その6
翌日から俺は図書館へ通い始めた。
麻生はいつも夕方頃やって来て、花壇に水をやる。俺はその光景を図書館の窓からただ見ていた。
そんなある日、いつもの様に窓際に座って見ていたら、いきなり麻生がこちらを見た。
突然だったから目を反らす事も出来ず、まともに視線を合わせる羽目になった。
「見てないで、手伝ってよ。結構大変なんだから」
麻生はホースを俺の方へ掲げた。
「わかったよ」
そう言うと俺は鞄を持ち、花壇の方へと向かった。
傍まで行くと、麻生はホースを俺に渡し、自分は如雨露を持って別の花壇に水をやりに行った。
俺は蛇口をひねって水を出すと、ホースの先を指で押さえながら水撒きを始めた。
辺りに水の匂いが漂う。まだ夕方でも暑い季節に、細かい水しぶきが顔にかかるのは気持ちがいい。
「もう、いいよ…ありがとう」
いつの間にかそばへ来ていた麻生が蛇口を閉める。
そして俺の手からホースを取ると片付けに行こうとした。
「待って!俺も行くよ」
後ろ姿に呼びかけると、驚いた様に彼女は振り返った。
俺は何も言わずに麻生からホースと如雨露を受け取ると、校舎の中へと入って行く。その後ろを彼女はついて来た。
用具入れの中へと片付け終わると彼女がにこっと笑った。
「ありがとう、助かった。冗談で言ったのに、まさか本当に手伝ってくれると思わなかった。宿題の邪魔してごめんね」
「……いや、宿題は終わってたから」
「え?そうなの?」
「麻生が楽しそうに水やりしてるから、ちょっと興味出て見てた」
俺がそう言うと、彼女は更に笑った。
「で、どう?楽しかった?」
「水しぶきが顔にかかって気持ち良かった……あのさ、また手伝ってもいいか?」
「勿論!大歓迎」
そして俺は夏休みの間、ずっと麻生と2人で花壇の水やりをした。
「へぇ、麻生のとこ共稼ぎなんだ」
この夏休みの間に俺達は、家のことや進路のことを話すほど仲良くなっていた。
今日も夕方から2人で花壇に水やりをしながら話をしていた。
「うん…朝倉君のとこは?」
「うちは母親が専業主婦だから、いつも家にいる」
「いいなぁ、羨ましい」
小さく呟くと麻生は蛇口を閉めに行く。
「そうかなぁ、『宿題は?』とかうるさいよ」
「……贅沢」
その時の俺には麻生の言葉の意味が解らなかった。
「あ、ごめん。私買い物したいから」
学校からの帰り道、コンビニの前に来ると麻生は立ち止まった。
帰る方向が同じだった俺達は、何となく一緒に歩いていた。
麻生はコンビニの中へと入って行く。俺も後からついて行った。
迷いもなく麻生は弁当のコーナーへと向かう。そして弁当と飲み物を取るとレジへ行こうとした。
「…麻生、弁当買うのか?」
「うん、今日はお父さんもお母さんも遅くなるって言ってたから…1人分作るのもね」
そう言った彼女から弁当と飲み物を取り上げると元の場所へ戻す。
「ちょっと!」
「だったら俺んち来ればいいよ。母さんも食べてくれる人が多いと嬉しいはずだし…」
そして、躊躇う彼女を家まで引っ張って行った。
「まぁーっ!大樹にガールフレンドがいたなんて!あ、初めまして。大樹の母です」
母さんは麻生を見ると、大はしゃぎで迎えた。
俺は家に呼んだのは間違いだったと後悔した。
麻生は母さんのテンションの高さに明らかに退いていたはずだが、いつもの笑顔で挨拶していた。
「初めまして、麻生五月です。突然お邪魔してすみません」
「いいのよ!気にしないで。五月ちゃん、良かったら晩御飯まで食べて行って」
遠慮する麻生を説得して、夕飯が出来上がるまでまだ保育園へ通っている妹の美樹を2人で遊ばせていた。
その日はいつもよりも豪勢な夕食だった。
麻生は『おいしいです』とにこにこと食べながら、俺の母親と楽しそうに話していた。
「お兄ちゃん」
横に座っていた美樹が腕を突いてきた。
「ん?何だ」
「お姉ちゃんって、お兄ちゃんの彼女?」
美樹の言葉に思わず口に入っていた飯を吹き出すところだった。
「な、馬鹿いうな。このませガキ」
焦った俺は妹のおでこを叩く。美樹は頬を膨らませた。
「それじゃ、ご馳走様でした。おいしかったです」
「うれしいわ、そう言ってもらえて。五月ちゃん、また来てね」
母さんは満面の笑みで見送っていた。
俺は麻生を途中まで送るために一緒に歩き出す。
「お母さん、素敵な人だね。美樹ちゃんも可愛いし…いいなぁ、妹って。私一人っ子だから羨ましい」
「ごめんな、うるさくて。特に今日は酷かった」
「楽しかったよ。うち、2人とも帰り遅いから、私いつも夕飯1人だし…」
そう言った麻生の顔は少し寂しそうだった。
「だったら夕飯、時々家に来て食べればいいよ」
俺はさっき、後悔したのを忘れてついそう言ってしまった。
「でも…」
「前もって俺の母さんが、麻生のお母さんに言えばいいだろう」
「ありがとう」
それから、麻生は時々夕飯を俺の家で食べる様になった。