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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
「サヨナラ協定」

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107/118

「再会」

 ~~~カイ人形~~~




 主攻しゅこう同士が激しくぶつかり合う傍で、その戦いは始まった。


 妖精軍の狙いはシンプルだ。

 抵抗がなければそのまま王都まで駆け抜ける。

 抵抗するなら踏みつぶして駆け抜ける。


 それは司令官であるカイ人形の性格のせいでもあるが、部隊編成のせいでもある。


 冒険者とモンスターの連合部隊、合わせて600。

 そのうち半分を占めるのが、レヴンドール大森林のモンスターたちだ。

 森ゴブリンや川トロール、骸骨兵スケルトン・ウォリア、百眼トカゲや樹の上位精霊(エント)、空舞う巨大なブリックちょうなどの、ごちゃ混ぜトレイン。

 共に戦う冒険者たちも、戦局がどうこうよりは、普段敵対してるモンスターたちと共闘したいというお祭り騒ぎが好きな連中ばかりだ。

 つまりは統率も、兵科兵種も何もない。衆を頼みの特攻戦術以外にとりようがない。


 ともあれ、意気は軒昂だった。

 ちょっとよそではお目にかかれないような規模のトレインに、冒険者たちは盛んに歓声を上げている。

 モンスターと並走し、あるいは騎乗しと大盛り上がりだ。 


「……おーおーおー、はしゃぎやがって。なぁにがそんなに楽しいのかねえ?」

 百眼トカゲの背に鞍を巻いて跨りながら、カイ人形は面白くもなさそうに辺りを見回す。


「うおー! 百眼トカゲだ!」

「でけえ! そしてキモい! 目が多い!」

「こいつの『死の凝視』で何度やられたことか……っ」


 百眼トカゲの周りにも、彼らは寄って来た。

 鞍上のカイ人形に気がつくと、興奮はピークに達した。


「プチカイだ!」

「めっちゃ可愛い!」

「やだ……小さい! 何かに目覚めそう……!」

「オレもう、ロリコンでいいや……」


「──死ね」

 カイ人形は半眼になると、範囲攻撃魔法の焦熱円火フレイムサークルをおもいきりぶっ放した。


「うおわー!?」

「まさかのフレンドリファイア!?」

「いったいオレらが何をしたー!?」


 思い思いの悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく冒険者たち。


「……あえて言うなら存在が不快だ」

 腕組みして鼻を鳴らすカイ人形。


 ふと動かしたその視線の先に、小人族の女騎士レディナイトがいた。

 妖精あいかたのおっさん騎士ナイト、バランタインと共に、ふたり揃って幽霊犬ゴーストドッグのチコの背に騎乗し、並走してくる。 

 キラキラした目でカイ人形を見つめている。


「ん? おまえは……」

「おおおおおー! すげえ! すっげえすっげええええええええ! カイすっげええええ!」

「え、おい……?」

「かっけええ! かっけかっけかっけえええええええ!」

「だからな、人の話を……」

「ママママママー! これこれこれこれ! このコ! このコかっけええええええよおおおおおおおお! ──っああああ!? ごめんなさあーい! 静かにやるからー!」

「うんわかった。もういいや……」


 意志疎通の困難さを察したカイ人形は、チコのほうに目をやった。

「会議の後いきなりいなくなったと思ったら、まぁたそいつんとこにいってたのか。おまえいつの間によそん家の犬になったんだ? ああ?」

 責められていると感じたのか、チコは「クウーン……」と弱々しく鳴き、首をうなだれさせた。

「凹むなよ。悪いと言ってるわけじゃねえんだ。そいつがおまえにご執心なのは知ってたし……」


 ゴルガリの魔塊まかいとの死闘が終わったあとも、マヤは足繁くレヴンドール大森林の奥の「名もなき小さな村」を訪れていた。

 方向音痴で地図も読めないマヤなので、到着するまでに実に数時間を要することもあったが、くじけずめげずに訪問し続けた。

 旅先で入手した手土産を携えて、土産話を温めて。

 そこにチコがいることを知っていたから。

 かつての飼い犬と同じ名前の犬が、もう戻って来ない飼い主を待っていると知っていたから。


 聞くとはなしに聞いていたから、カイ人形もそのへんの事情は知っていた。


「……そうか、とうとう決めたか。まあ、もとは釜茹でされる予定だったおまえだ。きちんとした人間に飼われるなら御の字だろうよ」

「……っ」

 別れの雰囲気を察したのか、チコがぱっと顔を上げる。

「そもそもおまえが恩のあるのはアタシのご主人様のほうだしな。似姿の、ただの人形なんかじゃねえもんな」


「……勝手にしろ。とっととどっかへ行っちまえ」

 カイ人形はとんがり帽子を目深に被り直すと、出来るだけ冷たい声で言い放った。

「……クウーン」

 チコが哀れげな声を出すが、彼女はもう、とり合おうとしない。




 帝国軍が迫った。

 高速歩兵の一団。

 100名余。


 犬歯を見せて笑うと、カイ人形はテンションを上げるためにことさら声を張り上げた。

「行くぞてめえら! ひと呑みだ!」

 号令一下、集団は鬨の声を上げ突撃していく。


 そして一方的に踏みつぶした。

 数的有利というのもあるが、レベル差もあった。

 なにせほとんどがレベルカンストしている冒険者たちと、数体のレアモンスター含むトレインだ。

 機動戦術を得手とする高速歩兵では、足止めにもならない。


「はーっはっはっはっは! いいなあいいなあ! 気分がいいなあ!」

 カイ人形は上機嫌で叫んだ。

「者ども続け! 勢いに乗じて、王都ごと踏みつぶせ!」


 高速歩兵の最後の数名を片付けたところで、敵後方に動きがあった。

 猛然たる砂煙とともに、何者かが向かって来る。


「なんだありゃ……?」

 物見の魔法で視力を強化すると、無数の魔物の群れが接近して来るのが見えた。



「とうとう来たぜ! 冒険者どもに目にもの見せてやれる日がよう!」

 殺人農園の黒妖精ウォート。日ごろの戦果の少なさを埋められる日が来たと、コールタールで塗りたくったような翅を小刻みに震わせている。


「うるせえぞウォート! 木っ端がほざくな!」

 王都近辺の森の主、巨大ミミズクのブラッドオウルが、紅玉のような目玉をぎょろりと蠢かす。


 ──冒険者に血を! くみする者に悪夢を!

 ──世界は我らのものだ!

 ──一人たりとも生かして帰すな!

 王都の地下闘技場に夜な夜な集まってはプレイヤーたちへの憎悪を募らせていたモンスターたち。悪役同盟ヴィランズ・ストライクの猛者ども。

 ソヴリンちゃんという旗頭を失い自由になった彼らが、雪崩のように襲い掛かって来た。



「げげ……名前付き(ネームド)かよ!」

 カイ人形は思わずうめき声を上げた。

 ネームドモンスター。彼らは一般のモンスターとは違う特殊な存在だ。抽選やランダムポップ、アイテムやクエストなどの発生条件を整えないと出現しない。

 固有デザインを持つ。特殊攻撃を持つ。能力値やレベルが高いなど様々な個体がいる。

 ──総じて強い。

 レベルはカンストした冒険者たちのさらに上。つまり1対1では勝てない。PT単位でかからなければ対処できない。

 妖精軍のモンスターで太刀打ちできそうな者は、せいぜい一握り。百眼トカゲや樹の上位精霊(エント)、ブリックちょう程度だろう。それとて数の少ない虎の子だ。


 ドーンドーンドーン!

 犀頭の獣人族が、激しく陣銅鑼じんどらを打ち鳴らす。

 悪役同盟の先鋒が、猛然と突き進んでくる。

 猛獣たちの暴走(スタンピード)のように押し寄せる。

 その数、300超──


「ネームドのトレインとかありえねえだろ!」

「無理だこれー!?」

「お助けー!」


 なにせ普通のRPGでいったら中ボスくらいの強さの敵が、集団で押し寄せて来るのだ。

 いかでたまろうか。

 妖精軍は凄まじい突進力で蹴散らされた。

 

「くそ……っ! 樹の上位精霊! 木の実の爆弾ルーレットだ!」

 カイ人形の指示に従い、枝に鈴なりに成った爆弾の実をばら撒く樹の上位精霊。

「ブリック鳥! サンダーウインドだ!」

 ブリック鳥は激しく羽ばたき、雷を伴う暴風を巻き起こした。

「百眼トカゲ! 死の凝視!」

 体中に無数の目を持つ百眼トカゲが、石化の凝視で敵陣をひとにらみした。


「くそ! くそ! くそが!」

 百眼トカゲの背を叩き、口汚く罵るカイ人形。

「アタシの子分どもを! てめえらごときが! 踏みにじろうとしやがるのか! あの時みたいに! 力ずくで!」

 激しく拳を振り回すが、睨みつけるが、軍の崩壊は止まらない。

「てめえらが! アタシのご主人を! アタシの村を! あの優しかった人たちを殺したんだ! てめえらを指示したやつが! アードバトンが! ふざけんなよ! このままにさせるかよ! 絶対生かしておくもんかよ!」

 気も狂わんばかりにわめきたてるが、感情だけでは戦況は動かせない。


 最初にブリック鳥が。

 次に樹の上位精霊が、SPを消費しきったところを討たれた。

 騎乗する百眼トカゲのHPも、いまや風前の灯火。


「く……っ、ここまでか!」

 形勢はあまりに不利すぎた。

 味方はてんでバラバラで、周囲は見渡す限り敵だらけ。

 せめてカイ本人であれば別だろうが、ここにいる自分はしょせん、似姿にすぎない。

 いみじくもチコに言った通りだ。


「あいつがここにいないことが、せめてもの救いかね……」

 乱戦の中、散り散りになったチコたち。

 生きているかはわからないが、目の前で討たれるのを見るよりは少しはマシだろうと、皮肉を思った。




 ウォン。

 どこからか声が聞こえてきた。

 ウォン。

 それは徐々にこちらに近づいてくる。


「ちっ……」

 カイ人形は舌打ちした。

「来るな!」

 叫んだ。

「てめえのご主人を危険に晒すやつがどこにいる!」


 声の接近が、ぴたり止まった。

「てめえは犬だろうが! ご主人を守る番犬だろうが! そうやって宿命づけられ、創られた存在だろうが! この程度で惑ってんじゃねえ! ご主人を大事にしろ!」


 声が聞こえなくなり、カイ人形はほっとした。

「……よーしよし、それでいいんだよ。アタシらの攻撃は失敗だが……なぁに、まだまだ他のやつらが残っているさ。おまえもそいつらに混じって戦えばいいんだ」


「……すまねえ、ご主人。あんたの仇は討てなかった……」

 カイ人形はゆっくりと魔杖まじょうを構えた。

「野郎にせめて一太刀、そう考えていたんだがな……」 

 今は亡き、カイその人に謝罪した。


「だが、見ててくれよ……っ」

 きっ、と目に力をこめた。

 百眼トカゲの腹に蹴りを入れた。

「行くぞ! 最期の勝負だ!」

 指示に応え、百眼トカゲは体中の無数の目をすべて光らせた。

数多あまたの死』──全SP消費をして石化の光線をばら撒く。文字通りの最終奥義だ。


 同時にカイも、呪文を唱え始めた。

「『リ・ブルム! リ・ブルム! 翼持つ者の王! 偉大なる龍どもの長よ! 我が命令めいを聞け!』」

 辺り一帯の空気が帯電する。大きく開いたカイ人形の両掌に風とともに集まり、大いなる渦を巻き起こす。

「『我が命令めいは絶対なり! 汝の牙を剣に変えよ! 汝の翼を風に変えよ! 血も肉も皮も、持てる全てを捧げ尽くせ!』」


 禁呪──龍雷ドラゴンライトニング

 広範囲型殲滅魔法だ。

 撃てば残りすべてのMPを失う。意識を失う。

 戦闘は当然不能。とどめを刺されておしまい。


 だが引き換えに、多くの敵を葬ることが出来るはずだ。

 自身の存在を賭けた、それはきっと、戦局を左右するほどの一撃だ。

 カイ人形は決死の覚悟を固め、呪文の詠唱を続けた。




 ──その時だ。


 どこからか声がした。

 チコのものではなかった。

 固くゴツゴツとした、機械のような声。


 それが風に乗ってやって来た。


 ──叫ベ、同胞はらから

 

「……っ?」

 紛れもない、ラクシルの声だった。


 ──叫べ、同胞。


 かつての親友。

 喜びも苦しみも分かち合ったともがら


 ──叫べ、同胞。


 彼女が叫んでいた。

 呼びかけていた。


 トリガーを引くように。

 終わりの鐘を鳴らすように。


 ──叫ベ。

 ──猛レ。

 ──目覚メヨ。




「──ウォン!」


 カイ人形はドキリとした。

 振り向いた先にいたのはチコだった。

 マヤがいて、バランタインがいた。

 チコの背の上で、主従揃ってふんぞり返っていた。


「おまえらなんで……」

「ひとっつううううううううう!」

 大声で、マヤが促す。

「騎士はあああああああ! 優れた能力でええええええええええ! 弱者を助けるものなりいいいい!」

 バランタインが叫ぶ。


「ふたっつううううううううう!」

「騎士はあああああああ! 己の守るべきもののためにいいいい! 全力を尽くす者なりいいいいい!」


「みっつうううううううううう!」

「騎士はあああああああ! 決して悪にいいいいいいいいいいい! 屈しなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


「……っ」

 その雄たけびにたぶん、根拠はない。

 だが、人を打つ力強い響きがあった。

 それはたぶん、信じているからだ。自分を、そして妖精あいかたを。


「ウォン、ウォン!」

 チコが唱和するように吼えた。

 まるで自らが騎士であるとでもいうかのように、カイ人形の元へ走り寄ってきた。

 まっすぐに、惑わずに。

 マヤたちと同じ目で吼えた。

「ウォン!」


「バッカ野郎……おまえら……っ」

 言葉に詰まるカイ人形に、横合いから声がかけられた。


「……バカハ、アナタデスヨ、カイ」


「ヤスパール!? おまえ!?」

 いつの間にか、ヤスパールがそこにいた。

 コデットとの激戦の中で失われていたはずの片腕と片足が、完全な形で復元している。

 マドロアの工房で修復作業をしていたのが間に合ったのだ。


 ──いや、問題はそこじゃねえ……。


「おまえ……ヤスパール! 今、アタシのことを……!?」

 ヤスパールはたしかにカイと呼んだ。マスターではなく。

 

 かつてカイは、魔法実験中の事故で命を落としたヤスパールの魂を黒水晶に移して保管した。

 だが完全な状態には復元できなかった。

 ──なあ、ヤスパール。

 ──なあ、ヤスパール。

 何度呼びかけても反応は返ってこなかった。

 当時の彼女は、ギーラの先代に命を狙われていた。

 身の危険を感じ、ラクシルを連れて王国に亡命した。

 だから最後の記憶では、ヤスパールは物言わぬ黒水晶の塊にすぎなかった。

 再会したあとも、意味のある会話は出来なかった。

 ただ他の機械兵よりも優秀で、ただ他の機械兵よりも自分に懐いている存在にすぎなかった。



「……」

 ヤスパールは改めて、カイ人形をじっと見た。

 毛糸の体をじっくり眺めた。


 関節が丸く、口の下に縦線が2本入っている。

 髪は金髪。蛇がのたうつようなくせっ毛。

 目は青く、湖水の深淵を湛えている。

 お子様体型包んだボンテージファッションと、魔女の証のとんがり帽子。


「……イイザマ、デスネ、チンチクリン」

「……っ」

 カイ人形は絶句した。

 それはたしかに、カイをライバル視していたヤスパールがバカにして呼んでいたあだ名だった。


「けっ……なぁにをぬかしやがる……デカ女ぁ」

 強い言葉とは裏腹、カイ人形はこみ上げた感情を誤魔化すように、とんがり帽子を目深にかぶった。

 流れないはずの涙をこらえるかのように。


「……フフ」

 まだまだぎこちない表情で、けれどたしかに、ヤスパールは笑った。

 カイ人形を槍斧の穂先に引っかけ、背に乗せた。


「……覚エテ、マスカ? 我々ガ組メバ、無敵ダッテ言ワレテタ、コト」

「普段敵対してるけど、あいつら組んだら最強タッグなんじゃねえかってんだろ? 忘れるもんかよ。あんな屈辱はなかった」

「……ワタシハネ、ソレモ、イイカト、思ッテ、タンデスヨ?」 

「……ふん、知らねえよ」

 カイ人形は照れ隠しで毒づいた。


 ふたりの前に広がるは、地を埋め尽くすようなモンスターの群れ。

 ネームドの、強力モンスターたち。


 カイ人形は、魔杖をぶんと振り回した。

 とんがり帽子のつばを持ち上げ、前を見た。

「だけどそうだな。不思議と負ける気がしなくなった。有象無象が、何匹かかってこようと造作もねえってな」

 槍斧をガチガチ打ち鳴らすヤスパールの背を、手荒く叩いた。

「そうと決まったら派手に行くぜ! デカ女ぁ!」

「……ソウデスネ、チンチクリン」


「マヤもー! マヤもいるよー!」

「吾輩らを忘れるとは不届き千万!」

「ウォンウォンウォン!」

 心外、とばかりにふたりと一匹が声を上げる。

 彼女らはひと塊になって、乱戦へと突入した。

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