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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
「サヨナラ協定」

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108/118

「弟子と師匠」

 ~~~レフ~~~




 妖精軍と帝国軍の、派手なぶつかり合いから遠く離れた最後方。

 回復ポイントである天幕付近に、レフはいた。


 餅丸、平原オオカミ、双頭ワシ。

 適正レベル1~10くらいのフィールドモンスターを天幕へ近づけないようにするのが、カロックの村の自警団を率いる彼に与えられた役割だ。 


「みんなー、頑張れー」


 要は雑魚の掃討だが、自警団を構成する大人たちはみな、レフよりもレベルが低い。

 もともと戦闘用に調節されたNPCでないせいもあるが、レフが15であるのに対し、せいぜい3か5。

 気を使っていないと、すぐピンチに陥る。


「絶対無理しないでねー。傷ついたらすぐに天幕に入ってー」 


 督戦とくせんする傍ら、味方の状態をケアする。

 強い敵に対しては、自ら先頭に立って鉄斧を振るう。

 重戦士へヴィファイターという職業柄、体を張って味方を守ることも頻繁。


「うう……っ、こんなに立派な男の子に育って……っ」

 長耳族ながみみぞく魔女ウィッチのモルガンが、目を潤ませる。

「ごしゅじんさま~、よかったですね~」

 妖精あいかたのふくちゃんが甘~い声で同意する。


「もうっ、やめてよふたりとも!」

 ほとんど父兄参観みたいなノリで戦いを見守られていることに、レフは恥ずかしさを覚えた。

「わざわざ見てなくてもいいから! ふたりはふたりのやるべきことをしてよ!」


「ええーだってー」

「ぼくたち~、やることないですもんね~」

 ねー、とうなずき合うモルガンとふくちゃん。

「もともと戦争の行方なんてどうでもいいしー、勝つとか負けるとか興味ないしー」

 ねー、とうなずき合うモルガンとふくちゃん。


「もう……っ、まったく!」


 双頭ワシを倒すと、レフはつかつかとふたりの前に歩み寄った。


師匠せんせい!」

 びしぃっと、モルガンを指さす。

「今、バドとアンバーはどこにいるの!?」

「う……」

「どこで何と戦おうとしてるの!?」 

「ううう……っ」


 モルガンは長い耳を垂れさせてしゅんとした。


 樹皮人ドライアドのバドは、魔法少女化したアンバーと共に、妖精貴族コデット率いる特攻戦力に組み入れられている。

 ふたりがいるのは、戦いの帰趨を決定づけるだろう重要な戦場だ。


「向こうのほうが危ないんだよ! だったら師匠はそっちにいなくちゃ! 師匠には力があるじゃないか! ボクなんかよりももっとずっと、みんなのためになる力が!」


 レベルはカンストの50。

 さらにコマンドを発することで相手の動きを止める、強力な魔法の工芸品アーティファクトまで持っていたはずだ。


「だって……そしたらあんたは……」

 モルガンは、爪先で地面をつっついてイジケ始めた。

「また、ひとりになっちゃうじゃない……」


 

「……っ」

 ひとりになる。

 そのフレーズを聞いて、レフはあの事件のことを思い出した。

 

 数か月前。

 ワイナールの手によって、アンバーはカロックの村から攫われた。

 バドはすぐさまモルガンたちの捜索行について行くことを決めたが、レフはそうしなかった。

 ひとり村にとどまった。


 足手まといになるのが目に見えていたから。 

 自分に出来る範囲のことだけやって、朗報を待っていた。


 ふたりのいない朝、ふたりのいない夜。

 村を襲うモンスターとの戦いに明け暮れながら、レフは強い疑問に悩まされていた。


 本当は自分も行くべきだったんじゃないか。

 アンバーのことが好きなら、どうでも体を張るべきだったんじゃないか。

 

 その疑問は今も解消されないまま、胸にしこりとして残っている。

 激戦をくぐり抜け強くなったふたりを見るたび、強くなる。


 レフの成長は微々たるものだ。

 レベルが5つ上がっただけ。

 部隊を率いることが出来るようになったとはいえ、しょせん村の大人たちだ。

 いま相手にしてる敵だって、初心者冒険者が馴染みとするような、低レベルのものにすぎない。

 露払いという言葉すらおこがましい。



「……本当はやだったの。ずっとずっと、やだったの。教え子をひとり村に置いて行くなんて、身を切られるような思いだった……」

 モルガンがレフの肩に触れた。

「寂しくしてるんじゃないか。ひとりで泣いてるんじゃないか。気が気じゃなかった。でもアンバーは見つからなくて、事態はあくまで切迫してて……」

 ゆっくりと、優しく頭を撫でてくれた。

「いまや、バドもアンバーも強くなった。私のお守りは必要ない。だから今度は……」


 

 ──ボクの番だって、ことなのか……。


 優しい言葉。

 師匠の思いやり。

 

 嬉しいはずなのに嬉しくなかった。

 温まるはずの心はしかし、ひやりと冷え切っていた。


 ──なんでだろう……なんでボクは……こんな気持ちに……。




 戸惑うレフの耳に、その声は聞こえた。


 ──叫ベ、同胞はらから


 機械都市マドロアのお姫様の声だ、とレフは思った。

 ツンツン頭の軽戦士ライトファイターにいつも付き従っていた、機械の女の子の声だった。


 ──叫べ、同胞。


 小さなつぶやきのような声。

 ちょっとすると聞き逃してしまいそうな、儚いその声。

 

 ──叫べ、同胞。


 だけど聞こえた。胸に届いた。

 レフを構成するものに。

 量子コンピュータの完成が実現させた、自律式推論エンジンに。


 火を──入れた。





「……やめてよ、師匠」

 レフはモルガンの手を肩からどけた。

「レフ……?」

「……可哀想とか、思わないでよ……」

 ぎゅっと拳を握った。


 叫んだ。


「そんな風な目で見て憐れまないでよ! ボクは充分幸せなんだから! もう村で待ってるだけの弱虫じゃないんだから! こうして戦争の中で戦うことすら出来るんだから!」

「……っ」

 突然の反抗に、モルガンは目を丸くして驚いていた。

「ボクらは本当は、村にいるだけの子供だったんだ! バドとアンバーと3人、冒険者にちょっかいをかけるだけの存在だったんだ! だけど師匠に出会って、師匠がボクらを捕まえてくれて! 別シナリオに分岐して! ボクらは変われたんだ! 辛いこともたくさんあったけど! 怖い目にもたくさんあったけど! でも変われたんだ! バドは樹皮人で! アンバーは魔法少女で! もうなんだかわけがわからないけど……でも!」


 何度となく村で見た夕陽や、何度となく起こしたイベント。

 バドやアンバーと過ごした、イノセントなあの頃。

 おそらくはもう、二度と戻れない日々。

 だけどそれを、悲しいとは思わなかった。


 NPCである彼らには、変われるということ自体が奇跡なのだ。 


「ボクはもう、村の中を走り回るだけの存在じゃない! イベントをこなすだけの道具じゃない! 自由になれたんだ! そりゃあ師匠たちの思う自由とは違うかもしれない! おそろしく程度の低い、なんだそんなことかって程度のわずかな自由かもしれない! でも嬉しいことなんだ! ボクには選ぶことができる! それってすごいことなんだ!」



 のっそりとした緑色の巨体が迫ってきた。

 王都付近では一番の強敵。

 トロール。

 適正レベルは15。


 同時に、平原オオカミが複数ポップした。

 大人たちが悲鳴を上げる。


「く……っ」

 魔法の杖を振り上げたモルガンを、レフは止めた。

「師匠、手を出さないで! ここはボクが決めた、ボクの戦場だ!」

「レフ……?」

「師匠は行って! 自分のやるべきことをやって!」

「だってあなた……っ」


「──ありがとうございます!」

 レフはとびきり大きな声を出した。

 

「師匠のおかげで、ボクはこうしてここにいられる! バドとアンバーを見送って! 今また、師匠やふくちゃんを見送ることが出来る! 駄々をこねる師匠の背中を押すことが出来る! ──さあ師匠! 行ってくれよ! ボクの代わりに、バドやアンバーの隣に並んで戦ってくれよ! 危険な戦いの中に身を置いてるボクの友達を、仲間を救ってよ! ねえ師匠……っ! 頼むからさあ……!」


 ──ボクの友達を、助けてあげてよ!


「……っ」

 モルガンは息を呑んだ。

 何かを言いかけて、やめる。

 それを数回繰り返した。

 やがて諦めたようにため息をついた。


「レフ……」

 モルガンは魔法の杖を下ろした。

 ぎりっと歯を食い縛った。

「……そこまで言うならあんた、わかってるんでしょうねえ……?」

 涙で濡れた瞳で、レフをにらみつけた。


「もちろんさ! ボクは師匠の弟子だよ!? 一般大衆なんて及びもつかない、高貴で美麗で偉大な師匠の弟子なんだよ!?」

 レフは笑った。

 笑って、胸を張った。

「この程度のやつに負けるもんか! 木っ端微塵に打ち砕いて、高笑いをあげてやるさ! 師匠がどこにいたって聞こえるような、特大のやつをさ!」


「──上等。それでこそ、あんたは私の弟子よ」

 にぃぃぃっと、モルガンは精一杯に笑った。

 迷いを振り切るように、すぐさま移動力アップの魔法を唱え始めた。

 水色の光が足元から立ち上り、体中に絡みつく。

 魔素の起こした風でローブがはためき、長い髪がなびいた。


「──そうさ。ボクは師匠の弟子だ」

 去りゆくモルガンに背を向け、レフは鉄斧を構えた。

 迫りくるトロールのレベルは15。自分も15。

 どっちが勝ってもおかしくない、恐ろしい僅差。


 だけど負ける気はしなかった。

 周囲の味方の援護、天幕を使った回復。

 そしてなにより、世界最高の師匠の弟子なのだから。




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