「もうひとりのキミとともに」
~~~ハチヤ~~~
機軍総督ギーラが妖精貴族コデットの屋敷への奇襲に利用した地下道を辿り、王都の地下に張り巡らされた水道へと進む。
鎧喰らいのブロミーが常用していたマンホールを通り、王都の目抜き通りから侵入。
城壁の外の王国軍と呼応して、一気に陥落させる。
シンプルかつ効果的だが、リスクを伴う作戦だ。
特攻隊のメンバーは、ローラナの結婚イベントを共に戦った、ヒーローズユニオンの精鋭60名。
コデット率いる魔法少女隊にバドとブロミーを含めた140名、計200名が選ばれた。
前代未聞の戦力だが、さすがにみんな緊張の色を隠せない。
マンホールの梯子を前にして、ぎこちなく囁き合っている。
なにせ敵は帝国軍だけではない。
血の惨劇で大暴れした、アードバトンモドキもいるのだ。
一撃一殺でプレイヤーを斬り殺しまくった彼らの恐ろしさは、直後に出回った多くの動画とともに、共通認識としてみんなの脳裏にある。
「──さぁて、いよいよだぞ! みんな!」
手を打ち鳴らして発破をかけたのは、ジェイク卿でもバロンウッドでもなかった。
アール。
兎耳族の女の子が、いまや押しも押されぬ指揮官として、みんなの先頭に立っている。
「サービス終了までの期限を考えるに、長時間のログインや集合率からいっても、ボクらが100%の力を出し切れるのはこれが最後だ。お正月のあいさつ回りや家族サービス、冬休みの宿題に初売り初打ち初滑り。何かとお忙しい向きもあるだろうが、まずはご容赦願いたい」
みんなのリアル事情まで考慮にいれた発言に、どっと笑いが巻き起こる。
「さて──」
アールは目を細め、ひとりの戦士を見やった。
「王都を奪還する意味について、いまさら解く必要はないだろうと思う。そうだろうな?」
誰だっけと思ったら、大天幕での会議の折に、王都奪還の意義に疑問を呈したプレイヤーのひとりだ。
「……ボクたちは人間だ。でも彼らはそうではない。だったっけ?」
照れくさそうに、そのプレイヤーはつぶやいた。
友人と思しき周りのプレイヤーが、からかうように肘でつついた。
彼はもう理解している。
自分たちは人間だからやり直しが効く。
失敗したとしても、現実の世界で平穏な日常をおくることができる。
だけど妖精はそうではない。
だけどNPCはそうではない。
もし自分たちが敗れたならば、彼らはこれからの永劫の時を、失敗したという結果とともに生き続けなくてはならない。
王都は帝国の手に落ちたまま、キティハーサ全土の中枢を抑えられた王国軍は、やがて緩慢な死を迎える。
妖精たちの楽園は鉄火の中に消失し、二度と戻らない。
閉ざされたサーバの中で、永遠に絶望とともに生きねばならない。
「そのとおりだ」
出来の悪い生徒を見る教師の目で、アールは薄く微笑んだ。
握った拳を胸に当てた。
瞬間──スイッチが切り替わった。
大女優が役柄になりきるように、姫巫女がその身に神を降ろすように、武田涙はロールプレイを開始した。
「……だけど、それだけじゃない」
そのプレイヤーは、えっという顔をした。
周りのみんなも、似たような顔をしてた。
みんな、アールが何を言い出すのか、固唾を飲んで見守っていた。
「ボクらも元には戻れない」
真剣な眼差しで、アールはみんなの顔を見渡した。
「ボクの名はアール。北の果て、大断崖の足元。雪深いヴィンチの街で生まれ育った。読書が好きで、ひとつの物事を深く思索することが好きで、周りからは変人扱いされている。好きな飲み物は紅茶。アルコールは好きじゃない。魚と肉なら魚がいい。野菜よりも木の実を好む──」
アールの設定だ。
涙はFLCを始めるにあたり、小説一冊分にも及ぶ設定や背景を考え、テキストに起こした。
妖精やNPCたちが行動規則に基づくように、彼女の立ち回りや発言は、すべてそれに基づいて行われている。
「生まれた街から出たかった。出たかったけど怖かった。頭でっかちなくせに臆病者のボクは、だから成人するまで外の世界のことを知らなかった。雪原で彼に出会うまでは──」
アールは俺を見た。
軽くふわりと微笑んだ。
「……っ」
心臓を掴まれたような気がして、俺はドキリとした。
「外の世界には様々な刺激が待っていた。雪じゃないものが降り、寒冷地には咲かない花が咲いた。家の構造、町の成り立ち、国の在り方、人の姿かたち。どれひとつなにひとつ、既知のものは無かった。本には描かれていない数多の情報が、奔流のようにボクの脳を満たした──」
『……』
みんなの顔に理解の色が拡がった。
このアールは本物のアールだと。
PCモニタの向こうに存在する世界に住む、本物のアールだと。
「ボクはアールだ。プレイヤーの分身でありながら、プレイヤーそのものではない。自律し、思考する別の生き物だ。ボクはこの地に生きている。キティハーサで生まれ、死ぬ──」
彼女は語る。プレイヤーの分身たるキャラクターとして。
そんなことあるわけないのに。
まるであったかのように物語る。
「キミたちと一緒に旅が出来て、楽しかった。一緒にここまで来てくれて、嬉しかった。気の置けない仲間と最後の時を一緒に過ごすことが出来る、これほどの喜びはない──」
俺は気づいた。
彼女の言いたいこと。
たとえば俺だったらハチヤ。
小巻だったらコルム。
摩耶だったらマヤ。
イッチーだったらイチカ。
先生だったらモルガン。
多くのプレイヤーの創り出した、己の似姿。アバター。自機。分身。もうひとりの自分。
そいつらとのつき合いだって、もう少しで終わりなのだ。
剣を振るうことも魔法を放つことも。
空を飛ぶことも地を駆けることも。
当たり前だと思ってたことが、もうじき出来なくなる。
『……』
寂寥感がこみ上げた。
それはみんなも同じようだった。
目をまっすぐに、アールに向けてる。
しわぶきひとつ上がらない。
「お願いだ。みんなの本気を見せてくれ。最後の時、最後の戦い。ボクらの創ってきたストーリーに、美しいピリオドを打とう。この先千年も万年も語り継がれるような、向こうへ戻っても二度と忘れられないような物語を。もうひとりのキミとともに。だからみんな……」
アールはきっと眼差しを強くした。
「──勝とう」
ゴウッと。
どこからか風が吹き込んだ。
地下水道の中に風が吹いた。
風の中に言葉が混じってた。
──叫べ、同胞。
誰かの声。
──叫べ、同胞。
誰かの想い。
──叫べ、同胞。
小さな声なのに、かそけき言葉なのに胸に届く。
各自の操る「異世界から召喚された」キャラクターたちの、電子的な肉や血にまでも、深く深く、染み渡っていくようだ。
「アール……っ」
俺の声にかぶせるように、誰かが叫んだ。
「あったりまえだろうが!」
「なんのためにここまで来たと思ってんだ!」
「この世界を救って、大手を振って現実世界に帰還してやる!」
「向こうに戻ったら、このことを弟に自慢してやるんだ!」
「わたしは妹に!」
「オレ……宿題溜まってんだけど……」
「おまえそれは召喚のせいじゃねえだろうが!」
あはは、と笑いが起きた。
みんながみんな、ロールプレイをして笑ってた。
──そうだ。
ロールプレイには、精神を安定させる力があるという。
自分じゃない誰かを演じることで、緊張や恐れが薄らぐという。
そこまで計算して彼女は……。
「……ねえハチヤ」
大騒ぎの中、アールはいつの間にか俺の隣にいた。
「おう、どした……?」
振り向いた俺の唇に、アールのそれが重なった。
「へ……ふぇええっ!?」
「あー……! あーあーあー!」
驚く俺。
血相を変えて怒り出すルル。
アールの後ろでふよふよ浮いてる泣き女のママさんが、「まあこの娘は……!」って感じで口もとに手を当てている。
「……ふふ」
アールは俺から体を離すと、いたずらっぽく片目を閉じた。
「ねえハチヤ。ボクは思うんだ。キミとの出会いは運命なんだって。この先何度生まれ変わっても。たとえ世界を隔てようと、次元の異なる地に生まれ落ちてすら、ボクは必ずキミと出会うだろう。そして再び、こうして恋に落ちる──」
予言者のように、アールは語った。
「いつでも、いつまでも、ボクらの運命は繋がってる。向こうの世界のボクも、きっと向こうの世界のキミを好きになる」
茶目っ気たっぷりの瞳で俺を見た。
「だからさ。あらためて、向こうの世界でもよろしくねってことを、言いたかったんだ。これからもガンガンいくからねって」
ひゅー、口笛を吹いたのはサーディンだ。
パナシュとメイルーは、きゃいきゃい盛り上がってる。
囃し立てるみんなの声が、頭の中にガンガン響く。
イベントアイテムの花火を鳴らす者もいた。
音響効果を狙って強化呪文の重ね掛けをする者もいた。
とにかくみんな騒いでた。
雰囲気は最高潮に達していた。
ロールプレイがみんなに与える効果。
告白がみんなに与える効果。
頭のいい彼女のことだから、すべてが狙いだったのだろう。
あざとい可愛い武田涙=アール。
「もー! あるじ様の浮気者ー! あんな肉食系女子にパクパクされちゃってー! もー! もーもーもーですよー!」
なんて、ルルにマックスで怒られながらも俺は……。
「弱ったなあ……」
なんて、激しい動悸に戸惑っていた。




