その10
メイとの本契約から1週間後---
雪村さんからの突然の招集に、吉澤主任や俺達は何事かと会議室へと集まった。
「……みんな、揃った?ごめんなさい、急に呼び出して」
そう言う割には全く悪びれた様子は無く、むしろ興奮してる様だ。
「メイちゃんが契約してくれたって聞いてから、急きょ思いついた事があるの。みんなの賛同が得られれば、私が直に上に掛け合ってもいい」
「何なんだ?思いついた事って…」
長年の付き合いの吉澤主任は、嫌な予感がするといった感じの顔で訊ねた。
すると彼女は数枚のデッサンをテーブルに広げた。
そこに描かれていたものは、対照的なデザインの服だった。
1枚は肌が露出しているのだがいやらしさとかは感じさせない、大人のドレスで真紅の薔薇を思わせた。
そしてもう1枚は対照的に、肌の露出は少ないが思わず見入ってしまう上品な色気を感じさせるドレスで、真っ白な薔薇を思わせる。
「…で、何だ?これは…」
しばらくデッサンを見つめていた主任は顔を上げると、雪村さんに問いかけた。
「私の中でのメイちゃん、唯香のイメージ……メイちゃんの純白---【ブラン】。唯香の真紅---【ルージュ】。【アンジェリア】のコンセプトである---大人の色気と清廉を2つのカラーで分けたいの。勿論、2人にはそれぞれのカラーイメージの服を着てもらう。どう?」
自信満々の雪村さんを見て、主任は黙り込む。
しばらく沈黙が続き、さすがの雪村さんも不安な表情を浮かべた。
「吉澤君…駄目かな?このアイディア」
「……悪くはない…が、逆ならもっと良いと思う」
「逆?」
「メイに【ルージュ】、唯香に【ブラン】……意外性で話題になるはずだ」
そんな吉澤主任の意見に、雪村さんは真っ向から反対した。
「そんな、駄目よ。イメージが違い過ぎる」
「だから面白いんだろ。よし、俺が上に掛け合ってくるよ。このデッサン借りていくぞ」
「吉澤君!」
雪村さんの止めるのも聞かずに、主任は会議室を出て行った。
【ブラン】【ルージュ】のアイディアは、上層部にすんなりと通った。
しかし、発案者の雪村さんはかなり不機嫌だった。
結局【ルージュ】をメイが、【ブラン】を唯香がそれぞれ着ることとなったからだ。
販促用のポスター撮りは、以前お願いした兼島さんが今回も引き受けてくれた。
どうやらメイがモデルと聞いて2つ返事だったらしい。
唯香は今回初めての撮影で、みんなとも勿論初めての顔合わせだった。
「初めまして、唯香です。よろしくお願いします…メイさん?でしたよね。よろしくね」
そう言うとにっこりと笑って手を差し出した。その手をとりながら、メイが挨拶をした。
「あ、初めまして。メイです。まだ、駆け出しで迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「私ね、前からあなたと一緒に仕事をしたかったの。渡瀬さん…彼女に憧れてこの世界に入ったから、その彼女の秘蔵っ子がどんな娘なのかとても気になってたの」
そう言った唯香は雑誌で見る華やかなイメージとは違い、プロの顔をしていた。メイには負けないという闘争心が傍で見ていても感じられる。
メイも感じたのか、笑顔が少し強張っている。
「そんな、私なんてまだまだです。唯香さんの足元にも及びません」
「…あ、そろそろ準備をお願いします」
俺は咄嗟に間に入り、その場の空気を壊した。
2人はそれぞれの控室へと入って行った。
撮影は順調に進み、唯香も今までのイメージと違い清楚さを前面に出している。メイは普段の彼女とは別人の様に大人の色香を醸し出していて、今回の撮影は2人にとってもかなりの冒険だったと思う。
兼島さんは2人の仕事ぶりに感嘆の意を表し、また今度も自分が撮ると約束をしてくれた。
雪村さんは最初こそ不機嫌に撮影を見ていたが、2人のモデルのプロ根性を目の当たりにして、終わる頃には次のデザインが浮かんだと大喜びだった。
俺はというと、撮影の間ずっとメイの姿を追っていた。
撮影中のメイはいつもと全く違う顔でカメラを見つめている。その顔には中学の時の面影など微塵もなかった。
「お疲れ様です…」
メイが着替えて控室から出て来た。
廊下にいる俺を見ると足を止めた。
「お疲れ様です。それじゃ…」
通り過ぎようとする彼女の腕を掴むと、驚いた顔で俺の方を見た。
「送って行く」
「大丈夫よ、帰りは1人でも平気…」
「俺が送りたいんだ。迷惑か?」
「でも、まだ仕事じゃないの?」
なおも抵抗する彼女へ一言告げた。
「これも仕事のうちだ。うちの大事なモデルを1人で帰したとあっては、吉澤主任や雪村さんに何を言われるか…唯香もうちの社員が送って行ったんだ。お前だけ1人で帰すわけいかないだろう」
さすがにそこまで言うと、メイは抵抗するのを諦めた。
「それじゃ、よろしくお願いします」
そして、俺達はスタジオを後にした。
帰りの車の中、2人共無言だった。
メイは窓の外をずっと眺めていて、こちらを見ようとはしない。
俺も運転しているから別にいいんだが、何だか無視されているような気がしてしょうがない。
「…今日の撮影、良かった」
俺の言葉にメイがこちらを向いた。
「え?…本当?」
驚いたようにメイが呟く。
「ああ、最初は【ルージュ】をメイにって主任が言った時『何で?』って思ったけど、今日の撮影のメイを見てビックリした。別人を見てるみたいだった…綺麗だった」
自分で言ったセリフに驚き、顔が赤くなっていく。
横を見るとメイが目を丸くしてこちらを見ていた。
「朝倉さん、絶対そんな事言わない人と思ってたのに…意外」
「いや、仕事としての感想であって---別に個人的なものでは…」
「大丈夫、判ってます」
焦る俺にメイが笑いながら答える。
「…やっと笑ってくれた」
「え?」
「俺と会ってから、まだ1度も笑ってなかったから」
「あ、ごめんね…」
「いや、謝らなくてもいいよ。ただ仕事の間だけでもいいから、普通に接してくれれば…避けられたり、身構えられたりはちょっと辛い」
「そんなつもりはないんだけど……気をつけるね」
メイは落ち込んだ様な声で答えた。
怒ったつもりはないのだけど、彼女のその声音を聞くと少し胸が痛んだ。




