「イヴの夜」
~~~蜂屋幸助~~~
機械都市マドロアを攻略してからひと月が経過した。
ギーラが最後に遺した言葉通りに地下の研究所を捜索した結果、わずかながらも生き残りの人々を発見できた。
当然、アンバーは大喜びだった。
バドやモルガンともにリストを作り、さっそくそれぞれの故郷へ送り返す作業に携わった。
わずかながらも……だ。
もう亡くなっていた人のほうが多かった。
というより、亡くなった人がほとんどだった。8割とか9割なんてレベルじゃない。もっともっとたくさんの人が、悲劇的な最期を遂げていた。
死に方までは言うまい。
だけどアンバーは決して逃げなかった。気丈に自分の役目を果たしていた。
呆然とたたずむ生き残りのみんなの背を叩き、天使のように笑いかけて勇気づけた。
行き場のない人には、コデットのところやカロックの村を落ち着き先として提案した。自ら先頭に立って折衝した。魔法少女としての相を得た彼女の力とリーダーシップには、無視すべからざるものがあったから。
「ああいうのすげえよな……俺にはちょっと真似できねえわ」
「NPCに感心してもしかたない気はしますけどねー……」
たはは、とルルは笑う。
「そうか? どうあれ、すげえものはすげえよ。純粋にそう思う」
「ですかねー」
適当な相槌を打ちながら、ルルは幸せそうに微笑んだ。
俺はなんとなく息を吐いて、その白さに驚いた。
「すっかり寒くなっちまったなー」
「そりゃーそうでしょう。なんせイヴの夜なんですから」
「そうだなー……いつの間にかそんな季節になっちまったぜ」
――俺たちはとーこの家のベランダにいた。
リアルのクリスマスパーティの夜。
ガラス戸の向こうではとーこや小巻や涙が、ミニスカサンタの衣装を身につけながらパーティの用意に余念がない。
ツリーに部屋の飾り、オーブンではチキンが焼ける匂いがし、ホールケーキが冷蔵庫で出番を待ち構えている。
PC画面にはFLCが表示され、クリスマスイベントの様子を映している。
運営の用意したイベントに興じる人たちもいた。クリスマスぶっ壊し隊の活動に参加している人たちもいた。カップルたちはデートをしていたし、結婚した妖精とラブラブな一夜を過ごす人もいた。
向こうは向うで悲喜こもごもだ。
モルガンたちは病床のコデットを見舞った後、カロックの村に戻り、レフも交えてパーティをしている。ふたりが留守の間自警団の団長代行を務めていたレフは、すっかり貫録がついているらしい。モルガンから教え子たちへのプレゼントは馬車1台分あったとかなかったとか。
イチカはサーディンらと組んで、王都を襲う黒サンタの集団を迎え撃っている。黒サンタ自体はそんなに強くないのだが、中には仮装したプレイヤーも混じっていたりして、けっこう手に汗握るPVPが楽しめているらしい。こんな日ぐらい殺伐とせずにのんびりしてりゃいいのになあ……。
ラクシルはヤスパールやカイ人形と共にレヴンドール大森林の家に戻り、チコと共にシュールな食卓を囲んでいる。何がシュールって、みんな基本無口だからな。カイ人形が一方的に喋くっていて、ふたりと1匹は聞き役ってわけ。……あれ? 食卓って、みんな何を食べてるんだ……? ミスリル機械兵と人形と幽霊犬だろ……え? え……?
ソブリンちゃんは猫耳族のサンタ隊を引いて王都中のプレイヤーにプレゼントを配って回っている。一連の騒動ですっかり人気者のソブリンちゃんには、逆にプレイヤーからもたくさんのプレゼントが手渡された。サンタ袋の容積が減らないと嘆いているが、勢いで貰ったものまで配らないかと心配だ。あのコおつむ弱いからなあ……。
レイミアはマダム・ラリーやエジムンドさんと共に館でパーティをしている。ヴィンチの村で行われているお祭りの簡易宿泊所として館が開放されているらしく、客室は満員御礼だそうだ。朝起きたら何人かいなくなっていた……なんてことにならなきゃいいけど。
「――ねえねえ、あるじ様っ」
相変わらずの元気いっぱいで、ルルが話しかけてきた。
「あん?」
「プレゼント!! プレゼントは!? クリスマスですよ!! ルルへのプレゼントはないんですか!? あるんでしょ!?」
「そりゃプレゼント交換の時に……」
「もおー!! またぁー!! ルルはお嫁さんですよ!? ワイフですよ!? 愛しの人ですよ!? 通り一辺倒なプレゼント以外のものも当然用意してあるんでしょって意味ですよ!! ね、ね!? ありますよね!? あるんですよね!?」
「うーん……」
「なんですかもったいぶってー!! あるならあるでとっとときりきり出してくださいよ!! ほらほら!! ほーら!!」
「……あるけど渡したくない」
「なんですかそれはー!? なんでそんな意地悪言うんですかー!!」
目をバッテンにして遺憾の意を表明するルル。
「いやだってさ……普通プレゼント貰う方はもっとおとなしく慎み深く待ってるもんだろ。ちんまり座って正座して、プレゼント渡したら『わ、わたしに!? まあ嬉しい!! 貰えるなんて思ってなかった!!』て微笑ましく喜ぶもんだろうが」
「わっかりました!! じゃあさっそく仕切り直します!! まずはベランダに出るところからで!! そらそら!! きりきり動いてください!! 手すりに手をついて空を眺めて、『いい夜だな。この星の輝きよりもきみは美しいよ、ルル』のところからやり直しましょう!!」
「俺は一言たりともそんな台詞言ってないんだよなあ……」
「いーんですよ!! 雰囲気雰囲気!! 女の子には雰囲気が大事なんですから!! ねえほら!! ねーえー!! あーるーじーさーまー!!」
両手を上げて騒ぐルルの鼻先に、俺はポッケから出した包み紙を突きつけた。
「………………へ?」
ルルは手の下ろしどころに困ったように硬直した。
「ほら、プレゼントだよ、ルル。あんま高いもんじゃないけど……」
自身では破けないルルの代わりに包み紙を破った。
「もう寒い時期だしさ。いやまあ、おまえが寒いと感じるかどうかはわからんけど……」
中に入っていたのは携帯カバーだ。ポップな星空に妖精の舞う、可愛いカバー。
まるでルルみたいに見えたから、ひと目見て気に入って、こっそり買っておいたのだ。
カバーを被せてやると、ルルはきょろきょろと左右を見るようなしぐさをした。
液晶の向こうから、それはどう見えているのだろう。
電子の妖精ならぬ俺にはわからない。
でも、次の瞬間にルルが浮かべた表情を見て、俺は選択が間違っていなかったことを知った。
「………………ひ……ひぐ……っ」
しゃっくりのような声を出したルル。その目に涙が浮かんでいた。
それは大粒で、奇跡のように透き通ってて、ぽろぽろと、あとからあとから溢れて落ちた。
「うぐ……えぐ……っ」
「る、ルル……?」
「あうじざまぁ~……」
涙でぐしょぐしょの顔で、ルルは俺を見た。
「あじがどうございますぅ~。どっ……でもっ、あったがいでずぅ~」
「……そっか」
「ほんどにっ、もだえるっ、なんでっ、おもっでなかっだがらぁ~」
「うん……よかったよ。喜んでもらえて……」
「うわぁ……うわぁーん……」
「泣くほど喜ぶほどのもんじゃねえよ……」
「だっで~……だぁっで~……」
喜んでもらえるのは素直に嬉しい。だけどあまりにストレートすぎるお礼の言葉に照れてしまって、俺はそっぽを向いた。
室内では、3人がにやにやしながらこっちを見ていた。
どこからどこまで見ていたのか、こしょこしょ話合って笑っていた。
「ちぇっ……」
なんだか悔しくなって、俺はそっちからも顔をそむけた。
自然、マンションの外に目が向いた。
――眼下に、男性がひとり立っていた。
30歳くらいだろうか。ぐるぐるテンパの細身の男性。
分厚いレンズのメガネの向こうからこっちを見ている。俺に向かって手を振っている。
どこかで会ったことがあるな……どこだっけ……。
――あ。
ぴんときた。
@トリッパーの事務室にいた男性。
突然入り込んできた俺ととーこにびっくりしていたっけ。
その人が、なんでこんなところに……。
疑問は尽きないが、わざわざここまで来るぐらいだ。普通の用事じゃないだろう。
泣きっぱなしのルルを小巻に託し、ひとりで下に降りた。
エントランスを抜けると、男性は人懐っこい笑みを向けて来た。
ちょっと酔っているのか、顔が赤かった。
「やあ、僕は手島一平。きみは知らないかもしれないが……」
「@トリッパーの人……ですよね?」
へえ、と手島さんは目を見開いた。
「さっすが、よく見てるねえ。感心感心」
手を叩くしぐさをして――急にやめる。
「おっと、これじゃまるでキョウさんだ」
照れ隠しのように頭をかく。
「……烏塚恭二さんの使いですか?」
なんとなく警戒してしまう。
「いや……今日は違うんだ」
かぶりを振り、何度か逡巡した後に、手島さんは上を見た。
ベランダから身を乗り出すようにして、3人がいた。
こちらを見下ろし、俺が誰と何をしようとしているのか心配して見守ってくれている。
「……ちょっと歩こうか」
手島さんに促され、俺は夜の道を歩いた。
横に並ぶと、手島さんは前を見ながらつぶやくように口を開いた。
「今日は手島一平個人として来たんだ。河野時子さんときみが親しいと知って、アポイントをとってもらおうと思ってたんだが……なんだかラッキーだったな」
「個人として……?」
「そうさ。今日は、あの妖精のNPCは?」
「ルルなら、今は上にいます。友達に預かってもらってて……」
「それも好都合だ」
「ルルもいないほうがいい……。完全に俺個人への話……ですか」
「……」
手島さんはそれには答えず、ポッケに手を入れ、空を見上げて白い息を吐いた。
たどり着いた先は公園だった。クリスマスの夜の、寒風吹きすさぶ公園。
俺はちょっと後悔してた。そんなに長い間話し込むつもりもなかったから、部屋着のままだった。
ぶるりと震えた俺を気づかったのか、手島さんは自販機で温かい缶コーヒーを買ってくれた。
ベンチに並んで座ると、手島さんがぼそりとつぶやくように口を開いた。
「――なあ、きみはさ。こんなことを思ったことがあるか? いま傍にいるコが、ルルちゃんが、これからも永遠に傍にいてくれたらいいなと思ったことが」
プルタブを開けながら、俺は答えた。
「……そんなの、何度だってありますよ。俺だけじゃなく、FLCのプレイヤーの大半がそうでしょうよ。でもみんな子供じゃないですから。無理は無理だって知ってる。リアルはリアルで、ゲームはゲームで。だからせめても期限を長くしようとしているんです。FLCの人気を今一度取り戻して、サービスを延長させて、ずっとずっと、妖精と一緒にいようと思って……」
そのために、頑張っているんです。
そう続けようとした俺の鼻先に、手島さんは強烈な言葉を叩きつけてきた。
「ゲームをリアルにする方法がある、といったら……」
――きみは、どうする?




