「叫ベ、同胞」
~~~ラクシル~~~
人類の主たる大陸から遠く離れた果ての果て。
世界を隔てる大断崖の膝下、妖精たちの住まう自由の楽園キティハーサで起こった事件は、今ひとつの形をとろうとしていた。
アードバトン率いる黒の軍団。彼に協力するロックラント帝国の遠征軍――うち高速歩兵と軽騎兵のみの一団。併せて2500。
王都から逃げ延びた一部のNPCと、キティハーサ全土から集まった義勇兵1000。女王ラクシルの手勢たる機械兵1000。並びにプレイヤーである冒険者500人と、同数の妖精500人。総数3000。
両者は王都眼前に広がるカラバル平原の中央部で、真っ向からぶつかった。
主攻、正面戦列に立つのは機械都市マドロアの女王ラクシルだ。
金属の駿馬に曳かせた8頭立ての戦車の上に立ち、まっすぐ正面を見すえている。
「……機械兵、前ヘ。……体ヲモッテ盾ト成シ、軽騎兵ヲ止メヨ」
号令一下、動いたのは機械兵の大部隊だ。
頭から生えた角。
目を模した銃。
手の代わりの剣。
肘先に生えた槍。
胴から生えた大砲。
足の代わりの斧。
奇怪に変形した武器を振りかざし撃ち放ち、真正面から突撃した。
対する帝国軍軽騎兵は、威力偵察などの機動力を生かした任務に就くため特化した騎兵だ。
一般の騎兵に比べて武装が薄く軽く、攻防の能力値こそ見劣りするが、穂先を並べての突撃は驚異的な威力を誇る。
ド、ド、ド、ド……!!
両者、正面からぶつかり合った。
肉を打つ音。
金属の擦れる音。
金属が馬の胴を、人の体を貫く音。
突撃槍が金属の塊を破砕する音。
馬のいななき。
悲鳴。
どちらの被害も甚大だった。
尋常ならざる命が散った。
機械兵のほうがわずかに勝った。
痛覚のない彼らは、たとえ手足をもがれても頭だけで敵に噛みつくことが出来る。
地に倒れ伏した者たちが、さながら蜘蛛の糸に絡みつく亡者の群れのように、前進しようとする騎馬の足にまとわりついていく。
「な、なんだこいつら……!?」
「馬鹿……離せ……!!」
機動力を失った軽騎兵は無力だ。武装が薄い分、白兵戦に弱い。
馬から引きずり降ろされた乗り手は次々と討たれていった。
「鏖殺セヨ──」
有利に転じた現状を機械兵たちに任せ、ラクシルは自ら前進を開始した。
単騎で前へ。
慌てて近衛兵が追いかけるが、あまりのスピードに追い付けない。
大将をとらんと帝国軍が群がるが、スレイプニールは単体でも強い。
車輪の側面に鋭利な刃がついていて、回転しながら騎馬の足や騎士の首を刈っていく。
金属の駿馬それ自体も高レベルのモンスターであり、正面に立ちふさがる者を跳ね飛ばし踏みつけて駆け続ける。
瞬く間に、人馬の死骸が山を成した。
「……ン?」
ラクシルは小首を傾げた。
前方に一騎、待ち受けていた。
「おうおう!! ポンコツ共の親玉がよくぞ来た!!」
大音声と共に現れたのは、禿頭の巨漢、丸耳族のベルゼルガだ。
王都決戦を生き残った怪力無双の騎士が巨大な黒馬に跨り、二丁斧を引っ提げ戦いを挑んで来た。
「女王ヲ守レ──」
「絶対ニ近ヅケルナ──」
ラクシルに追い付いた近衛兵たちが次々と仕掛けるが、暴風のように振り回される二丁斧の前にあえなく打ち砕かれていく。
「邪魔ヲスルカ、下郎――」
スレイプニールごとラクシルが突っ込む。
「ポンコツがほざくな!!」
ベルゼルガは真正面から挑んで来た。
意外な敏捷性で黒馬の背に立つと、金属の駿馬の背を跳び歩くように八艘跳びし、一気にラクシル本体を狙って来た。
「くらえ!!」
ひと際大きく跳び上がる。
二丁斧を大きく振りかぶる。
「……ン!!」
ラクシルもまた、両手の先を斧へと変形させて迎え打った。
「『双斧竜巻』!!」「……『双斧竜巻』」
奇しくも同じ技だった。
ベルゼルガの二丁斧、ラクシルの両手の斧。
ふたつの竜巻が、真っ向からぶつかり合った。
「はーっはっは!! なかなかやるな!!」
ベルゼルガは大笑する。
重さ、速度、技のキレ。まったくの互角だ。
「……下郎」
ラクシルはすっと目を細めた。
「……死ヌガヨイ」
技の終了に合わせ、更なる技を発動させた。
「『神秘の砲塔』」
技名が金文字で宙に描かれる。
ラクシルの頭に頭髪代わりに生えている金属筒、その筒先すべてから魔素をレーザーのようにして撃ち出した。
「ち……っ!!」
飛び道具・魔法攻撃の必中。
動かしがたいFLCの絶対法則。
だからベルゼルガは躱さなかった。
「それが……どうした!!」
二丁斧を胸の前で交叉した。
「『絶羽返し』!!」
斧の側面がキラリ光を放った。
直後、レーザーがベルゼルガの体を捕らえる。
「……!?」
ラクシルの目が驚愕に見開かれた。
自身が放ったレーザーが、まったく同じ威力で撃ち返されてきた。
戦士系の最高奥義、絶羽返し。
自身が負った攻撃を、そのままの威力で返す技。
防御をかなぐり捨てるため、HPに絶対の自信がなければ出来ない技。
「……動……ケナイ?」
いつものラクシルなら躱せたかもしれない。
たとえ至近距離からの飛び道具・魔法攻撃であっても、彼女の驚異的なスピードを持ってすれば回避できたかもしれない。射程範囲外に脱出できていたかもしれない。
だが彼女は技後硬直にかかっていた。神秘の砲塔は威力の大きい技だが、その分発動後の硬直も大きい。
だから躱せない。くらうしかない。
紛うことなきラクシルの最大攻撃。
自身でくらえばどれほどのダメージになるか、想像もつかない。
「――グラニ!!」
誰かが馬の名を呼んだ。
スレイプニールを曳く一頭の名を呼んだ。
直後、ラクシルの体を横からかっさらう者があった。
凄まじい速さで宙を飛び、絶羽返しのレーザーを躱した。
声の主は、グラニの体に剣を突き立てるようにして止まった。
トンボを切るように宙を舞い、ひらりと着地した。
「……マスター?」
ラクシルはその者の手の内に抱えられていた。
片手に光放つ魔剣を引っ提げた少年。
丸耳族の、元気だけが売りの平凡な少年。
「よう、待たせてごめんな。ラクシル」
少年は――ハチヤは眉尻を下げて謝った。
「ちぃとばかし遅れちまった。でもぎりだよな? こうしていいとこで間に合ったしさ」
へへへと照れ笑いを浮かべた。
「……!!」
大天幕を出てそれほど時間がかかっていないのにも関わらず、なぜだか懐かしくて胸が詰まった。
「あるじ様あるじ様あるじ様ー!! それどころじゃないですよ!! このコめっちゃ怒ってますよー!?」
飛ぶ魔剣のターゲットにしたせいか、グラニが激しくいななき、馬蹄を見せて暴れている。
「なんでルルがー!?」
直接の犯人ではないルルがなぜか狙われ、パタパタ必死に身を躱している。
「……グラニ、黙レ」
グラニを落ち着かせると、ラクシルは改めてハチヤを見た。
「……マスター」
ハチヤは今日の主役だ。
アードバトンを討つ特攻の一員だ。
道を切り開くためだけに存在する自分のところにいていいわけがない。
……早ク、行ッテ。
何かが喉につっかえた。
簡単な言葉なのに言えなかった。
本当はここにいて欲しかったから。
戦うならば傍で戦いたかったから。
あの時のように。
レヴンドール大森林で、共にゴルガリの魔塊を討ち果たした時のように。
「……心配ナイ、ラクシルハ強イ」
だから少し、ラクシルは遠回りした。
ハチヤは思い切り渋面を作ると、ラクシルにデコピンした。
「バーッカ!!」
「……マスター?」
ラクシルはきょとんとした。
おでこを押さえようとして、斧の手では押えられないことに気がついた。
「……痛イ」
少しだけぶうたれた。
「心配ない? 強いから大丈夫? そう言われたからって鵜呑みにできるかよ!! 安心できるかよ!! 俺はおまえが心配なの!!」
「……心……配?」
ラクシルは小首を傾げた。
「当ったり前だろ!! いきなりそんな格好してきて、喋りまで流暢になっちゃって!! あげく女王なんかになっちゃって!! よかった安心だなんて思える奴がどこにいるよ!! ひたすらどこまでも心配でしかたがねえよ!! おまえがおかしくなっちゃったんじゃないかってさあ!!」
「……変ワルノ、ヤ?」
「やじゃねえよ!! どうあれ変わるのはいいことだと思うよ!! でもいいことだけでもねえんだよ!! こういうゲームにはフラグとかトリガーとかってのがあってさ!! その……主要キャラの覚醒イベントにはいいことも悪いこともあるんだよ!! 上手くは言えないんだけどさ!! 俺には俺でいろいろあったんだよ!! その経験が言うんだよ!! おまえをほっとくなって!! ひとりにしちゃいけないって!!」
「……マスター」
ラクシルは束の間、悲しい気持ちになった。
「……前ノガ、イイ?」
変わる前の、女王でなかった自分。
今よりもっと不器用で、言葉すらまともに喋れなくて。でも、いつもハチヤの傍にいた自分。
もう戻れない、あの時の自分。
「――バカ言うな!!」
ハチヤは全力で叫んだ。
「今のおまえが好きだよ!! 前のおまえだって好きだよ!! どっちが上とか下とかねえよ!! 俺はおまえのことが大好きなんだよ!!」
全力で言い切った。
「おまえがおまえであるならそれでいい!! 五体満足で健康なら最高だ!! たしかにこの戦いは大事な戦いで……!!」
眉をしかめ、泣きそうな顔になった。
「……でもあまりっ、……無茶はすんなよって!! ……言いに来たんだ!!」
ハチヤはラクシルの体を手離した。
唇を噛みしめている。体を小刻みに震わせている。
情に流され、この場にとどまっていてはいけない。
それは彼自身が一番知っていることなのだ。
「……マスター」
ひとりで立ちながら、ラクシルはハチヤを見た。
ハチヤはラクシルではなく、遠くを見ていた。
遥かに聳える王都の門を、尖塔を、その奥にいるであろう敵を見ていた。
「……早ク、行ッテ。……マスターハ、希望。……ラクシルタチノ、ミンナノ希望」
ラクシルはハチヤに背を向けた。
「……わかってる」
ハチヤも同時に背を向けた。
「――絶対、生きて会うぞ!! ラクシル!!」
ハチヤは叫び、走り出した。
「……マスター!! ……アノ森デ、待ッテル!!」
ラクシルも走り出した。
どちらも振り返らなかった。
ラクシルの行く手にはベルゼルガがいた。
スレイプニールの駿馬たちがなんとか食い止めているが、すでに2頭が討たれている。
「……全テガ、終ワッタラ」
自分たちはどうなるのだろう。
ラクシルにはわからない。
戦いが終わり、ゲームの配信が終わったらどうなるのだろう。
ラクシルにはわからない。
終わりのトリガーはすでに引かれた。
いまや多くの者が目を覚ましている。
行動規則に従い、終末に向けて動き出している。
戦いは加速度的に激しさを増し、きっと多くの犠牲者を出す。
「……叫ベ、同胞」
ラクシルはつぶやいた。
「……叫べ、同胞」
それは同胞たちへの言葉だ。
共に終わりを迎える者たちを鼓舞する言葉だ。
「……叫べ、同胞」
繰り返す。繰り返す。
小さなつぶやきなのに、注意してなければ聞き逃してしまいそうな小声なのに、それは急速に拡がっていく。
想いが戦場に拡散していく。
結果がどうあれ、結末がどうあれ、やることはひとつしかない。
自分たちは戦うために創られた。
規則に従い、生きて死ぬ。
だけどそうだろうか?
本当にそれだけだろうか?
そうではないと、ラクシルは思う。
だから、自分の信じる者のために。
だから、自分の愛する者のために。
ラクシルは勢いをつけ、高く跳んだ。
高く高く、声を上げた――。




