「終わりのトリガー」
~~~蜂屋幸助~~~
「――以上が、調査班からの報告となる」
兎耳族のボクっ娘アールが、真面目くさった顔で報告した。
「オデッサ、リマールを始め多くの者が重度の負傷で戦闘不能。王都を奪還するまで戦場に復帰できない。兵士もすべて牢獄の中。商店も臨時休業。民家の戸は固く閉ざされ、中に入ることもできない。あらゆる路地を帝国兵士が哨戒していて、隠密系の魔法や技能を見破る力を持つ者が必ずひとりは混じっている。ちなみに調査班は、この報告を送った直後に全滅した」
ほう、と大天幕の中にため息が満ちる。
野営天幕はカラバル草原の端に張られていた。
30人収容できる小天幕が6つ。100人規模の大天幕が一つ。FLCにおける天幕は臨時の戦闘不能時復帰点になり、同時にHPやMPの回復ゾーンとしての役割も持つ。
中でじっとしていれば、外でそうしているのに比べ何倍もの早さで回復していく。文字通りの拠点というわけだ。
今回の王都奪還作戦への参加者は約500人。全員を同時に収容できる必要はないから、半分カバーできるこれなら十分だろう。
大天幕内で会議は行われていた。司会進行はアールだ。
「さて、何か質問は?」
アールが挙手を募るが、みな沈痛な面持ちで黙りこくっている。
「アードバトンモドキの数は、正確にはわからないのかの?」
小人族の老人バロンウッドがぴょんぴょこ跳ねながら手を挙げる。
「100人は下らないだろうとのことだが、正確にはわからない」
「ひゃ……っ」
誰かが悲鳴じみた声を上げた。
「一撃一殺しちゃうようなレベルのやつが、100人? それ、無理ゲーじゃん」
星月祭の惨劇を知っているプレイヤーがお手上げのジェスチャーをする。
天幕の中に絶望的なざわめきが広がる。
各ギルドの代表たちが顔を見合わせ、ため息を漏らしている。
「……そもそも王都を奪還する必要なんてあるの?」
誰かが言った。
「王都がなくてもゲームは続けられるじゃん。それ以外の場所でも遊べるっしょ?」
誰かが同意した。
「サービス終了まであと少しだし、なんか虚しいっつーか……」
誰もが諦観に呑みこまれそうな時だった。
「――バカじゃないのか? キミらは」
真顔で辛らつな台詞を吐いたのはアールだ。
背後のママさんが、口に手を当て驚きをあらわにするほどの。
「あんたちょっと言い方をさあ……」
何人かのプレイヤーが席を立って抗議した。
中には明らかに殺気立ってる者もいた。
すわPVPか、と俺は剣の柄に手をかけて立ち上がった。
アールを中心に緊張の輪が拡がる。
アールは取り合わなかった。
氷った湖のように冷たい瞳でそいつらを見た。
「王都に関連した連続クエストがいくつあると思っている。アードバトンに下されたミッションがいくつあると思っている。いくつかの装備品、素材、NPCもそうだ。このゲームの半分は、存在の論拠を王都に委ねている。王都が敵の手に墜ちたままでは何も進まない。終わらせられない」
『――!!』
その場にいる全員が息を呑んだ。
「ボクたちは人間だ。そんなことは当たり前だ。でも彼らはそうではない」
その時俺の脳裏に浮かんだのはルルだ。
他のみんなもそれぞれに思い浮かべたに違いない。
大好きな妖精や、お気に入りのNPCのことを考えた。
「もうすぐこのゲームは終わる。サービス配信を停止する。それ自体はたいしたことじゃない。ボクらは元の世界に戻ればいい。時々みんなで集まって、昔話に花を咲かせればいい。だが、彼らはそうはいかない――」
――「いーーーーじゃないですか!! あなたたちには肉体があるんですから!! このあとの人生があるんですから!! いろんな人と出会って!! いろんな人とつき合って!! 好き合って!! 幸せな一生を送ればいいじゃないですか!! 歳とってよぼよぼになって!! 子供たちに囲まれた自分の人生を振り返ればいいじゃないですか!! みんなでゲームやってたね、なんて過去を懐かしめばいいじゃないですか!! ――なんであるじ様なんですか!! ルルには他になにもないんですよ!! あるじ様しかいないんですよ!! これ以上なにも奪わないでくださいよ!! ルルをひとりぼっちにしないでくださいよ!! あんたたちにはぜんぶ……ぜんぶあるくせに……!!」――
あの夜のルルの言葉が脳裏をよぎる。
「わかった!! わーかったよ!!」
真っ先に抗議したプレイヤーがアールを制止した。
「わかったって!! 言われなくてもわかってるよ!! ただ愚痴っただけなんだよ!! 知ってるよ……そんなの……」
必死になったことが恥ずかしかったのか、頭をかきながら席についた。
それを潮に、緊張は解けた。
アールはフン、と小さく鼻を鳴らした。
「勘違いしている者もいるようだが、状況は決して絶望的ではない」
続いた言葉に、何人かが「え」と驚きの声を上げた。
「たしかに王都は陥落した。今まで味方だと思っていたアードバトンは本性を現し、帝国と組んでいる。難攻不落の要塞に、精鋭と共に閉じこもっている。……だが、まだにわかだ」
アールがにやりと笑った。
「まず補給線が整っていない。つまり拠点防御力は付加されるが、HPMPは回復しない。つい最近まで妖精側に押されていた帝国は、取り急ぎの軽騎兵と高速歩兵だけを送り込んできた。重装歩兵も重騎士も、遠隔攻撃部隊も整っていない。つまり戦力として不十分だ。今回の行動は性急すぎたんだ。おそらく上層部に焦りがあったんだろう。これ以上押される前に喉笛へ食いつこうと考えた。無理やり橋頭保を築こうとした。だから、利は依然、こちらにある――」
「利とはなんぞ?」
バロンウッドが挙手をする。
「天の利。地の利。人の和……」
アールはそこで俺を見た。
「そのすべてだ。そうだろ? ハチヤ」
「……その通りだ。アール」
俺が合図を送ると同時に天幕の入り口が開いた。
バドとアンバーが開けたのだ。
続々とNPCが入って来た。
最初は女性だった。長耳族の女性。母親と娘。最果ての地で不遇の身に甘んじていたふたり。マダム・ラリーとレイミア。エジムンドさんの旗下、館の幽霊たちが表で待機している。
次は犬だった。なんてことない幽霊犬。そうと言われてなければ気づかないような普通のアンデッド。名前はチコ。背に乗ったカイ人形と共に、いまやレヴンドール大森林のモンスターたちを率いる頭目だ。
バドとアンバーに冷やかされながら姿を現したのはレフ。カロックの村の自警団の少年団長だ。
妖精貴族コデットは、完全復活した姿を見せびらかすように優雅に登場した。後ろに控える女性はキリエさん。アンバーの同郷の先輩にして、魔法少女隊の隊長。年齢を気にしてはいけない。
ソブリンちゃんは猫耳族の首長としてしゃちほこばって登場した。緊張しているのか、耳や尻尾をぴくぴく震わせていた。俺に手を振ろうとしたところを、後ろに控えていたメイド長のベルさんに叩かれ泣きべそをかいている。
最後に登場したのはラクシルだ。ミスリルのボディの上に純白のドレスを着飾った彼女は、腕にカイ人形を抱え、背後にヤスパールを従えて登場した。
「……え、あのコ、何か前と感じ違くない?」
「ちょっと居丈高というか……」
プレイヤーたちのざわめきの中、ラクシルはスカートの裾を優雅に摘まんでお辞儀をした。
「……人間ドモ。……我ハ機械都市マドロアノ女王ラクシル。……イト貴キモノダ。敬ウガヨイ」
女王ラクシルは、着席するなり大上段から切り込んだ。
みな、一瞬呆気にとられた。狐に摘ままれたような顔になった。
そりゃそうだ。ラクシルの変貌はあまりにも唐突なものだった。
――この変化は、ギーラ討伐からしばらく経った頃に起こった。
ギーラの執務室であれやこれやの事後処理に励んでいた俺の前に、前触れもなくラクシルが訪れた。
純白のドレスを着て、お腹の前で手を組み、しっかりとした言葉でこう告げた。
「……マスター。……ラクシルハ、女王ニナッタ」
窓の外を見ろと言うので覗いてみると、眼下を無数の機械兵が埋め尽くしていた。千を超える機械の軍勢がひしめき、閲兵式を待つかのようにこちらを見上げていた。
「……説得シタ。……コレラスベテ、ラクシルノ手勢」
驚く俺に、ラクシルはなおもこう告げた。
「……思イ出シタ。……我ラハ、戦ウタメニ生マレタ」
ギーラ討伐?
カイ人形やヤスパール、メリダとの再会?
何がトリガーとなったのかはわからない。
とにかく結果としてラクシルは機械兵を統率する女王となった。
カラバル平原に突如出現した機械兵の援軍を前にして、みんなは俄然盛り上がった。
機械兵の手をとり踊り出す者がいる。喝采を上げ、花火を打ち鳴らす者がいる。
時ならぬお祭り騒ぎが繰り広げられた。
それは天幕中に、平原中に広がった。
これなら勝てる。これならいける。明るい希望が広がった。
大騒ぎの中、ラクシルが俺の傍に寄って来た。
そっと手を握り、耳の傍で囁いてきた。
それは驚くほとに人間くさいしぐさだった。
「……コレラハスベテ、ラクシルノ手勢。……ラクシルハ、マスターノ嫁。……ダカラスベテ、マスターノモノ」
ラクシルは、ほんのり微かに、はにかむように微笑んだ。
その様を見て、俺は思い出した。
もうひとつトリガーがあったこと。
結婚イベントの時に、俺、ラクシルに求婚してるんだった……。




