「星月祭の惨劇」
~~~王都イリヤーズ~~~
機軍総督ギーラを打倒し、妖精側は俄然優勢となった。
機械都市マドロアからの攻撃が途絶えた分、ロックラント帝国へ戦力を集中できるようになった。
各方面各戦局が有利に進み、このままいけば妖精側の完全勝利も夢じゃない。
誰もがそう思っていた。
その日までは。
ちょうど、星月夜祭の終了日だった。
星月夜祭というのは空に輝く赤と白の2連星がもたらす豊穣と安寧を祝う祭りだ。
キティハーサ全島で、きっちり1週間休みなしで行われるその祭りは、最終日の王都イリヤーズでの大花火大会をもって終わりとする。
その夜のことだった。
夜闇の中、無数の灯りが踊っていた。
松明にランプに魔法の灯り。空に打ち上げられる連続花火。
路地には屋台が立ち並び、肉や魚介が焼かれていた。
あらゆるところにテーブルが出ていて、ぎっちり人で埋まってた。
街路に広場、店舗に店先、すべての家の屋根の上や煙突のてっぺん。
なんせ妖精の都だから、どこにでもテーブルは出せた。
どこででも祝い、酒宴を張ることが出来た。
みんなご機嫌に笑っていた、呑み喰らい、踊り歌っていた。
夢のように美しい、平和そのものの光景――そこへ、奴らは乗り込んできた。
ひと際盛り上がっているナナリーの広場の喧騒の中へ、アードバトンが分け入って来た。
アードバトン――長い髪の毛も髭も、すべてが白いおじいちゃん妖精。王にして、キティハーサのアイドル的存在。この世界における正義と平和の象徴。
「おおー、アードバトン様じゃねえか!!」
「アードバトン様ー!! こっちで呑もうよー!!」
「アードバトン!! アードバトン!!」
妖精たちはもちろん、冒険者たちの中からも歓迎の声が上がる。
盛んに口笛が吹き鳴らされ、ジョッキが掲げられた。
アードバトンの格好がいつもと違った。
黒い外套を着ている。ビロード地で、金糸の刺繍が入っている。腰のあたりを金鎖で緩く縛っている。背中の部分に開いた穴から羽根を出し、パタパタ羽ばたいている。
「おおー。アードバトン様いつもよりダンディじゃん?」
「洒落乙ー」
「後ろの……なんだ?」
アードバトンの後ろには、同じく黒い外套を着こんだ連中がぞろぞろとついて来ていた。
百人近くいるだろうか、アードバトンと同じくらいの背丈だ。同じように背中の穴から羽根を出している。
違うのは、彼らの外套に刺繍は入っておらず、金鎖の部分が赤いということだ。
まるで階級を表しているようだった。
序列やまとまりある行動を嫌う妖精とは思えない、統一された服装だった。
「なんか……いつもと雰囲気違うね……」
「怖いっつーか……」
「喋んないし……」
アードバトンは笑っていた。
いつものようににこにこと、満面に笑みを浮かべていた。
「あれ……なんかこれ、ヤバくね?」
「笑ってるのに笑ってないっつーか……」
「目が……」
ぴりぴりと、危険な雰囲気が広がっていく。
みな押し黙り、肩を寄せ合い、ひっそりとこの異様な状況の推移を窺い始めた。
パチパチ火の爆ぜる音と、単発の花火の音だけが辺りに響いた。
アードバトンが白木の杖を取り出したのを合図にして、黒衣の男たちが散開した。
各テーブルにひとりがついた。ホバリングしながら冒険者や妖精たちを見下ろした。
出口である東門や、街路の際には複数名がついた。
まるで、ナナリーの広場を封鎖するような動きだった。
「え……なにこいつら……」
「怖いんだけど……」
「……なんかわたしたち、囲まれてない?」
「っべー。ちょっと離席してたわー。んーで、なんの話だっけー?」
ひとりのプレイヤーが離席から戻って来た。
それまでのやり取りを知らない彼は、すぐにアードバトンを見つけて歓声を上げた。
「おおおー!? アードバトン様だ!! なにしてんの!? ねえねえ!?」
タワーシールドを背負った重戦士を操作し、アードバトンの元に向かう。
大きな図体を揺らして、のっそのっそ。
その間、誰も何も言えなかった。
身動き一つ出来ずにいた。
「あっれー? どしたのアードバトン様? なんで喋んないの? いつもみたいのやってくれよ。『ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう』ってやつ」
――ひと際大きな花火が上がった。
赤と白の大輪の花。
それが同時に打ち上げられ、夜空を彩った。
一瞬、みなの注意が空に向いた。
「ふぉっふぉっふぉっ……」
アードバトンが口を開いた。
口腔は、異様に赤く染まっていた。
まるでどこかで血液を呑んででも来たかのように、涎が赤い糸を引いた。
はっとして、重戦士はアードバトンを振り向いた。
「よく来たの若いの。どれ、わしが……」
白木の杖を腰だめに構えた。
湾曲した持ち手を捻じった。
「祝福をくれてやろう――」
キィン。
アードバトンの手元で何かが鳴った。
重戦士の股間から頭頂へ向けて、まっすぐ一本の線が入った。
剣線だ。
アードバトンが斬りつけた。
分厚いプレートメイルも背に負ったタワーシールドも、まるで役に立たなかった。
重戦士は体をふたつに断ち割られ絶命した。
仕込み杖だ。
アードバトンの白木の杖の中に納められていた刃が、重戦士を一撃で葬ったのだ。
「――きゃー!!」
「うっそだろ……!?」
「ちょ、ま――」
悲鳴が爆発的に広がっていく。
アードバトンの凶行に誰もが驚き――そして気が付いた。
自分たちの前にも同じ格好をした人物がいることに。
バサリ、黒衣の者たちが同時にフードを跳ね上げた。
みな、同じ顔をしていた。
長い髪の毛に髭。すべてが白く、いつもにこにこ笑みを絶やさないおじいちゃん妖精。
――無数のアードバトンがそこにいた。
彼らは同時につぶやく。
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
「ふぉっふぉっふぉっ。よく来たの若いの。どれ、わしが祝福をくれてやろう」
同じ口調、同じ抑揚で、機械のように彼らはつぶやいた。
つぶやきながら白木の杖の持ち手を捻じった。
中に潜んでいた鋭い刃で、縦横に剣線を描いた。
修羅場が始まった。
「……支援魔法くれ!! 援護!! 援護!!」
「とりあえず救援要請しなきゃ!!」
「どこも同じだって!! 王都中敵だらけだ!!」
「ダメだ!! 洒落にならん!! 逃げろ!!」
「攻撃力高すぎんよー!!」
「げ……っ、こいつ魔法まで使うんかよ!!」
「――しかも広域殲滅呪文だぞ!?」
「止めろ、止めろー!!」
「あっ、こら!! 勝手に逃げるな!!」
酒を呑めばステータスが下がる。
食べ過ぎればステータスが下がる。
キャラの能力が落ちている瞬間を狙われた。
花火に気をとられている瞬間を狙われた。
王都は人でごった返していて、隊列も連携も整えづらい状況だった。
呼応するように、ロックラント帝国の攻撃が始まった。
東門のところにいた数名が閂を開けた。
どっと、帝国騎士たちが乗り込んで来た。
内と外からの連携攻撃の前に、冒険者たちはたちどころに殲滅された。
妖精のNPCたちもなすすべなかった。
――こうして王都は、敵の手に落ちた。




