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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
「サヨナラ協定」

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109/118

「もうひとりのキミとともに」

 ~~~ハチヤ~~~



 

 機軍総督きぐんそうとくギーラが妖精貴族コデットの屋敷への奇襲に利用した地下道を辿り、王都の地下に張り巡らされた水道へと進む。

 鎧喰らい(アーマーイーター)のブロミーが常用していたマンホールを通り、王都の目抜き通りから侵入。

 城壁の外の王国軍と呼応して、一気に陥落させる。

 シンプルかつ効果的だが、リスクを伴う作戦だ。


 特攻隊のメンバーは、ローラナの結婚イベントを共に戦った、ヒーローズユニオンの精鋭60名。

 コデット率いる魔法少女隊にバドとブロミーを含めた140名、計200名が選ばれた。


 前代未聞の戦力だが、さすがにみんな緊張の色を隠せない。

 マンホールの梯子を前にして、ぎこちなく囁き合っている。


 なにせ敵は帝国軍だけではない。

 血の惨劇で大暴れした、アードバトンモドキもいるのだ。

 一撃一殺でプレイヤーを斬り殺しまくった彼らの恐ろしさは、直後に出回った多くの動画とともに、共通認識としてみんなの脳裏にある。




「──さぁて、いよいよだぞ! みんな!」


 手を打ち鳴らして発破をかけたのは、ジェイク卿でもバロンウッドでもなかった。

 アール。

 兎耳族の女の子が、いまや押しも押されぬ指揮官として、みんなの先頭に立っている。


「サービス終了までの期限を考えるに、長時間のログインや集合率からいっても、ボクらが100%の力を出し切れるのはこれが最後だ。お正月のあいさつ回りや家族サービス、冬休みの宿題に初売り初打ち初滑り。何かとお忙しい向きもあるだろうが、まずはご容赦願いたい」


 みんなのリアル事情まで考慮にいれた発言に、どっと笑いが巻き起こる。


「さて──」


 アールは目を細め、ひとりの戦士を見やった。


「王都を奪還する意味について、いまさら解く必要はないだろうと思う。そうだろうな?」


 誰だっけと思ったら、大天幕での会議の折に、王都奪還の意義に疑問を呈したプレイヤーのひとりだ。


「……ボクたちは人間だ。でも彼らはそうではない。だったっけ?」


 照れくさそうに、そのプレイヤーはつぶやいた。

 友人と思しき周りのプレイヤーが、からかうように肘でつついた。


 彼はもう理解している。


 自分たちは人間だからやり直しが効く。

 失敗したとしても、現実の世界で平穏な日常をおくることができる。


 だけど妖精あいかたはそうではない。

 だけどNPCはそうではない。

 もし自分たちが敗れたならば、彼らはこれからの永劫の時を、失敗したという結果とともに生き続けなくてはならない。


 王都は帝国の手に落ちたまま、キティハーサ全土の中枢を抑えられた王国軍は、やがて緩慢な死を迎える。

 妖精たちの楽園は鉄火の中に消失し、二度と戻らない。

 閉ざされたサーバの中で、永遠に絶望とともに生きねばならない。


「そのとおりだ」


 出来の悪い生徒を見る教師の目で、アールは薄く微笑んだ。


 握った拳を胸に当てた。

 瞬間──スイッチが切り替わった。

 大女優が役柄になりきるように、姫巫女がその身に神を降ろすように、武田涙たけだるいはロールプレイを開始した。


「……だけど、それだけじゃない」


 そのプレイヤーは、えっという顔をした。

 周りのみんなも、似たような顔をしてた。


 みんな、アールが何を言い出すのか、固唾を飲んで見守っていた。


ボクらも(・ ・ ・ ・)元には戻れない」


 真剣な眼差しで、アールはみんなの顔を見渡した。


「ボクの名はアール。北の果て、大断崖の足元。雪深いヴィンチの街で生まれ育った。読書が好きで、ひとつの物事を深く思索することが好きで、周りからは変人扱いされている。好きな飲み物は紅茶。アルコールは好きじゃない。魚と肉なら魚がいい。野菜よりも木の実を好む──」


 アールの設定だ。

 涙はFLCを始めるにあたり、小説一冊分にも及ぶ設定や背景を考え、テキストに起こした。

 妖精やNPCたちが行動規則オーダーブックに基づくように、彼女の立ち回りや発言は、すべてそれに基づいて行われている。


「生まれた街から出たかった。出たかったけど怖かった。頭でっかちなくせに臆病者のボクは、だから成人するまで外の世界のことを知らなかった。雪原で彼に出会うまでは──」


 アールは俺を見た。

 軽くふわりと微笑んだ。


「……っ」

 心臓を掴まれたような気がして、俺はドキリとした。 


「外の世界には様々な刺激が待っていた。雪じゃないものが降り、寒冷地には咲かない花が咲いた。家の構造、町の成り立ち、国の在り方、人の姿かたち。どれひとつなにひとつ、既知のものは無かった。本には描かれていない数多の情報が、奔流のようにボクの脳を満たした──」


『……』

 みんなの顔に理解の色が拡がった。


 このアールは本物の(・ ・ ・)アールだと。 

 PCモニタの向こうに存在する世界に住む、本物のアールだと。


「ボクはアールだ。プレイヤーの分身でありながら、プレイヤーそのものではない。自律し、思考する別の生き物だ。ボクはこの地に生きている。キティハーサで生まれ、死ぬ──」


 彼女は語る。プレイヤーの分身たるキャラクターとして。

 そんなことあるわけないのに。

 まるであったかのように物語る。


「キミたちと一緒に旅が出来て、楽しかった。一緒にここまで来てくれて、嬉しかった。気の置けない仲間と最後の時を一緒に過ごすことが出来る、これほどの喜びはない──」


 俺は気づいた。

 彼女の言いたいこと。


 たとえば俺だったらハチヤ。

 小巻だったらコルム。

 摩耶だったらマヤ。

 イッチーだったらイチカ。 

 先生だったらモルガン。

 

 多くのプレイヤーの創り出した、己の似姿。アバター。自機。分身。もうひとりの自分。

 そいつらとのつき合いだって、もう少しで終わりなのだ。


 剣を振るうことも魔法を放つことも。

 空を飛ぶことも地を駆けることも。

 当たり前だと思ってたことが、もうじき出来なくなる。


『……』

 寂寥感がこみ上げた。

 それはみんなも同じようだった。

 目をまっすぐに、アールに向けてる。

 しわぶきひとつ上がらない。


「お願いだ。みんなの本気を見せてくれ。最後の時、最後の戦い。ボクらの創ってきたストーリーに、美しいピリオドを打とう。この先千年も万年も語り継がれるような、向こうへ戻っても二度と忘れられないような物語を。もうひとりのキミとともに。だからみんな……」


 アールはきっと眼差しを強くした。


「──勝とう」




 ゴウッと。

 どこからか風が吹き込んだ。

 地下水道の中に風が吹いた。

 風の中に言葉が混じってた。


 ──叫べ、同胞はらから


 誰かの声。


 ──叫べ、同胞。


 誰かの想い。


 ──叫べ、同胞。


 小さな声なのに、かそけき言葉なのに胸に届く。

 各自の操る「異世界から召喚された」キャラクターたちの、電子的な肉や血にまでも、深く深く、染み渡っていくようだ。


「アール……っ」 

 俺の声にかぶせるように、誰かが叫んだ。


「あったりまえだろうが!」

「なんのためにここまで来たと思ってんだ!」

「この世界を救って、大手を振って現実世界に帰還してやる!」

「向こうに戻ったら、このことを弟に自慢してやるんだ!」

「わたしは妹に!」

「オレ……宿題溜まってんだけど……」

「おまえそれは召喚のせいじゃねえだろうが!」


 あはは、と笑いが起きた。

 みんながみんな、ロールプレイをして笑ってた。


 ──そうだ。

 ロールプレイには、精神を安定させる力があるという。

 自分じゃない誰かを演じることで、緊張や恐れが薄らぐという。


 そこまで計算して彼女は……。




「……ねえハチヤ」

 大騒ぎの中、アールはいつの間にか俺の隣にいた。


「おう、どした……?」

 振り向いた俺の唇に、アールのそれが重なった。


「へ……ふぇええっ!?」

「あー……! あーあーあー!」


 驚く俺。

 血相を変えて怒り出すルル。

 アールの後ろでふよふよ浮いてる泣き女(バンシー)のママさんが、「まあこの娘は……!」って感じで口もとに手を当てている。


「……ふふ」

 アールは俺から体を離すと、いたずらっぽく片目を閉じた。


「ねえハチヤ。ボクは思うんだ。キミとの出会いは運命なんだって。この先何度生まれ変わっても。たとえ世界を隔てようと、次元の異なる地に生まれ落ちてすら、ボクは必ずキミと出会うだろう。そして再び、こうして恋に落ちる──」


 予言者のように、アールは語った。


「いつでも、いつまでも、ボクらの運命は繋がってる。向こうの世界のボクも、きっと向こうの世界のキミを好きになる」


 茶目っ気たっぷりの瞳で俺を見た。 

 

「だからさ。あらためて、向こうの世界でもよろしくねってことを、言いたかったんだ。これからもガンガンいくからねって」


 ひゅー、口笛を吹いたのはサーディンだ。

 パナシュとメイルーは、きゃいきゃい盛り上がってる。

 囃し立てるみんなの声が、頭の中にガンガン響く。

 イベントアイテムの花火を鳴らす者もいた。

 音響効果を狙って強化呪文の重ね掛けをする者もいた。


 とにかくみんな騒いでた。

 雰囲気は最高潮に達していた。



 ロールプレイがみんなに与える効果。

 告白がみんなに与える効果。

 頭のいい彼女のことだから、すべてが狙いだったのだろう。


 あざとい可愛い武田涙=アール。


「もー! あるじ様の浮気者ー! あんな肉食系女子にパクパクされちゃってー! もー! もーもーもーですよー!」

 なんて、ルルにマックスで怒られながらも俺は……。

「弱ったなあ……」

 なんて、激しい動悸に戸惑っていた。


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