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「彼方からの呼び声」

 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 ファーランド・クロニクル、通称FLCは、キティハーサという架空の島を舞台にしたオンラインRPGである。

 世界の果ての大断崖の根元に位置するキティハーサは妖精がごちゃごちゃと住まう平和な島だったが、突如押し寄せてきたロックラント帝国などの外敵や、島最深部に位置するこの世の悪意のよどみをためた釜の淵より生じたモンスターなど内敵の侵略により、今まさに滅びんとしていた。

 危機に対抗するため妖精王アードバトンは召喚の秘儀を全妖精に解禁。妖精たちは、異世界より戦力を召喚するすべを得た。


 その術の結果がつまりは俺であり、その他のプレイヤーということになる。

 各自にお供の(実際には逆の立場だが)妖精が付くRPGということで、可愛いもの好きな女子やその手のもの好きな男子に人気のあるシステムだった。


 ――だった。


 なんというか、妖精が勝手すぎた。

 勝手にモンスターを攻撃しては無用な火種を起こし、頼んでない魔法をかけては無闇にMPを減らす。物理攻撃力にも防御力にも乏しい連中なので、攻撃されれば庇わねばならないし簡単に死ぬし、MPがなくなれば休まさざるを得ない。その間はプレイヤーがボッチ戦闘。妖精は棺に入って浮いてるか、ちょこんと座って応援するだけ(チアモーションは可愛い)。

 ゲームのメイン部分が不憫すぎたせいでプレイヤーはひとり去りふたり去り、10個以上あったサーバも順次統合していまや初期サーバひとつのみ。FLC自体も今まさに滅びんとしていた。


「だああっ、またかよ!! 学習しろよ!!」

 今日何度目かのトレインを引き連れながら、俺は駆けていた。

 トレインというのは、大量のモンスターの行軍である。一匹から始まったエンカウントが二匹三匹と積み重なり、やがて列車のように見えることからその名がついた。

 よほどのレベル差がなければ大量のモンスターにはかなわないし、途中他のプレイヤーを撥ねるかもしれない。

 負の連鎖を止めるには、オームの群れを静めたあの人みたいに自分が犠牲になって怒りを静めるか、上手いこと逃げ切るしかないのだが、もちろんそんなに簡単にいくわけがない。


「ええ、だからですよあるじ様」

 俺の耳元を、ルルが飛んでいる。誇らしげに無い胸を張る。

「前回はせっかくのトレインが川で止まって逃げられてしまいましたからね。水に弱いサラマンダーばかりだったせいで移動できなくって。今回はゴブリンのキャンプに火矢をぶちこんできましたから、完璧です。あいつら地形に強いしすばしこくて手先も器用ですから」

「嫌な方向に学習するな!!」

 全力で走りながら耳元を叩くが、ルルは蚊みたいにスイスイと逃げ回って当たりやしない。

「どこの世界に率先してPKしたがる相方がいるんだよ!!」

「ここここ」

「だからこのゲームは人気ねえんだよ!!」


「あー、ひっどーい」

 ルルは器用に後ろ向きに飛びながら、手を後ろで組んで唇を尖らす。

 体長は20センチくらいか。藍色の髪を前髪だけ長い短髪にした幼女だ(人間に換算すると小学3年くらい?)。若草色の霊糸で編まれた上下を着ている。短パンはチューリップ型で、長袖シャツの背中には羽根用の穴が開いていて、そこからトンボのような羽根が2対出ている。

 ルル――風邪薬みたいな名前のこの幼女が、俺を召喚した妖精という設定になっている。


「発売初日に今どき徹夜して並んで買うほど好きなくせにぃ」

「メタいメタい!! たしかにそうだけどお前が言うな!! 買われた方のお前がいうな!! 今は買ったこと後悔してるよ!!」

「そんなこと言って、ちょっと楽しいくせに~」

 小豆色の双眸が、イタズラっぽく俺を見る。

「筋金入りのペットジョブ好きで、女の子に振り回されるのが大好きで、重度のマゾ気質なあるじ様にこれほど向いてるゲームはないですよ~」

「うっせえうっせえ!! 人の性癖を指折り数えてバカにしやがって!! そういうのに当てはまる人しかやってねえんだよこのゲームは!!」

「おー、メタいメタい」

 ルルは嬉しそうにパチパチ手を叩いた。 

「……でも好きでしょ?」

 耳元まで降りてくると半眼になり、小首をかしげておねだりするように訊ねてくる。 

 可愛さ100パーセントのしぐさに、俺は内心で吐血する。

「ちぇ……」 

 照れ隠しにあさっての方角に目をやる。耳が熱い。 


「……好きじゃ悪いかよ」

「ルルもあるじ様が大好き!!」

 ぱっと花が綻ぶように笑うと、ルルは俺の頬にキスをし、すかさず上空へ飛んだ。

「……ん?」

 ルルが描いた思いがけぬ軌跡を怪しみ、そして気がついた。

 あれ……? トレインって……どうなったっけ……?

 振り返ると、そこにはゴブリンの振りかざす無数の手斧マチェットの刃があった。


「――あたたたた、ったく、ひでえ目に遭ったぜ」

 目を醒ますと、そこはゲームオーバー時帰還点となるホームポイントの「祈りの丘」だった。なだらかな丘の上に一本だけのナダの樹の側に、紫色のホームクリスタルがプカプカ浮いていてる。


 身体を見下ろす。

 両手をグーパーとしてみる。

 もちろん痛覚なんてない。使用デバイスがヘッドマウントディスプレイ(HMD)とコントローラー、キーボードのみという旧式なゲームであるFLCには、最新式の感覚センサーもついていない。

 世界に入ったような感覚を味わえるという謳い文句のくだんの作品群は、ハードともども値段が高すぎて、一介の中学生には手が出ない。

 FLCにおける動作はすべて、コントローラーとキーボードによって行われる。人間的な動作はすべて、古めかしいモーションコマンドによる(土下座モーションまで存在するのはいかがなものかと思うが)。

 そんな古式ゆかしいゲームであるFLCが、一時期であっても10万人規模のシェアを誇ることができたのは、可愛い妖精と共に戦える、そしてその妖精とスカイプを通して会話できるという機能があったからだ。

 大げさでなく会話のパターンが数えきれないほど存在し、ほんとに中の人がいるのではないかという疑惑や検証スレが立つほどだ。

 ルルの言うとおり、筋金入りのペットジョブ好きで、RPGをプレイする時にはドラゴンライダーや召喚士や獣使いなどのペットジョブを必ず選んできた俺にとって、FLCは紛れもない神ゲーなのだ。


「あははは~、ひどい目に遭ったね~」

 ナダの樹の枝に腰掛けたルルが、足をぶらぶらさせて嬉しそうに微笑んでいる。

「誰のせいだと思ってる!!」

 ぐっと拳を握って威嚇すると、きゃーと楽しげに悲鳴を上げて逃げていく。

 しぐさのひとつひとつがまるで本当の子供みたいだ。


 技術の発展と間違った用法に、怒っていいのか喜んでいいのか微妙な気分でいると、ホームクリスタルからコルムが出てきた。

 コルム――俺と同じく丸耳族だが(要は人間型ってこと)、俺より身長が高く、肌が浅黒い。目が細く、頭の虎縞のバンダナがダサい。ノリのよい親戚の兄ちゃん、というとイメージが合うかな。もちろん実際にはリアルの知り合いではない。FLC創世記からのパートナーで、今なお残る(プレイ人口的にも)得難い盟友だ。


「おう、ハチ」

「変なところで区切るな。犬か俺は!!」

「はは、ごめんごめん。で、ハチヤはまた死んだのか?」

「お陰様で!!」

 嫌みたっぷりにルルを見やるが、当人は素知らぬ顔で芋虫型モンスター(弱いので安心)をいじっている。


「ははは、相変わらずお前の相方は元気がいいな」

 コルムの妖精はアフガンハウンドだった。

 イメージ取り込みからのテクスチャ作成という無駄に凝った機能のあるFLCでは、相棒である妖精のモデリングにかなりの自由度がある。

 コルムは家庭の事情で飼うことのできない憧れの犬を相棒にしていた。異世界っぼさも何もかも台無しな感じがするが、犬が喋り戦い魔法を使うという光景は、ファンタジーっちゃファンタジーだし、ありっちゃありだ。


「ん? なんだ?」

 俺の視線に気づいてコルムが小首を傾げる。

「いやさ、バクさんは大人しくていいなあと思ってさ」

「あー!! あるじ様が浮気してるー!!」

「ちょ、え、そんなんじゃねえよ!! つうか、犬に浮気ってどんだけケモナーなんだよ!! しかも擬人化もしてないどノーマルな犬がいいとか、筋金入りのケモナーでもびっくりだよ!!」


「はは、うちは『落ち着いた雰囲気で寡黙』、だからな。『うるさくて毒舌』、のルルとは違うさ」

 ルルにぽかぽかパンチで叩かれている俺をよそに、バクさんは大人しく座って主の側でシッポを振っている。


 ゲームスタート時にプレイヤーが選べる妖精の設定は、外見の細かいモデリング、性格、口調、呼び方に趣味など多岐に渡る。そしてその重要度は想像よりもずっと高い。

 バクは今コルムが言ったように物静かなタイプだからプレイヤーへの迷惑も最小限だが(でも時折やらかす)、ルルはかしましくて口が悪くて、あげく趣味を「主人いじり」にしてしまったものだから、ご覧のようにひどいことになってしまった。


「……ちぇ、でもおまえだって、ホームポイントに飛ばされたってことは死んだってことだろ?」

「ばっか、転移の魔法だよ」

「えっ……おまえそんなん使えたっけ? 転移のクリスタルなんて持ってる金持ちじゃなさそうだし……」

「うっせ。いつものあれだ……バクさんがな……」

 顔の長い外国製の狩猟犬は、キラキラとした目でコルムを見上げている。

「トロル3匹に囲まれてさ。いや余裕だったんだけど、なんか勘違いしたらしくて強制転移させられた……」

「ぎゃはは、『ご主人様のピンチ―!!』ってか!?」

「良かれと思ってしたことを悪いとは言えないし、とはいえなあ……」

 ため息をつきつきバクさんの頭を撫でるコルムの姿が哀愁を誘いすぎて、俺は腹筋がよじれるほど笑った。

「うっせ。つかおまえ笑い過ぎだし。意味わかんねえし」

 最後はコルムもつられるようにして、ふたり一緒に笑い転げた。ルルが「放置よくない!!」と割り込んでこようとしたが、手を振って追い払った。


 空は高く、呆れるほど澄んでいた。赤と白の二連星が、昼もなおはっきりと見えた。傍らには地の果てまで続く大断崖が聳え立ち、キティハーサを分断していた。その断崖の向こうに何があるかは誰も知らない。海の彼方の帝国というのがどこにあるのかも誰も知らない。でもキティハーサはたしかにそこにあって、大切な相棒がそこにいて、ついでに面倒な相方も飛び回っていて……。

 だから、ずっと続けばいいと思ってたんだ。この世界が。


 ~~~~~蜂屋幸助はちやこうすけ~~~~~


 携帯の音がけたたましく鳴り響く。鳴り響く。鳴り響く。止む。

 鳴り響く。鳴り響く。鳴り響く。止む。

 誰だよ授業中に。そんなざわめきが覚醒を促す。

 昨夜はひさしぶりの大規模バージョンアップが楽しみすぎて眠れなかったから、今さらながら眠いのだ。

 目をこすりながら、周囲を窺う。

 なぜかみんな俺の方を見ている。

 女担任がレンズの分厚い黒ぶちメガネを不満気にくいともち上げる。

 隣の席の幼馴染がジト目で俺をにらみつけてくる。

「……あんたじゃないの?」

「え? ウソだろ……っ」

 焦りつつ、ポケットから携帯を取り出す。

 マナーモードにしてあるはずだ。俺じゃない……はず。

 3.7インチの画面いっぱいに、ルルの姿が大写しになる。切羽詰った表情で、喉の奥が見えそうなくらい大きく口を開いて叫んでいた。

 叫んでいた……叫んで……? 

 え?

 瞬間。

「あぁあああるじ様ぁ―!! 大変大変っ、たぁいへんだよー!!!!!!!!!」

 甲高い声優さんの声が、クラス中に響き渡った。

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