言葉を下さったの……!! 私の手はこんなにも汚れているのに!! 人の死を心の糧とするような醜い生き物なのに!!」
レイミアは力の限りに叫ぶ。
――嬉しかった。嘘でもよかった。
――汚れた自分を愛してくれるというあの人を信じた。
「……設定でございます。お嬢様が気に病む必要はございません。殺人も、心根にも、お嬢様の責任は一切ございません。責があるとするなら、それらはすべて――」
主上に帰する。とまでは言わない。
エジムンドはただ苦々しげにつぶやく。
「でも、ハチヤ様にとってはそれがすべてでしょう!?」
幼子をあやすような言葉に、レイミアは即座に反発する。
見る者にとっては設定がすべてだ。個々の感情など、どうして計算にいれてくれようか。
「そんな風に見られたくないの!! 図々しいかもしれない!! 厚かましいかもしれない!! でも私は……あの方の望む私になりたいの!!」
エジムンドはため息をついてかぶりを振る。
「いったいどうやって……」
~~~~~コルム~~~~~
戦闘が始まったのは、2階でのことだった。客室の中のひとつをモルガンが調べていたところ、衣装ダンスの隙間からそいつらは現れた。
コールタールのような液体が染み出してきて床に溜まったかと思うと、急速に人形を象った。それは子供が作った粘土の人形のようにアンバランスな造形で、手が長く足が短く胴体はちんまりとしていて、顔に横一文字の切れ目があった。幽霊。レベル10相当のアンデッドモンスターだ。
「だから言ったじゃないですかやめようってー!! 部屋で大人しくしてようってー!!」
「いーじゃないお金も稼げて経験値も貰えて、結果オーライよ!!」
「まったく悪びれていない!?」
コルムの苦情に、しかしモルガンは面倒ごとだとすら思っていないようで、次々と鬼火を召喚しては幽霊にぶつけている。
「ひーやっはー!!」
乙女にあるまじき喚声をあげている。
鬼火はレベル3相当の召喚魔法で、常用の灯りとしてふよふよ漂わせておくこともできるが、対象にぶつければ攻撃魔法とすることもできる使い勝手のよい魔法だ。もちろん低レベル魔法なので威力はたかが知れているが、連発すればダメージとしては積み重なる。当然、モンスターの恨みも買う。
FLCではモンスターがプレイヤーに抱く恨みの値をヘイトとして表す。攻撃したり、自分たちを回復したり補助したりという「モンスターにとって不利となる行動」をとるとヘイトが高まり、攻撃対象にされてしまう。
幽霊は攻撃を開始したばかりのバクさんには見向きもせず、ガンガンモルガンのHPバーを削っていく。
ふくちゃんが必死に囀り雲雀という範囲内のメンバーのHPを徐々に回復させる呪歌を歌っているが(というか低レベルなのでそれしかないのだが)、回復量もテンポも減少量に追いつかない。
「だああ、モルガン!! そんなにガンガン攻めないで!!」
「かかってこいやー!!」
「この人なんでこんなに盛り上がってんの!?」
「おらぶっ殺してやる!!」
「ああもう!! ――バクさん!!」
コルムの呼び掛けに応えて、バクさんが吠える。
――ウオォォォーン!!
咆哮の発動だ。咆哮は敵1グループへの瞬間的なヘイトアップと範囲内PTメンバーの能力値アップを兼ねた、壁役となる戦士や騎士系職業の共通特技だ。
ヘイトの高まった幽霊が「ぐりっ」と、バクさんのほうを向く。
「あら便利」
自分が標的から外れたことを察したモルガンが、感心したような声を出す。
「――これならもっと暴れても平気ね!!」
「たしかにそうなんだけど!! そういう使い方が普通なんだけど!! でもお願いだから変な学習の仕方しないでー!!」
バカなやりとりをしながらも、幽霊のHPバーは着実に減っていっている。レベル差そしてアンデッド対聖職者という相性もあって、幽霊の攻撃はバクさんにかすり傷程度しか負わせられない。
HPバーをどんどん削り、もうわずか、もう一撃というところで「往生せいやー!!」と、モルガンがとどめ用に待機させていた鬼火を放つ。
同じタイミングでバクさんが喉笛の辺りに食らいつき、幽霊は「ギョオォォォ」と断末魔の悲鳴を上げ、細かな塵となって霧散していく。
経験値とゴル(FLCの通貨)が分配されるが、遠く離れたメンバーには入らない。が、幽霊を倒したことや経験値とゴルが手に入らなかった旨自体は通知がいっている。
――PTチャット――
ハチヤ:もしかして誰か戦ってた?
コルム:オレオレ。モルガンが勝手にうろちょろしてたら幽霊が出たんだ。
ハチヤ:無事か?
コルム:無事だよ。心配かけてすまんね。
「……あーあ、つまんない」
鬼火を頭上に掲げたまま、「ぐりっ」と、さっきの幽霊を思わせる動きでこちらを向くモルガン。
「なんで恨みがましい感じなんですか!?」
「だって、とどめを刺した人にはノックアウトボーナスが入るんでしょ?」
「く、詳しいですね……」
「そりゃあ調べたから」
こともなげにいう。
「あ~あ、もったいないなあ~。せっかくの初戦闘初勝利だったのになあ~。ベテランがビギナーの見せ場とっちゃうんだもんな~。わたしゃーもうモチベーションだだ下がりっすよ~」
「ぐぐ……!!」
「あ。言い過ぎちゃった。正直者でごめんね。はあと」
「もうこの人の世話やなんだけどー!!」
たしかにFLCではモンスターを倒した人に経験値ボーナスの加算がある。1.2倍と些細なものだが、気にする人はすごく気にするし、ボーナスの累積回数で得られる称号も用意されている。でもここまでこだわる人もなかなかいない。こんなに絡まれたこともついぞない。
「そいっ」
モルガンが突然、部屋の隅に向けてバスケのノールックパスの要領で鬼火を炸裂させた。八つ当たり気味の行動だと思っていたら、命中のエフェクトがちゃんとあったのでコルムはびっくりした。
――死眼虫を倒した。
表示と共にモルガンを黄金色のエフェクトが取り囲み、HPMPSPが全快する。今のでちょうどレベルアップしたらしい。
「死眼虫か……」
バクさんが死眼虫のいたあたりの空間でふんふんと鼻を鳴らしている。
「珍しいモンスターなの?」
ふくちゃんにVサインをしながら、こちらに顔だけ向けるモルガン。
「うん、珍しいですね。レベルはともかくとして、存在することそのものが変というか。こいつって、飛び虫っていうメジャーな昆虫型モンスターの姿に似ているんで、その系統だと思われがちですけど、実際には高位の唱える者が作ったからくり仕掛けの偵察機なんです」
「偵察機……」
「誰が誰を見張るために放ったのか? ってことです。こんな人里離れたお屋敷で」
「盗聴……盗撮……? あー。だからか」
「なにか心当たりでも?」
「いやあなんかね、見られてる気がずっとしてたのよ。その道のプロの勘ってやつだったのね」
「いったいなんのプロだというのか……」
知りたくないような、知っていないとやばいような。
「だ、大丈夫か!?」
戦闘音に気づいて見に来たのか、突撃槍を構えるマヤが部屋の入り口から顔を覗かせている。アールが後ろから部屋内を興味深げに覗き込んでいる。
「やあ、アールにマヤちゃん。びっくりさせてすまない。戦闘だったんだけど終わったところだ」
「敵!? ぶ、無事か!?」
突撃槍をぶんぶか振り回すマヤと、その肩の上で「敵はいずこぞ~!!」と騒いでいるバランタインのコンビになごみつつ、
「ありがとう、終わったところだよ」
ノックアウトボーナス獲得者にのみ与えられる褒賞品を確認する。
アイテム名は「血まみれのふたつの鍵」。
~~~~~ハチヤ~~~~~
「ほう~、幽霊に死眼虫か。たしかに変な組み合わせだな」
合流し、エジムンドさんに連れられて一階の食堂に通された俺たちは、館の主の到着を待っていた。
「シチュエーション的に幽霊は違和感ないけど、死眼虫はなあ。誰がなんの目的で放ったのか」
「そうなんだ。もともとの依頼が依頼だけに」
兎耳族のサリュが語るところによれば、マダム・ラリーは人の死体が大好物らしい。旅人を館に逗留させ歓待して、油断したところを襲うのだとか。この館から生きて帰った者はいないらしく、サリュの兄もまた、犠牲者のひとりらしい。
「どういうことなんかな……」
考えをまとめる前に、マダム・ラリーがエジムンドさんに連れられて入ってきた。
晩餐は和やかな雰囲気で始まった。テーブルの上に並べられた彩り豊かな豪華な食事に舌鼓を打ちつつ(もちろんモーションだけだけど)、誰かがマダム・ラリーの質問に答える。その都度、
「まあ~そうなの。それは刺激的な体験をされましたわねえ」
マダム・ラリーはひどく感心した様子で頷き、さらなる質問をしてくる。テンポ短く矢継ぎ早に繰り返し繰り返し、至極楽しそうに俺たちの話を聞いてくれる。
長耳族は長生種で、見た目と実年齢に開きがあることが多い。
マダム・ラリーも見た目はティーンエイジャーで通るけど、きゃぴきゃぴの仕方がどこか俺の田舎のおばちゃん(52歳)に似ていて、いろいろと想像してしまう。あんなに(こんなに)明るく気さくで話好きな人がこんな豪雪地帯に閉じ込められたらそりゃあ人恋しくてしょうがないだろうなあとか、そんなことを勝手に思う。
「失礼ですけど、ここにはエジムンドさんとラリーさんだけでお住まいなんですか?」
「ええ、そうですよ。エジムンドと私だけ。父と夫を同じ時期に亡くして以来、ずっとです」
「お子さんなどは」
「いたらいいとは思うのですけども、なかなか恵まれませんで」
「いらっしゃらない」
「ええ」
マダム・ラリーの答えに淀みはない。
レイミアという娘がいるのにも関わらずいないように振る舞っているのか、あるいは娘ではないのか。娘だとしてなんであんなところに閉じ込めておく必要があるのか。大げさな仕掛けまで施して。
聞きたいことはいくらでもあったけど、どうやって聞いていいのかわからなかった。腹芸のひとつも出来ればいいんだけど、生憎とそんなスキルは今までの人生で習ってこなかったのだ。
「……おい、なんかいい作戦ないか?」
小声でルルに問いかけるが、いつもは鶏の如くうるさいこいつが、さっきからやたら静かだ。
「不肖わたくし、あるじ様をいじる手練手管は数あれど、手助けする策などひとつもございません!!(小声)」
「なんで自信満々に役立たずカミングアウトしてんだよ!!(小声)」
「あっても教えません!!(小声)」
「ただの意地悪じゃねえか!!(小声)」
教えろよ!! 俺のレイミアのために!!
「教えろよ!! 俺のレイミアのために!! とか思ってる人の助けにはなりたくないかなと(小声)」
……な。
「――おまえ……心を……!? 俺の心を読んだのか!?」
ぐ……声が大きかったか。みんながこちらに注目している。
「あ、いやこっちの話で」
ははは、と乾いた笑いで苦しい誤魔化し。
「冗談はさておいても、あるじ様は読みやすいですからわかります(小声)」
「そ、そう?(小声)」
「ええ、基本女キャラとなれば見境ないですし。かわいいキャラがいたらがん見。きわどいアングル変更。スナップショットと一通りやりますよね(小声)」
「や、それはなんちゅうか思い出のワンシーンというか……。男子としてのあるべきリビドーの発露というか……(震え声)」
みんなやらない!? PCに専用フォルダとか作らない!? なにこれ俺って危ない感じなの!?
「美少女キャラに頼りにされたらぐっとくるのは生物的にしかたのないことなんだよ(小声)」
「非実在少女に恋するのはいかがなものかと。いかに思春期全開フルスロットルのチューボーといえども(小声)」
「……この圧倒的なおまえが言うな感(小声)」
「ルルは実在してるからいいんですよ(小声)」
「そういう問題か……?(小声)」
俺たちがバカをしている隣で、もっとバカをしてる人がいた。
「マダム・ラリーはお金持ちなんですか?」
――ええー!?
なにその質問!?
モルガンが意味のわからんぶっこみをしてるんですけど!!
「世間様並みだと思いますが」
「貴族世間並みということでよろしいですかね?」
「ちょっと質問の意味がわかりかねますわね」
「お宝はどこに隠してあるんですか?」
「そのようなものはございませんけれど」
「ちっ」と舌打ち。
「おおーい!?」
「はいハチヤくん」
「授業中の教師みたいな態度とるな!!」
「だって教師だもん」
「そんな身も蓋もない質問する教師いねえよ!! ここここ、みたいなジェスチャーをいますぐやめろ!! いやまじでなに聞いてくれてんの!?」
「世間の声を代表しました」
「お世話になったお宅の財産の在り処を聞く世間なんてないわ!! どこの世紀末世界だそれは!!」
「でも気になるでしょ?」
「気にすべきところはそこじゃあないなあ!!」
「正直者でどーもすいません」
どこぞのコメディアンみたいな動きをするモルガン。
「あんた謝る気ないだろ!!」
「――ハチヤ様。皆様」
エジムンドさんがいつの間にか俺の背後に立っていた。
「ラリー様はご気分が優れないようで、お休みになります。皆様も、お部屋でお休み下さい」
晩餐の終了と、部屋への強制退去を言い渡された。




