「再会」
~~~カイ人形~~~
主攻同士が激しくぶつかり合う傍で、その戦いは始まった。
妖精軍の狙いはシンプルだ。
抵抗がなければそのまま王都まで駆け抜ける。
抵抗するなら踏みつぶして駆け抜ける。
それは司令官であるカイ人形の性格のせいでもあるが、部隊編成のせいでもある。
冒険者とモンスターの連合部隊、合わせて600。
そのうち半分を占めるのが、レヴンドール大森林のモンスターたちだ。
森ゴブリンや川トロール、骸骨兵、百眼トカゲや樹の上位精霊、空舞う巨大なブリック鳥などの、ごちゃ混ぜトレイン。
共に戦う冒険者たちも、戦局がどうこうよりは、普段敵対してるモンスターたちと共闘したいというお祭り騒ぎが好きな連中ばかりだ。
つまりは統率も、兵科兵種も何もない。衆を頼みの特攻戦術以外にとりようがない。
ともあれ、意気は軒昂だった。
ちょっとよそではお目にかかれないような規模のトレインに、冒険者たちは盛んに歓声を上げている。
モンスターと並走し、あるいは騎乗しと大盛り上がりだ。
「……おーおーおー、はしゃぎやがって。なぁにがそんなに楽しいのかねえ?」
百眼トカゲの背に鞍を巻いて跨りながら、カイ人形は面白くもなさそうに辺りを見回す。
「うおー! 百眼トカゲだ!」
「でけえ! そしてキモい! 目が多い!」
「こいつの『死の凝視』で何度やられたことか……っ」
百眼トカゲの周りにも、彼らは寄って来た。
鞍上のカイ人形に気がつくと、興奮はピークに達した。
「プチカイだ!」
「めっちゃ可愛い!」
「やだ……小さい! 何かに目覚めそう……!」
「オレもう、ロリコンでいいや……」
「──死ね」
カイ人形は半眼になると、範囲攻撃魔法の焦熱円火をおもいきりぶっ放した。
「うおわー!?」
「まさかのフレンドリファイア!?」
「いったいオレらが何をしたー!?」
思い思いの悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく冒険者たち。
「……あえて言うなら存在が不快だ」
腕組みして鼻を鳴らすカイ人形。
ふと動かしたその視線の先に、小人族の女騎士がいた。
妖精のおっさん騎士、バランタインと共に、ふたり揃って幽霊犬のチコの背に騎乗し、並走してくる。
キラキラした目でカイ人形を見つめている。
「ん? おまえは……」
「おおおおおー! すげえ! すっげえすっげええええええええ! カイすっげええええ!」
「え、おい……?」
「かっけええ! かっけかっけかっけえええええええ!」
「だからな、人の話を……」
「ママママママー! これこれこれこれ! このコ! このコかっけええええええよおおおおおおおお! ──っああああ!? ごめんなさあーい! 静かにやるからー!」
「うんわかった。もういいや……」
意志疎通の困難さを察したカイ人形は、チコのほうに目をやった。
「会議の後いきなりいなくなったと思ったら、まぁたそいつんとこにいってたのか。おまえいつの間によそん家の犬になったんだ? ああ?」
責められていると感じたのか、チコは「クウーン……」と弱々しく鳴き、首をうなだれさせた。
「凹むなよ。悪いと言ってるわけじゃねえんだ。そいつがおまえにご執心なのは知ってたし……」
ゴルガリの魔塊との死闘が終わったあとも、マヤは足繁くレヴンドール大森林の奥の「名もなき小さな村」を訪れていた。
方向音痴で地図も読めないマヤなので、到着するまでに実に数時間を要することもあったが、くじけずめげずに訪問し続けた。
旅先で入手した手土産を携えて、土産話を温めて。
そこにチコがいることを知っていたから。
かつての飼い犬と同じ名前の犬が、もう戻って来ない飼い主を待っていると知っていたから。
聞くとはなしに聞いていたから、カイ人形もそのへんの事情は知っていた。
「……そうか、とうとう決めたか。まあ、もとは釜茹でされる予定だったおまえだ。きちんとした人間に飼われるなら御の字だろうよ」
「……っ」
別れの雰囲気を察したのか、チコがぱっと顔を上げる。
「そもそもおまえが恩のあるのはアタシのご主人様のほうだしな。似姿の、ただの人形なんかじゃねえもんな」
「……勝手にしろ。とっととどっかへ行っちまえ」
カイ人形はとんがり帽子を目深に被り直すと、出来るだけ冷たい声で言い放った。
「……クウーン」
チコが哀れげな声を出すが、彼女はもう、とり合おうとしない。
帝国軍が迫った。
高速歩兵の一団。
100名余。
犬歯を見せて笑うと、カイ人形はテンションを上げるためにことさら声を張り上げた。
「行くぞてめえら! ひと呑みだ!」
号令一下、集団は鬨の声を上げ突撃していく。
そして一方的に踏みつぶした。
数的有利というのもあるが、レベル差もあった。
なにせほとんどがレベルカンストしている冒険者たちと、数体のレアモンスター含むトレインだ。
機動戦術を得手とする高速歩兵では、足止めにもならない。
「はーっはっはっはっは! いいなあいいなあ! 気分がいいなあ!」
カイ人形は上機嫌で叫んだ。
「者ども続け! 勢いに乗じて、王都ごと踏みつぶせ!」
高速歩兵の最後の数名を片付けたところで、敵後方に動きがあった。
猛然たる砂煙とともに、何者かが向かって来る。
「なんだありゃ……?」
物見の魔法で視力を強化すると、無数の魔物の群れが接近して来るのが見えた。
「とうとう来たぜ! 冒険者どもに目にもの見せてやれる日がよう!」
殺人農園の黒妖精ウォート。日ごろの戦果の少なさを埋められる日が来たと、コールタールで塗りたくったような翅を小刻みに震わせている。
「うるせえぞウォート! 木っ端がほざくな!」
王都近辺の森の主、巨大ミミズクのブラッドオウルが、紅玉のような目玉をぎょろりと蠢かす。
──冒険者に血を! 与する者に悪夢を!
──世界は我らのものだ!
──一人たりとも生かして帰すな!
王都の地下闘技場に夜な夜な集まってはプレイヤーたちへの憎悪を募らせていたモンスターたち。悪役同盟の猛者ども。
ソヴリンちゃんという旗頭を失い自由になった彼らが、雪崩のように襲い掛かって来た。
「げげ……名前付きかよ!」
カイ人形は思わずうめき声を上げた。
ネームドモンスター。彼らは一般のモンスターとは違う特殊な存在だ。抽選やランダムポップ、アイテムやクエストなどの発生条件を整えないと出現しない。
固有デザインを持つ。特殊攻撃を持つ。能力値やレベルが高いなど様々な個体がいる。
──総じて強い。
レベルはカンストした冒険者たちのさらに上。つまり1対1では勝てない。PT単位でかからなければ対処できない。
妖精軍のモンスターで太刀打ちできそうな者は、せいぜい一握り。百眼トカゲや樹の上位精霊、ブリック鳥程度だろう。それとて数の少ない虎の子だ。
ドーンドーンドーン!
犀頭の獣人族が、激しく陣銅鑼を打ち鳴らす。
悪役同盟の先鋒が、猛然と突き進んでくる。
猛獣たちの暴走のように押し寄せる。
その数、300超──
「ネームドのトレインとかありえねえだろ!」
「無理だこれー!?」
「お助けー!」
なにせ普通のRPGでいったら中ボスくらいの強さの敵が、集団で押し寄せて来るのだ。
いかでたまろうか。
妖精軍は凄まじい突進力で蹴散らされた。
「くそ……っ! 樹の上位精霊! 木の実の爆弾ルーレットだ!」
カイ人形の指示に従い、枝に鈴なりに成った爆弾の実をばら撒く樹の上位精霊。
「ブリック鳥! サンダーウインドだ!」
ブリック鳥は激しく羽ばたき、雷を伴う暴風を巻き起こした。
「百眼トカゲ! 死の凝視!」
体中に無数の目を持つ百眼トカゲが、石化の凝視で敵陣をひとにらみした。
「くそ! くそ! くそが!」
百眼トカゲの背を叩き、口汚く罵るカイ人形。
「アタシの子分どもを! てめえらごときが! 踏みにじろうとしやがるのか! あの時みたいに! 力ずくで!」
激しく拳を振り回すが、睨みつけるが、軍の崩壊は止まらない。
「てめえらが! アタシのご主人を! アタシの村を! あの優しかった人たちを殺したんだ! てめえらを指示したやつが! アードバトンが! ふざけんなよ! このままにさせるかよ! 絶対生かしておくもんかよ!」
気も狂わんばかりにわめきたてるが、感情だけでは戦況は動かせない。
最初にブリック鳥が。
次に樹の上位精霊が、SPを消費しきったところを討たれた。
騎乗する百眼トカゲのHPも、いまや風前の灯火。
「く……っ、ここまでか!」
形勢はあまりに不利すぎた。
味方はてんでバラバラで、周囲は見渡す限り敵だらけ。
せめてカイ本人であれば別だろうが、ここにいる自分はしょせん、似姿にすぎない。
いみじくもチコに言った通りだ。
「あいつがここにいないことが、せめてもの救いかね……」
乱戦の中、散り散りになったチコたち。
生きているかはわからないが、目の前で討たれるのを見るよりは少しはマシだろうと、皮肉を思った。
ウォン。
どこからか声が聞こえてきた。
ウォン。
それは徐々にこちらに近づいてくる。
「ちっ……」
カイ人形は舌打ちした。
「来るな!」
叫んだ。
「てめえのご主人を危険に晒すやつがどこにいる!」
声の接近が、ぴたり止まった。
「てめえは犬だろうが! ご主人を守る番犬だろうが! そうやって宿命づけられ、創られた存在だろうが! この程度で惑ってんじゃねえ! ご主人を大事にしろ!」
声が聞こえなくなり、カイ人形はほっとした。
「……よーしよし、それでいいんだよ。アタシらの攻撃は失敗だが……なぁに、まだまだ他のやつらが残っているさ。おまえもそいつらに混じって戦えばいいんだ」
「……すまねえ、ご主人。あんたの仇は討てなかった……」
カイ人形はゆっくりと魔杖を構えた。
「野郎にせめて一太刀、そう考えていたんだがな……」
今は亡き、カイその人に謝罪した。
「だが、見ててくれよ……っ」
きっ、と目に力をこめた。
百眼トカゲの腹に蹴りを入れた。
「行くぞ! 最期の勝負だ!」
指示に応え、百眼トカゲは体中の無数の目をすべて光らせた。
『数多の死』──全SP消費をして石化の光線をばら撒く。文字通りの最終奥義だ。
同時にカイも、呪文を唱え始めた。
「『リ・ブルム! リ・ブルム! 翼持つ者の王! 偉大なる龍どもの長よ! 我が命令を聞け!』」
辺り一帯の空気が帯電する。大きく開いたカイ人形の両掌に風とともに集まり、大いなる渦を巻き起こす。
「『我が命令は絶対なり! 汝の牙を剣に変えよ! 汝の翼を風に変えよ! 血も肉も皮も、持てる全てを捧げ尽くせ!』」
禁呪──龍雷。
広範囲型殲滅魔法だ。
撃てば残りすべてのMPを失う。意識を失う。
戦闘は当然不能。とどめを刺されておしまい。
だが引き換えに、多くの敵を葬ることが出来るはずだ。
自身の存在を賭けた、それはきっと、戦局を左右するほどの一撃だ。
カイ人形は決死の覚悟を固め、呪文の詠唱を続けた。
──その時だ。
どこからか声がした。
チコのものではなかった。
固くゴツゴツとした、機械のような声。
それが風に乗ってやって来た。
──叫ベ、同胞。
「……っ?」
紛れもない、ラクシルの声だった。
──叫べ、同胞。
かつての親友。
喜びも苦しみも分かち合った輩。
──叫べ、同胞。
彼女が叫んでいた。
呼びかけていた。
トリガーを引くように。
終わりの鐘を鳴らすように。
──叫ベ。
──猛レ。
──目覚メヨ。
「──ウォン!」
カイ人形はドキリとした。
振り向いた先にいたのはチコだった。
マヤがいて、バランタインがいた。
チコの背の上で、主従揃ってふんぞり返っていた。
「おまえらなんで……」
「ひとっつううううううううう!」
大声で、マヤが促す。
「騎士はあああああああ! 優れた能力でええええええええええ! 弱者を助けるものなりいいいい!」
バランタインが叫ぶ。
「ふたっつううううううううう!」
「騎士はあああああああ! 己の守るべきもののためにいいいい! 全力を尽くす者なりいいいいい!」
「みっつうううううううううう!」
「騎士はあああああああ! 決して悪にいいいいいいいいいいい! 屈しなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
「……っ」
その雄たけびにたぶん、根拠はない。
だが、人を打つ力強い響きがあった。
それはたぶん、信じているからだ。自分を、そして妖精を。
「ウォン、ウォン!」
チコが唱和するように吼えた。
まるで自らが騎士であるとでもいうかのように、カイ人形の元へ走り寄ってきた。
まっすぐに、惑わずに。
マヤたちと同じ目で吼えた。
「ウォン!」
「バッカ野郎……おまえら……っ」
言葉に詰まるカイ人形に、横合いから声がかけられた。
「……バカハ、アナタデスヨ、カイ」
「ヤスパール!? おまえ!?」
いつの間にか、ヤスパールがそこにいた。
コデットとの激戦の中で失われていたはずの片腕と片足が、完全な形で復元している。
マドロアの工房で修復作業をしていたのが間に合ったのだ。
──いや、問題はそこじゃねえ……。
「おまえ……ヤスパール! 今、アタシのことを……!?」
ヤスパールはたしかにカイと呼んだ。マスターではなく。
かつてカイは、魔法実験中の事故で命を落としたヤスパールの魂を黒水晶に移して保管した。
だが完全な状態には復元できなかった。
──なあ、ヤスパール。
──なあ、ヤスパール。
何度呼びかけても反応は返ってこなかった。
当時の彼女は、ギーラの先代に命を狙われていた。
身の危険を感じ、ラクシルを連れて王国に亡命した。
だから最後の記憶では、ヤスパールは物言わぬ黒水晶の塊にすぎなかった。
再会したあとも、意味のある会話は出来なかった。
ただ他の機械兵よりも優秀で、ただ他の機械兵よりも自分に懐いている存在にすぎなかった。
「……」
ヤスパールは改めて、カイ人形をじっと見た。
毛糸の体をじっくり眺めた。
関節が丸く、口の下に縦線が2本入っている。
髪は金髪。蛇がのたうつようなくせっ毛。
目は青く、湖水の深淵を湛えている。
お子様体型包んだボンテージファッションと、魔女の証のとんがり帽子。
「……イイザマ、デスネ、チンチクリン」
「……っ」
カイ人形は絶句した。
それはたしかに、カイをライバル視していたヤスパールがバカにして呼んでいたあだ名だった。
「けっ……なぁにをぬかしやがる……デカ女ぁ」
強い言葉とは裏腹、カイ人形はこみ上げた感情を誤魔化すように、とんがり帽子を目深にかぶった。
流れないはずの涙をこらえるかのように。
「……フフ」
まだまだぎこちない表情で、けれどたしかに、ヤスパールは笑った。
カイ人形を槍斧の穂先に引っかけ、背に乗せた。
「……覚エテ、マスカ? 我々ガ組メバ、無敵ダッテ言ワレテタ、コト」
「普段敵対してるけど、あいつら組んだら最強タッグなんじゃねえかってんだろ? 忘れるもんかよ。あんな屈辱はなかった」
「……ワタシハネ、ソレモ、イイカト、思ッテ、タンデスヨ?」
「……ふん、知らねえよ」
カイ人形は照れ隠しで毒づいた。
ふたりの前に広がるは、地を埋め尽くすようなモンスターの群れ。
ネームドの、強力モンスターたち。
カイ人形は、魔杖をぶんと振り回した。
とんがり帽子のつばを持ち上げ、前を見た。
「だけどそうだな。不思議と負ける気がしなくなった。有象無象が、何匹かかってこようと造作もねえってな」
槍斧をガチガチ打ち鳴らすヤスパールの背を、手荒く叩いた。
「そうと決まったら派手に行くぜ! デカ女ぁ!」
「……ソウデスネ、チンチクリン」
「マヤもー! マヤもいるよー!」
「吾輩らを忘れるとは不届き千万!」
「ウォンウォンウォン!」
心外、とばかりにふたりと一匹が声を上げる。
彼女らはひと塊になって、乱戦へと突入した。




