その25
携帯の着信音が響く。
まだ覚醒していない状態で壁に掛かった時計を見ると、朝の8時だった。
うるさいな!誰だよ、こんな朝早く!
鳴り止まない携帯を取り上げ通話ボタンを押すと、電話の相手が一方的に話し始めた。
「あ!大樹?母さんだけど---あんた、いつ帰って来る?」
ったく!美樹といい母さんといい、うちの女どもはどうしてこうも高飛車---いや、マイペースなんだろう。
「……母さん…何だよ、こんな朝早くから…」
俺は迷惑そうな声で母親への牽制を試みた。
「あら?もう8時よ。仕事なら出勤する時間じゃない」
「今日は休みだっ!」
駄目だ、この人には通じない。昔からそうだ、人の話なんて聞きやしない。
「休みでも、遅くまで寝ていたら駄目よ?勿体ないじゃない、貴重なお休み有効に使わなきゃ」
「俺は眠りたいんだよ」
あーぁ、昼までゆっくりと眠れると思っていたのに……目が冴えてきた。
「それは悪かったわ……ところであんた、いつ五月ちゃんを家に連れて来てくれるの?母さん、早く会いたいんだけど」
「はぁ?何言ってんだよ---昨日、美樹にも言ったけど、俺達仕事が忙しいから帰ってる暇ない……」
「でも美樹が五月ちゃんに電話したら、喜んで『私も会いたいから、今度行きます』って返事あったって言ってたんだけど」
何だと?美樹の奴、俺が断ったからメイに直接話したのか---メイなら美樹の頼み断りきれないだろう。
「……とりあえず、しばらくは無理だから…今度、麻生と話してみて時間が合う時があるか確認してみる」
俺は何とか言い訳をして、この場を逃げ切ろうと思った。
その後は、2人時間が合わなかったとか何とか理由をつけて有耶無耶にしてしまえばいい。メイにも話を合わせて貰わなければならないが。
「本当ね!約束よ---母さん、五月ちゃんに会うの本当に楽しみなんだから」
「母さん…何でそんなに麻生に会いたいんだ?」
俺は不思議に思い、つい聞いてみた。だって、息子のクラスメートってだけの子だぞ?まぁ、確かに中学校の時はご飯まで食べさせてたくらいだから、少しは情が移ったりはしてたはずだけど---
「だって、母さん--五月ちゃんの事、本当の娘みたいに思ってたんだもの。出来れば、大人になったらあんたのお嫁さんになってくれないかなぁって、真剣に思ってたくらいだし」
「はあっ?」
何だそれは?
「五月ちゃんが転校してなければってずっと思ってた---だけど、美樹が2人付き合ってるって聞いてもう、嬉しくて!ねぇ……ちょっと、聞いてるの?」
「……聞いてる…」
「それに美樹が『五月ちゃんすごく綺麗になってて、兄貴には勿体ないくらいだ』なんて言うものだから、余計に会いたくて。ねぇ、本当に連れて来てよ?待ってるからね」
美樹……覚えてろよ…
俺は心の中で悪態をつくと、母さんへわかったと返事を返して電話をきった。
さて、どうする?
すっかり目が覚めた俺は、貴重な休みを悩みながら過ごす羽目になってしまった。
母さんからの傍迷惑な電話から3日が経った。
結局、俺は無かった事にしようと黙殺していたが、今度は妹の美樹から電話があった。
「兄貴…五月ちゃんは家に来ること喜んでOKしてくれたんだから、連れて来てよね?母さん、一度言い出したら聞かないよ」
誰の所為だよ!……誰の!
「おい、美樹!お前なぁ、麻生にだって都合ってのがあるんだぞ?少しは相手の事考えろ。迷惑だぞ、絶対!」
「……それは兄貴が決める事じゃなくて、五月ちゃんが決める事だと思う」
美樹の奴、減らず口ばかり言いやがって……
「わかった、取り敢えず2人で話してみて、時間が合う時にでも行くから……でも、期待はするなよ」
俺はそう言うと、電話をきった。
「え?何で?」
美樹との電話を済ませた後に、すぐに俺はメイへ電話をかけると断るようにと話をした。
するとメイは腑に落ちないと言う様な返事をしてきた。
「だから……美樹が電話してきたら『しばらくは、仕事でそちらには行けそうもない』って返事してくれればいいんだって」
俺は電話の向こうのメイに、一語一句はっきりと丁寧に解るように言ってやった。
「意味……解らないんですけど?何で、行ったら駄目なの?私はおばさんに会いたいのに……」
「お前な……母さんや美樹は俺達が付き合ってると思ってるんだぞ?そんな所に行ったらあの2人の事だ、何を言い出すやら解らない」
「あ……」
メイはやっと理解出来たみたいだった。
「そうなったら、お前は勿論リョウさんにも申し訳ない---やっぱり、自分の彼女が他の男の彼女と思われていて、尚且つ一緒にその男の家に遊びに行ったなんて知ったらリョウさんだって面白くないだろうし、お前も気まずいだろう?」
俺は自分で言いながらも、その現実に少しだけ胸が痛んだ。だけど、メイには理解してもらわないと。
「……そうだね、リョウさんに悪いわよね?でも、会いたかったなぁ」
電話の向こうのメイの声は寂しそうだった。
本当に俺達が付き合っていたなら、母さんに会うのもとても楽しかっただろう。だけど、それは無理な事だ。
「解ったか?いいな?美樹から言われたら断れよ。お前の為だ」
「うん……解った…」
元気のない声でメイは返事を返した。
俺はそれを聞くと『じゃあな』と電話をきった---この件はそれで終わると俺は思っていた。




