その16
「あれ?朝倉---お前、メイちゃん送っていったんじゃないのか?」
机に向かい事務処理をしていた俺を見て、吉澤主任が珍しそうに言った。
主任の言葉に、俺は少しだけムッとした顔をした。
「今日は、モデル同士でカラオケ行くそうです」
俺のその様子に、主任は笑いを堪えた様な顔で肩をポンポンと叩いた。
「まぁ、な。たまにはモデル同士の付き合いも大事だし……ここは広い心で送り出さないと」
「別に俺には関係ないですから!」
むきになる俺を気にもせず、主任は帰り支度をしながらこちらを見た。
「久しぶりに飲みに行くか?最近、お前もメイちゃんの送り迎えで酒飲んでないだろう。おごるよ」
驚く俺に主任は意味深な笑顔を浮かべた。
「…お前、メイちゃんの事、本気で好きなんだろ?」
「---ぶっ、な、何を突然……」
飲みかけのビールを思わず吹き出しながら、俺は主任の方を見た。
主任は真面目な顔で、こちらを見ている。
「別に、いいんじゃないか?大人なんだし、仕事とプライベートをキチンと分ければ---お前達ならそこん所ちゃんとするだろう?俺は2人、似合いだと思うけど」
「いや、主任、俺達そんなんじゃないです」
焦って言うと、余計主任は熱弁を振るい始めた。
「おい、呑気に構えているとメイちゃん、余所の男に掻っ攫われるぞ!いいのか、お前」
その言葉に少し---怯んだ。
本当は今日のカラオケも行ってほしくなかった。
メンバーの中に『リョウ』という今人気のあるモデルがいて、どうやらメイに気があるらしい。
今日も彼はメイを真っ先に誘っていた。
「……良くないです」
ビールを飲みながら、俺は小さく呟く。
その呟きを聞き、主任は更に言い募る。
「だったら、メイちゃんに告白してみろよ。あっさり『OK』してもらえるかもしれないぞ」
「無理です…『友達』って言われてますから」
「はぁ?まさか…」
ほろ酔い状態の俺は、2人の中学からの経緯を主任に話していた。
「なるほどねぇ…そういうことか」
話を聞き終わった主任は、ぼそっと呟いた。
「ですから、無理なんですって。いくら俺が昔と違ってても、あいつは昔の太った俺を知ってるから絶対好きになんかなりません。だから『友達』なんですよ」
「お前考えすぎじゃないか?メイちゃんはそんな事、思う子じゃない---お前は知らないかもしれないけど、彼女撮影中もお前の姿探している時あるぞ。まぁ、最初に気づいたの雪村だけどな」
まさか。あいつが俺を?
一瞬、嬉しさがこみ上げたが、今日の彼女の態度を考えると、主任の気のせいだと思い直した。
「え?カラオケ?」
「うん、打ち上げと親睦を兼ねて行こうって事になって……だから、今日は送ってもらわなくてもいいから」
メイはすまなそうな顔をした。
「じゃ、カラオケ終わったら電話しろよ。迎えに行くから」
「え?いいわよ!そこまでしてもらう訳にはいかないし…それに、何時になるか判らない---」
その言葉に俺は、脳裏に『リョウ』の顔が浮かんだ。
「あいつが一緒だからか?」
「え?」
驚いた様な顔で、メイは俺の顔を見つめる。
「お前、男の趣味悪いな」
俺の言葉にメイは明らかにムッとした顔をした。
「いくら朝倉君でも、言っていい事と悪い事があると思うけど…それに、私の男の趣味をどうこう言う権利ないでしょ」
そう言うと、メイは珍しく俺を無視してそのまま、帰ってしまった。
「…ガキか、お前は」
先程の2人のやり取りを聞くと、主任が呆れたように俺を見た。
その視線が痛くて、俺はビールを一気飲みする。
「まぁ、俺も人の事言えないけどな……」
そう言うと、主任は『はあっ』とため息をついた。
2人で3軒程はしごした頃には、結構酒が回っていた。
「じゃ、朝倉、月曜日にな!元気出せよ」
タクシーに乗り込みながら主任は、上機嫌で手を振ってくる。
「はい、お疲れ様です。ご馳走様でした---すみません、よろしくお願いします」
運転手に行先を告げると、タクシーが走り去るまで見送る。
俺は歩いて帰れる距離だったから、酔いを醒ましながら家まで歩いた。
マンションの前まで来た時、俺は思わず目を疑った。
入口に見覚えのある人影がいた。
「……麻生?」
恐る恐る声を掛けると、人影はゆっくりと振り返った。
「良かった、家にいないみたいだったからどうしようかと思ってたの」
俺を見て、安心した様に笑った。
「何で?---」
呆然としている俺を見ながら、彼女はいつもの笑顔を浮かべた。
「だって、自分で帰る時電話しろって言ったくせに、電話に出ないんだもの。私の事すごく怒ってるんだと思って、カラオケ出て真っ直ぐここへ来たの---さっきの事、謝りたくて」
メイの言葉に携帯を見ると、着信が5件入っていた。気づかなかった……
「ごめん---吉澤主任と2人で飲んでた」
俺の言葉に安心した様に、ホッと息をついた。
「良かった。また、昔みたいに喧嘩したままは嫌だったの」
「俺の方こそごめんな。変な事言って」
酔って赤くなっていた顔が、更に赤くなる。だけど暗いから気づかれないだろう。
「ううん、でも吉澤さんに言われたからって、律儀に送り迎えしてくれなくていいよ。自分で行けるときは行くし、帰れる時は帰るから。朝倉君、自分の時間がなくなっちゃうよ」
メイは心配そうに、俺を見ている。
もしかして、俺が送り迎えするのって主任に言われたからだと思ってるのか?
俺は脱力した。
だめだ、やっぱり言えない。もし、言ったら今の関係も壊れてしまう可能性がある。
「大丈夫だよ、気にするな。もし、無理な時はちゃんとそう言うから」
そう言うと、メイは安心したように頷いた。
「うん、そうして……じゃ、私、帰るね」
「……ああ」
手を振って、俺に背を向けて帰ろうとした彼女を俺は---引き寄せて抱きしめた。
「---えっ、ち、ちょっと朝倉君!」
身を捩って逃れようとする彼女の身体を、更に力強く抱きしめる。
腕の中の彼女から、微かに花の様な甘い香りが漂ってきた。
逃げられないと観念したのか、メイが大人しくなった。
俺はしばらく、彼女の身体の柔らかさと甘い香りに浸っていたが、抱きしめていた力を弱めると彼女を手放した。だめだ、これ以上は俺の理性がもたない。
「ごめん……少し酔ってるみたいだ」
メイは、顔を赤くして俺の視線から逃れるように横を向く。
「あぁ、びっくりしたぁ。もう、お酒飲みすぎだよ、気をつけてね。それじゃ」
彼女は俺から逃げるように、足早に大通りへと駆けて行った。
その後姿を見送りながら、俺は『主任が変な事言うから』と、見当違いな八つ当たりを心の中でしていた。
嫌われてないよな……?
俺は、次に会ったらどんな顔をすればいいのかと、頭を抱える羽目になった。




