「とあるゲーム少年の過去と現在」
~~~蜂屋幸助~~~
……は?
いまこの人……なんて言った……?
ゲームをリアルにする方法がある――
そう言ったのか?
「おいおい手島さん。それじゃあまるでよくあるVRMMOモノのラノベみたいじゃんか……」
笑い飛ばそうとしたけど、いかんせん手島さんの目は笑っていなかった。
……え、なに言ってんの。なんなのこの人。
@トリッパー勤務だから頭の中までトリップしてるってこと?
「ちょっとやめてくださいよ。ホントに酔っぱらってんですか?」
手島さんの服から、濃いアルコールの香りがした。呑んだというよりむしろ浴びたという感じで、全身から漂ってた。
「……なに、クリスマスパーティの帰りかなんかすか? 運営の人ってイベントの日だからこそ忙しそうなイメージあったけど、案外そうでもなかったりするんですか? パーティ帰りの勢いでいたいけな少年をからかって遊ぼうって趣向ですか?」
手島さんはため息をついた。
「……だったらよかったんだけどね」
アルコールのせいだろうか、目元がひくひくと痙攣している。
「現場の方は修羅場もいいとこさ。最近じゃプレイヤーも増えて来たし、不平不満も加速度的に増えててんてこ舞い。本来だったらこんなとこにいられる立場じゃないのさ。実際、抜け出して来たんだ。さっきから呼び出しも半端ない」
振動するスマホをベンチの上に置いて無視を決め込むと、手島さんは自嘲するように笑った。
「……大丈夫なんですかそれ?」
俺の心配を無視して、手島さんは夜空を見上げた。
「昔はよかったよなあ……ただ面白いものを素直に楽しんでりゃよかったんだもんなあ……。発売日にゲーム屋前に並んで、勢いで学校サボって徹夜でゲーム。勉強も運動もまるでダメ。寝ても覚めてもゲームゲーム。それが仕事に出来たら最高だなんて思ってた。だけどホントにそうしてみたらさ、嫌なこともけっこうあるんだ。仕事がキツイ辛いだけじゃなくてさ、いろんなことに気を回さなけりゃならない。資金調達に製作開発に運用管理に顧客の接遇。文字通りの八面六臂。うちじゃ労務管理なんてザルの同義語だし」
「た、大変ですね……」
ブラックな話だなあ……。大人って大変だなあ……。
「――それでも、いいゲームを創れればすべてが報われる」
「……っ」
「そう思ってた」
手島さんは額に手をあて、重いため息をついた。
「だけどこれがまた問題でさ……。ただ面白いものを提供するだけじゃダメなんだ。ネトゲってのは継続的なサービスだからさ、ユーザーと最後の最後までつき合わなきゃならない。パッケージソフトを売って終わりってわけにゃいかない。みんながみんな、納得のできる終わりを目指さなきゃいけない」
「……そんなの無理でしょ」
子供にだって、そんなのわかる。
みんながみんな、笑顔で終わり。スタッフロールを背景に手を振りバイバイ、そんなの夢物語だ。
今の俺たちがそうであるように、絶対どこかに不満は出る。しこりが残る。
「無理でもやるんだ」
手島さんは言い切った。
「100時間や1000時間で終わる話じゃないんだ。人の一生の中の何百日。あるいは何年をかけて遊んでもらうんだぜ? 多少の無理はしてみせなきゃ。『これはゲームであっても、遊びじゃない』だっけ? なんかのお話にあったよな。そうだよ、遊びじゃないんだ。ゲームってのはさ、その人の人生の一部なんだ。終わってからだって続くんだ。楽しかった思い出や辛かった思い出が、呪いみたいに、生涯縛り続けるんだ。だったら、ハッピーエンドにしたいじゃないか。いつまでも続く幸福な思い出を作ってあげたいじゃないか」
「……アツいですねえ」
茶化すつもりはなく、本気で俺はそう言った。
こういう人が携わることによってFLCが出来てるんだなあと感動した。
「……なあ、幸助くん」
手島さんは、静かな瞳で俺を見た。
「限りなく現実に近い嘘。というものを想像してみてくれ」
「はい?」
「本気で現実にしか見えないゲームってものを想像してみてくれ」
「なんですかそれ……」
「いいから」
言われるままに想像した。
たとえばルルが、たとえばラクシルが、本物としか思えない密度で再現された世界。
意志を持っているとしか思えない動きを示す世界。言葉を喋る世界。温度に湿度、風の流れ草木の囁き、五感すらもリアルな世界。
「……想像したかい? どう見ても本物にしか見えない偽物。それはもう、本物といっても差し支えないんじゃないか?」
――肉体から分離した魂を他の器に移すことを目的として、研究は行われていたんです。
――欠けなく抜き出した魂を全き肉体に移し、あたかも魂の持ち主が生き返ったが如くする。そういったものです。
唐突に、ギーラの台詞を思い出した。
手段を選ばず遮二無二ラクシルを蘇らそうとしたギーラ。
本人にも見分けがつかないなら、たしかにそれは本物と言ってもいいのかもしれない。
……手段は間違っていても、その意志までは否定できない。少なくとも俺には。
「……それとルルが、どう繋がるっていうんですか?」
「言ったろ? 彼女を現実のものにする方法があるって」
「だからそれは……っ」
――言葉に詰まった。
背筋を寒気が走った。
なんとなく、答えがわかったような気がした。
でもまさか、そんなことがあるわけない――
「それは……たとえば……どんな……形で?」
おそるおそる訊ねる。
「たとえばスマホの中に。例えば腕時計の中に。家中のネット環境にリンクさせてもいい。自律型のロボットの中に入れて連れ歩くのもいいかもな」
烏塚恭二の仕事部屋にあったたくさんのロボットを思い出した。犬に猫、鶏型。介護用や愛玩用の、いわゆる家族としてのロボットたち……。
「技術革新は日進月歩で進んでいる。ああいったものたちの中に、飛行型や、あるいは人間型のものが誕生する日がきっと来る。動作はもちろん、質感すらも本物と寸分違わぬ器が出来る。問題は魂のほうだったんだ」
「それが……もしかして……?」
手島さんはうなずいた。
「FLCは、ある種の実験場だったんだ。自律式推論エンジンを稼働させ、情報を与え、負荷を与え、プレイヤーたちとコミュニケーションをとらせる。プレイヤーとの何千回何万回、あるいはもっと多くのやり取りの体験。それらを吸い上げ、シームレスになるよう成型し戻す。同じ行程を何度も繰り返す。果てしのない繰り返しが、ついに魂に似たものを創生した。……きみや、きみのお仲間が創り出したネットの中の疑似生命を現実へ移す計画が、裏で進められてた。僕の知らないところで……」
「――っ」
肩が震えた。
しゃくりあげるようにそれはきた。
感動が全身に伝わった。目頭にじわりときた。
ルルが――
あのルルが――
掛け値なし、これからも一生傍にいてくれるっていうのか――
「……手島さん。……本気で言ってます?」
「本気だよ。僕はずっと本気だ」
「……嘘だったら怒りますよ?」
「嘘……? ははっ、この期に及んでそんなこと……」
何かを言いかけた手島さんの視線が、ある一点で止まった。
その一点は俺の後方にあった。
公園の入り口。立木の影。
みんなが心配げにこちらの様子を窺っていた。
拳を握って構えている小巻。俺のものだろう上着を持っている涙。ルルを携えたとーこ。
なかなか戻って来ない俺を心配して、みんなで様子を見に来てくれたのだろうか。
でも会話に分け入る隙がわからず、じりじりと待っているようだった。
「……きみってさ。ずるいよな」
ぽつりと、手島さんがつぶやいた。
「え?」
言葉の意味がわからず、俺は手島さんのほうを振り向いた。
「ルルちゃんだけじゃなくてさ、こんなにも多くの女の子たちに囲まれて。つくづく羨ましい話だよ。僕の青春なんて侘しいもんだった。身の回りにはメガネかけたオタク男子ばっかりで、女の子なんてとてもとても……」
やれやれと、手島さんは頭をかいた。
「ゲームの中のヒロインまでも射止めちまって。ホント、やってられないぜ――」
じろりと、手島さんはうらめしそうな目を俺に向けた。
「だけどな。愛しのあのコを現実のものとするためにはさ、少々面倒な手続きがいるんだ。きみにはこれから、かぁなぁりぃの、危ない橋を渡ってもらうぜ? それでもいいかい? 迷いはないかい? なあ、おい――」
危ない橋。
きなくさい話。
それが何かはわからない。
想像すらできはしない。
だけど俺の答えは決まってた。
ルルのためならば。
今も心配そうにこちらを見つめてる、愛しのあのコのためならば――俺はなんだって出来るんだ。
「……手島さん。誰にもの言ってんだよ?」
ヒーロー漫画の主人公のように、俺はドンと胸を叩いた。
「俺はハチヤだ。ヒーローズユニオンの代表にして、多くの動画配信サイトや大型掲示板を騒がせた、痛プレイヤーその人だ」
まっすぐに、手島さんを見た。
「何をいまさら、怯えることがあるもんか――」




