「行こうぜ、親友」
~~~コルム~~~
帝国軍と妖精軍の主攻である軽騎兵と機械兵のぶつかり合いは、耐久力の高い機械兵側に軍配。全局面で圧倒している。
その有様を見て取った女王ラクシルが、直ちに号令を下す。
「鏖殺セヨ──」
8頭立ての戦車を駆り、単身戦線を突破。空いた穴へ機械兵の軍団が雪崩こんで行く。
「狼共よ牙を剥け!」
後詰めをしていた軽騎兵第二陣が矢のような突撃陣形をとって加速。戦場を駆けていく。
「敵左翼を噛み砕き駆け抜けよ! 左旋回した後、反転攻勢! 後背から喰らいつけ!」
真正面から攻めても利無し。機動力を活かして薄い部分を抜け、一気に女王ラクシルの背後をつく作戦。
兵科兵種としての特性からも、これは正しい。
だが、第二陣の馬蹄が機械兵の左翼にかからんとしたまさにその時だった。
「待ってました!」
絶妙のタイミングで横合いから襲い掛かった一団があった。
音消しと姿隠しの魔法を解除し、左右の繁みから仕掛けた。
「魔法攻撃部隊! 斉射!」
右翼から長耳族のマダム・ラリー。
館から連れてきた幽霊を中心とする亡者たちの軍団200とともに、魔法の杖を振りかざした。
「遠隔攻撃部隊! こちらも一斉射だ!」
左翼から斥候のコルムが、冒険者中心に編成された遠隔攻撃部隊160に指示を出す。
「ちっ……伏兵か!? 精神を集中しろ! 盾をかざせー!」
第二陣指揮官が、防御を固めるよう指示を出す。
そこへ降りかかったのは6属性の直接ダメージ系魔法──ではなく、麻痺、混乱、睡眠、恐慌などの状態異常魔法、及びそれら特殊効果の付与された矢の雨だった。
「何……!? 搦め手できたか!」
直接ダメージでないだけに、防ごうとして防げるものではない。
純粋な魔法抵抗でしか抵抗できない上に、ハーフレジストでも充分に効果を発揮するあたりタチが悪い。
罹患した者がてんでばらばらな動きを数十秒するだけで、そういった者たちが数十名いるだけで、陣形は崩れる。そこかしこで大渋滞が発生する。
──倒すためではない、崩すための攻撃。
「各自ポーションや薬草で状態異常回復に努めよ! 隣接する者5人で隊伍を組み、各自の状態把握に努めよ! 集を維持し、突破を図れ!」
矢継ぎ早に指示を出す所へ、しかしさらなる魔法と矢が襲いかかる。さらなる状態異常に罹患する──回復が追いつかない。
せめて反撃応射出来ればいいのだが、遠隔攻撃部隊の随行しない軽騎兵ではそれも出来ない。
しまいには指揮官までもが恐慌状態に陥り、集団は呆気なく崩壊した。
「なんかやり口がいやらしいというか……。もっとこう……派手に出来ないもんかなあ……」
口より先に手が出る足が出るタイプのコルムとしては、こういうやり方はまだるっこしくてしかたがない。
もっとわかりやすく、正々堂々と真正面から戦いたいものだが……。
「派手に散るより効率的に勝つ。それこそが戦いというものですよ」
森の妖精のように美しい長耳族の娘が、グラデーションのかかった悪い顔で笑う。
「効率的……ねえ?」
「ええ。状態異常を駆使して敵を混乱に陥れ、ダメージに頼らず戦闘不能に追い込む。あとは各個撃破。ひとりひとり、反撃する間も与えず速やかに葬り去る。実に実にエレガントです」
マダム・ラリーの娘レイミア。
その正体は、北の果てヴィンチの街の大量殺人鬼だ。これまで実に300人以上の旅人を騙し捕らえて縊り殺してきた悪魔のような母娘、その片割れだ。
「時々不安になるよ。……あんたたちは本当に味方なのかなってさ」
こうして肩を並べて戦っていることが、コルムは未だに信じられない。
「敵の敵は味方、と言うでしょう?」
「言うけどさ……」
たしかに──
悪役同盟がキティハーサ全土に対して戦争を仕掛けた際、レイミアはヴィンチの街側の防衛戦力として戦った。
一時的とはいえ冒険者や妖精たちの味方だったわけだが、それも今考えてみれば不思議な話だ。
「主義の違い。主張の違い。悪役には悪役なりのイデオロギーがあるんですのよ?」
なぜかのドヤ顔。
「イデオロギーねえ……」
「誰彼構わず牙を剥くようなあんな輩は、悪役の風上にも置けませんもの」
ふんす、とレイミアは鼻息を荒くする。
「だいたいエレガントさが足りませんっ」
「まあいいか……」
コルムはなんとなく脱力した。
自我持つ彼女らには、彼女らなりの美学があるのだろう。
「まあ、個人的な恨みもあるんですけどね……」
「恨み?」
「ええ……」
レイミアは、すっと目を細めて述懐した。
「……私の父を殺した者がいた。その者は私と母の心の隙につけこんだ。悪意の種を育て、思うように操った。その結果が件の大量殺人であり、絶命砲や機械兵の弾の移送だった。カロックの村で行われていたように、多くのキャラバンで行われていたように。悲劇はいたるところにあった。そこにもかしこにも。遠く遠く北の果て、ヴィンチの街にすらも……」
遥かな過去を見遥かすような、それは神妙なまなざしだった。
「それってまさか……」
コルムは思わず息を呑んだ。
「千眼のことか?」
無数の目玉に覆われた醜い顔の持ち主。
今まで何度となくコルムたちの前に立ちはだかってきたあの男は、ヴィンチの街でも暗躍していたのか。
むしろ、千眼のせいでレイミアたち母娘は闇へと堕ちたのか。
「あんたたちは、あの男に操られてそんなふうになったのか?」
レイミアは、答える代わりに肩を竦めた。
「そんなふうなんておっしゃらないで。私、昔は嫌で嫌で仕方なかったですけど、今ではこの設定、けっこう気に入ってますのよ? なんといってもハチヤ様と巡り会えましたし……」
「ねえ、コルム? ところで──」
レイミアがわずかに顔を傾け、いたずらっぽく見つめてきた。
「あなたは想いを告げた? 想いを遂げた?」
「あたしは……」
コルムは──丸耳族の男性キャラに扮した小巻は自嘲した。
「……まだ、遂げてはいないんだ」
くすくす、くすくす。
レイミアは後ろ手に手を組んだ。
「じゃあ私たち、まだライバルね?」
「ライバル……?」
レイミアは──長髪を優雅に背に垂らし、美しいドレスで着飾っていたお嬢様は、いまではずいぶんと気軽な服装をしている。
芸術品のような金髪をもったいなくもポニーテールに結って、草色の外套に革のズボンとブーツを履いている。手にはミトン、首にはマフラー。
冒険者みたいにラフな格好をしている。
「あら、ライバルになるほどの存在じゃない。って顔をしてますわね?」
「そんなこと……っ」
くすくす、くすくす。
レイミアはその場でくるりと回った。
ポニーテールが流星のように尾を引き、宙に綺麗な円を描いた。
「いいんですのよ。気になさらなくて。事実そうなんですから。たかだか一介のNPCごときが何をほざく。私だって、立場が違えばそう思いますもの」
「あたしはそんなこと……っ」
反駁しようとした小巻の唇に、レイミアは人差し指をちょんと当てた。
「……会議のあとに、ね?」
ひっそりと、秘密の宝物の場所でも告げるかのようにレイミアは囁いた。
「ハチヤ様が、会う機会を作って下さいましたの」
「褒めてくださいましたの。ひさしぶりだなって。以前よりも綺麗だなって。その格好、似合ってるぜって」
「……」
「約束もしてくださいましたの。カラバル平原に、アクバル湿原に、王都イリヤーズに、機械都市マドロアに。連れってやるからなって、引っ張り回してやるからなって。あの時と同じことをおっしゃってくださいましたの。今じゃもう半分も叶ってしまいましたってダダをこねたら、じゃあ今度はもっと違うところへ連れてってやるって。レヴンドール大森林へ、妖精釜へ連れてってやるって、約束してくださいましたの」
はあ……っとため息をついた。
「……また、抱きしめてくださいましたの」
夢見るように、彼女は胸に手を当てる。
「だからもう……胸がいっぱいで……っ」
ゆっくりとゆっくりと、彼女は幸福を噛みしめる。
「レイミア……」
小巻は口ごもった。
レイミアの目の奥にある諦観が、小巻の胸を詰まらせた。
ハチヤたち一行がマダム・ラリーの館を後にしてから、すでに数カ月が経過している。
その間に、状況は目まぐるしく動いた。
動きすぎた。
レイミアにとっては。
妻の座をすでにルルに射止められている。
せめて隣で戦おうにも、レベル差が開きすぎていて足手まといにしかならない。
ハチヤのいる最前線の特攻は、最高レベル最高スキルの冒険者とNPCによって構成されている。
レイミアの出る幕は、もはやどこにもない。
だからここで、彼女はバックアップに励むことを決めているのだ。
露払いをすると決めているのだ。
本当は、誰よりハチヤの傍にいたいのに。
時はもう、戻らないから。
「ねえレイミア……?」
「──しっ」
ストップ、というようにレイミアは手で制してくる。
「何かが、聞こえませんか?」
「……何かが?」
コルムは耳を澄ませた。
それは風に乗って流れてきた。
──叫べ、同胞。
誰かの声。
──叫べ、同胞。
誰かの想い。
──叫べ、同胞。
小さな声なのに、かそけき言葉なのに胸に届く。
草原を渡る風のように、どこまでも広がっていく。
──彼女を奮い立たせる。
「……っ」
レイミアは、はっと胸を押さえた。
顔を青ざめさせ、唇を震わせよろめいた。
まるで何かのスイッチが入ったかのようだった。
何かのトリガーが引かれたかのようだった。
青ざめていたレイミアの顔に、みるみるうちに生気が蘇っていく。
つぼみが花開くように、ぱっと血色がよくなっていく。
小巻は気づいた。
レイミアの中の何かの回路が動き出したことを。
「……ひとつ、あなたは勘違いをしているわ」
レイミアは、笑みの形に口もとを歪めた。
「私は諦めてなんかいない。私は……」
その目には光があった。強く強く輝いていた。
「──絶対に諦めない!」
拳を握って叫んだ。
「そうよ! 待ってるのはもうたくさん! こちらから追いかけるの! 追いかけて! 追いついて! ずっとハチヤ様の傍にいるの! 相棒として! 仲間として! ……ううん違う、そうじゃない!」
激しくかぶりを振った。
「私はハチヤ様の一番になりたい! ゲームも現実もどうでもいい! 明日世界が終わったとしても構わない! 常にあの方の一番でありたい! だからこんなところで終われない! もっと先へ! エリア境界すらも超えて! あの方の傍へ……!」
「──エジムンド!」
レイミアの呼びかけに応え、瞬間転移のようにひとりの老執事が姿を現した。
半欠けの仮面を被っている。
片刃の曲刀を手に下げている。
館にいた時の印象とはまるで違う。
「──お呼びになりましたでしょうか。お嬢様」
老執事はレイミアの前に片膝をつき、頭を垂れた。
「……エジムンド」
レイミアは再度、老執事に呼びかけた。
「お願い、私を連れて行って。あの方の傍へ。誰よりも敬愛する、麗しきあの方の傍へ」
その目にもはや、迷いはない。
老執事はニヤリと笑った。
「──仰せのままに」
すっくと立ち上がった。
振り返った。
眼前には高速歩兵の大集団。その数200か300か。
「お嬢様の命とあらば、万難を排して……」
スラリと曲刀を抜いた。
その背は、紛うことなき歓喜に打ち震えている。
「レイミア……一体……?」
小巻には、何が起こったのかわからない。
目まぐるしく変転する状況についていけない。
「コルム──」
戸惑う小巻の前に、レイミアの手が差し出された。
わけもわからず掴んだ。
「──!?」
掴んだ瞬間、背筋を電流が走り抜けた。
レイミアの表情に釘付けになった。
彼女は笑う──
「行きましょ? 女の子なら戦わなくちゃ。愛も自由も、カーテンコールの立ち位置だって、戦って勝ちとらなきゃ。……そうね。ハチヤ様ならこうおっしゃるかしら」
やんちゃな男の子みたいな顔で、レイミアは笑う。
「──行こうぜ、親友。おまえも一緒だ」




